11th
「・・・」
ティアナは困っていた。
「ねぇ、アナタ、どうやってクライス様に取り入ったのよ?」
「ほんとうに・・・、ねぇ、どうしてかしら?」
「そこまで魅力的には見えないのだけれど・・・何かあるのかしら?」
「・・・」
ティアナの前には、三人の令嬢が扇子で顔を隠しながらくすくすと笑っている。
「・・・サーラ様、リュシアンヌ様、バーバラ様」
三人の令嬢に、ティアナは見覚えがあった。
あった、というよりも知っていた。
何かしら彼女たちはティアナに対してマウンティングをしてくるのだから。
同じ貴族だとしても、ティアナは男爵令嬢。
対して目の前の三人は伯爵と子爵家の令嬢なのだ。
いくらティアナの父が国の中枢で仕事をしているからと言って、彼女たちからすれば関係ない。
「それで、どうしてアナタがクライス様とご一緒になさっていたのかを聞いているのだけど」
「・・・ですから、お礼で」
「お礼って何よ。アナタ、クライス様にお礼をされるようなことでもしたというの」
「そうよ、アナタのような下級貴族に、クライス様のためになるようなことができるはずないわ」
「・・・」
ティアナはため息を吐きそうになってなんとか堪えた。
正直、城で捕まるとは思っていなかった。
話を聞くと、どうやら先日のクライスとのお出かけのことを聞きつけ、いち早くこちらの動向を伺いやってきたらしい。
ティアナは暇人っていいな、と考えてしまった。
「申し訳ありませんが、これから仕事をがあるので・・・」
「仕事? アナタ、貴族の令嬢でありながら仕事をしているというの」
「まぁ、下級貴族らしいこと」
「ですから、その仕事が」
「いやだわ、アナタのような人が同じ貴族という括りにされるなんて」
ちくちくとした嫌味に、ティアナは辟易した。
本当なら少し早めに出て執務室を掃除しようとしていたのに、これでは開始時間にすら遅刻してしまいそうだ。
できるならクライス宰相の名を出してこの場を去りたいところだが、それをすれば目の前の彼女たちの怒りが増すのがわかっている。
そのため、ティアナはじっと耐えるしかなかった。
「ちょっと、聞いているの」
「嫌だわ、人の話すら聞けないなんて」
というより、何故この令嬢たちはここにいるのだろうとそもそものことを考え始める。
もちろん、ティアナに文句を言いに来たのだろうが、それにしても長いし、身の無い中身だ。
ティアナの胸中に苛立ちが生まれる。
自分は遊びに来ているわけではないというのに、どうして彼女たちに止められなければならないのだろうか。
確かにものすごく重要な立場ではない。
それでも任された仕事を全うすることの、どこがいけないのだろうか。
ティアナがそろそろと思い口を開こうとした瞬間。
「あ、レネット嬢」
「?」
不意に自分の名が呼ばれ、ティアナはその方向を見た。
そこには先日挨拶した女王陛下の側近の一人、リヒトが大量の資料を抱えながらきょとんとしている。
「リヒト様」
「どうかしたの? そろそろ時間になるけど・・・」
「いえ、その・・・」
ティアナは何と説明していいかわからず口ごもる。
リヒトは、ティアナと三人の令嬢達に視線を滑らせると、何かを理解したのか小さく頷いた。
「とりあえず良かった、手伝ってくれないか」
「え、えぇ。もちろんです」
「よかった、宰相閣下に届けなきゃいけないんだけど、ぴりぴりしているからさ」
リヒトはそういってティアナに書類の一部を渡そうとする。
しかしクライスの名を耳ざとく聞きつけた令嬢のうちの一人が綺麗な笑みを浮かべる。
「あら、それでしたら私がお持ちいたしますわ」
「え?」
リヒトの困惑した声がティアナの耳に届く。
「えっと・・・」
「どうかなさいましたの、そこのレネット男爵令嬢にでもお手伝いできるのであれば、私のほうが相応しいはずですわ」
「・・・」
その極論に、リヒトの目が死んだ魚のように変化するのをティアナは見逃さなかった。
「・・・あの、申し訳ありませんが、どちらさまで・・・?」
「なっ」
「城勤めの文官ともあろうお方が、サーラ伯爵令嬢のことを存じ上げないと!?」
「えぇ・・・まぁ・・・」
「・・・貴方も、クライス様の元で働くには相応しいとは言えないのね」
「・・・」
「まぁいいですわ。とりあえず私がお手伝いをいたします」
あまりの物言いに、リヒトも冷たい笑みを浮かべた。
リヒトのそんな表情を見たことがなかったティアナは、一人びくりと肩を揺らす。
しかし三人の令嬢は気づく様子はない。
「・・・申し訳ありませんが、国の政に関わる案件です。ご令嬢と言えどお渡しするわけにはいきませんので」
「今、なんて? 私には渡せない、と? そこの男爵令嬢には持たせるのに?」
「えぇ、レネット嬢はれっきとした関係者ですから」
「そんな嘘をついて、許されると思っているのかしら・・・?」
冷たい笑みのまま応対するリヒトに、そういえばこの人も女王陛下の側近なのだとティアナは改めて思い知る。
いつもは弄られているようなリヒトだが、彼とて国の中枢にいるのだ。
「・・・誰が、許さないのでしょうか」
と、そこにさらに闖入者がやってきて、その姿を認めた瞬間ご令嬢たちの顔は真っ赤になった。
・・・リヒトとティアナは青くなったが。
「く、クライス様・・・!」
「か、閣下・・・」
そこには、笑みを浮かべながら冷たい視線をしているヴェルナー・クライスが立っていた。
「ど、どうしてここに」
「お前が遅いからだろう、リヒト。陛下がお待ちだというのに」
「も、申し訳ありません!!」
「ティアナ嬢、貴女もいきなさい。時間ですよ」
「は、はい!」
クライスはそれだけ言うとさっさと立ち去ろうとする。
しかしそんなクライスに声をかける、猛者がいた。
「クライス様!」
「・・・失礼ですが、どなたでしょう」
冷たい声音にサーラは驚いたような表情をするも笑みを浮かべる。
リヒトがそれを驚いて見つめているのがティアナにはわかる、というより見えている。
「サーラですわ。以前、舞踏会でもお会いいたしました」
「・・・それで、なぜこちらに?」
「それは・・・クライス様のお力になれれば、と思いまして・・・」
「私の、ですか?」
冷たい視線はなくなり、訝しげな視線になったことを好意的に受け止められたと思ったらしいサーラは、続けて言った。
「えぇ、男爵令嬢という下級貴族ではなにかと不自由を感じられているでしょうと思いまして、馳せ参じましたの」
「男爵家を、下級貴族」
「えぇ、私は伯爵家ですし、きっともっとお手伝いできるかと思いますわ」
ティアナは不思議でしょうがなかった。
どうして、サーラはこの場の空気が凍てついていることに気づかないのだろうか。
自分だけかと思いリヒトを盗み見ると、彼の顔色も悪いことから自分だけではないことを知った。
「・・・失礼ですが、ご令嬢は今おいくつで」
「今年で十六になりますわ」
「そうですか」
サーラの瞳が輝く。
自分に興味を持ってくれたと思っているような表情だ。
しかし、氷の貴公子と呼ばれた宰相は容赦など一切しなかった。
「このような低俗な考えしか持てないのが、伯爵令嬢とは嘆かわしいな」
「・・・は?」
「我らが女王陛下が貴賤関係なく、その能力とやる気を認めることを推奨する中、ご令嬢のようなものがいるとはな。意識改革もまだまだということか」
「な、なっ・・・!!」
言われている内容がようやく頭に入ったのか、サーラの顔は怒りで真っ赤に染まっていく。
「そもそも、ティアナ嬢は私が頼んで城にて私の補佐をしてもらっている。それを不自由というからには私よりもご令嬢のほうがよっぽど仕事ができるようだ」
暗に、自分が選んだものを無能呼ばわりするということは自分より頭がいいんだろうという皮肉だ。
それがサーラたちにわかるかどうかは別だが。
「わ、わたしは、クライス様のことを思って・・・!」
「私がそれを頼んだか?」
「っ!!」
ティアナすらも、ヴェルナーのその冷酷な視線に息をのんだ。
「私は自分の仕事に誇りを持ち、全身全霊で行っている。そしてその私が選んだ者たちも同様、能力が高く私が安心できると判断した者たちだ。その中には、平民上がりのものもいる。その最もたる存在が、アーサーベルトだということを忘れているようだな」
「あ、アーサーベルト様は、騎士ではありませんのっ・・・!」
リヒトがサーラを勇者のように見る。
その気持ちがわからなくもないが。
「ほう。騎士には頭がいらないとでも聞こえるな。失礼な話だとは思わないか」
ヴェルナーはそういいながら警備をしていた兵に声をかける。
「・・・失礼ながら、我々にも試験はありますので。しかし守ることを考えさせられるご令嬢もいるのですね」
敬愛するアーサーベルトを侮辱されて内心怒り心頭だったのだろう、そんな冷たい言葉が吐き出される。
サーラの後ろにいたもう二人の令嬢は今にも失神しそうなほどに顔色が悪い。
「茶番はここまでにしましょう。そこの三人の親に今回のことを報告しろ」
「はっ!」
「え、なん、」
「いや、やめて!!」
親に報告がいくと聞き、三人はついに涙をこぼし始める。
しかしそんな涙で心を動かされる宰相様ではなかった。
「この城において、そのような低俗な考えをひけらかす教育をしたことを罰しなくてはならない。何より、この国の宰相である私と陛下の護衛であるアーサーベルトを侮辱した罪は重い」
「そ、そんな、そんなつもりじゃ・・・!!」
「無意識だとすればなお性質が悪い。さぁ、もう帰られるといい」
ヴェルナーはそれだけ言うと颯爽とその場を後にする。
残されたのはさめざめと泣く三人の令嬢と、その場を脱し損ねたティアナとリヒトだった。
「・・・れ、レネット嬢、行きましょう、か」
「は、い・・・」
いくら常に突っかかれたティアナとて、あそこまでコテンパンにされている姿をみて優越感に浸る趣味はない。
むしろ、好意を抱いていただろう相手にあそこまで言われて若干の同情心すらある。
だからといって、助けはしないが。
ティアナは足早にその場を後にする。
その背を、サーラが睨んでいたことを知りもせずに。




