12th
「・・・意識改革というのは難しいわね」
「そうですなぁ・・・。どうしたって貴族には選民意識が強いものが多いですから」
「そうでないものもいるが、人は十人十色だ」
国一番の権力者である女王の執務室では、深いため息の声が響いていた。
その場には、部屋の主たるイルミナ・ヴェルムンドと、その伴侶であるグラン・ロンチェスター。護衛のアーサーベルトに報告者であるヴェルナー・クライスがその場にいた。
実質、ヴェルムンドという国の最高権力者たちの集まりだった。
・・・その内容はあまりにも小さなことだったが。
「あの時膿はほぼ出し切ったと思ったけど、やっぱりそううまくはいかないわね」
イルミナがふぅと小さくため息をつく。
「仕方あるまい。出し切ろうとも知らぬうちに膿んでいることが多々ある」
グランも苦笑を浮かべながら言う。
「だとしても、レネット嬢に突っかかるとは・・・。女性が家に籠る時代ではないというのに」
「学び舎で女性でも教育を受けて男女変わらぬ仕事をと考えている者もいますが、やはり貴族には浸透し辛いようです」
アーサーベルトは個人的に怒りを。
ヴェルナーは簡単には変わらない人の意識に対して苦言を言った。
「まぁ、もとより長期的な予定だわ。私一人の代で出来るなんて最初から考えていなかったでしょう、ヴェルナー」
「そうですが・・・」
そう、最初から出来るなんて思っていない。
「レネット嬢のことはヴェルナーに任せるわ。でも、女同士の諍いも男同様に面倒だから気を付けるように」
「はい」
「グラン、あとで各領地の報告書を確認するからその間子供たちをお願い」
「わかった」
結局、その場は愚痴大会のようなものでお開きとなった。
仕方あるまい。
イルミナの政策は何十年もかけて行う予定なのだから。
だからといって、まったく何もしないわけではないが。
「それとヴェルナー、その令嬢三人のことだけど」
「はい?」
「もう伯爵たちには連絡を?」
「はい、すぐさま送りました」
「返答は?」
「表面上謝罪をしています」
「そう」
あのあと、執務室に戻ったヴェルナーは城の入城記録を確認し三人の詳細を知った。
そしてそのまま伯爵、子爵家へ娘の教育に難ありではないかとオブラートに包んだ書簡を送ったのだ。
もちろん国の中枢からの手紙に対して、三貴族の反応は早かった。
そのような教育をした覚えはなくとも、結果として貴族にあるまじき行為をしたことに対する謝罪。そして娘にはもう一度徹底した教育を施すと書かれていた。
「まぁ、それが本当かどうかはわかりませんが」
「そう、それならいいの。私は手出しできないから」
いくら貴族のことと言えど、イルミナは簡単にその間に入ることはできない。
女王が一々介入していたらどれだけ面倒になるか理解しているからだ。
「もちろんです。私にお任せください」
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「あ、クライス様」
「よかった――! いつお戻りになるのかと・・・!」
「? 何があった」
ヴェルナーが宰相執務室に戻るなり、そこに残っていたらしいモーガンとトプソンが縋りつくようにヴェルナーに寄ってきた。
「ティアナちゃんが、いきなり来たご令嬢に連れ去られました!!」
「・・・何?」
意味が分からず、ヴェルナーは詳細を聞き出す。
「ティアナさんがいつも通りいらっしゃって、私とオーランドの三人で仕事をしていたのです。そうしたら来客があり、ティアナさんが対応してくれました。
声からして若い女性だと分かったのですが、なぜがティアナさんに対して怒っているようで」
「怒っている? 内容はわからないのか」
「それが時折”あなたのせいで”としか・・・。ティアナさんも困り果ててしまったようで・・・。結局、このままだと我々の仕事に支障を来すからと部屋を出たのです」
「だけどいつまでたってもティアナちゃんが戻ってこなくて、心配になってちょっと様子見をしたんです。そしたらティアナちゃんがいなくなっていて・・・」
「衛兵は何をしていたんだ」
「確認したところ、友達同士の諍いでしかないから来るな、と言われてしまったそうです」
「それをティアナ嬢が?」
「いいえ、来客者です」
「くそっ・・・」
ヴェルナーは後手に回った苛立ちから机を叩いた。
大ごとになるのが嫌で、五人の部下にちゃんと詳細を話さなかったことが悔やまれる。
せめてリヒトがいれば、気づいただろう。
「衛兵を呼べ、二人がどこに向かったのか確認しろ」
「はい!」
何もないことを祈りながら、ヴェルナーは目つきを鋭くした。
「さ、サーラ様、痛いですっ・・・!」
「静かにしなさいっ、この私が話をしてあげるといっているのに、仕事を理由に断ろうとするなんて、一体どんな教育を受けているのかしら・・・!!」
ヴェルナーたちが二人を探し始めた同時刻、ティアナはサーラに腕を引かれながら駆け足で何とかついていっていた。
怒っているせいだろうか、掴まれた腕は女性とは思えない力で握られている。
きっと痣になるだろう。
叫べば誰かしら助けてくれるかもしれないが、ティアナは大事になるのが怖かった。
「・・・ここなら、誰も来ないわね」
そうしてしばらく歩き続けた先は、庭園の外れだった。
木々によって生み出された木陰が、何故か陰気な空気を醸し出しているような気がするのは、ティアナだけだろうか。
「さ、サーラ様・・・私、仕事があると・・・」
「仕事!? どうせクライス様に色目を使うことでしょう!!」
「ち、違います!!」
真正面から見たサーラの目は血走り、顔色も悪かった。
「アナタのせいで、私お父様に怒られたのよ!! 城で無様な真似をしてって! それにクライス様にだってあのようなことを言われて・・・! 全部全部アナタのせいよ!!」
「そ、そんな・・・」
「第一おかしいじゃない!! なんで男爵家のアナタにクライス様からお声がかかるのよ!? どうぜ汚いお金でも使った? それとも、その貧相な体かしら?」
「っ!?」
サーラの口から出る暴言に、ティアナは絶句する。
「私のほうがクライス様に相応しいというのに、なんでアナタみたいな女を・・・! 白状なさい、何をしたの!!」
「な、何もしていません!!」
「嘘仰い!! アナタ如きがクライス様のお目に止まるなんてあり得るはずないわ!!」
そこまで言われて、ティアナはふつふつと怒りが沸くのを感じた。
どうして、そこまで言われなくてはならないのだろうか。
自分が頑張った結果、クライス様の目に止まっただけで、何もしていないのに。
そもそも、サーラが相応しい? それこそありえない。
だって、彼女は何もしていないのだから。
「・・・何よ、その眼は・・・! たかが男爵令嬢が、伯爵令嬢である私に逆らう気!? ・・・いいわ、お父様に頼んでアナタのお父様を失脚させてやるから!!」
その瞬間、ティアナは切れた。
「・・・そうやって、自分の力でもないくせにまるで自分のもののように振る舞うその姿は、とても愚かですわね、サーラ様」
「なっ」
サーラも、ヴェルナーも気づいていなかった。
ティアナは基本的には受け身なことが多いので、気づけなかったのだろう。
ティアナは、父ステファンですら認める才女だ。
将来的には兄の領地経営を手伝いたいと願うほど、知識は豊富である。
同時に、結婚という言葉を退け続けた結果でもあるということだ。
両親としては娘には幸せな結婚、家庭を築いてほしいと思うだろう。
それはレネット男爵夫妻も同じだ。
しかし、それを跳ね返すほどの価値が、ティアナにはあった。
「ご自分磨きは結構ですが、外見ばかりで中身は何もされていないのですね」
「な、ぶ、無礼な!!」
そもそも、ティアナは気が強かった。
それこそ、幼いころは領地の子供と喧嘩して全勝するくらいには。
物理的にも、口喧嘩においても。
「サーラ様のような外見だけの奥様を迎えられる方はとてもお可哀そうですわ。だって、年を取ればただの・・・」
「なっ、なっ・・・!!」
今まで碌に反論されたことのないサーラは、ティアナの変貌ぶりに何を言っていいのかわからず、怒りに顔を真っ赤に染める。
「そもそも、クライス様とご自分が、本当にお似合いだとお思いですか?
外見でも中身でもクライス様のほうが圧倒的に上なのに? 本当に、そう思われたのですか?」
心底理解できないとでもいうようなティアナの態度に、サーラは鬼の形相で詰め寄る。
「あ、アナタ!! 私になんて口をきいているのか理解しているのかしら・・・!? お父様がどうなっても知らないわよ!?」
「結構です。サーラ様のお父様によって失脚するくらいなら、さっさと領地に戻ったほうが父のためです」
「~~~!!!!」」
「私、クライス様に能力をかっていただいてお手伝いをさせていただいております。私自身、そのことを光栄に思い誇りに思っております。だって、敬愛する女王陛下のお手伝いを微力ながらさせていただけるのですから。それをなんですか。城に勤める者は皆、国のために、女王陛下のために粉骨砕身しているのです。
身分をひけらかして自分のほうが相応しいなどと・・・、どの口がそのようなことを仰られるのか理解に苦しみます」
「こ、の・・・!!」
ティアナの正論とも言っていい言葉に、サーラは激昂し、その手に握られた扇子を振りかぶった。
しかしティアナは避けるつもりなど欠片もなかった。
だって、自分は何一つ間違えていないのだから。
その瞬間。
「なにを、して、いるのですか・・・!!」
「「!!」」
二人の背後から、怒気に満ちた声が低く響く。
驚いたサーラは振り上げた手をそのままに、そしてティアナは勢いよく声のする方向を振り返った。
「・・・クライス、様・・・?」
そこには、息を荒くついたヴェルナーが怒りを剥きだしのまま立っていた。
「・・・なにを、しているのかと、聞いている・・・」
「ひっ・・・」
サーラはヴェルナーの表情に恐れたのか、小さく悲鳴を上げて後ずさる。
「小娘・・・貴様、ここをどこだと思っている・・・」
「あ、あの、ち、違います!! わ、私が、呼び出されて・・・!!」
「これ以上私を不快にさせるつもりか・・・!?」
「ちが、そんな、違います、クライス様、違うの・・・!」
「ご令嬢・・・貴女は城という聖域において我々を侮辱しただけには飽き足らず、暴力を振るおうとした」
「ちが、まって、ちがう、いや、クライス様っ・・・」
「このことはお父君に正確に報告し、今後登城を完全に禁止とする」
「いや、それだけはっ、いやぁっ!!」
「修道院なり療養するなりするといい。しかし二度と、私とティアナの前に姿を現すな・・・!!」
ヴェルナーの見たことのない感情のままの姿に、ティアナは何も言えずに小さくなる。
「く、クライス様、わ、私はただ、貴方のお手伝いが、したくて・・・」
「ほう、ここまで面倒事を起こすのが手伝いだと」
「だって、私、クライス様のことをお慕いして・・・!」
その瞬間、ヴェルナーの表情が嫌悪に染まった。
「慕っていれば何をしてもいいと? 残念だが、貴様を選ぶことは一生ない。それくらいなら、彼女と仕事をしているほうが何万倍もいい」
「!」
ヴェルナーはそういってティアナの肩を引き寄せた。
「っ、どうして、どうしてそんな女なの・・・!?」
サーラの悲痛な叫びに、ヴェルナーは美しく微笑んだ。
「私からすれば、最高に素晴らしい女性だが」
その瞬間、サーラは泣き崩れた。




