現実を見る勇気
「ごめんなさい。びっくりさせてしまって…」
「気にするな」
正直、めっちゃびっくりしたけど。
俺は有紗を最寄の喫茶店に連れてきた。
いろいろと事情を聞くためだ。俺がバイトを連勤している間に何があったのかを知るために。
「すまないな。1週間以上も練習に参加できなくて。どうだ?みんなの様子は?」
「それは…その…」
歯切れが非常に悪いのを見て察した。
「練習に行ってないな?有紗?」
「………」
図星のようで何も答えなかった。
ため息を吐く。そんなことだろうと思った。
「なんで?」
有紗は答えずらそうだったが、黙っていたところで俺が折れないと察したのかすぐに教えてくれた。
「私のためにみんな打席を回してくれたのに、結局打てなくて負けて。私がもっとうまくやってればあんなに点を取られることもなかった。私がもっと打ってれば点ももっと取れた。あの試合、私はノーヒットだった。みんなに勝って野球の楽しさを知ってもらおうと思ったのに…なのに…」
有紗は確かにあの試合ノーヒットだった。それもそうだ。星美高校の打の要は有紗だってことも相手は十分承知だ。誰よりも厳しく攻められた。仕方ないと言えば仕方ない。だが、そんな言葉をかけても有紗は救われない。
「ミキちゃんはもう部活に来ない、雪音さんは勝てないスポーツはこれ以上続けない、楽しくない野球を神野ツインズはもうやらない、人が減って存続できない部活に恵美ちゃんは参加しない、練習がなければなっちゃんも桃香ちゃんも来ない。もう、ダメなの。何もかも全部…」
枯れたはずの涙が流れる。そうやって毎日、泣いていたんだな。
「辛いときにそばにいてやれなくてごめん。負けた程度でチームが崩壊するんだったら、責任があるとすれば監督の俺にある。有紗は悪くない」
そのフォローもこれだけ日がたってしまったいては効果はない。
「先生」
「なんだ?」
「やっぱり、野球は女の子がやるようなスポーツじゃないのかな」
涙を流しながら下手くそな笑顔を俺に向ける。
そんな顔をするな。否定しづらくなるだろ。
「そんなことない」
「じゃあ、なんで誰も、誰も私と野球をやってくれないんですか?」
野球をやる女の子は決して多くない。俺も野球をやる女の子を有紗以外には知らなかった。誰も野球をやってくれない。人を集めれば野球は出来る。だが、続けてやることは出来ない。その負の思考が今の有紗を苦しめている。
「なら、有紗」
「なんですか?」
「明日、練習を見に行こう」
「嫌です」
「本当に誰も野球をやってくれないかどうかは練習を見に行けばわかる。嫌になって野球を辞めたのなら明日の練習は誰も来ていない」
もし、そうなら絶望的だ。
「だが、そうじゃなかったらみんな練習をしに来てくれているはずだ」
そうであってほしいと信じるしかない。
「現実を怖いなら俺がいっしょにいてやるよ」
俺だって野球は続けられないって申告されたときは怖かった。だから、こういうときはいっしょにいてあげたい。
「それで野球をやろう」




