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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
5章 今度は負けない
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7回裏 激闘の合間に

 正直、ほぼ博打だった。

「何か用?下僕」

 自分で試合の負けが決まらない状況になってほっとしている雪音はいつも通りに戻った。

「どうしたんですかぁ?」

 あんな追い込まれた状況で長打を打つ度胸を持つ桃香もいつも通りだ。

「何?先生?」

 緊張からなのかいつもの元気が少し足りない、凜子。

「てか、なんなの?あれ?」

 雪音の言うあれというのは極端なバントシフトのことである。

「凜子シフトだな」

「……バイトですかぁ?」

「バイトのシフトって言う意味じゃない」

 急に天然キャラを出してくるな。

「要するに凜子専用の守備隊形だ」

「それを凜子シフトっていうの?」

「いや、違うぞ、凜子。俺が勝手にそう名づけただけだ」

 凜子のバント内野安打を警戒した守備隊形だ。凜子はここまで足の速さだけで塁に出てるし、初回のファーストからセカンドへのタッチアップも凜子の足の速さがなければ普通は出来ない芸当だ。その足の速さを完全に封じる守備隊形。しかも、凜子がバッティングを出来ないことを見透かされている。

「どうせなら私の時にそのシフトをしてくれれば良かったのよ」

 そうだな。そうしたらボールを外野まで飛ばしてランニングホームランだな。

「雪音の場合は強い打球を打たれる可能性があるからありえないな。今の凜子シフトは凜子が打てないことを想定したシフトだからな」

「そ、そうなの……」

 何ちょっとうれしそうなんだよ。

「だったら、ちゃんと打てば全然怖くないシフトなんですねぇ」

 桃香って意外と物分り早いんだな。

「そうなんだが―――凜子。打てる?」

「自信ない」

 即答かよ。

「でしょうね」

 賛同するな。

「まぁまぁ」

 桃香は反応に困ったんだな。

「凜子には悪いが俺も凜子が打てると思っていない」

「え…」

 ちょっとショックを受けるな。

「まぁ、これから練習して打てるようになればいい」

 と頭をなでる。猫みたいにじゃれてくる。こいつってこんなかわいい奴だったっけ?

「さて、この凜子シフトから凜子を守って次の有紗になんとしても繋ぐぞ」

「もちろん!」

「当たり前じゃない」

「がんばりますぅ」

 意外だったのは雪音が有紗に期待しているところだった。

「何よ?別にいいでしょ。正直言って私よりも有紗のほうが打ちそうじゃない。あんな化物の投げるボールをよく飛ばすものよ」

 ぎっと有紗を睨んだが有紗は気付いていないようだ。

 雪音は勝手にライバル心を抱いて勝手に勝負を挑む奴だ。敵対心が強過ぎるというか、味方よりも敵を作りやすいとかいうか、まぁこういう相手と競うスポーツにおいていい傾向なんだろうけど。

「そうだ。ここまで凡退してるが四之宮を倒す力があるとすれば有紗だ」

 それは雪音も含めて全員がわかっていた。

「そのために凜子には絶対に塁に出てもらわないといけない」

 同点のランナーが俊足の凜子でバッターが有紗ならバッテリーには自然とプレッシャーがかかる。長打になれば凜子はホームまで帰ってこれる。

「それで?どうするのよ?この足の速いだけのバカに何をさせるのよ?何教えてもすぐに忘れるわよ」

「そう!だから、短くて簡単にね」

 認めるな。まぁ、言われなくても短くて簡単な作戦にするけど。

「凜子。お前は四之宮の初球はバントを、するふりだけするんだ」

「ふりだけでいいの?」

「そうだ。ふりをするだけですぐにバットを引けよ。ボール球を見送るみたいに」

「了解!」

「それだと何も解決にならないわよ、下僕?」

「まぁな。でも、凜子シフトをしいているなら普通打ってくるって考えるだろ?そこであえて封じているはずのバントをする―――ふりをする。当然、守備はバントで凜子がセーフにさせないためにサードとファーストは一気に前進してきて詰めてくる。バントの打球をすぐに処理できるようにな」

 仮に凜子がヒッティングをしたとする。外野フライでもない限り、内野にこれだけの人数がいれば誰かに捕られてしまう。しかも、塁が埋まっているから無理せず、サード、セカンドでアウトを取ることもできる。ベースカバーは死ぬほどいるからよっぽどスタートがよくないとセーフになるのは厳しい。

「で、2球目はバントをするんだ、凜子」

「え?」

「はぁ、それだとサードとファーストが」

「そうだ。1球目でバントの可能性があるって頭になってるから必ず前進してくる」

「じゃあ、無理じゃない」

「普通にバントしたらそうだな」

「はぁ?」

「凜子。次は四之宮が投げようとしたらバントの構えをしてそのままバットを振れ。バントなら四之宮の速い球でもバットに当てられるだろ?」

「うん。たぶん」

 たぶんじゃなくて―――。

「いいや。当てられるよ!」

 俺の心の声が聞こえたのか強きに答えてくれ俺はうれしいよ。

「よし、バントしながら打つときはバットを前にプッシュするイメージな。出来れば、サードかファースト方面に飛ばしてくれ」

「プッシュ、プッシュ」

 とぶつぶつ呟きながらイメージを始める、凜子。

 そう、凜子にはプッシュバントをしてもらいたいのだ。

「それでどうなるのよ?」

「塁を外野に任せてるからホームに突っ込む勢いでサードとファーストが突っ込んでくる。プッシュしたバントはそこそこ勢いがつくから後ろに行く可能性が上がる」

「正面に転がったら?」

「アウトだ」

「四之宮の前に転がったら?」

「それもアウトだ」

「それって無理そうに聞こえるんですけどぉ」

 と控えめに手を上げる、桃香。

「そうだな。だが、四之宮が投げる直前まで凜子は打つモーションをすると他の守備陣はヒッティングに備えて身構える。プッシュバントがサード、ファーストの後ろに行けば、強い当たりを警戒している他の守備陣の反応が一瞬遅れる。その一瞬さえあれば」

「十分だよ、先生」

 足の速さには自信がある。

「でも、四之宮さんが捕りに行ったらどうするんですかぁ?だって、他の守備の人たちよりもボールに近いのは四之宮さんじゃないですかぁ?」

 いいところを突くな、桃香。

「そうよ!どうするのよ!」

 ちょっと上を行かれたことに苛立って半分八つ当たりで聞いてくる、雪音。

「大丈夫だ。俺がピッチャーならこれだけ守備に人数がいたら自分は何もしなくていいって言う頭になる。だから、四之宮はボールを捕りにはいかない」

「本当なの?」

「俺は元ピッチャーだぞ。信じろ」

 しばらく疑われるが、本当は四之宮が捕りに行かないって保障はない。これは博打だ。

 凜子はプッシュバントをやったことがない。失敗する可能性がある。

 サードとファーストに捕られてしまえば意味がない。

 抜けたとしても四之宮や守備陣が迅速に対応されたら凜子の足でも無理かもしれない。

 可能性もあるけど、不可能でもある。だが、勝ちたいという執念は誰にも負けない。それが今の凜子だ。親友の有紗に野球をさせたいって言う気持ちは誰にも負けない。

「先生」

 凜子はいつになく真剣だった。

「うちはやるよ」

「ああ。任せた」

 グータッチを交わす。

「ふたりも自分がアウトにならないように凜子がバントをした瞬間、全力で次の塁まで走れ。フライが上がったとしてもツーアウトだ。気にせず走れ」

「わかったわ」

「了解しましたぁ」

 それぞれが塁へ打席へ向かう。

「凜子」

「大丈夫。もっと有紗に野球をやらせてあげないとね」

 最後は笑顔を見せたが、打席に立てば俺の知らない凜子がそこにいた。

 彼女はぶっつけ本番のプッシュバントを決めた。

 ボールは転がらずふらふらと浮いてしまったが、ファーストの頭を超えた。そして、運のいいことにそれがセカンドか、ファーストベースについているライトか。どちらが処理するかで一瞬しかないはずだった隙が二瞬になった。もはや、凜子には十分過ぎる隙だった。

「さぁ、舞台は整ったぞ、有紗」

 有紗の背中を押す。

 この際、結果はどうでもいい。思いっきり楽しんで来い。

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