19th
「あ、あの、マルベール様・・・!」
「ん?あぁ!失礼しました、レネット嬢」
浚うように連れられたティアナは、キリクの足の速さに息も絶え絶えになりながら声をかけた。
そのことに気づいたキリクは、慌てて立ち止まり廊下の端へと寄る。
ようやく一息つけるようになったが、正直どうして彼があのようにして自分を連れ出したのか理解できなかった。
あれではまるで、自分たちがただならぬ関係のようではないか。
「マルベール様、なぜ、あのようなことを・・・」
「申し訳ありません・・・、アーサーベルト様が・・・いえ、ここで話すのもなんですから、四阿に行きましょう。そこで昼食を摂れるように手配しておりますので」
「四阿、ですか・・・?私がそのような場所に行っても問題ありませんか?」
ティアナは、城に来ていくつか足を踏み入れてはいけない暗黙の場所、というものを理解していた。
その一つが、女王の憩いの場所の一つである四阿だ。
「あぁ、そちらは流石に・・・。別の場所にもあるので、そちらですよ」
「あ、そうですか」
キリクの言葉にティアナはほっとする。
いくら女王陛下と個人的に話をしたことがあるとはいえ、恐れ多い。
「では、参りましょう」
恭しく手を差し出してくるその姿は、まるで絵本の騎士のようだ。
そのことに気づいたティアナは、くすりと笑ってその手に自分のものを重ねた。
「宜しくお願い致しますわ、騎士様」
ティアナが乗ってきたのがわかったのだろう。
キリクもにこりと笑みを浮かべてその手を引いた。
「それで、ご説明いただけますか、騎士様?」
ティアナは食後の紅茶を一口口にすると、ようやくそれを切り出した。
正直なところ、キリクとの食事は楽しかった。
彼には失礼かもしれないが、ヴェルナーのように美しすぎるわけではないので比較的に緊張せずにいられたのだ。
さらに、彼の話は面白かった。
ティアナの知らない騎士団の人々の面白い話をしてくれるのだ。
それに引き込まれるようにして笑っているうちに、いつの間にか食事が終わっていた。
「ははは、やはり流されては下さいませんか」
「当たり前です。あのように連れ出されては、私とマルベール様がただならぬ関係だと言っているようなものではありませんか」
本当はアーサーベルトから聞いているくせに、と思いながらキリクを少しだけ睨む。
「あ~・・・実はアーサーベルト様からの依頼もありまして」
「アーサーベルト様ですか?」
「はい。レネット嬢もご存じかもしれませんが、宰相殿は酷くご自分のことには鈍感らしいのです」
それは、アーサーベルトだけでなく女王陛下からも聞いたことだった。
ティアナはそれに頷いて答える。
「アーサーベルト様は、どうやら宰相殿に自覚というものをされてほしいそうで」
「自覚、ですか?」
「はぁ・・・。私にも詳しくはお話し下さらなかったんですけど、とりあえずレネット嬢と会えたら食事に誘うようにと。さらにいうのであれば、職務のある日の昼食にしろ、とも」
「・・・」
なんと面倒な指示だろうか。
会えたら、ということは会えなかったら決行されなかったということだろう。
なんというか、杜撰ではないだろうか。
「あとは、私が宰相室まで迎えに行くように、とも。まぁ私が考察するに、宰相殿に嫉妬させよう作戦かと」
「・・・はい!?」
こそりと耳打ちするように言われたそれに、ティアナは素っ頓狂な声を上げた。
それも仕方あるまい。
「え、な・・・ちょ、ちょっと待ってください、それだと、クライス様が・・・」
「え、違いましたか・・・?てっきり相思相愛だけどなかなか声に出さない宰相殿に不安を感じているとばかり・・・」
「えええーーー・・・」
ティアナはがっくりと項垂れた。
いったいアーサーベルトはどのように話したのだろうか。
というより、聞き間違えどころの話ではない。
「・・・マルベール様、それは大分事実と異なるお話で」
「あぁ、ここにいたんですか」
「!?」
とそこに、声が乱入してきた。
しかも、結構聞き覚えのある声で。
「おや、宰相殿。如何されましたか」
「邪魔をして悪いな、マルベール。少しティアナ嬢に急ぎの用があってな」
「なんと。休憩中にもですか?」
さらりと嫌味のようなことを言うキリクに、ティアナは一瞬で血の気が引く。
「・・・そうだ。悪いが、ティアナ嬢がいてくれないとわからないことでな。それにそろそろ休憩時間も終わるだろう。連れて構わないな?」
ヴェルナーの言葉に、キリクはティアナに視線でどうしますか、と尋ねてきた。ような気がした。
「あ・・・で、ではマルベール様、今日はありがとうございます。そろそろ戻りませんと」
「そうですか、レネット嬢に言われてしまえば止められませんね。宰相殿、よければ私がお送りしますよ?」
「それには及ばない」
ヴェルナーはそういうなり、ティアナに手を差し出す。
「え、あの・・・?」
戸惑いを見せるティアナに、ヴェルナーは視線で手を取るようにと圧をかけてくる。
ティアナは、このたった数分で視線を読むことを覚えそうだった。
そして手をそのまま握られ、引っ張られる。
「あ、あ、ま、マルベール様、本日は本当にっ・・・!」
「気にしないでください、レネット嬢。今度から私のことはキリクとお呼び下さいね」
「っ」
キリクがにこにこと見送る中、キリクの言葉を聞いたヴェルナーがなぜか歩調を早める。
「わ、ちょ、く、クライス様・・・!?」
「・・・」
無言のまま足早に進むヴェルナーに、ティアナはなぜか声がかけ辛かった。
***********
「・・・クライス様?どうしてここに・・・」
「・・・」
そこは、城の奥にある庭だった。
どちらかと言えば、王族が来るような庭で、ティアナがいていい場所ではない。
来る途中に何人もの衛兵を見かけた。
先を歩くヴェルナーを見てぎょっとし、そして連れられているティアナを見て不憫そうな表情をしていた。
そんな表情をするなら助けてくれてもいいのに、と内心思わざるを得なかった。
「クライス様っ、急ぎの仕事があるのに、いいのですかっ・・・!?」
未だに背中しか見せようとしないヴェルナーに、ティアナは声を上げる。
乙女な部分からすれば、正直この状況は胸が躍る。
しかし今のティアナは仕事をしに城にきているのだ。
第一優先は仕事であって、自分の色事ではない。
しかしヴェルナーはティアナの言葉に欠片も反応しない。
「・・・クライス、様・・・?」
そのあまりの反応の無さに、ティアナは不安になる。
まさか、なにかあったのだろうか、と。
「・・・た」
「はい?」
すると、ようやくヴェルナーが口を開いたのだが、小さすぎて聞こえない。
そのため、ティアナは握られた手をそのままにヴェルナーへと近寄った。
「キリクと、何を話していた・・・?」
「・・・はい?」
「っ・・・だから、キリク・マルベールとは何の話をしていたんだっ」
その荒い語気にティアナも少しだけむっとした。
どうして、自分が怒られなくてはならないのだろうか。
ちゃんと休憩中だった、ヴェルナーには何の迷惑もかけていないではないか。
「・・・クライス様には関係のないことです」
ティアナのいつにない反抗的な態度に、ヴェルナーの頭にも血が上ったらしい。
「関係なくない。貴女はレネット男爵からお預かりしている」
「!それは、そうですけど」
「だから城内での行動を、私はある程度把握しておかねばならない」
「・・・」
ヴェルナーの言っていることは無茶苦茶だった。
心配してくれているのだろうとは思うが、父よりも酷くないだろうか。
「・・・クライス様、あのですね、私、成人しているのですが」
「?知っているが」
「・・・ですから、城内で問題を起こすような年頃でもありませんし、そもそも起こしたりもしません」
「知っているが?」
「~~~なら、どうして私の行動を把握しようとするのですか?」
「だから、男爵からお預かりして・・・」
「業務内だけではなくですか?私、昼食の間だけでしたけど」
ティアナはヴェルナーが何をしたいのかわからなかった。
もしこれで、彼が自分のことを、なんて思えたらかわいく思えたのかもしれない。
だが、ヴェルナー・クライスという人物がそうでないことを知っている。
だからこそ、ティアナは困惑した。
「・・・その、確かに父から頼まれているかもしれませんが、私も成人しております。クライス様にご迷惑をおかけするつもりはありません」
「・・・」
「父には私からも伝えておきます。ですから、ここまでして面倒を見ていただかなくとも大丈夫です」
黙り込んだヴェルナーに、ティアナは伝えた。
そうでもしなければ、自分が惨めにも期待しそうだったからだ。
女王陛下に押して行けと言われたが、やはり嫌われてしまうことを考えると二の足を踏んでしまう。
そうして、ティアナは握られた手を放そうとする。
しかし、その手をヴェルナーは強く握った。
「っ、クライス、様・・・?」
「・・・ヴェルナーでいい」
「はい?」
「ヴェルナーと呼んでいいと言った。それとティアナ、私は貴女を城に呼んだ当事者だ。変な男に引っ掛かりでもしないかと心配するのは当然だろう」
「・・・なんですか、それ」
「それが男爵との約束だ。貴女に変な男を寄せ付けないでほしいと言われている。それに私が呼んだ女性が、変な男に引っかかるのも許しがたい」
「・・・」
ティアナは腹の底からふつふつと怒りが混みあがってくるのを感じた。
変な男?
確かに、城にもたくさんの人がいる。
だが、寄りにもよって騎士団長を変な男呼ばわり。
そもそも何でそこまで干渉しようとしてくるのだろうか。
自分のことを好きでもないくせに。
「クライス様」
「だからヴェルナーと」
「クライス様、いくらなんでも酷すぎます」
「・・・なに?」
ティアナの言葉に、ヴェルナーはその秀麗な顔を歪めた。
「マルベール様との間を、どう邪推なさっているのかはわかりませんが、私たちは会ってまだ二回目です。それに騎士団長にある方を、変な男呼ばわりは如何なものでしょうか。立場が違えど、国を守る同志でしょう」
「・・・」
「とりあえず、今後はちゃんとお伝えします。ですから、今回のように呼びに来ないでください」
「それは」
「だって、急ぎの仕事があると仰っていたのに、ないのでしょう?」
ティアナの指摘に、ヴェルナーは黙り込む。
図星か。
「本当にある際は衛兵の方をお願いします。私を呼びに来る時間も惜しいでしょうから」
ティアナはそれだけ言うと、ヴェルナーの手から自分の手を引き抜き、そのまま踵を返した。
せっかくの庭だというのに、少しも景色を楽しめなかった。
そのことにも、悲しくなる。
「戻りますが、クライス様は?」
「・・・少し、頭を冷やす」
「そうですか。では」
ティアナは怒り露わにヴェルナーに背を向けた。
・・・その背を、ヴェルナーが後悔したように見ていることにも気づかずに。




