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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
5章 今度は負けない
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2回表 策士、六道ローラ

 有紗とミキは早い段階で俺が教えた新しい変化球を使ってきた。タイミング的には早い気がするが、乗ってきた四之宮の出鼻を挫くにはいいタイミングだ。ふたりの判断に拍手をあげたいくらいだ。四之宮を抑えることが出来、さらに相手には有紗が新しい変化球を覚えてきたという印象を与えることが出来た。しかも、四之宮本人はまだ有紗が何を投げたのかわかっていない。これはこっちにアドバンテージがある。相手は有紗のノビのあるストレートとキレのいいスライダーに対応しつつ新しい変化球を見極めなければならない。これは打者からすると非常に攻めずらい。

 次のバッターの五十嵐さんには新しい変化球は使わなくてもいい。

 それは有紗もその有紗をリードするミキもわかっていた。

 四之宮と同じ左打席に立った五十嵐さんには初球低めのストレートに手が出ずストライクを取る。その1球でもう新しい変化球は投げてこないと思ったのか次の高めのストレートは打たれてファールになった。

 今度は内角にえぐるように食い込んでくるスライダーを無理やり打つ。転々と転がったボールをセカンドの右樹がしっかりと処理してアウトにする。守備も安心してみていられる。この調子でアウトを積み重ねて…。

「そうイージーには行かないよ」

 銀髪碧眼の美少女、六道が打席へと向かう。

「いやはや、シオリがなんの変化球かわからないのはレアね」

 ヘルメットの位置を合わせながらバットを立てる。

「シオリは沈んだって言っていた。アヤモトの変化球はスライダーオンリーだった。でも、この一月でおニューの変化球を覚えてきた。これは予想通り。プロブレムはここから。何を覚えてきたのか?ミーとシオリの予想では短期間で覚えられてすぐに実践で使える比較的イージーな変化球を覚えてくるだろうと読んでいた。握り方を変えてストレートと同じように投げるだけのチェンジアップか、スライダーにニアな握りで手首の返しを覚えれば使えるカーブか。この二択」

 六道の言葉がなかなか止まらない。だが、試合は進む。有紗が振りかぶってストレートを投げ込む。

 六道は何をしてくるか読めない。前回はこっちの守備がざるだって事を見抜いてプッシュバントをしてきた。今度も何を企んでいるかわからない。警戒して外角の厳しいところにストレートが決まりストライク。

「でも、シオリは選択肢がふたつしか出てこなかった。でも、ミーは違う」

「はぁ?」

「何?」

 ミキも俺も思わず声を出してしまった。

「事実上の監督。大垣一大高校を甲子園ベスト8に導いた元超高校級のピッチャー。そんなピッチャーからレッスンを受けたのなら自然と覚える変化球は絞れてくる」

 嫌な予感がした。

 考える時間を与えてはいけない。ミキはすぐにサインを送るとミットを構えた。

 2球目もストレート。低めのいいところに来たが惜しくもボールになる。

「あの監督の名前は松葉俊哉」

 俺の名前が割れてる。

「サイドスローのピッチャーだった。そして、アヤモト。彼女もサイドスロー気味のスリークォーターのピッチャー。ニアなタイプの変化球を投げられる」

 名探偵かよ。

 3球目の低めのストレートはストライクになった。

「松葉選手の持ち球はスライダー、カーブ、シンカー。スライダーはすでに習得済みだった。カーブはシオリの勝負で投げてこなかった。なら、残っているのはひとつ」

 4球目で決めたかったが、高めの釣り球に釣られず見送ってボール。

「シオリの沈んだって言った。フォーク系の落ちる球はすぐに覚えるには難し過ぎる。だから、フォークじゃない。球威が落ちたわけじゃないからチェンジアップでもない」

 5球目は外角に逃げるように変化するスライダーを軽くバットに当ててファールにした。

「なら、松葉選手が得意球だったシンカー。シンカーはミーみたいな右バッターの場合は少し寄ってきて小さく落ちる。芯で捉えたつもりの打球がバットの先に当たった。変化の特徴と打ち損じの当たった位置を考えれば、ニュー変化球はシンカーね」

 主審に新しいボールを貰ったミキとそのボールを受け取った有紗に動揺の色が見える。

 そうだよ、六道。有紗に教えた新しい変化球はシンカーだよ。急ピッチでたくさん練習して実践で使えるかどうかわからないがそれでも間に合わせたんだ。変化は小さく、稀に変化しないこともある。だから、最初の一球でしっかり変化して四之宮を押さえられたときは握った拳からなかなか力が抜けなかった。有紗が四之宮をピッチャーゴロに抑えたときに俺に笑いながらブイサインをしてきたときは正直泣きそうになった。野球が出来ないと苦しんでいた少女が全力で野球を楽しんでいるその姿を見て感動してしまったからだ。

 だが、そんな感動に浸っている余裕はないようだ。

「何も言い返してこない。図星って事ね」

 六道がバットを構える。

 6球目はスライダー。外角に外れてボールになる。

 不味いな。ストレートもスライダーも見切られている。

「さぁ!ミーに見せて!ユーの新しい変化球を!」

 ストレートもスライダーも六道の前では見切られてしまっている。厳しいコースを突いても簡単に当てられてファールにされてしまう。ここでシンカーを使って抑えることは難しくないはずだ。だが、持ち球を知られていないことのアドバンテージは非常に大きかった。現に四之宮の後の五十嵐はその新しい変化球を警戒したが故にストレートとスライダーが有効に使えた。六道はシンカーを待っている。

 四之宮を抑えられたのはシンカーという未知の変化球を突然投げられたからだ。しかし、シンカーは付け焼き刃であることは代わりない。変化も小さく希に変化しない不安定な要素を多く持つシンカーを連発はできない。それは投げる有紗本人もこの一月有紗のボールを受け続けたミキも十分わかっている。

 焦るな。落ち着け。ここで勝ち急げば、負ける。

 ふーっと一息ついて有紗は7球目を投げる。

「つまらないね」

「やば」

 投げた瞬間、有紗がボソッと呟いた。

 7球目のストレートは真ん中高めの甘いコースに来たからだ。シンカーを待っていた六道だが、打ち所のコースに来たボールを見逃さなかった。

 カキーン。

 芯でしっかり捕らえた甲高い音。打球はお手本のようなきれいな流し打ち。セカンドの右樹の頭上を越えてライト前に落ちた。桃香がボールを捕ろうとして前に弾いて少しもたついたが、バッターランナーはファーストで止まった。

 ツーアウトながら初めてヒット許した。しかも、精神的にもダメージを負ったヒットだ。

「やはり、まだまだアマチュアね」

 桃香のプレーを呟く。何かを企んでいる。その嫌な感じだけがひしひしと感じた。

 次のバッターは七尾さん。左打席に入る。前髪が長く表情が見えない。だが、時々見える眼光は何かを狙っている。

 焦るな、有紗。ヒットを打たれるのは当たり前だと思うんだ。超高校級のピッチャーだった俺でもノーヒットに抑える試合なんてまったくなかった。大切なのは打たれた後、次のバッターにどう向き合うかだ。

「フフ」

 ベンチからファーストまでそこそこ距離があるはずなのに、六道の不適な笑い声が聞こえた。

 嫌な予感がした。

 セットポジションから投じた第一球。投げたのを確認した六道は走り出した。

「走ったぞ!右樹!左樹!セカンドベースに!」

「ほえ?」

「はえ?」

 突然起きたことに神野ツインズの一瞬動きが遅れた。すぐにセカンドベースに同時に走り出す。初球のストレートは見送られてストライクになったが、セカンドへ投げようと構えるミキだが。セカンドベースにはボールを受け取ってくれる味方がおらず、六道は滑り込みもせず悠々とセカンドベースに達した。

 これで有紗たち誰もが思ったはずだ。次の塁も狙ってくる。

 ランナーを警戒するための牽制の練習を神野ツインズはほとんどしていない。

「右樹!恵美みたいにセカンドベースに入れ!有紗が投げた瞬間、自分の守備位置に戻れ!」

 なぜかわからないようだったが、

「なんかおもしろそうだからいいよ!」

「えー!ずるい!」

「わがまま言わない!」

 ミキに釘を刺される。

「恵美!なるべくファーストベースから離れて守れ!」

「でも、それは本来の守備位置から外れますけど?」

 ルールに忠実な恵美が反論してくる。

「作戦だからいいんだ!」

「でも、ルールに」

「別にルール違反じゃないから!」

 あまり納得していないようだが、ファーストの守備力から離れる。

「もっと、セカンドより!そうそう!そこ!」

 ほぼセカンドみたいな位置で守備につく。

 本来なら牽制球を入れるタイミングでショートの左樹が守備位置から移動してセカンドベースに来て牽制球を受けるのだが、そんな技術はないし、牽制を入れるタイミングを送るサイン等の交換はしていない。だからと言って放置するわけには行かない。だから、いつでも牽制できる態勢を整える。左樹ではなく、右樹にやらせるのは三盗された場合に雪音がすぐにサードベースに入れるようにするためだ。恵美は捕るのはうまいが守備がうまいわけじゃない。セカンドの右樹がセカンドベースに入っている以上、一二塁間の守備力が格段に落ちている。

 ミキと目が合う。

 あいつはわかっているようだ。

 有紗がセットポジションに入って一度六道のほうを見る。牽制をいつでも受けられる状態になっているので、リードは大きくない。小さいモーションで2球目を投げる。

 盗塁されないようにする技術にクイックというものがある。本来、あるモーションを小さくしてすぐにボールを投げることでランナーの走るタイミングを狂わせるものだ。有紗はランナーを意識したときにそのクイックが非常にうまい。

 2球目のストレートは外角に外れてボールとなった。

 それでいい。外角に投げさせて守備力の高い三遊間に打たせることが出来れば抑える確立が上がる。外角に来る有紗のノビのあるストレートを無理に引っ張って打てば、引っ掛けてセカンドゴロかファーストゴロになる。

「フフ」

 また、六道の笑い声が聞こえた気がした。それはマウンドにいる有紗にも聞こえたようだ。

 すぐにセカンドに牽制球を入れた。ヘッドスライディングしながらセカンドベースに戻ってセーフだ。

「ふぅ~、デンジャーだったね」

 再びセットポジションに入って3球目を投じた瞬間、六道がスタートを切った。

「走ったよ!」

 右樹と左樹が同時に叫ぶ。ボールは外角に外れてボールとなる。今度はさっきと違って雪音がサードベースに入った。ミキも即座に投げようとしたが、六道は走ってきていなかった。セカンドベースに目を向けると六道はスライディングをしてセカンドに戻ってきていた。

「くそ!」

 ボールを有紗に戻す。

 サインを交わしてセットポジションに入ってセカンドランナーを見ると、六道はさっきよりも2、3歩大きくリードしていた。すかさず牽制球を入れるがヘッドスライディングして戻ってなんとかセーフとなった。

 青い瞳の六道の目からまだ余裕を感じられた。

「有紗!あんまり気にするな!」

 と声をかけるがセットポジションに入るとどうしてリードの大きい六道が目に入ってしまう。4球目は外角のスライダー。

「また!走った!」

 六道はスタートを切っていた。スライダーは外角に外れてボールになる。ミキはサードに投げようとするが、またも六道は一瞬走った振りをしてすぐにセカンドに戻った。

 スリーボール、ワンストライク。

 ランナーを気にするあまりボール先行になっている。

「バッター勝負だ!有紗!」

 しかし、そんな言葉はもう意味がない。5球目は外れてフォアボールになった。

 俺が長年野球をやってきていて感じたことがある。チームの支柱についてだ。

 精神的支柱。それはチームの象徴というべき存在だ。こいつが打てば、こいつが抑えてくれれば、チームは勝てる気がする。そうさせてくれる存在のことだ。例えるならば、チームのキャプテンとかエースとかだ。そして、良長川女子野球クラブの場合、精神的支柱は四之宮だ。他を圧倒するストレートとパワー、威圧感。彼女が暴れればチームに活気が生まれる。現に新しい変化球で凡退したとき、チームに少しばかり不穏な空気が流れた。だが、それは逆に彼女が活躍をすればチームに活気が生まれ、勢いが出る。そうなれば、あのチームを止めるのは至難の業だ。

 しかし、精神的支柱は不安定で折れやすい傾向がある。何よりそれに依存するがために勝てないチームもごまんと存在する。そんな精神的支柱が崩れても負けないチームにはもうひとつ大きな支えがあるのだ。飛びぬけているキャプテンやエースがいるチームはその人のチームとよく言われる。だが、そのチームが負けないのはキャプテンのおかげでもエースのおかげでもない。裏の精神的支柱。この存在が大きい。それは決して目立たない。でも、表の精神的支柱よりも役割は重要だ。

 表の精神的支柱がうまく機能しないとき、チームの血流を地味に堅実にまわし続けて機能不全に陥らせないようにする。それは調子に左右されない相手チームも自分チームも広く見る視野が必要だ。虚を突き、チームの勢いを突けるために静かにエンジンを温める準備をする。

 良長川女子野球クラブ。それは四之宮というエースで4番という強力な個からなるチーム。そう考えていた。ならば四之宮さえ封じることが出来れば勝てる。だが、その考えは甘かった。六道ローラ。彼女はチームの頭脳だ。止めるべきは警戒するべきは四之宮じゃなかった。

 対して星美高校に裏の精神的支柱はいない。すべてを有紗が支えている。だが、有紗にはチームという背負うほどの技量はない。彼女はどちらかといえば表の精神的支柱だ。つまり、現状、六道の揺さぶりにチーム全体が揺れ崩れそうになっている。

 次のバッター八王子。セミロングの黒髪にメガネをかけた良長川の中では地味な少女。その八王子に投じた初球のストレートはランナーを気にするあまり甘く真ん中に入った。

 カキーン!

 快音が鳴り響く。

「やば!」

 ミキがマスクを脱ぎ捨てる。

 打球は有紗の頭を超えてセンター前に落ちた。セカンドランナーの六道は一気にホームを狙ってきた。

「凜子!投げろ!」

「任せろぉぉぉぉ!!」

 しかし、凜子の前に落ちてバウンドしたボールはすさまじい勢いで前進してくる凜子の頭の上を通って行った。

「ええええええ!なんで!」

「それはこっちのセリフだ!」

 悠々と六道はホームに帰ってきて良長川は一点を返した。さらに凜子のエラーで送球がもたつく間にファーストランナーはサードへ。バッターもセカンドへ進塁した。

「ごめん。有紗」

 と謝りながらボールを内野に返す。

「気を落とさないで!まだ、勝ってるから!」

 と励ます。2対1。点数だけ見ればまだ勝っている。だが、警戒すべき人物がひとり増えた。

「ナイスラン。ローラ」

「当然のことをしただけよ」

 とホームインした六道とハイタッチを交わす四之宮。

 その様子を厳しい表情で見つめる有紗とミキのバッテリー。

 戦いはまだ序盤だ。

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