15th
「お待たせしてしまいましたかな」
「! いいえ、こちらこそお忙しい中お時間をお取りいただきまして、感謝しております」
その日。
ティアナは有言実行とばかりに行動を起こした。
仕事の合間にその人を何とか見つけ、休日に相談したいことがあると言ったところ、相手は快諾した。
しかし相手の状況から、城で相談することになったティアナは緊張しながらその人を待っていたのだ。
「ですが、本当にこちらでよろしいのですか、アーサーベルト様」
そう、ティアナが案内されたのは城の重鎮が使用するだろう客間だった。
部屋に備え付けられている調度品はどれもティアナが見たことがないくらいに高価なものばかりだ。
それもあって、ティアナは極度に緊張していた。
「構いませんよ、陛下からもお許しを頂いているので」
「へ、陛下もご存じなのですか・・・!?」
「えぇ、ヴェルナーが無理をさせている女性の相談くらい聞いてあげなさいと」
どうやら事はティアナが思うよりも大きく動いていたらしい。
「陛下にお礼を・・・」
「ははっ、そう畏まらずとも。陛下もレネット嬢の仕事ぶりを評価してのことですよ。
とりあえずお茶の用意を頼んであります。城下で人気の甘味も買ってきたのでよければ食べましょう」
「あ、私も持ってきました」
「それはいい!」
アーサーベルトは子供のようにくしゃりと笑った。
そうすると怖さよりも人当たりの良さが感じられる。
ちょうどよく城のメイドがお茶を持ってきてくれたらしく、ティアナは辺りを漂う紅茶の香りにほっと息をついた。
メイドは予め話を聞いていたのか、紅茶を淹れてその他の用意をすると退室した。
そうして、部屋にはティアナとアーサーベルトの二人だけとなった。
「・・・いい香りですね」
「そうでしょう。陛下もお気に入りなのです。・・・少しは緊張が解れましたかな?」
「やっぱり分かられていましたか・・・。このようなお部屋に通していただくのは初めてのことで・・・」
「構いませんよ。私も騎士になりたての頃は城のどこに行っても緊張ばかりしておりましたから」
「アーサーベルト様にもそのような時期が?」
「まぁ、今では考えられないでしょうけどね」
片目を瞑りながら話してくれるアーサーベルトに、ティアナはくすくすと笑いを零した。
「それで、ご相談とはなんでしょう」
「! そ、その・・・」
ティアナは言い淀んだ。
恋というものを自覚したのも初めてだし、どのように切り出していいのかわからなかった。
しかしアーサーベルトはそうは取らなかったようで。
「・・・レネット嬢、ヴェルナーに酷いことをされたのですか・・・!」
「・・・え?」
「いいえ、言わなくてもいいです。ヴェルナーは仕事のことになると真正の鬼になるのは長い付き合いで知っています。あぁ、あいつは鬼です、まさしく鬼畜です。それで私も陛下も何度・・・! 正直心配していたのです。あいつも年をとったから無茶なことはさせないと思っていたのですが、魔窟を生み出すあたりいまいち信用ならず・・・。レネット嬢、隠さなくていいのです、全て話してください!!」
アーサーベルトの流れるような言葉に、ティアナは呆然としてしまった。
そしてクライスへの評価に。
「ヴェルナーが女性を採用すると聞いて驚いたものです。それ以上に、私は嬉しく思いました・・・」
「嬉しく・・・ですか?」
「はい。ヴェルナーの女性嫌いは筋金入りでして・・・。それ故に今も一人身なのですが、クライス家からもそろそろとせっつかれていることでしょう。それでも、あいつは誰も近寄らせようとはしなかった。
しかし、そんな中でレネット嬢をあいつが連れてきたとき、私と陛下は驚きのあまり言葉が一瞬出ませんでした。しかしこれを機にヴェルナーも色々と考えてくれるだろうと思っていたのですが、やはり貴女を犠牲にしてまでなんて・・・!」
ティアナはどこから突っ込めばいいのかわからなくなっていた。
犠牲のつもりなんて欠片もないといったほうがいいのか、それとも父の伝手だからそこまで酷いことはしないとフォローしたほうがいいのか。
「・・・でも、クライス様は、女王陛下を・・・」
ティアナがぽつりと漏らしたそれに、アーサーベルトは敏感に反応した。
「・・・今何と?」
「え、ですから、クライス様は、てっきり陛下に操を立てられているとばかり思っていました」
クライスが女性を苦手としているのは知っている。
だが、女性嫌いだとは聞いていなかった。
苦手な中で、唯一となったのが女王陛下で、それ以上の存在に出会えていないから一人身なのだと思っていたのだ。
「・・・それは、レネット嬢自ら気づかれたのですか?」
アーサーベルトの真剣みを帯びた声音に、ティアナはこくりと頷いた。
「・・・まったく、あいつの鉄仮面もついに潮時ですかな」
「え!?」
「正直に言って、私以外にそれに気づく者がいるとは、思いもしませんでした」
それは、やんわりとした肯定だった。
「では・・・?」
「・・・あいつはそれを否定しますよ。それにそれは随分と前にあいつの中で折り合いをつけたはずのものです」
「・・・」
アーサーベルトは秘密ですよ、と小声で言ってから話し始めた。
「私と陛下、そしてヴェルナーの付き合いが長いことは知っていますね?」
「はい、陛下が殿下だった時代からお二人に師事を受けていたと」
「そうです。私もいつからか、というのは正確には知りません。それにあいつも一度としてそれを口にしたこともない。だが、ヴェルナー・クライスは確かにイルミナ女王陛下をお慕いしていた」
「・・・」
「しかしあの時すでに、陛下にはグラン様がお傍にいた。そしてヴェルナーも、自分の思いに鈍感すぎたんです」
「あのクライス様が?」
ティアナは信じられない気持ちでそれを聞いた。
それに同意するようにアーサーベルトも一度頷きを見せながら、話を続ける。
言葉遣いが荒くなっているのは、親しくなった証拠だろうか。
「ヴェルナーは、良くも悪くも仕事人間過ぎた。だからこそ、守りたいという気持ちが臣下としてのものなのか、異性としてのものなのか判断できなかったのだろうと私は思っている・・・。
・・・ちゃんと踏ん切りをつけたと思っていたが、レネット嬢からはそう見えるのか」
「そう、というよりかは、クライス様の陛下を見る目が・・・」
そう、あれは切ない、だ。
踏ん切りをつけた人がする目ではなかった。
アーサーベルトが深くため息を吐く中、ティアナは質問をした。
「その、クライス様は陛下に想いを告げられていないのでしょうか?」
「ん?あぁ、言葉にすらしていないだろうな」
「え?」
「あいつがそう決めた。言葉にしないと。自分の持つ感情はそれではないと」
「それで、どうやって踏ん切りをつけたと・・・?」
「知らん」
「え」
ティアナはアーサーベルトのあっさりとした返答に驚いた。
そして同時にどうしてそうはっきりと言い切れるのか不思議にもなった。
「少なくとも、ヴェルナーは陛下のお傍にいたいと思っても、隣に立ちたいと思っていないのはわかる」
「どうして・・・?」
ティアナの問いに、アーサーベルトは男臭く笑った。
「長い付き合いだ、それくらいわかる」
ティアナは二人の関係を羨ましく思った。
自分に、そう言い切れる人が果たしているだろうか。
ぼんやりとアーサーベルトを見ていると、不意に扉がノックされる。
それを訝しげに見たアーサーベルトは、音もなく立ち上がり扉へと近寄って誰何した。
「アーサー、私よ」
「!?」
声に覚えでもあったのか、アーサーベルトは慌てて扉を開いた。
そしてその人の姿を見た瞬間、ティアナも素っ頓狂な声をあげてしまった。
「へ、陛下!?」
そこには、質素な恰好をした女王陛下がにこにこと立っていた。
「陛下、まさかとは思いますがお一人で?」
「そんなわけないわ。ちゃんと護衛がいるわよ」
アーサーベルトはため息を吐くと、ティアナを伺うように見た。
ティアナはこくこくと首振り人形のように頭を縦に振る。
国の頂点を部屋に入れないなんて真似をするほど、ティアナは自暴自棄になどなっていない。
「こんにちは、ティアナ・レネット」
「ごごご、ご機嫌麗しゅうございます、女王陛下」
「そんなに畏まらないで?無理に来たのは私よ」
「わかっておられるのであれば、執務室にいてください」
「嫌よ、つまらない」
ティアナは二人の砕けた様子に、物語は本当だったのだと思った。
「それで、ティアナは大丈夫なの?ヴェルナーに苛められた?」
「陛下、どうやらレネット嬢の相談は違うようです」
「そうなの?」
ティアナは興味津々で聞いてくる女王に、どうしてこうなったのだろうと一人自問していた。
目の前には、楽しそうにしているイルミナ女王と、その隣には同じく楽しそうにしているアーサーベルトがいる。
確かに相談したいといったのは自分だが、こうなるとは欠片も予想していなかった。
「そう。ヴェルナーはちゃんとしているのね」
「そのようです。正直信じられませんが、レネット嬢から話を聞く限りでは」
「あのヴェルナーがねー・・・」
「・・・」
「それで、ティアナの相談ってなに?」
麗しの女王陛下は、良くも悪くも話を進める人だった。
「陛下陛下」
隣のアーサーベルトが、イルミナに耳打ちする。
「あ、アーサーベルト様っ!!」
慌てて止めようにも既に遅く、イルミナはきらきらとした目でティアナを見ていた。
いったいどこに、ただの貴族令嬢が自国の王に恋愛相談をするのだ。
そう思ったティアナは、現実逃避するかのように遠い目をした。
「そう・・・アーサー、ちょっとだけ席を外してもらえる?」
「かしこまりました」
「へ、陛下!?」
ティアナは自分の語彙力が下がっているような気がしてならない。
そして女王はどうして二人きりになろうとしているのだろうか。
ティアナの必死の助けの視線にも気づかず、アーサーベルトは颯爽と席を外した。
「・・・ティアナ嬢」
「はい、女王陛下」
「・・・ここからは女二人だけの秘密よ?」
「はい・・・?」
女王は、くすくすと悪戯っ子のように笑うと、ティアナに顔を近づけた。
「ヴェルナーは貴女のこと、気になってしょうがないみたい」
「え!?」
「だって、ずっと傍にいてくれたもの、わかるわ」
女王は先ほどのアーサーベルトのような言葉を口にした。
そして、とても嬉しそうに微笑んだ。
「・・・ヴェルナーは、もう私に囚われていてはいけないのよ」
「女王、陛下・・・?」
女王の言葉に、ティアナはまじまじとその顔を見る。
不敬だとわかっていても、目が離せなかった。
だって、クライス様と同じような目をしていたから―――。




