7回表と裏の間で 星美高校サイド
最後に見せた有紗は別人だった。彼女自身、あれがなんだったのかわからないだろう。正直、俺にもわからない。
「よくわからないんですけど、体のいろんなところから力が湧いてくるっていうか、余計な雑音が消えてすごく集中できたというか―――」
「俺も同じ経験がある」
「そうなんですか?」
「ああ。試合状況は今とはまったく違う。逆に接戦だった。打たれれば負けるって試合だった。打たれていけないという緊張感から打たれる気しかしなかった」
「先生にして珍しい状況ですね」
俺にだって時にはネガティブになる。
「監督が別に打たれてもいいんじゃねって超無責任なことを言いやがったんだよ。マウンドに来て励ましてくれるんじゃなくて」
「本当ですか?」
嘘と思うけど、事実だ。
「すると周りの守備陣が任せろ!打たれたら俺たちが絶対にアウトにしてやる!って鼓舞してくれた」
「いい人たちですね」
「けど、そんなことはどうでもよかった」
「はい?」
「俺は守備に任せて打たれるつもりで気軽に投げろって言われたことが衝撃的過ぎたんだよ。俺の投球スタイルは知ってるだろ?」
「ストライク先攻で三振を奪いに行くスタイルでしたね。ストレートもノビがあって変化球もキレもあったし、コントロールも良かったから面白いように三振が取れてしましたよね?」
詳しいな、有紗。
「打たれていいって言われた瞬間、俺の中で何かが変わったんだよ。監督が俺を鼓舞させるために、あの極限の集中力を俺に与えるために言ったのかどうかはわからない。でも、打たれたくないっていう俺のプライドがあの集中力を引っ張り出すきっかけだとしたら有紗は何があってあの集中力が生まれたんだろうな。それがわかれば、有紗はもっと上にいける」
プロっていう道だ。その純粋で曇りひとつない真っ直ぐな瞳で真剣に野球を取り組めば必ず成し遂げられる。すでに持っている才能は折り紙つきだ。
「いえ!今は先のことよりも!」
―――そうだったな。夢の話は後でゆっくりしよう。今は。
「さぁ、勝つぞ。星美高校初めての勝利を掴むんだ」




