25th
ものすごくお待たせしました…!
ちょっと書き方が変わってしまっているかもしれません…泣
お楽しみいただければ嬉しいです。
自分でも、わかっていた。いつまでもこの想いを抱えているわけにはいかない、と。
それでも、あまりにも大切にしてきた想いだった。
幼いころから、見てきた。
その頑張りも、嘆きも、何もかもを。
あの時は理解できなかったが、自分を頼ってくれればと思ったのは、自分を特別に見てほしいということだったと知って・・・そして、その時には既に別の人が彼女の傍にいて。
そうこうしているうちに、彼女は唯一を見つけてしまった。
誰よりも近く、長くその場にいたのに。
*****
「アーサーにヴェルナー。こんな時間に珍しいわね?」
「夜分遅くに大変申し訳ありません、陛下」
「いいえ、気にしないで頂戴」
彼女は―――イルミナ女王陛下は―――日に日にその美しさに磨きがかかっているように見えるのはヴェルナーの気のせいだろうか。
いつも俯きがちだったのを直すように言ったのは自分だと、不意にヴェルナーは思い出す。
そうだ、あの頃の彼女は、自分の言うことを必死に理解してこなそうとし、直そうとしていた。
「こうして三人だけで集まるのも久しぶりね? 何か飲む?」
「そうですね! ぜひ!」
アーサーベルトが嬉々としてイルミナの申し出を受ける。その間、ヴェルナーは一言も話していないことに気づいているのだろうか。
イルミナがベルを鳴らすと、すぐさまメイドがやってくる。
「遅くに悪いわね。葡萄酒と軽く摘まめるものをお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
昔はメイドに指示するにも恐る恐るだった彼女は、今では堂に入った命令が出来るようになっている。彼女の動作一つ一つに、成長を感じる。
昔を懐かしむようになったのは、自分も年を取ったせいだろうか。
メイドはそんなに間を置かずに台車を押しながらやってきた。イルミナが礼を言うと、彼女は嬉しそうに微笑みながらテーブルの上にグラスやらを置いて用意していく。
とくとくとボトルから濃い赤い液体が注がれていく。
その間、誰もが口を開かない。だからといって、重い沈黙ではなかった。
「―――乾杯」
イルミナがそう言いながらグラスを傾ける。
「「乾杯」」
沈黙を保ったままグラスの中身を口に含む。芳醇な香りが鼻を抜けていく。
「それで、どうしたの?」
イルミナのその言葉に、ヴェルナーはびくりと肩を揺らした。そしてちらりとアーサーベルトを見る。こうなったのも全部アーサーベルトの所為だと思い、軽く睨みつけた。
「・・・俺を睨みつけても意味ないぞ?」
「ん? アーサーじゃなくてヴェルナーなの?」
「・・・」
何と言っていいか分からず、ヴェルナーは唇を軽く噛んだ。
本当は分かっている。
いい加減、自分も前に進まなければならないことくらい。
だが、どう切り出していいのか分からない。そんなヴェルナーに、アーサーベルトは軽くため息をつくとイルミナに話しかけた。
「陛下、調子は如何です?」
「いいわ。まぁ、忙しいのには変わりないけれどね」
「お子様方とは時間が取れているのですか?」
「うーん・・・やっぱりもう少し欲しいところだけれどね」
「・・・すみません」
「いやいや、ヴェルナーは頑張り過ぎよ? まぁ昔に比べて周りに振り分けているのは分かっているけれどね。でももうちょっと分散しないと駄目よ?」
「はい」
イルミナは女王という立場にしては家族との時間を持っているとヴェルナーは思う。貴族ですら家族の時間を持つということは少ない。そんな中、イルミナは本当に家族を愛しているのだということを改めて知る。
ヴェルナーは本当に言わなければならないのかとちらりとアーサーベルトを見る。
しかしアーサーベルトはヴェルナーを見ることなくイルミナとの会話を楽しんでいた。
・・・正直に言えば、アーサーベルトのいる場で言う必要は全くない。だが、ティアナとのことや酒の助けの所為もあってか、いつもであれば頭脳明晰な彼の頭はこの時働いていなかった。
「そういえば、ティアナとはどうなの、ヴェルナー?」
「!」
不意に、イルミナがそう問いかけてきた。その瞬間、ヴェルナーは息を止めそうになった。
確かに、イルミナとティアナは面識がある。いや、面識どころの話ではない。イルミナがティアナを気に入っていることは彼女近しいものであれば知っていることだ。
「そ・・・れは・・・」
いつものヴェルナーであれば、彼女ならとてもよく頑張っていますと返したことであろう。だが、告白のことやアーサーベルトから言われたことも相まって、彼にしては珍しく口籠らせた。
その様子にピンと来たのか、イルミナはにまりと笑みを浮かべる。
「そ、の・・・」
何を言っていいのか分からず、ヴェルナーは俯いた。
「あ、申し訳ありません、陛下」
「アーサー?」
「頼まれごとをしていたことを忘れておりました・・・俺はここで」
「あ、アーサー!?」
「あら・・・明日じゃ駄目なのかしら?」
「申し訳ありません」
「そう、なら仕方ないわね。またにしましょう」
「はい」
アーサーベルトが立ち上がり、ヴェルナーも自分も逃げようと腰を上げようとする。しかしそれをアーサーベルトが止めた。
「ヴェルナー、お前はまだいいだろう? それに陛下とちゃんと話した方がいいぞ?」
「っ、あ、アーサー!! お前・・・!」
そしてそのままアーサーベルトは颯爽と部屋を立ち去る。その素早さは、流石元騎士団長といったところだろうか。・・・今発揮しなくてもいいものだが。
「そう? もし急ぎの仕事がないのであれば、久しぶりにたくさん話をしましょう?」
「・・・わ、かり、ました」
イルミナにそう言われてしまえば、ヴェルナーに断るすべはない。
そうして二人は沈黙したまま椅子に座り直し、葡萄酒を飲んだ。
「・・・話したいことが、言いたいことがあるんでしょう?」
気付かれていたのか、とヴェルナーは思った。
「・・・そ、の」
「えぇ」
ヴェルナーは、何故か昔のことを思い出し、目頭が不意に熱くなった。
自分の厳しい勉強に食らいついてきた姿。
毒を飲んで血を吐いたとき、それでも微笑みを浮かべていた姿。
貴族相手に毅然とした態度で話をした凛とした姿。
・・・誕生プレゼントを、涙を流して喜んだ、愛しくも美しい姿を。
あぁ、もう、潮時なのだ。
きっと。
「―――陛下」
「なぁに、ヴェルナー」
ふわりと微笑むその人の眦に皺が寄る。
「・・・ず」
「ず?」
ヴェルナーの心の奥底で、大事に大事にしてきた想い。
誰にも触れられぬよう、大切にしてきた想い。
「ずっと・・・お慕い、しておりました・・・」
その言葉を聞いたイルミナが、その紫紺の瞳を見開いた。
彼女のことを思えば、言わないほうがよかったのかもしれない。
伝えないほうが、今までの関係を壊すことなくいられたのかもしれない。
だが、想いをずっと抱えていることも、苦しかった。
行き場のない想いは、ヴェルナーの心に雪のように積もり続けていた。
「ヴェルナー・・・貴方・・・」
イルミナに名を呼ばれて、面を上げる。
そして頬を何かが伝うのが分かった。
「っ・・・幼き頃より、ずっと、お傍におりました・・・。今更、と仰られるかも、しれませんが・・・わ、私はずっと・・・貴女を、貴女だけを、想っておりました」
自分の気持ちに気づいたあの日から、イルミナだけが自分にとって特別な存在だった。
大切な教え子であり、その命を危険に晒したこともあり、そして、唯一自分の忠誠を捧げる人。
イルミナは黙り込み、その空気に耐えられなくなったヴェルナーは顔を俯かせる。
何と、言われるのだろうか。
距離を、置かれてしまうのだろうか。
言葉に形容し辛い恐怖に襲われたヴェルナーは、手を固く握りしめた。
「・・・ありがとう、ヴェルナー」
「!」
彼女のその言葉に、ヴェルナーは勢いよく顔を上げた。ぱた、と涙が拳の上に落ちる。
イルミナは、微笑んでいた。
「へ、いか・・・」
イルミナは持っていたグラスをテーブルに置くと、居住まいを正した。
「貴方の想いは、とても嬉しいわ。貴方とアーサーがいなければ、今の私はいなかったと断言できる。貴方達が、一番最初に私に愛を教えてくれたのよ」
「陛下が、頑張られたからこそ・・・」
ヴェルナーの言葉に、イルミナは首を横に振った。
「懐かしいわね・・・私が辛い思いをしたとき、何時だって貴方たちは傍にいてくれた。苦しくてどうしようもない時も、嬉しかった時も」
「・・・傍にいることしか、出来ませんでしたから」
傍にいることすらも出来なかった時だってある。
「ヴェルナー。貴方の想いは、素直に嬉しいわ。ありがとう」
それはやんわりとした拒絶だった。
ヴェルナーの長年の想いに、終止符が打たれた瞬間でも、あった。
「いえ・・・私こそ、今更・・・こんな・・・」
もう、この想いを終わらせるべきだったのだ。
報われることのない想いなんて。
伝えたことを、後悔しそうになった時。
「ヴェルナー、貴方、今でもあの記録を持っている?」
「記録・・・? もちろんです」
イルミナの言う記録とは、彼女の服毒した記録のことだ。それを知っているのは、ヴェルナーとアーサーベルト、そして当時担当した医師に、グランの四人だけだ。絶対に漏らしてはいけないそれは、今でもヴェルナーが大切に保管している。
「あれをね、貴方ではなくてグランに預けるっていう話が、一回出たの」
「は?」
「でもね、私がそれを却下したわ」
そのことを全く知らないヴェルナーは、自分以外の人間の手に渡ったかもしれなかったことと、イルミナがそれを却下したことに驚いた。
「ヴェルナー、私は、グランを愛しているわ」
「っ・・・よく、存じております」
改めて言われたそれは、ヴェルナーの心を鈍く貫いた。
「でもね、貴方やアーサーのことも大切に思っていて、愛しているの。少なくとも、その記録を貴方に預け続けるくらいに」
「陛下・・・!」
イルミナは母のように慈愛の籠った視線でヴェルナーを見ていた。
「・・・愛しているわ、ヴェルナー。ずっと傍にいてくれた貴方を、大事に思わないわけないでしょう?」
ヴェルナーは、ほろほろと涙を零した。
「・・・いちど、だけ・・・」
「?」
「一度だけ、お名前を、お呼びしても、いいですか・・・?」
イルミナは少しだけ驚いたように目を見開くと、小さく笑みを浮かべて頷いた。
「・・・私の勝手な想いを聞いて下さり、ありがとうございました・・・。
―――イルミナ、様」
ヴェルナーの長年の淡い想いの全てが籠った言葉だった。




