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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
5章 今度は負けない
43/67

1回表 前とは違う

「プレイボール!」

 主審の掛け声で試合が始まった。

 最初のバッターは小学生みたいに小柄な一瀬さん。足の速さに警戒するのと前回の試合ではミキちゃんがある印象をこの一瀬さんに抱いていた。

 私はあまり感じなかったんだけど、ここはミキちゃんの勘に頼ってみることにする。

 初球は外角低めのストレート。ゆっくりと息を吐いてからゆっくり振りかぶって投げぬく。指から離れたボールは強い回転がかかったままミキちゃんのミットに吸い込まれた。

「ストライク!」

「ナイスボール」

 ミキちゃんがボールを返す。

「相変わらず、いいストレートでしゅね」

 と私をほめる声が聞こえて少し照れる。

「そうでしょ?」

 ミキちゃんも否定しない。

 次もストレートだった。コースはさっきと同じ。

 しっかりと体重を後ろに乗せてから移動させるとボールにしっかり力が篭もってストレートが私の思い通りのコースに行く。一瀬さんはタイミングを合わせて振ってくるけど、振出が遅かったのか振り遅れて当たるけど、ファールになる。

「いや~、打つの難しいでしゅね」

 主審からボールを受け取ったミキちゃんは私にボールを返すと頷いた。

 それは予想通りだという確信のサインだ。

 1番バッターは足が速いのと出塁率が高い選手が選ばれることが多い。それともうひとつ選ばれる理由としては選球眼といっての手の内をどれだけ晒し出させるかだ。前回の試合で私たちはその手にまんまとはまって決め球として重要な場面以外では使わないようにしていたスライダーを投げさせた。彼女の挑発と粘られるバッティングスタイルはさっさとアウトにしたいという欲が隠すつもりだった変化球を引きずり出した。

 高めのストレートはボールで見逃される。

「あれ?成長してませんね?また、そんな釣り球で三振を取る気でしゅか?」

 ミキちゃんはガン無視した。

 ミキちゃんの性格ならここは意地でもストレートで抑えて欲しいと思うところだ。今度もサインはストレートだった。ここで私は首を振った。

 それを見た一瀬さんが少し気構えた。

 3球続けてストレートだ。サインに首を振ったとなると変化球が来る可能性がある。そう思い身構えた。

 マスク越しにミキちゃんが笑みを浮かべた。

 振りかぶって投げた私の球種は。

「え!うっそでしょ!」

 ストレートだ。スライダーをなげる素振りを見せてストレートをインコースの厳しいコースへ。一瀬さんは何とかバットに当てたけど、前に飛んでしまった。転々と転がるボールはサードへ。

「でも!」

 一瀬さんはバットを捨てて全力で走る。

「雪音!」

「そんな大声を出すんじゃないわよ」

 駆け足で弱々しく転がるボールを素手で取るとそのままファーストへ。

「ちょっと!」

 投げたボールは低い弾道でショートバウンドになる。それを恵美ちゃんは相変わらず両手捕りで捌いた。

「アウト!」

 下手したら内野安打になるあたりをアウトにしてほっとする。

「ちょっと!冬木さん!もっと捕りやすいところに投げられないんですか!」

「アウトに出来たんだからガミガミ言うんじゃないわよ。いらいらしてるの?もしかして、生理?」

「うるさいわね!」

「あれ~?否定しないのかしら?」

「否定するわよ!生理じゃないわよ!」

「そこ!けんかするな!」

 ミキちゃんの怒号に似た注意で一旦言い合いが静まる。

 何も変わっていないと思ったら大間違いだ。このふたりの痴話げんかは通常運転なのだ。喧嘩するほど余裕があるというポジティブに考えようと言い出したのは先生だ。あまり続くようなら周りが止めるようにと雪音さんと恵美ちゃんのいないところで約束した。

 それに猛練習の成果は出ている。内野ゴロをちゃんと処理できた。送球が悪かったのは態勢が悪かったせいだし、難しい送球もちゃんと捕ってアウトに出来ている。大丈夫。

「さぁ!ワンアウト!ワンアウト!」

 次のバッターは二葉さんだ。サングラスをかけてココアシガレットを咥えるスタイルは以前と同じだ。

 前回の試合で二葉さんは待っている球種があった。それが来るとしっかりと捉えてくる。それがなんなのかわかれば抑えるのは難しくない。何を待っているのか、ミキちゃんが自分で探ると言っていたので、その言葉に期待する。

 初球はスライダー。外角でボールでもいいようだ。

 ボールになって見逃した。バットは微動だにしなかった。

 もう一度スライダーを投げてみる。真ん中低めの要求だったけど、少し甘く真ん中気味に行ってしまった。しかし、二葉さんは見逃してストライクになった。

 ミキちゃんは頷いた。私もミキちゃんの言いたいことが言わずに伝わった。

 3球目はストレートを高めに。ボール球になるように投げてみた。二葉さんは危うく振りそうになったけど見逃してボールになった。

 これで確信した。

 二葉さんはストレート待ちだ。

 4球目はスライダーを投げた。ベースの手前で横に、右バッターから逃げるように変化する変化球を二葉さんは無理やり当てて前に転がした。

「ショート!左樹!」

「任せろー!」

 転がってきたボールを補給してファーストに投げる。今度は胸元にボールがきたので恵美ちゃんは難なく補給するけど、ほっとした表情を見せる。

 ツーアウト。前回なら、前に飛ぶたびにハラハラドキドキしていたのが嘘のように守備が安定している。

「やるわね」

 3番バッターの三村さん。前回はぽっちゃり体系でインコースが弱いかもしれないとインコースを突いたけど、結果的にうまく当てられてしまって無理やりスライダーで抑えた記憶がある。ミキちゃんの分析では苦手なコースが少ない柔軟なバッターの可能性があると言っていた。だから、3番バッターなのだと。

 ここは少し気合を入れないといけない。

 ふーっと深く息を吐いてグラブで顔を半分覆って三村さんを凝視する。

「目つきが嫌ねぇ」

 初球のミキちゃんの要求は外角低めのストレート。振りかぶって投げる。

 いい感じだ。リリースも違和感なく完璧だった。何球か投げているとどうしてもリリースに違和感があったり、投げ込むときの踏み込みが思っていたよりも深かったり浅かったりこれはベストの投球じゃないなって感じるときがある。

 でも、三村さんに投げた初球のストレートは完璧に近い投球だった。

 よし、いける。

 カキーン!

「え?」

 三村さんは私の完璧なストレートを完璧に芯で捉えた。

 鋭い当たりが私の左をすり抜けて行く。

「嘘でしょ!」

 振り返る。打球の勢いが死なない。二遊間を抜ける強い当たり。

「とりゃぁぁぁぁ!!!」

 右樹ちゃんが決死のダイブ。ボールは右樹ちゃんのグラブの中にぎりぎり収まった。

「うぎゃ!」

 しかし、ダイブして顔面から転ぶように滑る。

 捕球できてもすぐに投げられない。

「右樹!」

「任せた!左樹!」

 左樹ちゃんが走りこんでいた。

 転んだ態勢からグラブからそのまま山なりにボールを投げるとそれを左樹ちゃんが捕ってファーストに投げた。ボールは左に反れる。けど、それを恵美ちゃんがしっかり捕球した。

「アウト!」

「マジで!」

「右樹ちゃん!左樹ちゃん!」

「どんな」

「もんだい」

 と誇らしげだった。

「サンドイッチみたいになってるけどね」

 スリーアウトになって凜子ちゃんが内野にやって来た。

「だね」

「そうだね」

「いいから左樹ちゃん降りたら?」

 左樹ちゃんは姉の右樹ちゃんがダイブしてでもボールを捕ると確信していた。そして、捕れたとしてもすぐに投げられないこともわかっていた。だから、走りこんでいた。また、右樹ちゃんも捕れるかもしれないけど、投げられないことはわかっていた。妹の左樹ちゃんが変わりに投げにきてくれることもわかっていた。だから、一秒たりとも時間を無駄にせずダイビングキャッチからグラブトス、ファーストへの送球ができた。双子だからできる意思疎通。

「いや~。まさかだよね」

「そうだよ。まさかだよ」

「ん?」

 とてもうれしそうな神野ツインズ。

「だって、先生が見せてくれた動画みたいなことが出来たじゃん!」

「出来た出来た。しかも一発で」

「私たちって!」

「最強コンビ!」

「イエーイ!」

「イエーイ!」

 神野ツインズは仲良くハイタッチをして元気欲ベンチへ戻っていく。

 私もその後を追ってゆっくりベンチに戻る。

「お疲れ。とりあえず、初回は0点だな」

「まだまだ、これからです」

 私はベンチにおいてあったタオルで汗をぬぐう。

「先生。作戦成功ですね」

「作戦?」

「神野ツインズのことです」

「…ああ。いや、あれは作戦とかじゃない」

「そうなんですか?」

「確かに俺はプロ野球の二遊間のファインプレイ集をふたりに見せた。熟練された息の合ったプレーは長年共にプレイしないとできない芸当だ。でも、神野ツインズは双子で常日頃から息の合った芸当を毎日のように繰り返していた。だから、できるんじゃないかって思ったんだよ。息の合ったアホみたいなファインプレイをな」

 ふたりは元々の飲み込みが遅いというわけじゃなかった。運動神経もそこそこだった。それを底上げする普通じゃない楽しいこと。普通じゃないことでもちゃんとチームに勝利に貢献できる。遊んでいると怒られたふたりが遊びながらチームのためにプレイする。

「ふたりはあのプレイスタイルがあってる。あのスタイルの方が楽しそうに野球をやるだろ?」

「そうですね」

 なんだか、泣きそうになった。先生は私の言葉をずっと気にかけてくれている。

 野球は女の子がやっでいいスポーツなんだと。女の子がいても楽しいスポーツなんだと。

「さぁ、有紗」

 私は前を向く。

「楽しいのは」

「まだまだ、これからですよね!」

 ヘルメットをかぶり、バットを握る。

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