18th
「みなさん、お昼ですよ」
「っしゃーーい!!」
「あぁ、お腹すきました・・・」
「今日は何かなー」
結果的に、ティアナは仕事の時に昼食を持ってくることになった。
理由としては、やはり軽食では物足りないが食堂に行く暇もない。
そして一番は女性であるティアナの手作りがいいということだった。
「今日はスープも持ってきたんです。温めてもらいますから少しお待ちくださいね」
「「はーい」」
普通、貴族令嬢自ら料理をすることはない。
しかしティアナは本で調理方法を知り、自らもやってみたいという実験的な気持ちから始めたのだ。
それに領地で結婚もせずにタダ飯喰らいになるのも嫌だったため、色々と出来るようになろうとした結果だった。
といっても、あくまでも簡単なものしか作れない。
そのため、ティアナは屋敷の料理人に教えを乞いながら作っているのだ。
もちろん、父と兄が率先して味見をしてくれる。
「クライス様」
「・・・」
「・・・ヴェルナー様」
「・・・ん、あぁ、レネット嬢か。もう昼か?」
そしてティアナには一つだけ、気になることが出来た。
あれ以来、仕事に集中しているクライスを呼ぶときに名で呼ぶことが多くなったのだ。
稀に家名だけで反応してくれる時もある。
だが大抵、名で呼ぶほうが気づかれやすい状態になっているのだ。
そのことに、ティアナの心はふわふわと浮足立った。
何というのだろうか。
特別感のようなものが感じられた。
「閣下はティアナ嬢のこと、本当に気に入られておりますね」
「!?」
「も、モーガン様!?」
そんな時、部下の一人であるジョルジオ・モーガンの爆弾発言にも等しい言葉に、二人は揃って狼狽える。
「うわー、クライス様がそんなになるの、俺はじめてに等しいかもしれない・・・」
「大丈夫です、そうそうお目にかかれないですから」
「っ、お前たち・・・!」
「怒らないでください、閣下。本当のことですよ」
「ボルシオ・・・!!」
わいわいと騒ぐその姿は、今までの宰相室ではありえない光景だと、一体誰が気づくだろうか。
殺伐とした空気の中、誰もが顔色悪く仕事をしていたとは思えないような光景だった。
「ちょ、皆様、落ち着いてください。モーガン様も、あまりからかわないでください」
心の中ではそういう風に見えているのだろうかと少しだけ喜びながらも、ティアナは制止をかける。
そうでもしないとこの手の話は否定すればするほど燃えることを知っているからだ。
ティアナの冷静な一言に、男たちは面白くなさそうに口を尖らせるも、引き際はわかっているのか黙る。
「ささ、早く召し上がってください。まだ仕事は残っていますから」
「あ、あぁ・・・」
ヴェルナーはティアナの対応に目を瞬かせながらも、大人しく食事を口にした。
******
「あ」
いつものように仕事を終え、一人城内を歩いていたティアナは、見覚えのある後ろ姿につい声を漏らした。
「ん? 貴女は・・・」
「ごきげんよう、マルベール団長様」
そこには、騎士団団長であるキリク・マルベールがいた。
見覚えのある、と言っても本当に言葉通りだ。
女王が表に出る際に、彼は必ずその傍にいたから。
しかし彼が自分のことを知らないだろうと思い、ティアナは自己紹介をしようとすると。
「失礼、間違えていたら申し訳ないのだが、ティアナ・レネット嬢で間違いないだろうか?」
「え、あ、そうです」
しかしマルベールはどうやらティアナのことを知っていたらしく、間違えていなかった故なのか安堵の息を吐いていた。
「も、申し訳ございませんが、マルベール団長様・・・、どこかでお会いしましたでしょうか・・・?」
「あぁ、いえ、驚かせて悪かった。アーサーベルト様からよく貴女のことを聞いていました」
「アーサーベルト様から?」
「えぇ」
ティアナはまさかと思った。
「ま、まさか、アーサーベルト様、何を・・・?」
「あー・・・。少しだけ、話は聞いています」
「っっ!!」
ティアナは一瞬で自分の顔に熱が籠るのを感じた。
いくら仲がいいといっても、自分のことを話すなんて・・・!
「あぁ、レネット嬢、アーサーベルト様の不躾、代わりに謝罪します・・・、しかし知っているのは私だけですから」
「・・・」
マルベールだけが知っているといっても、知らなくていい側の人が知っていることには変わりない。
ティアナは失礼だと知りながらも涙目でマルベールを見上げた。
「うっ・・・あの、その、アーサーベルト様が私に話したのには理由がありまして」
「理由、ですか」
どれほど高尚な理由だというのだろうか。
人のことを勝手に話すほどのものなのだろうか。
「ここでは・・・、そうだ、よければ明日、昼食をご一緒しませんか?」
「昼食を?」
マルベールはなぜか焦ったようにこくこくと頷いた。
「そうです、そこでなぜ、アーサーベルト様が私に話したのかの理由をお話ししたいと・・・」
「・・・」
「それに、ご令嬢の秘密を勝手に知ってしまった償いをさせてください」
「・・・」
ティアナは考え込んだ。
いつもティアナは宰相室でみんなと同じように昼食を摂っているが、約束をしているわけではない。
皆の分の昼食だけ持って行って、自分はマルベールと摂るというのもありなのかもしれない。
それに何より、アーサーベルトが勝手に話した理由を知りたかった。
「・・・わかりました。では明日、どちらに伺えばいいでしょう?」
「いいえ、私がお迎えに上がります」
「それは・・・」
ティアナは渋った。
もしそれで、クライスに自分とマルベールが恋仲だと勘違いされたらどうしようと思ったのだ。
「大丈夫です、クライス宰相様とは既知ですから」
にこりと人好きのする笑みを浮かべるマルベールに、ティアナも諦めたように微笑んだ。
「そこまで仰られるのであれば、ぜひ。デザートも付けてくださいませ?」
ティアナの了承に安堵したのか、マルベールはほっとした笑みを浮かべて了承した。
「皆さん、昼食の時間ですよ」
「腹減った―!!」
「あ、片づけてからにしてください!」
「今日は何ですか?」
翌日、宰相室はいつものように昼食の時間を迎えた。
しかし、その日はいつもと違った。
少なくとも、宰相室の住人にとっては。
「ティアナ嬢?お食事は?」
「あ、私は」
「失礼いたします、キリク・マルベールですが、入室してもよろしいでしょうか?」
「マルベール騎士団長?」
突如として訪れたマルベールに、宰相室の面々が顔を見合わせる。
「キリク、何かあったのか」
そんな中、ヴェルナーは颯爽と立ち上がりマルベールに入室を促した。
「宰相殿、いいえ、本日はレネット嬢をお誘いに」
「・・・なに?」
「え?」
「はい?」
マルベールの言葉に男たちはばっと音が出んばかりの勢いでティアナを見た。
見られたティアナはその勢いに若干ひきつつ、頷きを見せる。
「今日、マルベール様に昼食をお誘いいただいたんです」
「まて、いつ知り合ったんだ?」
「いいではありませんか、宰相殿。レネット嬢、時間も限られておりますから行きましょう」
「ちょ、まて、キリクっ」
マルベールは強引にも近い勢いでティアナの腕を取る。
「え、あ、あ、あの、少し行ってきますっ」
バタン、と閉められた扉に、ヴェルナーの手が伸びていた。
掴む当てのない腕は、所在無げに空に伸びている。
「・・・え、なに、今の」
「どういうことでしょうかね」
「ティアナちゃん、いつの間に騎士団長と知り合ったわけ?」
「それよりも、あの団長殿の強引さ・・・何かありますね」
「・・・」
行き場のない腕を下したヴェルナーの表情はむっつりとしていた。
そのことに気づいたボルシオが、うっすらと笑いながら話し続ける。
「ティアナ嬢も妙齢の女性です。それに能力は高く、だからといって傲慢さはありません。我々を気軽に助けてくれるあたり、きっと奉仕の心も持ち合わせているのでしょう・・・。正直、今の今までお一人でいたことが信じられませんね」
「あー、確かに。レネット男爵が溺愛しているって噂は本当だったんだよなー。確かに、ものすっごい美人ってわけでないけど普通に可愛いしなー」
「正直、ティアナちゃんがお嫁に来てくれたら安心して仕事に打ち込めるよな・・・」
「そういえば、マルベール団長ってまだ一人身じゃ・・・?」
「まさか、ティアナ嬢に懸想を?」
「いやいや、ありえない話じゃないけどな・・・。でもそう簡単に渡しはしないけど」
「・・・」
「まぁでも、マルベール団長もいい人だしな」
「確かに、団長という地位についていて、穏やかな性格と聞きますね」
「家じゃ違うのかもしれないじゃないか」
「まさか、家庭内暴力振るう人だから、結婚していないのか・・・!?」
言われたい放題のキリクである。
そうこうしているうちに、ヴェルナーは無言で扉へと向かった。
「あれ、どうしたんですか、クライス様」
「・・・少し、出る」
「昼はどうしますか?」
「戻ってきてからにする。私がいなくてもサボるなよ」
バタンと二度目の扉の音がし、そこに居合わせた男たちは笑いを堪えていた。
「見たかよ、クライス様の顔!」
「なんて酷い顔をされていたんでしょうか・・・あれでは百年の恋も冷めますね!」
「てか、閣下は本気で何も気づいてないのかよ、あれで?」
「閣下は鈍感だからな。仕方のないことだろう」
キリクの次に、好き放題言われるヴェルナー。
「それにしてもマルベール団長、本気だと思うか?」
「わかりませんね。正直に言っていつどこで知り合われたのかすらわかりませんから」
「まぁ、団長殿は真面目だからいいだろう」
「そうだなぁ、レネット男爵も・・・とりあえず剣は振るわないだろう」
ティアナは知らない、ある約束が宰相室とレネット男爵の間で交わされていた。
・ティアナに手を出さない
・ティアナに無理をさせない
・ティアナを泣かせない
・ティアナに変な虫をつけない
・ティアナを困らせない
などなど。
親ばかここに極まれり、という約束事が半ば強制的に交わされているのだ。
正直に言って妙齢の女性であって、幼子ではない。
だから行きすぎではないかと進言したモーガンは。
『ほう?ならば貴殿がティアナを娶る覚悟があるということですかな?モーガン殿。
多数の男の中に女の子が一人で仕事をしているのが、どれほど危険なことかお分かりではないらしい。人によっては、ティアナを男好きな女という口さがないものもいるのですよ。
わかっている?いいや、わかっておられない。私は可愛いティアナが結婚などせずに私の元にとどまってくれたら一番いいと思っている・・・しかしそれを強要したりするつもりはない。しかし万が一に、ティアナが結婚したいと望む相手が出来た時に、ティアナに変な噂が少しでもあれば・・・。それ故に私は貴殿らにこの約束を正式に書面にすることを望む』
「・・・クライス様も本気で作るんだもんなぁ」
「まぁ、あのお方がいるなら大丈夫だろ」
「そうです。そして何より、女王陛下のおられるこの城で、そのようなことを起こすはずがありませんよ」
そうして残された男たちは、ティアナの作った昼食に舌鼓をうった。




