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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
5章 今度は負けない
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3回表 崩れ出す

 先頭バッターの一瀬を低めのスライダーで三振にし、次のバッターの二葉を外角の厳しいコースに投げたストレートでセカンドフライに順調に抑えた。守備に行く前のベンチ内はまだ勝っているから大丈夫と誰もが自分自身に声をかけているように感じた。たった、1点差。簡単にひっくり返ってしまうことは誰もがわかっていたことだ。だが、まだ勝っていることを頭の中に入れ続けないと怖いのだ。四之宮という怪物が気迫で迫って来る恐怖。

 できることなら勝負したくない。俺がピッチャーだった頃にも感じたことある。相手は上級生だったが、怪物と呼ばれるバッターだった。威圧感に手が足が震えた。どこに投げればいいのかわからなかった。どこに投げても打たれる気しかしなかった。案の定、俺はその怪物に打たれて、崩れた調子から戻すことが出来ず大量失点をした経験がある。

 だから、今の彼女たちの心境は共感できる。

 四之宮と勝負したくない。

 その焦りがミスを生んだ。

 3番バッターの三村に投じた5球目は今まで四之宮にしか見せていなかったシンカーを投げた。当然、ボールカウントツーボール、ツーストライクと追い込まれている状況下で非常に有効な変化球だ。初見で打つには難しいが、なんとかバットに当てた。

「ショート!左樹!」

 ショートの左樹の元へ転がった打球。ノー天気でお調子者の神野ツインズもネクストバッターサークルで自分の打席を待つ四之宮の圧を気にしたのか。打球を捕り焦って弾いてしまった。

「あ!」

「わ!」

 なぜか反射的に右樹も反応する。

 弾いたボールは雪音のいるほうへ転がる。それを捕った雪音はファーストへ投げようとしたが、すでにランナーはファーストベースを駆け抜けていた。

 初めて着いたエラー。まだ、野球を始めて一月と少しの子が逆にここまでノーエラーだったことが奇跡に近い。

「どんまい!左樹!気にするな!」

「うう」

「うう」

「いや、なんで右樹まで落ち込んでるのよ」

 と雪音が冷静にツッコミを入れる。普段なら、なんでエラーをするんだと責める雪音が責めなかった。それどころじゃないってことを雪音も理解しているのだ。

 4番、四之宮。

 左打席に入った長身の彼女から見下ろされる有紗たちはまるで小動物だ。

「大丈夫よ。有紗」

 ミキも声をかけて有紗も頷くがもはやその言葉は頭に入ってきていない。

「ここは慎重に、だぞ。有紗」

 ベンチで見守ることしか出来ないもどかしさ。俺はベンチで祈りながら見守るしかない。

 慎重に行って欲しい。コースは厳しく行かないといけない。今の四之宮には勢いがある。野球というのは勢いが非常に大切なスポーツだ。その勢いに飲まれると危険だ。それはソフトボール経験者のミキはわかっているはずだ。だから、有紗に要求した初球は内角低めのストレート。打たれたとしてもファールになりやすいし、空振りも奪いやすい。俺ももちろん投げる有紗本人も納得の行く配球だった。

 しかし、四之宮の技術力を俺たちは侮っていた。

 初球、有紗のストレートはしっかり四之宮の足元付近に来た。有紗本人も納得の行く投球だった。四之宮は一見体格を使った大振りな雰囲気がある。六道のようなプッシュバントや逆方向への流し打ちのように器用なプレイは苦手だと思い込んでいた。

 しかし、四之宮はインコース低めという厳しいコースに体を開かず、早く振りぬき過ぎないよう我慢をした。体を開くというのはバットを振るとき、前の肩がピッチャー側に早く向いてしまうこと。早く体が開いてしまうとバットに力がうまく伝わらない。つまり、強い打球を打てない。一流の野球選手は体の正面をピッチャーに見せたら負けというほど、重要かつ基本的な技術だ。そして、体を開いてしまったときとインコースの打球を打つときに強い打球が打てるがファールになってしまうことが多い。

 四之宮はその一瞬の我慢がインコース低めの投球を引っ張り過ぎず、バットの芯で捉えた打球をしっかりとセンター前へ打ち返した。

 有紗は信じられないよう表情をしていた。

 快音を飛ばして飛んで行った打球はセンターの凜子の頭の上を越えて言った。

「やったぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「いけぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 良長川女子野球クラブベンチは大盛り上がり。

「凜子!追え!」

 ミキの威勢よく張った声を聞く間もなく凜子は自分のはるか後ろで転がって行くボールを追いかける。

「左樹!凜子がさっきまでいたところまで行って凜子の返球を受け取れ!右樹!セカンドベースに入れ!」

「おう!」

「任せろ!」

 二遊間の神野ツインズが忙しそうに動く。ファーストランナーの三村は巨漢を揺らしてセカンドベースを蹴ってサードへ。バッターの四之宮もファーストベースを蹴ってセカンドへ。

 ようやく、ボールに追いついた凜子は途中まで追っかけていた左樹へボールを投げる。

 だが、そのときにはすでに三村はサードベースを蹴っていた。

「ホーム!左樹!あたしのところに投げろ!全力で!」

「うおりゃぁぁぁぁぁ!!!」

 全力で投げたボールは少し山なりなってもホームベース前で受け構えるミキの元へ。ワンバウンドしてミキのキャッチャーミットに収まったミットで滑り込んでくる三村にタッチしようとするが逃げるように滑り込んで手を伸ばしてホームベースに触れる。ミキのミットから逃げるように。

「セーフ!」

「よーし!」

 良長川ベンチから歓声が上がる。

 これで同点になった。

「くそ!」

 地面を殴ったミキはすぐさま鋭い眼差しをセカンドランナーに送る。四之宮は心地よさそうに笑っていた。

 四之宮は豪快そうに見えて細かいプレイもやってのけている。実際にピッチャーの時も剛速球に加えてタイミングを外すカーブも投げてくる。さっきの打席で見せた打撃も器用じゃなければ出来ない芸当だ。

 間違いなく四之宮はこのチームの顔として暴れている。

「タイム!」

 俺はタイムを駆けてマウンドに駆け寄ると内野陣がマウンドに集まってくる。

「ご、ごめん」

 第一声が左樹の謝罪だった。

「あんたが謝るなんて…なんか気持ち悪いわね」

「冬木さん!左樹さんは自分のミスをちゃんと謝っているんですよ!あなたと違って」

「誰と違ってですって?」

「ケンカしない」

 ミキが釘を刺す。

「まだ、同点だ。誰だってミスをする。それに初回は神野ツインズの神技プレイを見ただろ?」

 誰もが頷く。

「左樹もミスを引きずるな。お前のいいところは元気なところだ。お前が元気ないと姉ちゃんの右樹も元気がなくなるだろ」

「右樹」

「左樹」

 泣きそうになった左樹は乱暴に目元を拭き取る。

「私!元気!」

「うん!元気!」

「その調子だ」

 どちらかが崩れてもどちらかが支える。それが神野ツインズだ。

「とりあえず、まだ同点だ。有紗。セカンドランナーの四之宮はあんまり気にするな。右樹もさっきみたいな牽制守備体系をとらなくてもいい。四之宮は基本放置で行く」

 はいと珍しく返事がはもる。

「有紗。左樹のことを気にして三振で終わらせようなんて思うなよ」

「え?」

 やっぱりな。

「お前はそうやって気構えるとボールが甘くなる。打たせる気で行け。前と違って星美高校の守備は脆くないぞ」

「………はい」

 少し心配だ。

 不安なのは有紗だけじゃない。エラーをしていない右樹も雪音も恵美もミキもだ。初回の威勢のよさはどこへ消えてしまったのは完全に勢いが沈静化してしまった星美高校に対して良長川女子野球クラブはどんどん活性化していく。

「プレイ!」

 ベンチに戻った俺の不安は的中した。

 5番の五十嵐は甘い高めのストレートを打たれたショートの左樹が汚名返上と必死に打球へ飛び込むが取ることが出来ずボールはレフトへ。四之宮は一気にホームへ駆ける。投げる力が弱いなっちゃんではホームまでボールを返すには遅くついに星美高校は逆転を許してしまった。唯一の支えは勝っているということだった。でも、その支えがなくなったこの素人チームは脆かった。

 続くくせ者六道には慎重になりすぎた。六道は一度もバットを振ることなくフォアボールとなり、ツーアウト一二塁。

 続く7番七尾にはツーストライクまで追い込んだところでシンカーを投げた。案の定、芯で捉えられずボールを弱々しくサード方面へ転がるが、勢いが弱過ぎる。

「私が捕る!」

 と雪音が突進するようにして駆ける。

「いや!あたしが捕る!」

 とミキもマスクを捨ててボールの元へ。

「邪魔よ!」

 先ボールを掴んだ雪音だったが、走る勢いがつきすぎて投げる態勢になってないのにファーストに投げた。

「ちょっと!」

 その送球は恵美のはるか頭の上を通過して行った。恵美もジャンプして懸命に手を伸ばしたが取れなかった。雪音の悪送球の隙にセカンドランナーの五十嵐がホームに帰って来た。

「これで2対4。2点差…」

 重く、大きな2点という現実が星美高校女子野球部を襲う。

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