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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
5章 今度は負けない
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7回裏 激闘はここにある

「嘘でしょ。信じられない。こんな状況で回ってくるなんて」

 チームが桃香ちゃんの長打で3点差に追い上げて熱が最高潮になっている中、雪音さんだけが違った。

 場面はツーアウト二塁。点差はまだ3点もある。勝つためには後ろへ繋げるしかない。そのためには打つしかない。でも、四之宮さんはもう油断しない。初球の桃香ちゃんへのストレートは完全に油断だった。打たれないなんてないっていうことを身を持って体感した四之宮さんは雪音さんには油断も隙も見せず全力で抑えにかかってくる。ただでさえ、初回にヒットを打っているので警戒されている。でも、ここで終わるのは雪音さんにとって許されないことだ。

 そう、プライドが彼女に別にプレッシャーをかけている。

「ふざけるんじゃないわよ。絶対に打たないといけないじゃない」

 ネクストバッターサークルでバットのグリップにおでこを当てて下を向いてぶつぶつと呟く。バットを持つ手は震えている。

 一番回ってきて欲しくなった状況。一番バッティングがいいと言うことで抜擢された一番という打順を今以上に恨んだことはないという表情をしている。

「雪音さん」

「うるしい。話しかけるな」

 そういって立ち上がって打席へ向かう。私の声なんて届かない。こういう不安なときって誰かに励ましてもらえるだけで気が楽になる。でも、雪音さんに気を利かせること自体が無意味だった。

「有紗」

 先生にこれ以上声をかけることを止められた。

 力になれないことに落胆するけど、

「雪音なら大丈夫だ」

「え?」

 大丈夫?私にはそうは見えない。

「ふざけるんじゃないわよ。こんなところで負ける?私のせいで負ける。嫌だ。絶対に嫌だ。普通なら桃香(あいつ)が打てずに終わりでしょ。一番下手な桃香(あいつ)が打てて私が打てないなんてありえない。打ってやる。絶対に死ぬ気で。負けない、絶対に」

 それは四之宮さんの圧倒的な力の前に手も足も出なかったときに燃やしていた闘志だった。雪音さんは競う誰かがいることで本来の力を発揮する。負けないためなら努力も惜しまない。常にクールで冷静を装っている。そのほうが余裕があるように見えて他人よりも自分のほうが上だって見せられるから。それを見せるだけなら簡単。雪音さんは実力でも誰よりも上に見せるためなら影で泥臭く努力することを怠らない。その姿を誰にも見せないように。

 桃香ちゃんのバッティングは努力して勝ち得たもの。私たちが知らないところで桃香ちゃんもたくさんの努力をしてきた。それは雪音さんも同じ。

「絶対に負けない」

 鬼のような形相でバットを構える。

 闘志はめらめらと燃やしていても四之宮さんの高めボール球のストレートを見逃した。

 振ってくると思っていた四之宮さんも渋い顔をする。

「打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ」

 暗示をかけ続ける。

 2球目はカーブだった。ストレートは来ると思っていた雪音さんは完全にタイミングをずらされて態勢が崩れる。でも、カーブは真ん中の打ち所に来た。慎重になっている四之宮さんからこんな甘い球は早々来ない。そう直感した雪音さんは、

「負けるわけにはいかないのよ!」

 強引に打ちに行った。

 カキーン。

 ボールはしっかり芯に当たった。力強く引っ張った打球は鋭いゴロになった。

「桃香!走るな!」

 先生が大きな声で咄嗟に指示を出すと桃香ちゃんはブレーキをかけてセカンドベースに戻る。

「なんで!だってレフトに!」

「抜けない!」

 鋭いゴロが三遊間へ。しかし、何度かバウンドすると打球が弱くなった。それを見逃してなかったのはショートの五十嵐さん。グローブを精一杯を伸ばして飛び込む。そして、ボールはグローブに収まる。

「ファースト!」

 六道さんが威勢よく指示を送ると五十嵐さんは素早く起き上がってファーストへ。

「こんなところで終わってたまるものかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 雪音さんの全力疾走としてファーストベースへ向けて飛び込んだ。砂埃を盛大に上げて全身砂だらけにして。見た目を気にしてやってこなかった泥臭さを見せてでも負けたくないというプライドが雪音さんをファーストベースへ飛び込ませた。

「せ、セーフ!」

 と塁審が判定すると雪音さんは力強くガッツポーズを決めた。

 ツーアウトアウトながら一二塁。でも、逆転にはまだ足りない。

「よし!」

 気合を入れて立ち上がったのは凜子ちゃん。

「任せて!有紗!」

 凜子ちゃんが打席に向かう前に私のところへ。

「私が打って有紗につなげる!そしたら、有紗の大好きな野球はまだまだ続くよ!」

「う、うん」

 凜子ちゃんならバットにボールを当てれば、その足の速さを生かして塁に出ることができる。けど、今は一二塁。内野の守備は守りやすい状況になっている。今ならランナーをタッチしなくてもどのベースを踏んでもランナーをアウトに出来るからだ。セカンドランナーは足の遅い桃香ちゃん。いくら凜子ちゃんが打てたとしてもサードベースに投げられてコースアウトになってしまう。ここまで凜子ちゃんはチームで唯一二安打打っている。すべて内野安打だ。凜子ちゃんの足の速さを相手は知っている。

「タイム」

 六道さんが凜子ちゃんが打席に立つ前に主審にタイムを捕る。

「ミサエ!ヒトミ!前に!ナナエ!サードベースに!クルミ!セカンドベースに!フミカとイノリはアリトル前進に!」

 それぞれが六道さんの指示に従って動く。まず、サードの三村さんとファーストの一瀬さんはホームとサード、ファーストベースの間辺りまで前に出てくる。極端なバントシフト。バントをこれで封じた。そして、開いたベースをカバーするためにレフトの七尾さんがサードに、ライトの九条さんがファーストへ。そして、ショートの五十嵐さんとセカンドの二葉さんは控えめに前身守備を取る。センターの八王子さんはセカンドベースに入った。

「な、なんですか!あれ!ルール違反ですよ!」

「いや、違反じゃない」

 恵美ちゃんの言葉を先生はすぐに否定した。

「極端なバントシフトだよ。絶対にバントでアウトを取るっていう意思表示だ。凜子がバントをすれば、サードかファーストが処理する。あそこまで近づかれてしまったらいくら凜子の俊足があっても無理だ。仮にヒッティングで四之宮のボールを当てたとしても各ベースをカバーできるように外野がベースに入っている。すべてのベースを踏めばランナーをアウトに出来る」

「なら!打って!」

「そう!打って!」

「外野に飛ばせばいいんじゃないですか!」

 なんか初めて神野ツインズとシンクロした。

「先生は凜子にそこまでの打撃が出来ると思う?」

 ミキちゃんも深刻そうに状況を見ている。

「無理だ。凜子にはバントやり方はちゃんと教えている。バッティングも齧っている程度だ。前の打席でバットに当たったのはほぼ奇跡だ。そうだろ?有紗?」

「……そうですね」

 否定したかったけど、無理だった。あの雪音さんですら当てるのが精一杯だったのに、まともに打撃練習をしていない凜子ちゃんに当てられるとは思っていない。当たったとしてもこの極端な前身守備で対応されちゃう。

「なんとも汚い戦法だ。こんな戦法あの卑劣で外道な帝国軍もしないぞ!」

「だが、確実に勝つためには理にかなっている」

「へ?」

 度肝を抜けれるなっちゃん。

「良長川女子野球クラブは多少のリスクを負ってでも次の有紗に打席を回したくないと見た」

「え?」

 私を警戒して?

「そうね。少なくともここまで四之宮の球をちゃんと捉えてるのは有紗だけね」

「み、ミキちゃんも打ててるよ」

「あたしは最初だけ。後は完全に抑えられてる」

「有紗まで回るってことは同点のランナーが凜子ってことになる。ヒット性の長打が打てる有紗に長打で簡単にホームまで帰ってこれる俊足の凜子。この組み合わせの状況になってしまうことを良長川女子野球クラブは警戒している」

 同点にできる?凜子ちゃんが塁に出て私が打てば―――。

「逆に俺たちは何が何でも凜子に塁に出てもらって有紗に打席を回さないといけない」

「どっちにしても凜子がアウトになれば試合も負けるしね」

 ミキちゃんも同様に考えていた。

 守備の指示を細かく送っている六道さん。

「桃香!雪音!」

 先生はふたりを呼んだ後に凜子ちゃんも手招きする。

 3人が集まってきて何か話し合っている。雪音さんも普段見せない真剣な眼差しだ。凜子ちゃんが出れば同点のランナー。そして、私がホームベースを踏めば、サヨナラ。バットに握る力が徐々に強くなっていく。

 先生が何を指示しているのか私にはわからない。あの4人だけの作戦だ。私たちはその作戦が成功することを祈るだけ。

 この極端なバントシフトから凜子ちゃんがアウトにならない方法のひとつとしてヒッティングだ。四之宮さんのボールをまったく打ててないとはいえ、まぐれで打つことが出来るかもしれない。もし、打って外野まで飛んだら凜子ちゃんの足ならランニングホームランも可能だ。でも、それは凜子ちゃんのまぐれに賭ける博打。先生がその方法を取るのだろうか?

 話し合いを終えると桃香ちゃんと雪音さんはそれぞれベースへ。凜子ちゃんはバットを握ってふっと一息入れて気合を入れる。

「頼んだぞ、凜子」

「わかってる。有紗のためだもん」

 緊張している凜子ちゃんを始めて見る。陸上の大会を応援しに行ったときも少し緊張してていつもみたいな元気はなくて表情が硬かった。でも、今は顔を強張らせて難しいことを考えている凜子ちゃんは見たことない。陸上は自分との戦いだったけど、今は私のために戦っている。だから、絶対に負けたくないって気持ちが伝わってくる。

「がんばれ、凜子ちゃん」

 神に祈りを捧げるみたいに手を組む。

 キャッチャーの六道さんがマスクを被って座ると試合が再開した。

 バッチ来い!と威勢よく内野陣が声を張る。

 どう出るんだろう?先生は私たちに何も説明してこなかったからわからない。

 打つ?いや、打つ以外にない。

 ランナーがいることを気にせず大きく振りかぶって四之宮さんは投げたボールは力強いストレート。ボールが手から離れた瞬間、凜子ちゃんは素早くバットを寝かせてバントの構えを取った。

「何!」

 サードの三村さんとファーストの一瀬さんが一瞬、反応が送れたけどチャージ、バントしたときにボールをすぐに拾えるように一気に前進してきた。けど、凜子ちゃんは寝かせたバットをすぐに引いた。

 ボールは高めに外れる。

「ボール」

 チャージしてきたサードとファーストがブレーキをかけて止まる。

「よし」

 先生が小さくガッツポーズをした。

「先生は凜子ちゃんのバッティングよりも足を信じたんですね」

 いくら極端なバントシフトをしいても凜子ちゃんの規格外の走力なら突っ切れると。

「少し違うな、有紗」

 しかし、私の考えはすぐに否定された。

「じゃあ、どうするつもりなんですか?」

「まぁ、友達を信じろ。有紗。あいつは何でもやって来ただろ?」

 先生の言うとおりだ。凜子ちゃんはその行動力で私の願いを叶えてくれたじゃないか。凜子ちゃんは思い立ったらなんでもやってしまう。すぐに飽きたり、忘れたりするけど……。友達の私が信じてあげないで誰が信じるの?なっちゃんが桃香ちゃんを信じていたように。

「がんばれ!凜子ちゃん!」

「任せろ!有紗!」

 六道さんと四之宮さんとの間でサインが決まってすぐに四之宮さんは投球モーションに入った。次も早いストレートだった。そして、次も凜子ちゃんはバントの構えをした。その瞬間、今度はサードもファーストも動揺することなくチャージをしてくる。

 そして、凜子ちゃんはバントの構えを辞める動作に入った。ヒッティングする気だ。

「アプリエンツ」

 見え見えだと。六道さんはそう呟いた。サード、ファースト以外の守備陣が強い打球が飛んできたときは体に当ててでも止める意気込みだった。

「まさか」

 先生がそう呟くと凜子ちゃんはバントの構え、つまり片手をバットの太いところを握ったままバットを振った。

「はぁ?」

「ワッツ?」

 四之宮さんと六道さんが驚いた。ボールは高めのストライクゾーン。凜子ちゃんはプッシュバントとヒッティングの中間みたいな打撃をした。打つ瞬間、飛び上がって窮屈そうだったけど、しっかりバットにボールを当てて打ち返した。

 ガキン。

 バントのような軽い音でも、芯に当てたときのような爽快な音でもない。バットに鈍く当たった音。ボールは山なりに飛んでいくけど、ふわふわと弱々しい。だけど―――。

「ちょっと待って!」

 一気にチャージしてきた一瀬さんは砂埃を上げてブレーキをかけるけど、ふわふわと山なりボールは一瀬さんの頭の上を越えた。凜子ちゃんは問答無用。打球の行方なんて見ずにバットを投げ捨てて顔を下に向けて一気に加速する。そのスピードはすさまじく、守備をする誰もが見ていた。

「フミカ!」

「あ!ゴメン!」

 六道さんの指示で一瀬さんが取れなかった打球をセカンドの二葉さんが捕りに来たけど、ボールに釣られてファーストベースについていた九条さんも前で出てきてしまっていた。

「戻りなさい!胡桃!」

「ハリーアップ!」

 四之宮さんと六道さんが慌てて声を張る。急いで九条さんがファーストへ戻る。ほぼ凜子ちゃんと並走するように。そして、ボールを捕球した二葉さんが素早くトスしてファーストの九条さんへ。ボールを貰った九条さんはファーストベースを踏むのと同時に凜子ちゃんがファーストベースを駆け抜けた。駆け抜けたのと同時に何か躓いて盛大にこける、凜子ちゃん。でも、すぐに起き上がる。

「せ、セーフ!」

 雪音さんと同じコールが流れると。

「やったぁぁぁぁぁぁ!!」

「いいよぉぉぉぉぉ!!」

 神野ツインズが盛り上がる。

「いけそうですよ。このまま行けば」

 興奮気味の恵美ちゃん。

「いいぞ。我ダークコロニーたちよ!!」

 なんか楽しそうななっちゃん。

「いける。勝てる。四之宮に」

 場面はツーアウトながら満塁。そして、打席は最高のタイミングで私に回ってくる。

 先生は私の背中を押す。

「さぁ、舞台は整ったぞ、有紗」

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