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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
5章 今度は負けない
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4回表 反撃の狼煙を上げる

 左樹ちゃんが叫んだのは震える自分に喝を入れるためだったのかもしれない。でも、それは違うってすぐに気付いた。震えている喝を入れられたのは私のほうだった。私はいつもひとりでどうにかしようとしていた。少年団の時もそうだった。私はひとりでマウンドで戦って勝ってきた。でも、今の私にはそんな力はない。それを野球を始めて間もないみんなが教えてくれた。

 対するバッターは三村さん。そして、その次のバッターは四之宮さんだ。

 不意にベンチで腕を組んでじっと試合の行方を見守る先生のほうに目がいった。

 超高校級の松葉先生にもこういう苦しい展開がたくさんあった。まだ、中学生だった私はテレビで先生の勇姿を見ていた。そのとき、ピンチだったときの先生は表情がとても印象的だった。

 笑っていた。楽しんでいた。

 そうだよ。野球は楽しいものなんだ。ピンチになって苦しいのは当たり前。この当たり前を楽しまなくてどうするの?

 先生のインタビューの記事も見たことがある。今、プロで活躍している好打者と戦うことをどう思うか?

 それは楽しみです。それで抑えることができたらうれしいです。

 そうだ。先生が怪我をしてもピッチャーにこだわったのは好打者を抑える喜びを忘れられないから。私にとっての好打者は四之宮さんだ。

 そうだ。こう思わない―――。

「フフフ。フッフ。ウフフフ」

「あ、有紗?」

 ミキちゃんが引いている。

 セットポジションに入って思わず声に出る。

「楽しみ」

 さっきはシンカーで抑えられた。たぶん、シンカーが頭から離れないはず。

「次も凡退にさせてやる。でも、その前に三村さん。あなたを抑える!」

 振りかぶって投げた渾身のストレートがやや真ん中の甘いところに行ってしまった。

 やばい!

 カキーン!

 まさか、そんな甘いところに来ると思っていなかったのか、三村さんは芯で打ち損ねたけど、速いゴロが三遊間へ。

「左樹!」

「こっっっのぉぉぉぉぉ!!!」

 必死に手を伸ばして飛び込む。そして、今度は左樹ちゃんのミットにボールがおさまる。

 ズシャーと滑り倒れる左樹ちゃんはボールを投げられる状況じゃない。

 素早く立ち上がってなんとかアウトをひとつ取りにファーストに投げようと動作に入ろうとしたときだ。

「よこしなさい!」

 サードの雪音さんが走りこんでいた。左樹ちゃんはボールをグローブから雪音さんへトスした。それを素手でがっちり受け取った雪音さんはそのままボールをセカンドへ。

 セカンドベースに入った右樹ちゃんがそのボールを捕ってベースを踏んづけてジャンプしながらファーストへ。ボールはショートバウンドしたけど、それを恵美ちゃんがしっかり捕球した。

「あ、アウト!」

 一瞬の静寂から塁審から宣告に星美高校ナインが沸いた。

「おおおおおおおおお!!!」

「やったぁぁぁぁぁぁ!!!」

 神野ツインズやった本人たちも驚きっぱなしだった。

 何より驚きだったのが。

「ユッキー!!」

「ユッキー!!」

「触るな!近寄るな!変な呼び方するな!」

 飛びつく神野ツインズをかわす雪音さん。

「なんで!」

「なんで!」

「なんでって何がよ?」

「なんで私たちみたいなことが出来たの!」

「1回も練習したことないのに!」

 神業ファインプレイは神野ツインズが何度もノックを受けて練習をして身につけた。その光景を私たちは見ていた。毎日、練習着を砂だらけにしながら。いくら意思疎通が言葉なく繋がっている神野ツインズで合わないときは合わない。でも、雪音さんはそれを一発で合わせてきた。それに雪音さんは基本的な守備練習しかしていない。打撃練習に専念していたからだ。捕ったらファーストへ。それ以外のところに投げる場合はミキちゃんから指示がある。そういう指示だった。でも、さっきの雪音さんはミキちゃんの指示なしにダブルプレーを取りにセカンドへ投げた。それはなぜか?それこそ一度も練習をしていないのに。

「雪音。なんでセカンドに投げたんだ?」

 先生も同じ疑問を持っていた。ベンチに戻ってきた雪音さんに真っ先に訊いた。

「それは見ていたからよ。私みたいな天才ならあれくらい余裕よ」

 と強がる。

「そうか。ナイスプレイだ、雪音」

 と先生はほめると雪音さんは目を逸らす。

「べ、別に普通よ!普通!」

 照れ隠しをしているのがみんなに見透かされている。

「それに私だって人間の子よ。責任くらい感じるわよ」

 責任。そんな言葉が雪音さんが聞けること事態が不思議だった。

「私のエラーで点差が広がったのよ。これ以上離されてたまるもんですか!」

 先生と目が合った。それで笑った。みんなで笑った。

「ちょっと何がおかしいのよ!」

「おかしいわよ」

「どういうことよ?ミキ?」

 ヘルメットを被ったミキちゃんが言う。

「あんたがそんなこと考えるなんておかしな話よ」

「馬鹿にしてない?」

「してない、してない。まぁ、見てなさい」

 ミキちゃんはヘルメットを被りなおす。

「あんたの失点はみんなの失点なんだからみんなで返すの」

 そのとき、先生は私の頭をなでた。

 それは私にも言っているとことだぞって無言で教えてくれた。

 私だけじゃない。プライドの高い雪音さんも、ノー天気でお調子者の左樹ちゃんも自分のミスで失点したことに責任を負っている。私だけじゃないんだ。それだけで私はすごく気が楽になった。

「そうだね、ミキちゃん。みんなで返そう」

「そうよ。反撃はこっからよ!」

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