3rd
「ではレネット嬢。基本的にはこの五人が宰相補佐としてここに詰めてます。
左から順に、ジョルジオ・モーガン、オーランド・トプソン、マイク・ボルシオ、ロメリオ・ガードナー、ベン・バシュレーです」
「初めまして、ティアナ・レネットです。お役に立てるように頑張りますので、宜しくお願い致します」
「いるだけで!! いるだけでじゅうぶっ」
ゴイン、とジョルジオはクライスに後頭部を殴られたのか、そのまま前のめりになる。
音からして結構痛そうだ。
「あ、あの・・・」
「お気になさらず、レネット嬢。少し頭のネジが緩んでいるようだったので、締めなおしただけです」
宰相室は思ったよりも肉体言語を使用するらしいとティアナは思った。
「それとリヒトというものもいますが、彼は陛下にもついているので常にここにいるわけではありません。補佐としてはモーガン、トプソンを筆頭に他の三人が補助をしている状態です」
「わかりました・・・では、あの・・・早速なんですが・・・」
「?どうかされましたか?」
ティアナは言うべきかどうか迷ったが、心を決めて六人の前でそれを言い放った。
「・・・あまりにも汚すぎます。書類紛失が起こりませんか?」
「「「「「「・・・」」」」」」
そう、ティアナは入室した時からずっと気になっていたのだ。堆く積まれた書類、床に散乱しているのは不要になった書き損じなのだろうか?
くず入れもその役目を果たしていない。
弟の部屋が一時期汚くなっていたが、それ以上に酷い。
「このままでは必要な書類とそうでない書類が交じり合ってしまいます。・・・というより、すでに混じっているような気もします。とりあえず床が見えるように取りまとめますので、皆様はどうぞお仕事を」
ティアナのはっきりとした物言いに、男たちはバツが悪そうにしながらも渋々席へと戻っていく。できるならもっとティアナと話したい、だがそれをティアナが許してくれないだろうことを悟ったのだ。
「・・・来て早々、申し訳ありません」
「いいえ、これが仕事ですから。とりあえずまとめておくので捨てていいものとそうでないものの判断を後程お願いしたいのですが」
「もちろんです」
クライスもそういうなり、さっさと自分の席へと戻り早速書類を手に取り始める。仕事の指示などろくにない。が、ティアナにはありがたかった。
ティアナは、父の仕事の手伝いだってしていたのだ。ある程度の書類であれば読める。
(これは、いる・・・いらない、いる、いらない・・・)
必要そうなものとそうでなさそうなものを判断する。そのあとは屑入れを空にしてちゃんとごみの処理をする。部屋の隅にはほこりがたまっており、誰も掃除していないことがうかがえた。
(今日はざっくりとした感じにして、明日早くにきて掃除をすれば少しは見れるようになるかも)
ティアナは頭の中で今後の予定を立てながらも手を動かす。
男たちは仕事に集中し始めたのか、ティアナには一切目もくれずに各々の職務にあたる。
ぴりりとした空気に、これが国の中枢なのだとティアナは心を熱くした。
ここで、宰相たちが頑張っているからこそ、国が回っているのだと実感できたからだ。
そして。
「失礼、レネット嬢はいらっしゃるか」
「・・・っ!? は、はい!!」
いきなり扉が叩かれ、男性の声がティアナを呼んだ。
集中しすぎたせいか、反応が遅れたティアナは飛び上がらんばかりに返事をする。
そしてようやく男たちはティアナの存在を思い出したようにティアナを凝視した。
「失礼、陛下の依頼でレネット嬢をお迎えに上がったアーサーベルトです」
「え、へいか? え、あれ、なんで・・・」
混乱するティアナをよそに、アーサーベルトはつかつかとクライスのもとへ足を進め、そして。
「ヴェルナー」
「・・・」
「ヴェルナー・・・」
「・・・」
「・・・あ、陛下」
「!?」
がばりと効果音が付きそうなくらいの速さで、クライスが顔を上げる。
「・・・?どこにいらっしゃるんだ?」
「・・・はぁ。陛下が心配した通りになったな。もう五時になるぞ」
「?」
「ヴェルナー、いくらお前が仕事の鬼でも、やっていいことと悪いことがあるぞ」
「・・・!! れ、レネット嬢!!」
慌てた様子で立ち上がるヴェルナーに、五人も驚いたらしくペンを落としたりしている。
そして。
「・・・?いつの間に場所を移動したんだ?」
「・・・はぁ。ヴェルナー、レネット嬢が掃除したからに決まっているだろう。こんなに綺麗なここ、見たことないぞ」
「え、マジ、ほんとに?」
「うわぁ・・・俺初めて床の色見たかも」
「なんか心なし空気も綺麗・・・」
「ティアナちゃん、すげーーー!! あの惨事からここまでできるなんて!!」
「あ、あの・・・」
ティアナはそこまで褒められるなんて思ってもおらず、一人狼狽える。
それを見ていたアーサーベルトは、補足するように片目を瞑りながらお茶目に言った。
「ここは城内有数の魔窟でしてね。男ばかりなもんで片づけが行き届かないんですよ。けれども汚いのは自覚しているらしく、絶対に陛下を呼ばれないんです。なら片づけろっていう話なんですけどね。メイドたちもこの部屋の書類の重要性から入ることはできませんし・・・片づけのそこそこできるリヒトも常にここにいるわけではないので、知らぬうちにこうなっていたんです」
「まぁ、それは・・・こうなりますね」
ティアナはアーサーベルトの言葉に納得しながら頷く。
父の書斎ですら、ここまでの惨状を放置したことはない。
常に整理整頓をしなければ、大切なものをなくしてしまうよ、が父の口癖なのだ。
・・・その割には、たまに酷いことになっているけど。
「正直ここまでとは思ってもいませんでした。レネット嬢、これからもぜひお願いしたい」
ヴェルナーが少しだけ晴れやかな笑みでそう言ってくることに、ティアナの心臓は大きく脈打つ。
ダメ、これは社交辞令なのよ、ティアナ。
ティアナは自分にそう言い聞かせる。
「そこまで仰っていただけると、お手伝いをさせていただいたかいがございました。至らぬこともあるかと思いますが、これからもよろしくお願いいたします」
「こちらのほうこそ」
そういってティアナはみんなに挨拶をし、アーサーベルトに連れられるままに馬車へと向かう。
「いかがでしたか、レネット嬢」
「アーサーベルト様・・・とても楽しかったです」
「そうですか。陛下が少しだけ心配されていたので」
「まぁ、陛下が・・・」
「はい。陛下と私と、ヴェルナーの付き合いは長いのですが・・・その分、奴が何を忘れそうなのか大体予測できるんです」
「ですから、アーサーベルト様自らお迎えに来てくださいましたの?」
「ははっ・・・。あいつならばきっと忘れているだろうと思いましてね。仕事になるといつも時間を忘れるやつなんで」
「そうでしたか・・・。そういえば、私は五時までと言われましたが、皆様は何時までお仕事を?」
ティアナのその質問に、アーサーベルトは固まった。
「? アーサーベルト様・・・?」
「・・・レネット嬢・・・。あくまでも、あの部屋だけの話ですので、間違われないように、お願いします」
区切りながら力強く言うアーサーベルトに、ティアナは知らずにごくりと喉を鳴らしながら神妙に頷く。
「・・・宰相室は、夜中まで誰かしらおります」
「夜中・・・」
「決済期になれば、それこそずっと人がおります」
「ずっと」
「ご覧になられたように、書類が大量にありましてね、見つけられないということもざらです」
「・・・」
「陛下も昔は酷かったのです・・・。きっと上の人間がそうだとそういった人種が集まりやすい傾向が、城にはあります」
「そんな、恐ろしいことが・・・」
ティアナは恐れおののいた。
よくある物語では、城の中枢は権力や財に溺れがちと書いてあったが、事実は異なるらしい。
「では、陛下は今は・・・?」
「昔よりはマシになりましてね。少なくとも夜更かしをする回数は減りました」
減りました、ということはやってはいるということだ。
「・・・城にお勤めの皆様は、日夜国のために頑張られているのですね・・・」
「えぇ、レネット嬢の父君であるレネット殿も、時期になれば帰りが遅くなったりしますでしょう?」
そう言われてティアナは思い当たる節があった。
幼いころからそうだが、父は帰ってこずに城に泊まることなどよくある話だった。
今もないわけではないが、先代のころに比べて回数はだいぶ減った。
政務官たちが有事や忙しい時期にそういったことをしているのは父から聞いて知っていたが、まさか女王自身も行っていたとは。
「・・・早く、私も皆様のようにお力になれたらいいのですが」
ティアナがぽつりと零すと、アーサーベルトはきょとんとした表情を浮かべた。
強面なのに不思議と可愛いという感想をティアナは持つ。
「・・・大丈夫です。あのヴェルナーが翌日も来ることを了承しているのですから」
「え?そ、そうなのですか?」
「ははっ、レネット嬢はヴェルナーのことをどのように聞いているのですか?」
「え・・・っと・・・、お若くして宰相になられた天才で、その美貌から氷の貴公子・・・いえ! 今のは聞き流してください!」
「ははは! それは間違えていない。確かに、ヴェルナーは天才です。しかしみんなが思うような天才ではありません。あいつは、努力の天才です」
「努力の?」
その言葉は、ヴェルナーから一番遠いように思えたティアナは聞き返す。
「えぇ。我々は天才を知りません。女王陛下ですら、我らは努力の天才だと思っております。その陛下のお傍にいたくて、我々は必死に努力をいたしました」
「陛下も、ですか?・・・それは、意外でした」
「そうでしょう。特にヴェルナーは努力を見られるのを嫌いますからね。プライドが高い奴なのです」
くすくすと笑うアーサーベルトの気安い言葉に、本当にお二人は長い付き合いで仲が良いのだとティアナは感じる。
「それに、氷の貴公子なんて言われていますけど、ただ単に話下手なだけですよ?」
「・・・クライス様が、ですか?」
それこそ想像がつかなかった。
類まれなる話術で貴族たちを翻弄し、他国と渡り合っていると聞く宰相からほど遠い言葉だ。
「えぇ。
あいつほど、言葉をうまく話せないやつ、私は他に知りません」
アーサーベルトのその親愛のこもった一言に、ティアナは少しだけ羨ましさを感じた。
きっと、自分はそこまで仲良くなれない。
そうやって口では貶しながら、愛情こもった表情を浮かべられない。
だって、自分と彼とは住む世界が異なる。
例え同じ国にいて、同じ城にいて、同じ部屋にいても。
ティアナとヴェルナーの道が交わることはないのだ。
彼は物語の主人公枠で、自分はわき役なのだから。