20th
「どうだった?」
「いい感じですよ。ただ、見ていた衛兵曰く喧嘩別れをしていたと」
「なに?ヴェルナーめ、少しは己のことを考えればいいのに」
「それで、アーサーベルト様。今回私を利用した意図をお伺いしても?」
そこは、騎士団長用の執務室だった。
キリクとアーサーベルト、そしてハザがその場にいる。
男だけの密会は、むさ苦しい。
「お前ならわかっているだろうに、キリク」
「えぇ、えぇ、貴方がおせっかいを焼いているだろうことくらい、わかりますよ。長い付き合いですからね」
「なら言わなくてもいいだろう?」
「何を言っているんですか。そのせいでレネット嬢が傷ついたかもしれないんですよ?」
キリクはため息を吐きながら椅子に深く腰掛ける。
確かに、あの二人は傍から見ていてじれったい。
というより、宰相ともあろう人が自分の心の機微にすら気づけないとは。
面白いという部分もあるのは否めないが。
「それもそうだが・・・男女とはそういうものだろう?」
「アーサー様、わかるんですか。結婚していないのに」
「恋をしたことくらいあるぞ」
「振られてましたよね」
「ぐっ・・・ハザ、お前何年前の話を・・・」
「はいはい、話を脱線させないでください。それで、どうして貴方がおせっかいなんてものを?
正直、男女のあれこれは犬も食わないというでしょう」
「む・・・。まぁ、陛下がな」
ある意味想定していた人物の名が出て、キリクは納得する。
麗しの女王陛下は、宰相殿の恋路を気にしているのだ。
陛下とも立場のお方が一々気にするような問題ではないが、三人の仲はとても長い。
それ故に気にしているのだろう。
・・・あとは、あの堅物宰相が連れてきた女性を気にしている、という可能性も捨てきれないが。
「まぁ、私もそこまで手を入れるつもりはない。
だがな、キリク。お前は知らないかもしれないが、ヴェルナーの鈍さは筋金入りだ」
「宰相殿が?」
アーサーベルトからそう言われるが、キリクにはいまいちぴんとこない。
若くして宰相となり、今なお女王陛下の右腕として辣腕をふるうその姿からは想像もできないのだ。
「まぁ、私と陛下は付き合いが長いからな・・・。
正直に言って、レネット嬢を逃したらヴェルナーは結婚できないんじゃないかというのが私たちの見解だ」
「そこまでですか!?」
「いやいや、クライス家から縁談の話など来ているはずでしょう」
「うむ・・・。数年前まではそうだったんだが、あまりにもヴェルナーが縁談を蹴りすぎるので、遠縁から養子をとることを考えているらしい・・・」
「そこまで・・・」
驚きのあまり言葉を失うキリクとハザに、アーサーベルトはわかるぞと言いたげに頷いた。
「とまぁ、そういうことだ。
私も、正直今回がチャンスだと考えている」
「まぁ、レネット嬢も宰相殿に惹かれているのは助かりますね」
「だろう?あのヴェルナーとともに仕事をできる女性なんて、私は一人しか知らん。
実際にどうなるかは二人の問題だが、少しくらいおせっかいをしてもいいだろう」
「・・・はぁ・・・わかりました。暇な時だけですからね」
「もちろんだ・・・む?そろそろ時間だ。ではキリク、ハザ、他言無用だぞ」
「もちろんです」
「はい!」
そうしてアーサーベルトは執務室を後にした。
「・・・それで、どうするんですか、団長」
「私に聞いてくれるな・・・。だが、あの様子からするにあと一押しというところかな」
「え、そこまでわかるんですか?」
「何となく、だがな。あとは宰相殿に期待するしかあるまい」
「はぁ・・・」
そうして二人は、残された仕事に手を付けるべく、ソファーから立ち上がった。
**************
「お疲れ様です、アーサーベルト様!」
「あぁ」
アーサーベルトは足早に女王の執務室へと向かっていた。
特に用事があるわけではないが、決まった時間に必ず訪れ、数時間警護をしているのだ。
昔は四六時中ともにいたが、アーサーベルトが鍛えた兵たちは結構な強さとなり、今では彼らにある程度任せられるようになったのだ。
だからと言って、丸一日一度も顔を見ないという日はない。
そろそろいつもの時刻になりそうだったため、アーサーベルトが近道をしようと歩いていると。
「・・・?こんなところで何をしているんだ、ヴェルナー?」
そこには、執務室にいるはずのヴェルナーの姿があった。
しかも、いつもと打って変わって酷く落ち込んでいるようにすら見えた。
ぴんと伸ばされているはずの背筋が丸まっているのだ。
これ以上にわかりやすい落ち込み方はないだろう。
「ヴェルナー?どうしたんだ、おい」
「・・・アーサー、か・・・なんでもない」
「なんでもないわけないだろう。顔色酷いぞ?
あぁ、そこの、すまないが女王陛下にアーサーベルトが急用でお尋ねできなくなったとお伝えしてくれ。ついでに宰相室にも、急用ができて宰相は戻らないとも」
「はい!!」
アーサーベルトはどうしてヴェルナーがそうなっているのか、なんとなくわかっていたが敢えて知らないふりをする。
「構うな、陛下のところへ」
「いいや、こんなお前を置いていけない。それに陛下だって同じことを仰ってくれるさ」
「・・・すまない」
「あぁ、気にするな。とりあえず私の部屋に行くがいいか?それとも医務室のほうがいいか?」
「・・・部屋で頼む」
アーサーベルトは頷く。そしてゆっくりと歩きだした。ヴェルナーはその後ろをふらりと歩き出し、そしていつものように背筋を伸ばして歩き始めた。
どうやら、弱ったところを見せないようにするくらいの矜持はあるらしい。
困ったものだな、とアーサーベルトは思った。
ここまで弱っているのに、どうして気づかないのか。
馬鹿なのだろうか、と本人が聞いたら激怒しそうなことを考える。
しかしそれくらい、ヴェルナーは鈍すぎるのだ。
「・・・さっさと気付け、阿呆め」
「?何か言ったか、アーサー」
「いや、なんでもない」
アーサーベルトは案外キューピッドというのは難しいのだなぁ考えながら歩いていた。
****************
「ああああああーー!!」
その夜、レネット家のティアナの自室は、荒れに荒れていた。
「なんなのなんなのなんなのーーーー!!」
ぼすんぼすんと枕が叩かれる。
もし枕が声を出せていたら酷い声を発しているとわかるくらいに、滅多打ちにされていた。
「意味わからないわ!?確かに!!お父様がよろしくって言っていたかもしれないけれど!!私成人!!」
ティアナは荒れ狂う思いのまま吐き出し続けた。
「なにが預かっているから、よ!!私、子供じゃないわ!!それになんなの、あの態度!!キリク様と志同じくしているのではないの!?なんで私が当たられるのよ!!」
うがーーっとばかりにティアナは吠える。
久々に吠えまくる。
扉の近くでは、父と兄が心配そうにうろうろしていることなんて、知らない。
「第一!!なんで私の行動すべてをクライス様が知る必要があるのよ!?昼食まで!?ありえないわ!!」
ティアナは枕をボスボス殴る。
縫い目の悲鳴が聞こえてきそうなくらいだ。
「~~~っ、なんで・・・!!」
ティアナは感情の赴くままに枕を殴った。
そして、その感情の勢いのまま、ほろりと涙を零した。
「あんなの、ひどい、わ・・・」
ティアナは、ヴェルナーに思いを寄せている。
そしてそれが叶うことはないだろうと思っている。
いくら女王陛下やアーサーベルト様が大丈夫だと言っても、怖いのだ。
あの優しさが、冷たさに変わることが。
そんなつもりではなかったと言われたら。
結局、ティアナも普通の令嬢と変わらないのだと言われたら。
勘違いしないでくれと、切り捨てられたら。
そう考えるたびに、ティアナは夜も眠れなかった。
だから、ひっそりと思うだけにしようかと、少しだけ考え始めていたのに。
それなのに、あんな態度を取られてしまっては。
「なんで、なんで、気にするのよ・・・っ、ばかっ・・・!」
期待、してしまうではないか。
自分に少しでも気があるのではないかと、舞い上がってしまったではないか。
それなのに、彼が放つ言葉は、父から預かっているから、自分が連れてきたからと体裁ばかり。
夢なんてあったものではない。
ぼすんっ、と枕を一度強く叩くと、ティアナはそれに顔を埋めた。
自分ばかり振り回されているような気がする。
心配してくれたかと思いきや、他意はないと言わんばかりの態度。
女王陛下やアーサーベルト様は応援してくれているようだが、これに応えられる自信が欠片もない。
もっと、綺麗だったら、自信を持てたのだろうか。
「~~~っ」
ティアナは足をばたつかせる。
はしたないことだが、部屋には自分しかいないからいいだろう。
そうして一人で悶々としていると。
「ティー?ティアナちゃん?
お母様よ、入るわね」
「っ!?えっ!?」
母は、ティアナの返事を聞かずに部屋の扉を開いて、ベッドで乱れているティアナを見てくすくすと笑う。
「ティアナ、一人だからってあまり暴れちゃだめよ?」
「ご、ごめんなさい」
ティアナは慌ててベッドから起き上がり、ドレスを整える。
そしてゆったりとソファーに腰掛ける母の前に腰を下ろした。
「どうなさったの、お母様」
「どうなさったのって・・・貴女のほうこそ、どうしたの?
扉の向こうでお父様とアルベルトがおろおろしていたわよ」
「お父様とお兄様が・・・」
心配をかけてしまったことにようやく思い至り、ティアナは後悔する。
「それで、なにがあったの、ティアナ」
「・・・」
「ティアナ、膨れていてもわからないわ。それにこのままじゃお父様とアルベルトが発狂するわよ」
「っ・・・い、言わなきゃ、ダメ・・・?」
ティアナの必死の抵抗に、母エリナは美しく微笑んだ。
「・・・そう、それで、ティアナはどうしたいの?」
「どうって・・・?」
ティアナは洗いざらい母に話した。
というより、話す以外の選択肢はなかった。
そして話し終えたティアナに、エリナはそう返したのだ。
「クライス様のこと、好きなんでしょう?」
「・・・・・・」
「お母様にも、その気持ち、わかるわ」
「・・・お母様にも?」
「えぇ、お父様と婚約していた時に、同じようにやきもきしたことがあるわ」
ティアナは母から告げられた予想外の言葉に、目を丸くした。
「ふふっ・・・昔のお父様は今より言葉足らずでね。いつも私のやることなすことに口を出してくるんだけど、酷いのよ。何をしていた、あの男は誰だ、あまり夜会に出てくるな、ってね」
「・・・うわー、お父様、酷い」
「でしょう?でもね、婚約したある時、私怒っちゃったの。婚約した後も言ってくるから、そんなに目障りなら婚約破棄しましょうって」
「え!?」
「そうしたらね、お父様ってば見ていて可哀そうなほどに慌てちゃって」
ティアナはどうして父が母に頭が上がらないのか、少しだけわかった気がした。
「ティアナ、一つだけいいことを教えてあげるわ」
エリナは片目を瞑って唇に人差し指を当てると、小さくそれを言った。
「殿方は素直になれない人が多いのよ」