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2nd


ティアナ・レネット。

ステファン・レネット男爵を父にもち、そしてその父は城にて政務官としてその辣腕を振るっている。

兄と弟を持ち、兄は既に結婚をして領地を恙なく収めている。

兄と弟に挟まれたティアナは、貴族令嬢としては珍しく、勉学に励む令嬢でもあった。

父ステファンとしては、令嬢としての教育をしっかりとし、良いところに嫁いでくれればと思う傍ら、一人娘を手放したくないという思いから今現在も結婚もせずに家にいる。

そして同じように、ティアナも結婚に対して夢を持っていないことから、焦ることもなく家で領地経営を手伝っていた。






(どうしよう・・・)


ティアナは一人途方に暮れていた。

やるといってしまった手前、もちろん精一杯頑張るつもりではある。

だが、どうしてあの時の自分はやるなどと言ってしまったのだろうか。


「・・・勢いって恐ろしいわ」


でもなぜか、手伝いたいと思ってしまったのだ。

令嬢であれば誰もが夢みるクライス宰相の、手伝いが出来れば、と思ってしまったのだ。

もちろん、そこには恋愛感情なんて欠片もない。

所謂、住む世界が違う、だ。

ティアナとて貴族の端くれではあるが、自分が取り立てて美人であるわけでもあるまいし、いうなれば嫁ぎ遅れとも言われてもおかしくない。


それに、女王陛下がそう簡単に許可を出すとは思ってなかったというのがレネット家の考えだった。

自分も、もちろん父ですらもそう考えていた。

普通に考えてそうだろう。

ただの貴族の令嬢に国政の――末端ではあるが、手伝わせようとするのだろうか。

しかしそんな父娘の考えは翌々日にきたクライス宰相からの手紙で吹っ飛んだ。


曰く、イルミナ女王陛下は女性が国政を手伝おうとすることは非常にいいことだとお考えで、また、それが宰相である自分からの推薦であればなおのこと。

もちろん無理強いするつもりはないが、少しの期間でもやってみないか、とのことだった。


それに対して絶句したのがレネット家だ。

もちろん、やるといったティアナがいる以上、やらないというわけにはいかない。

父は頭を抱え込み、母はころころと笑った。


「お、おまえ、てぃ、ティーが・・・」


「あらあら、何を狼狽えていらっしゃるの。

 ティアナ、折角ですから良い殿方でも見つけていらっしゃいな」


・・・母は強い。

ティアナは改めてそう感じた。






そうこうしているうちに、ティアナが登城する日がやってきた。


「あ、あの、ティアナ・レネットです・・・」


門にいる衛兵に声をそろそろとかけると、衛兵はにこりと爽やかに笑った。


「レネット様ですね、伺っております。

 どうぞこのままお進みください」


「あ、ありがとうございます・・・」


以前は、父に会いに来るだけだった。

しかし、今回は違うのだ。

そう考えるだけで、ティアナの心臓は今にも破裂しそうなほどだった。


「―――失礼します、ティアナ・レネット嬢でお間違いありませんか?」


「え、あ、はい!」


不意に後ろから声をかけられ、ティアナはびくりとしながらも首肯する。

するとそこにはげっそりとした、という表現以外何も似合わないような男性が立っていた。


「あぁ・・・よかった、私はクライス宰相の部下の一人です・・・。

 お迎えに上がりました」

「あ、お手数をおかけしてしまって、申し訳ありません・・・」

「いえいえ、これで少しは楽になるのかと思えば」


ティアナは、自分の想像よりも忙しい場所なのだろうと思った。

迎えに来てくれた男性は、よれよれの官服に青白い顔色、目の下にはどす黒い隈が鎮座している。

微笑んでいるが、それ以上に今にも倒れそうだった。


「あ、あの大丈夫ですか・・・?」

「―――え?」

「いえ、なんだがお疲れのご様子なので・・・」


男性はティアナの言葉が理解できなかったのか、きょとんとしている。

しかし徐々に理解すると、その目に涙が浮かび始めた。

それにぎょっとしたのはティアナだ。


「え、あの!?」

「う、うぅ・・・いったいいつぶりだろうか、そんな、そんな優しい言葉を聞いたのは・・・」


(あ、これヤバイ。私が思う以上にヤバイ)


「ティアナさん!!魔の巣窟に咲く一輪の花!!」

「え!? あの!?」


いきなり手を握られ爛々としたその目に、ティアナは冷や汗を流す。

鼻息荒く顔を近づけてくる男性に、ティアナは目をぎゅ、っと瞑ったその瞬間。


「ぎゃあ!!」


ゴイン、と音がしたと思えば、手にあった圧力がなくなった。


「何をしている。

 私はさっさと案内しろと言っただけで、手を握っていいとは言った記憶はないが?」

「く、クライス宰相様!?」

「ひィ!?」


ティアナは驚きの声を、男性は悲鳴染みた叫びをあげた。


「レネット嬢、うちのものが失礼しました。

 ちょうどよかった、私の執務室へ案内する前に、女王陛下にお目通りをお願いします」

「あ、ハイ」


「お前は戻ってこれを処理しておいてくれ」

「え!? ま、待ってください!! また増えるんですか・・・!?

 ・・・あ、宰相!?さいしょーーーー!!」


クライス宰相は背後から聞こえてくる悲鳴を無視して、ティアナをエスコートする。


「あ、あの、よろしいのですか・・・?」

「何がでしょう?」


にこり、と笑みを浮かべているが、ティアナにはこれ以上聞いてはいけないと本能が叫んでいた。


「・・・い、いいえ、何でも、ございません」









「貴女が、ティアナ・レネットですね?頭をあげてください。

 レネットからよく話を聞いています」

「お、恐れ入ります、女王陛下」

「ヴェルナーが貴女を推薦したと聞いています。彼の推薦ならば信頼できるでしょうが、無理はしないように。ヴェルナー、貴方も気を配ってくださいね」

「かしこまりました、陛下」

「ティアナ・レネット。何かあれば、すぐに誰でもいいので相談してくださいね」

「ご配慮、感謝いたします」







「・・・はぁーーーーっ」

「いきなりですみません。陛下も何分お忙しいので、時間を取れる時に拝謁しておかないとならなかったので・・・」

「い、いいえ、大丈夫です。ですが、やはりとてもオーラがすごいですね」


ティアナ自身、女王であるイルミナを見るだけなら幾度かあった。

しかし、あんなに近く、そして言葉を交わしたのは初めてのことだった。

そして思うのは、堂々とした対応、そして滲み出る包容力。

やはり上に立つものとしての存在感というものがあった。


「・・・その言葉、陛下もお喜びになることでしょう」


クライス宰相は、ふわりと微笑んだ。

そのあまりに優しい笑みに、ティアナの心臓がどくりと早まる。

そして気づいた。


(あぁ、このお方は・・・)


つきり、と心のどこかが痛んだような気がしたが、気のせいだろうとティアナは思い込む。


「・・・では、執務室を案内します。

 朝は大体十時から始まり、一時に昼です。レネット嬢は五時に仕事を終えていただいて結構です。帰りは私の馬車を使って帰ってください」


「はい、わかりました。・・・私だけ、五時なのですか?」


「そうなります。手伝っていただくとはいえ女性を遅くまで拘束できません。ましてや、レネット殿の大切なご令嬢ですから」

「・・・でも、それではみなさんが」

「大丈夫です。少なくとも日中に一人増えるというだけで精神的負担は軽くなりますので」

「そう、ですか・・・」


ティアナは納得できないままも頷いた。

折角国のために何かができると思ったのに、女性だからという理由で甘やかされている。

それでは意味がないのではないか。

だが、宰相様の言うことも理解できる。


(それなら、私がものすごく有能であるということを理解してもらえば、もっと色んなことができるのかしら?)


それしかないとティアナは思う。

やるなら精一杯頑張りたい。

女性だからとか、男性だからとか関係なく、頑張りたい。

今までの自分が、どこまで通用するのか。


「では執務室はこちらです」


クライス宰相はティアナの決心に気づくことなく、さっさと歩いてしまう。

こういったところも氷の貴公子と呼ばれる所以なのだろうか。


「よろしくお願いします、クライス宰相様」

「・・・長いでしょう、それでは。クライスで結構ですよ」

「…では、クライス様と。私は部下になりますので、どうぞお好きにお呼びください」

「機会があれば」


冷たくすら聞こえるそれに、ティアナはひやりとする。

もしかして自分は踏み込みすぎたのだろうか。

やんわりとした拒絶に、少しだけ悲しくなりながらもティアナは気丈に後をついていった。







**********







「う・・・そ・・・」

「・・・ほんとう、なのですか・・・?」

「ゆめ、夢じゃないのか・・・!?」

「あはははっはは!!」

「目を覚めせおれ!!寝たら死ぬぞ!!」



「・・・これは」

「申し訳ありません、これが宰相室の現実です」


ティアナは宰相室に入った瞬間、絶句した。

先ほどまでの悲しい気持ちなんて、一瞬で吹きとぶほどに。

執務室、と呼んでいいのだろうか。

一言で言って、巣窟だった。


うず高く積まれた書類たちに、適当にまとめられたごみ。

そしている人たちの目の下には濃い隈があり、時折奇声のようなものをあげている。


「み、みなさん、大丈夫ですか・・・?」


ティアナの小さな気遣いの言葉に、男たちは勢いよくティアナを見る。


「め、女神だ・・・」

「神だ」

「ほんとうに、ほんとうに?」

「本物か・・・?嘘じゃないだろうな」

「誰か変な薬でも焚いたか・・・」


ぼそぼそと言っているが、そのすべてを正確に聞き取ったティアナの顔は引き攣る。

酷いとは聞いていたが、ここまでとは想像していなかった。


「・・・お前たち、今度から手伝いに来てくれるティアナ・レネット嬢だ。レネット殿のご息女でもある。気を付けて、」


クライスの言葉を遮り、男たちは歓声の声をあげた。


「うわああああああああああ」

「いやったああああああああ」

「うっ・・・うっ・・・」

「っしゃああああああああい」

「ひゃっはああああああああ」


「ひっ」


まろぶように男たちは席を立ち、ティアナの前にやってくる。

その顔が狂気に満ちているような気がするのはティアナの気のせいだろうか。


「てぃ、ティアナさま!!」

「ティアナ嬢!!よくぞ、よくぞ来てくれた!!」

「ティアナちゃんって呼んでいい!?」

「女の子だ・・・本物だ・・・」


「貴様ら!!レネット嬢が脅えているだろうが!!」


「「「「「ひぃっ」」」」」


そうしてカオスな顔合わせは始まった。





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