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7th




「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「・・・っあの、今日は、お誘いくださいまして、ありがとうございます!」

「あ、いえ、こちらこそ常に手伝っていただいておりますから。そう気負われずに楽にして下さい」

「あ、ありがとうございます・・・」

「「・・・」」


馬車の中は酷く気まずかった。

ヴェルナー自身話すほうではないし、何より女性が好みそうな会話というものを全く知らない。

普通であればドレスなどを褒めるのが一般的で、そこから会話を広げていくのだがヴェルナーにはその考えが全くなかった。


そして同じように、ティアナも気まずい状況でもぞもぞしたくなるのを我慢していた。

ヴェルナー・クライスという人物が女性を褒め称えるタイプではないことくらい知っているし、そんなものを望んではいない。

しかし、いざとなってみれば何を話せばいいのか全くわからないのだった。


「・・・ティアナ嬢、」

「は、はぃ!?」


裏返った声に、ティアナの頬は一瞬で熱を持った。

ふ、とヴェルナーの唇から空気が漏れる。

笑われた。


「・・・失礼、ティアナ嬢でも緊張されているのだと思うと・・・」

「・・・私でも、とは?」

「いえ、執務室ではあんなに溌剌として緊張とは程遠い姿だったので・・・」

「仕事ですから・・・」

「そうですね、私も仕事であれば話せるのですが女性には何を話せばいいのやら・・・」

「クライス様でもそう思われるのですか?」

「えぇ。恥ずかしながら、仕事一徹で来たため女性と話す機会など早々なくて・・・」


ティアナはそれが嘘だとわかった。

だって、ティアナの友人たちは何とかしてヴェルナーに近づこうとしてすべてけんもほろろだったと聞いているのだから。

だが、それを今指摘するほどティアナは考えなしではない。


「そうなんですか・・・。クライス様ならば引く手あまたでてっきり慣れているかと思っていました」

「そう、見えますか?」

「少しだけ」


いつもと違う対応に彼に好意を寄せる女性は落胆するだろう。

ティアナ自身、アーサーベルトから聞いていなければ何か怒らせたのだろうかと不安になる。


「すみません・・・大して面白い話もできず」

「いいえ、気になさらないでください、クライス様。それより、私執務室のことで少し思いついたのですが・・・」


ティアナは敢えて仕事の話を持ち出した。

普通なれば休みの日にまで仕事の話をするなんてナンセンスだろう。

だが、ティアナとヴェルナーは仕事という一点のみでつながっているのだ。

変に互いに探りを入れたりして関係を悪化させるより、仕事の話で盛り上がったほうが建設的だとティアナは考えた。


「ふむ・・・、中々にいい案です」

「この書類を分類するためには、やはり色のついた箱などを用意して・・・」

「そうすると場所を・・・」


乗り始めた当初とは裏腹に、二人は執務室の改善案について白熱した。

そして。


「旦那様、到着しました」

「っ・・・もう、か。すまない、ティアナ嬢、白熱してしまったようだ」

「いいえ、クライス様。私もつい意見ばかり言ってしまいました」


予定ではここまで話し合うつもりではなかったティアナは、自分の失敗にすこしだけ肩を落とす。

そんなティアナを見ていたヴェルナーは、くすりと微笑み、先に馬車を降りた。

そしてヴェルナーに続いて出ようとするティアナに手を差し出した。


「?」

「お手をどうぞ、レディ」

「っ!?」


正直、そんなことをされるとは夢にも思わなかったティアナは、一瞬で顔を真っ赤にした。


「あ、ありがとぅ、ござぃます・・・」


かすかに震える手を、ヴェルナーの手のひらに乗せる。

文官という割には硬さのあるそれに、ティアナは感心すらした。

そういえば、ヴェルナーはずっと文官で机仕事ばかりだというのにすらりとした体躯だ。


「・・・クライス様は、太ったりしませんの?」

「はい?」

「・・・! し、失礼しました! その、ずっと机のお仕事をされているのにお肉がついていないな、と・・・。私の父はお腹周りについたと嘆いていましたので」


ティアナは心の中で父に謝りつつ弁明した。


「あぁ・・・アーサーベルトにたまに稽古をつけてもらっているんです」

「アーサーベルト様にですか?」

「と言っても、本格的なものではなく体力づくりとを兼ねてですけれど。宰相も体力勝負なところがあるので」

「あぁ、なるほど・・・。父にも勧めようと思います」


そしてティアナはヴェルナーに連れられて、本来の目的である文具屋へと足を踏み入れた。






*********






「わぁっ・・・」


ティアナは言葉を失った。

正直に言って、文具屋には何も求めていなかった。

いつも同じものを店に頼んで持ってきてもらうだけだったため、ティアナは文具屋に足を踏み入れたのはこれが初めてだった。

そして、その多彩な色合いに目を輝かせた。


「インクだけで何種類もあるんですか?」

「これ、蝋もいろんな色・・・それにこの印璽、可愛い・・・」

「この透かしが入っているの、とても綺麗・・・お友達に喜ばれそう・・・」


ティアナはすっかりヴェルナーのことを忘れて色々見て回った。

ドレスとかを見るのも楽しいが、このように実用的なものを見るのも楽しい。

一人でパタパタとはしたなくない程度に見て回り、そしてそれをほほえましく見ている店主を見つけて、ようやくヴェルナーの存在を思い出した。


「も、申し訳ありません・・・クライス様」


せっかく連れてきてもらったというのに、その本人を忘れて一人ではしゃぐなど子供の時以来だ。

あまりのことにティアナの頬は赤くなる。

しかしそんなティアナをヴェルナーはいつもとは違った柔和な笑みで迎えた。


「いえ、正直女性でここまで喜んでくれるとは思わなかったので・・・、連れてきたかいというものがあります」

「ええ、ええ、こんな可愛らしい御嬢さんが興味を持ってくれているだけで、店をやっている価値があるというものですよ」


店主だろうか、老年の男性がヴェルナーの隣でうんうんと頷いている。


「は、初めてなもので・・・ついはしゃいでしまいました・・・」

「いいんですよ、御嬢さん。御嬢さんのような可愛らしい方のご来店は中々なくてね。来てもらえて、さらには喜んでもらえて、こちらもとても嬉しいですよ」


老年の男性はスコットといい、ヴェルナーとは長い付き合いがあるようだった。


「スコット、以前のインクはあるか?」

「ありますよ、きっと気に入ると思っていたから、結構仕入れておいたんだ」

「助かる」

「・・・クライス様はこちらに長くいらっしゃっているんですか?」

「あぁ、そうですね。私が候補生時代からの付き合いですね」

「懐かしいですねぇ・・・あのころはあまり手持ちがなくて、それでもいつか買うんだと目を輝かせておりましたな」

「スコット」

「クライス様でもそのような時代が・・・!」

「ティアナ嬢?」


スコットはティアナとヴェルナーと話せるのが楽しいようで、店の奥にテーブルがあるからよかったらお茶でもしないかと声をかけてきた。


「ティアナ嬢がよければ」

「私は構いません」


そして二人はスコットとお茶を楽しむことになった。


「昔のクライス様のお話を聞かせてくださいませんか?」

「ティアナ嬢・・・私の昔の話なんて面白くとも何ともないですよ」

「いいでしょう! 初めてヴェルナーの坊やが来たのはもう何年前ですかね・・・」

「スコット! その坊やというのをやめてくれ!」


ティアナは心の底から笑った。

まさか、氷と称される彼が、このように声をあげるなんて!


「そうそう、そういえば、試供品で女性向けのものを仕入れたんです、御嬢さん、よければ見て行かれませんか?」

「いいのですか?」

「こちらからお願いしたいくらいです」


そしてスコットは店の奥へと姿を消した。


「・・・ティアナ嬢」

「なんでしょう、クライス様」

「・・・貴女も案外いい性格をされているようですね」

「そうでしょうか?」


ティアナはくすくすと笑った。

ヴェルナーはスコットの話すこと全てに反応した。

そうは言っていない、そんなことない、耄碌したのか、と。

それを見たティアナはついついスコットに先を望んでしまったのだ。


「でも、クライス様の一面を知れて楽しかったです」

「そうですか」


ヴェルナーは諦めたのか、苦笑いを浮かべながらティアナを見た。

その静かな瞳に、ティアナの心臓が一度大きく打つ。


「っ・・・クライス様にも、若い時があると知れば、今頑張っている若者の希望になります」

「そうですかね」

「そうです! クライス様はお仕事の時は少し近寄りがたい感じがしますが、そういった過去があると知ればもっと近しい存在に思えます」

「・・・」


黙り込んだヴェルナーを見て、ティアナは言いすぎたと思った。


「っ!! し、失礼しました…! クライス様にもお考えがあるというのに、小娘の戯言と聞き流してください・・・」


ティアナは小さくなる声で謝罪した。

自分よりも人生経験豊富な人に、なんてことを言ってしまったのだろうか。

これではヴェルナーが気分を害しても仕方ない。


「・・・いえ、今までにも何度か言われたことがあるので・・・。ですが久々に言われました。懐かしいですね・・・」


そういったヴェルナーを、ティアナは伺うように盗み見た。

そしてその表情が穏やかでありながら、愛しさに溢れているのを見て、あぁ、とも思った。

聞けなかった。

それを言ったのは誰か、なんて。

だって、彼の一番はいつだって、女王陛下なのだから。





「お待たせしてすみません、他にもお見せしたいものがありましてつい時間を食ってしまいましたな」

「・・・いいえ、問題ありません」


少しの沈黙の後、スコットは両手にたくさんの箱を抱えながら戻ってきた。


「これですこれ、この細身のペンなど女性に持ちやすいように設計されたのです。それにこのインク、花の香りがするように製法されたそうで、少し嗅いでみてください」

「・・・かすかにしますね」

「でしょう! この蝋も同じところのもので、これも香りがするんです!」

「この印璽、とてもかわいいですね」

「女の子はやはりそういったところにも目が行きますな!」

「えぇ、それにしてもとても珍しいです・・・、貴族の令嬢ならば真っ先に目をつけそうなのですけど」

「そうなんです・・・数が少ないということもありましてね。それにご令嬢が文具店に足を入れることなど早々ありませんから・・・」

「そうなんですか?」

「まぁ、唯一例外中の例外で高貴なお方がいらっしゃったことはありますけどね」


ティアナは、その高貴な方が誰なのか、すぐに目星はついた。

でも、問うことはしなかった。

問わなくても、ヴェルナーの表情を見てしまえば分ってしまうような気がして。


ティアナは、そっと目を伏せ紅茶を見つめた。




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