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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
6章 ダイヤモンドの女神は微笑む
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涙の理由

「づがれだぁ~」

 ロッカーにコンビニの制服を仕舞った途端に気が抜けて崩れるように近くのパイプ椅子に腰掛ける。怒涛の10連勤がようやく終わった。酷い日は夜勤をやった次の日の夕方のシフトに入れられたり、朝のシフトに入って1時間の休憩を挟んだ後に昼のシフトに連続でシフトに入ったりと俺の1日をほぼすべてバイトと睡眠で終わらせるような日々が続いた。さすがに店長もかわいそうだからって俺にお茶を1本おごってくれたが、見返りがお茶1本、150円程度じゃ足りない。足りなすぎるって文句を言いたいところだが、今回はそうも言うことができない。

「あれからもう10日になるのか…」

 店長から貰ったお茶に口をつけながら薄暗い控え室の天井をボーっと眺めながら呟く。

 良長川女子野球クラブと試合をしたのは先週の日曜日。その試合に向けての練習に少しでも集中するために無理言ってバイトの時間を変えてもらったりしたツケが返って来た。バイトは練習をする夕方か練習していたら間に合わない夜と深夜の時間だったのであの敗戦以来俺は練習には行っていない。もちろん、恵美には話をしてあるのでズル休みではない。

 有紗の当たりを見たとき、やった!勝った!って俺も思った。けど、有紗の打球は確かにジャストミートしたし、飛距離も十分だった。だが、高く上がり過ぎた。そのせいかフェンスの一歩手前で落下してきて捕られてしまった。誰よりも現実を受け止めきれていなかったのは有紗自身だ。バイトをやっていれば会えるんじゃないかって思っていたが、黄色のリュックを背負った少女は結局現れなかった。

「5時か…」

 ちょうど練習を始めたような時間だった。これから着替えて道具を取りに行って星美高校に向かっても練習が終わっているような時間だ。行ったところで何も出来ない。

 明日はバイトがない。久々に練習に顔を出すことが出来る。今日はしっかり休んで明日に備えよう。

 重い体を持ち上げて裏口から店を出て、裏に停めてあった原付にまたがる。ヘルメットを被ってエンジンをかけて走り出す。

 明日、練習には参加するつもりだが練習を彼女たちはしているだろうか?

 あの敗戦で有紗は魂が抜けてしまったように放心状態だった。

 正直言って善戦した試合だった。有紗はもちろん他の子達を責めなかった。逆に良くやった。それぞれの子達が自分のできることを精一杯やった。それで負けてしまったのなら仕方ない。俺はそうみんなに声をかけたがやはり負けは負け。全員が下を向いてお祭りムードだった最終回の攻撃が嘘のようだった。それからまるで機械のように片づけを済ませてそれぞれが帰路に着いた。有紗に最後、声をかけようと思ったが気付いた頃には有紗の姿は消えていた。

 原付を走らせて数秒。信号が赤になり停車する。

 あの敗戦でどれだけの子が野球部に残ってくれるだろうかっていう心配がよぎる。凜子、恵美、なっちゃん、桃香。この四人は残ってくれるかもしれない。少なくともミキはもう部活には来てくれないだろう。彼女が野球部を続ける条件が試合に勝つことだった。だが、結果は負けだ。あの怖いお父さんがミキに部活を続けることを許してくれるだろうか?プライドの高い雪音はどうだろう?あれだけ汗水を流して努力しても勝てない野球を続けるだろうか?楽しいだけ勝つことの出来ない野球を神野ツインズはどう思うだろう?

 雪音がいなかったら、もっと点が取れていなかった。神野ツインズがいなかったらもっと失点していた。誰も欠けちゃいけない。みんな大切な星美高校野球部のピースだ。ひとつでも欠けてしまったら星美高校じゃなくなってしまう。

 それにミキのお父さんと約束をしている。負ければ廃部。あの言葉にどれだけの効力があるかわからない。本当に廃部になってしまったのだろうか。

 とりあえず、明日の練習の後にミキの家に行ってみよう。それでミキの極道お父さんを説得するしかない。それが監督として俺が出来ることだ。

 信号が青に変わって走り始める。方向的には星美高校から離れて駅に近づくコースだ。そんな駅近くの高架下をくぐる手間の交差点で再び信号に引っかかる。そのとき、すぐ隣でたくさんの学生が信号待ちをしていた。振り返れば、バスからたくさんの高校生が降りてきていた。駅に一番近いバス停だ。電車を使う高校生はみんなここで降りる。そして、その多くは星美高校の生徒だ。そのたくさんの生徒の中に見覚えのある黄色のリュックを背負った子を見つけた。

 それはすべての始まりを作った子。

「有紗」

 俺の声に下を向く有紗が驚いた表情で下を向いて逃げるように走り出した。

「ちょっと!」

 信号が青に変わるが、俺は原付を降りて歩道に投げ捨てて有紗を走って追いかける。

「有紗!」

 名前を呼ばれて振り返ると何かつまずいて派手に転ぶ。バックのふたが開いていたせいで教科書やノートが歩道に散乱する。

「おいおい、大丈夫か」

 慌てて歩道に散らばったものを集める有紗を俺も手伝う。

「ごめんなさい」

「え?何が?」

 俺が拾ったノートを仕舞うと下を向きながらただ謝った。

「ごめんなさい」

「だから、何が?別に俺は何も悪いことしてないぞ?」

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。私が悪いんです。もういいです。いろいろありがとうございました」

「なんで謝ってるのか理由を教えてくれ。じゃないとわからないだろ?」

 俺がそう優しく話しかけると有紗は瞳からぼろぼろと涙を流していた。

「有紗?」

 何か我慢して保っていた何かが崩れたように有紗は俺の胸に飛び込んできてたくさん涙を流した。声は上げず、ダムが決壊したかのように大量の涙を流し続けた。

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