4回裏、5回表 圧倒的個の力
意気揚々と打席に向かうミキだったが結果は―――。
カキーン。
「サード!」
四之宮のカーブにタイミングを外されてサードゴロに終わる。
次の恵美は四之宮ストレートに腰が引けてしまいバットを振れない。だが、それが功を奏してフォアボールになった。セットポジションに少しコントロールが乱れる四之宮だったが、右樹をキャッチャーフライに押さえる。続く神野ツインズの妹、左樹を三振に討ち取って前の回の守備で息を吹き返しつつあった星美高校ナインをあっという間に抑えてしまった。
それだけ四之宮という力が大きいということだ。それを実感する回だった。
「やっぱり、一筋縄じゃいかないわね」
「何意気揚々と打つ気満々で打って凡退してるのよ。かっこ悪い姿が妹たちにガン見されてるわよ」
「それを言うんじゃないわよ」
「さすが四之宮さん!」
「全然、打てる気がしなかったぞ!」
「まだ、3回攻撃が残っています」
「そう!そのとおりだよ!恵美ちゃん!」
「そろそろ闇の力を解放するときか」
「早く解放しないと負けちゃいますよぉ」
チームの雰囲気が少しずつよくなってきている。たぶん、それは前の回の守備で雪音が言った一言だ。
「雪音さんがあんなことを言うなんて……私も負けられない」
「チームの失点はピッチャーの責任なんて思うなよ」
「へ?」
おいおい、図星かよ。
「これまで取られた5点のうち、有紗の自責点は2点だぞ」
「え?」
自責点とはピッチャーが打たれて取られた点数のことだ。残りの3点の失点はエラーが絡んでいる。この場合はピッチャーに責任のない失点ということになる。
「つまり、有紗はそこそこ良長川女子野球クラブ打線を抑えられてる証拠だ」
有紗は目を逸らしてぼそぼそ何かを呟いた。
「そうなの?そうなのかな…。きっと、そうなんだ」
自分を鼓舞するように呟く。胸をぎゅっと握ってゆっくり立ち上がる。
「行ってきます」
「おう!楽しんで来い!」
そうだ。前向きに頭を働かせろ。有紗の悪いところは良くも悪くも慎重で後ろ向きなところだ。だって、野球はこんなに楽しいスポーツなんだ。試合には負けているけど、まだ負けたわけじゃない。勝負まだまだだ。
「いいですわ」
四之宮がバットを引きずりながらゆっくりと打席に向かう。
「勝負を諦めて抜け殻同然になった綾元さんと勝負して面白くありませんわ。星美高校もそうですわ。頼れるバックがいるだけでどれだけピッチャーが楽になるか。どれだけバッターとの勝負に集中できるか。ピッチャーである私が一番理解していますわ。だから、お礼を言いますわ。こんな最高の形で打席に立たせてもらえることを!」
バットを有紗と同じように挑発するように突き立てて構える。
相変わらずすさまじい威圧感だな。でも、今の有紗にはみんながいる。大丈夫。四之宮なんかに負けるはずが―――。
俺はこういう場面で打たれた記憶は少なからずあるが、あっても数回でいつだったかも覚えていないくらいだ。野球というスポーツは何度も言うが勢いでいくらでもひっくり返るスポーツだ。今、その勢いは完全に星美高校にあった。と俺も錯覚していた。
カキーン。
「………え?」
誰もが起きたことに整理がつかなかった。
有紗の初球の渾身のストレートは内角低めの打つのが難しいいいコースだった。打ち所を狙うバッターからすればストライクでも見逃していい配球だった。なんていったって初球だ。少なくとも後、2回は投げてくるのだから、その2回のうち打ちやすいコースに来るのを待てばいい。にも関わらず、四之宮はあえて難しいコースを体を開かずしっかり芯で捉えてすくい上げた。
高々と上がった打球をライトの桃香が必死に追いかけるが、フェンスに到達してしまった。なお、打球を伸び続けてフェンスの向こう側の道路に落ちた。
「…えっと、この場合はどうなるんですか?」
ルールを覚えているはずの恵美が疑問を呟いた。
ファーストベースを回る四之宮が通り際に教えてくれた。
「ホームランよ。打った打球がフェンスを越えれば無条件でランナーとバッターはホームに帰って来られますわ。この場合は私だけですけど」
「ってことは…」
「6対」
「2」
セカンドベースを通り過ぎる頃に神野ツインズが呟いた。
「これが圧倒的個の力ですわよ?」
「うるさい」
挑発される雪音。
「言葉が汚いですわよ」
サードベースを回ってホームへ。
ホームベースを踏んで五十嵐とハイタッチを交わした四之宮はマウンドで放心状態の有紗に声をかける。
「最高の気分ですわ」
まさに悪魔の笑みとはああいうのを言うんだろう。
勢いはすでに前の回。あっという間に攻撃を終わらされてしまったことで勢いがなくなってしまっていた。それに気付かず浮き足立っていた足元を完全にすくわれる形になった。
「だ、」
と前の回と同じことを神野ツインズがやろうとした時、
「大丈夫!!!」
有紗だ。
「大丈夫!…大丈夫だから。楽しもう!」
それは自分自身に言い聞かせていた。




