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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
5章 今度は負けない
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7回裏 魔王の前に立っているのは

 状況は回を追うごとに悪化している。だが、気持ちはまだまだ負けていない。

 気持ちがどれだけ上向きになっていても以前劣勢であることは変わりない。点差は5点。ひっくり返すのは至難の業だ。だららと言って負けたわけではない。指揮官として勝つための最善の策を考えなければいけない。

 まず、第一目標は上位打線にまわすことだ。打順は恵美からだ。出塁力と打力のあるのは4番のミキまで。恵美から守備を中心に練習を重ねた子達ばかりで打撃は苦手だ。ここまでの成績を見てもほとんど三振に終わっている。でも、なっちゃんが見出してくれた四之宮の弱点、これを活用しない手はない。

「恵美」

 打撃に向かう恵美を呼び止める。

「なんでしょうか?」

「なっちゃんが言うように四之宮はコントロールが粗い。だからってフォアボールを狙いには行くな。打っていけ」

 普通ここで打てといわれたら緊張して体が硬くなってしまう。得に相手は四之宮だ。いくらストレートのコントロールが粗く打ちやすいとは言え、あの剛速球を当てるのは早々簡単なことではない。逆にフォアボールを狙って行けと言ってあげた方が気が楽だったかもしれない。でも、それでは勝てない。相手が打ってこないとわかっている相手ほど楽な勝負はない。

 だからここは―――。

「勝つためにも思いっきりバットを振って来い。結果が三振でもいい。悔いのないように!」

「はい!」

 恵美は元気よく返事をして打席。

 四之宮は少し試合の終わりが見えてきて余裕が出てきたのか威圧が少し薄れている気がした。

 恵美は相変わらず腰が引けているが打ってやるぞと意気込みは感じられる。その意気込みが威圧が薄れつつある四之宮のストレートに勝った。バットを振ったのはがむしゃらだった。だが、がむしゃらに一生懸命力をこめて振ったバットがコントロールが粗く、気が抜けた四之宮のストレートがど真ん中の甘いコースに入った。それが―――。

 カキーン。

 バットに当たることとなった。

「走れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 ベンチから一斉に声が上がる。

 恵美はバットを雑に投げ捨てて全力疾走する。

 ぼてぼてのあたりはサードへ。三村が必死に前に出て素手でボールを掴もうとするが掴み損ねる。

「しまっ!」

 慌ててボールを掴みなおしたときはすでに恵美はファーストベースをかけていた。

 急ブレーキをかけて振り返り塁審がセーフの判定を見て飛び跳ねる。

「やったぁぁぁぁぁぁ!!」

 無邪気に喜ぶ姿は輝いて見えた。

「いいね!さすが恵美ちゃん!」

「ナイスだよ!恵美ちゃん!」

「ナイスダッシュ!恵美!」

 凜子、有紗、ミキがそれぞれ恵美をほめる。

「ふん!ただのサードゴロ。相手がミスしただけじゃない」

「そうかもしれないけど、恵美の決死の走りがそのエラーを誘ったんだ」

「ほめすぎよ」

 雪音は恵美への対抗心を相変わらず燃やしたままだ。

「さぁ、続け!神野ツインズ!」

「任せろ!凜子ちゃん!」

 六番、神野ツインズの姉、神野右樹。

 意気揚々と打席に立つ。楽しいことをしていないとつまらない。神野ツインズにとって野球をすることが楽しいこととなりつつある。神野ツインズに考える力はほとんどないと思っていた。でも、右樹の打席を見てそれを訂正しないといけないかもしれない。

「ボール!フォアボール!」

 フルカウントまで粘って右樹はフォアボールを選んだのだ。

「やったぁぁぁぁぁ!!」

「さすが、右樹!!」

 大喜びでファーストへ。

 四之宮も何が起きているのか整理できていないように見えた。

「先生、今、右樹ちゃん」

「ああ。あいつ、なっちゃんが言っていた事をちゃんと聞いて理解していたみたいだな」

 四之宮はさっきの恵美の打席でコースが甘くなれば、打たれてしまう。いくら野球経験が長いといってもエラーをまったくしないとは限らない。そのプレッシャーは一月前の有紗の状況と一致した。その結果、元々粗いコントロールはさらに乱れた。そこになっちゃんの話をちゃんと聞いて楽しい野球を実行中の右樹にしっかりボールを見極められた。

 ノーアウト一二塁。

「行けるわ。この調子なら」

 ミキの表情にも自然と笑みがこぼれる。

「先生どうします?」

 有紗が聞いてくる。

 あごに手を置いて考える。

 点差は5点だ。送りバントを考える場面だが、送ったとしても次はなっちゃんと桃香だ。ふたりは恵美、神野ツインズよりも打撃に不安がある。恵美が付けてくれたスコアがここで役に立つ。なっちゃんは最初の打席でキャッチャーフライ。あの四之宮の剛速球をバットに当てることは出来ている。しかし、桃香はここまですべて三振。打席を見る限りヒットを打つことは難しそうだ。ここで左樹に送りバントをしてもらったとしてもなっちゃん、桃香が凡退してしまえばそこで試合に負けてしまう。勝つためには―――。

「左樹」

「はい!」

 神野ツインズ単体で返事されると少し違和感がある。2回目の返事を反射的に待ってしまう。

「打って来い。それ以外に言うことはない」

「任せろー!」

 そういって元気良く打席へ走っていく。

 大丈夫。姉の右樹がそうだったように妹の左樹もまたなっちゃんの話をちゃんと聞いてそれを実行しようとする。そうなれば、ランナーが溜まる。

 流れが勝負を大きく左右する野球というスポーツにおいて今いい流れにあるのは星美高校ナインだ。対して良長川女子野球クラブの流れは非常に悪い。もうすぐ勝てるという気の緩みのエラーとこの回にきてコントロールが乱れる寸前バツの四之宮。この不安要素に悪い流れがある相手にはある。

 いける!勝てる!

 しかし、ついさっき気の緩みが不安要素とは自分で思っておきながら気を緩めていた。

 点差はまだあるというのに焦るマウンドの四之宮の元へゆっくりと銀髪ヘアーの美少女が向かう。

「どうしましたの?ローラ?」

 この回はまだノーヒット。にもかかわらず一二塁という場面。ピッチャーも内野陣も気持ちを切り替えが大事場面でタイムを取って集まって話をするにはいいタイミングだ。その中心に六道がいる。

 六道はマスクを投げ捨てるように外すと四之宮に飛びついた。

「ちょ!」

 そのまま六道と四之宮は唇と唇を重ね合わせた。

「はい?」

 何が起きたのか理解できないミキ。

「はぁ?」

 驚愕する雪音。

「ちょっと!」

 同じ反応する恵美。

「わわ」

「わわ」

 まったく同じ反応をする神野ツインズ。さすが双子。

「ひゃー!」

 しっかりとその光景を目に焼き付ける凜子。いや、そんな見るな。

「………」

 反応のないなっちゃん。なっちゃんには早いか。

「私もなっちゃんとやりたいですぅ」

 桃香は何を言っているんだ。

「せせせせせせ、先生。あああ、あの、ふふたりは何を!」

 有紗は落ち着け。

「とりあえず、男としては見て悪くない」

 逆になんか興奮する。

「ここに恵美がいれば確実にこの下僕を抹殺できたのに。社会的に」

 恐ろしいことを言うな、雪音。

 てか、あのふたりはこんな大事な場面で何をやってるんだよ。

 優に5、6秒。熱いキスを交わす四之宮と六道。何が起きたのかわかっていないのは四之宮のほうでその5、6後にはっと我に返ってもがきそうになるとゆっくりと六道の唇が四之宮から離れると唾液が糸を引いてまぁなんといい光景。

「凛子。ロープを持ってきなさい。すぐに」

「持ってきたよ」

 ロープで俺を縛ろうとするなし。そんでもって凜子。動きが早すぎだろ。

「ちょっとローラ!」

 顔を真っ赤にした四之宮が六道を着き返す。

「これでフローな考えはなくなったね」

「何を言って」

 着き返されてしりもちをついた六道はその砂を払って立ち上がって未だに立ち上がらない四之宮を見下す。

「相変わらず、勝てそうになるとフローな考えになるのは直らないね、シオリは」

 確かにとチームメイトに言われた。

「べ、別にそんなことないですわ」

「じゃあ、5番のグラスイズに投げたストレートは?打っていいよってミーには聞こえた!」

「…少し甘くなってしまいましたわ」

「イエス。たまたま、当たりが打ち取った当たりだった。そんな寸前が全然ノーグッドなシオリをユーたちは知っているはず!」

 内野陣を指差す六道。

「キッスの刑ね。得にエラーをしたミサエ」

「え?私?」

 まぁ、そうでしょうねと満場一致。

「ちょっと待って!嫌だから!」

 四之宮が背中にゆっくりと近寄って抑える。

「ちょっと!詩織!」

「ナイス。シオリ」

 目を光らせてよだれをたらす六道。

「きゃー!」

 とマウンドできゃっきゃとじゃれ合う、良長川女子野球クラブナイン。

「あいつら何やってるんだよ」

「そ、そうですね」

 有紗は顔を真っ赤にして目を背ける。

「はいはい、動かない」

「そうだよ、先生」

「雪音と凜子は何を黙々と俺を縛ってるんだよ」

「下僕が警察行きになるのを予防してるのよ」

「そう!先生のためだよ」

 そういいながら楽しそうにやってるんじゃない。

「さて、ユーたち。少しは落ち着いた?」

 三村とのキスを終えた六道は少し満足そうに仁王立ちでマウンドに集まった全員に問うと、首を振ればキスされるを恐れたのか全員がすぐに首を縦に振った。

「相手はアマチュアじゃない。しっかりプラクティスとストテラジーをしてミーたちから点を取っている。シオリからヒットも打っている。これでまだデスパイしているのなら前に出てね。もう1回キスするから」

 全員がすぐに首を横に振った。

「シオリ」

「は、はい」

 グラブで胸を軽く叩いた。

「負けないために任せたよ。ミーたちはユーを信じてる」

 四之宮はマウンドに集まる全員の目を見る。

 それは四之宮への期待の眼差しだ。しかし、それだけじゃない。

「大丈夫、詩織。詩織には私たちがついてる。今度はさっきみたいなエラーはしないから」

 三村が一歩前に出て全員の言葉を代弁する。

「だから、悔いのないように思いっきり投げてそれで打たれたとしても私たちが何とかするから」

 内野陣がそれぞれ四之宮の胸を軽く叩いて守備位置へ散っていく。

「ミーたちも背負う。このゲームのリスポンスビリティーをシオリだけには背負わせない。ここにいるのは私たちだ」

 最後は日本語で締めくくって六道も守備位置へ戻る。

「ソーリー」

 と軽く謝るとすぐにマスクを被って座った。

 それを確認して打席に立つ左樹は圧倒的威圧を感じた。まるで四之宮から弾丸のごとく突風が吹き荒れる。それが突風ではないとわかっていながらも後ずさりしてしまう。左樹は明らかにおびえていた。

 きっかけというのは前触れもなく単純で小さなものだ。そのきっかけが小さくて些細なものだったとしても一度目覚めてしまえばもう手が付けられない。四之宮はそんなタイプのピッチャーだ。初回にも打ち込まれて消沈したところをチームに救われた。まさに初回の同じ光景がそこに広がる。

 魔王、四之宮再び。

 初回と違うのはランナーがいることを気にせずクイックはほとんどない。大きく振りかぶって長い腕を撓らせながら投げたボールは剛速球のそれを超えた。

 バチコーン。

 その音は本当にミットに収まったのか?疑問に思うような音だった。

「ストライク!」

 コース的にはほぼ真ん中だった。だが、打てる気がしなかった。

 息を吹き返した四之宮は笑顔だった。楽しそうだった。今のメンバーで野球が出来ていることが何よりも楽しそうだった。

 2球目の渾身のストレートは左樹のバットに当たらない。3球目の同じことの繰り返し。

 左樹は三球三振に終わった。

「ごめん」

 しょんぼりしてベンチに戻ってくる左樹。

「ま、まだまだ!これからだよ!」

 とベンチを盛り上げる凜子。

「そ、そうだよ!」

 と便乗する有紗だが、現実だけが刻々と迫ってくる。

 次のなっちゃんも左樹と何も変わらなかった。もはやコントロールの粗さを狙った攻撃は通用しない。確かにコントロールの粗さはあまり変わらないがストレートの威力が桁違いだ。それに四之宮の威圧感がベンチにいてもひしひしと感じられる。ノー天気でマイペースな神野ツインズが気圧されるのだ。なっちゃんにはひとたまりもない。

 四之宮の投げるボールにすべて手を出すが当たる気がしない。

 バチコーン!

 なっちゃんも三球三振に終わってしまった。

「………」

 凜子もついにかける言葉がなくなってしまった。

「はぁ」

 雪音がヘルメットを被ってネクストバッターサークルへ向かう。どうせ試合はこのまま終わってしまうんだとため息を吐きながら。

 次のバッターは桃香。ここまですべて三振。さっきの打席はフルカウントまで行ったみたいだが、ここまで星美高校ナインで四之宮のボールを唯一当てられていない。野球の知識がなく運動能力も低い。おっとりと優しい桃香にこの危機的状況をひっくり返す力がないことはみんな知っていた。

 だから、全員が下向いていてしまった。

 このまま負けを待つ。

 俺も同じだったが、かすかな希望を持つことにした。

 桃香。頼む。神に祈る想いだった。

 ―――が、違和感を覚えた。

 その違和感に気付いているのはおそらく俺以外に誰もいない。

 四之宮はもう勝てそうだと浮かれ、慎重で策士の六道ももう大丈夫だろうとほっとしていた。

 雪音も次に回ってくることはないと落胆している。お調子者の神野ツインズ、凜子はかける声が見つからない。恵美もどうしていいかわからないようだ。なっちゃんだけが桃香を信じ祈っている。

 そして、有紗はこの楽しい時間が終わりを告げようとしていることに泣きそうになっていた。

「有紗。まだだ」

 その言葉にベンチのみんなが俺の方を見る。

 桃香は打席に向かう前に軽く素振りをした。

 六道はホームベースよりも前に出てチームメイトに声をかけていた。四之宮もホームに背を向けて守備陣を鼓舞させるように声を掛け合う。この場面、良長川女子野球クラブナインは誰も次のバッターの桃香のことを見ていなかった。

 その素振りを見て俺は思った。それは明らかに今日昨日、一月前に野球を始めた子の振り方じゃなかった。明らかに振りなれていた。そして、何よりも驚いたことがある。

「よぉし」

 このチームが消極的になっている場面。明らかに流れは向こう側にあるのに、そんな流れにまったく流されることなく、桃香は打席に立っていた。

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