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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
4章 少女たちは再起する
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黒根七海のオリジン

 先生はいつも真面目な顔をしてノートに何かを書き込んでいる。薄ピンク色のかわいいノートの中身を私は知らない。すごく気になる。何が書いてあるのか。たぶんだけど、私たちのことが書かれている。星美高校女子野球部が良長川女子野球クラブに勝つためにやれることを先生は懸命にやってくれている。それに私たちも答えないと。

「ブラック将軍め。今日もデスノートを使いどれだけの人を殺しているんだ?」

 がんばらないといけないのになっちゃんは相変わらずだな。

「なっちゃん。少しは真面目にできない?」

「真面目?我ダークライブラリーに真面目という単語は存在しない」

 相変わらずだなぁ~。

「ナイトサスペンスよ」

 それって私のこと?

「見ろ!ナイトサスペンス!ブラック将軍がデスノートをおいて立ち去ろうとしているぞ!」

 先生は恵美ちゃんにトイレに言ってくると一声かけて校舎のほうへ小走りで行ってしまった。というかなんでトイレに行くのを恵美ちゃんにわざわざ伝えてるんだろう。仕切ってるのは先生なのに。まぁ、勝手にトイレに行ったら恵美ちゃん怒りそうだし。てか、恵美ちゃんがこっちを見た。しゃべってない練習しろって目で言っている。

「なっちゃん。練習に戻るよ」

「ナイトサスペンスよ。貴様は気にならないのか?デスノートの中身が」

 なっちゃんの視線の先にはデスノートじゃなくて先生のノートがある。学校の通知表の数字が気になるのと同じで自分がどう評価されているのか気にはなる。

 チラッと恵美ちゃんのほうを見る。こういうのをすると一番怒るのは恵美ちゃんだ。その恵美ちゃんは真面目に練習しない神野ツインズと凜子ちゃんを注意している。神野ツインズは先生にあることを提案された日以来ボール以外のものは投げなくなったけど、普通に投げなくなった。アンダースロー投げたり、前転しながら投げたり、バック転しながら投げたり、なんでそれでキャッチボールが成立するのか不思議だ。凜子ちゃんは相変わらずルールを忘れてマット運動を間違えてバック宙を始め出した。真面目に練習してないのはいけないけど、軽々とバック転とかバック宙するのはすごいと普通に感心してしまう。

「ナイトサスペンス!ナイトサスペンス!」

「なに?なっちゃん」

 感心してないで、注意してちゃんと練習させないと。私がキャプテンなんだから恵美ちゃんに任せっぱなしはダメだ。

 なんて気合を入れたのに。

「デスノートを入手したぞ」

 先生のノートをなっちゃんが私の所に持ってきたのだ。

 もう一度、恵美ちゃんたちのほうを見る。相変わらず、神野ツインズと凜子ちゃんに遊ばれる恵美ちゃん。対してミキちゃんと雪音さんと桃香ちゃんはティーバッティングをしている。先生もまだトイレから戻ってくるとは思えない。チャンスは今しかないと思えた。

「ちょ、ちょっとだけだよ」

「これで貴様も我と同じ大罪人として共に道を踏み外したわけだ」

 そんな大げさな。

 なっちゃんが最初のページを開く。そこには私たちのことを分析してその詳細が書かれていると思った。けど、最初のページは違った。


 ―――自分に負けるな。仕方ない負けはない。

   ―――弱者はうぬぼれてはならない。勝者はもっとうぬぼれてはならない。


 いったい誰の言葉なのか、先生自身が考えたものかもしれない。仕方ない負けはない。初心者だから経験者に勝てるわけない。それははじめから勝負に負けている。先生はそう考えている。勝つことは難しいことは私たちにだってわかっている。良長川女子野球クラブに私たちみたいな初心者が勝つなんて天地がひっくり返らない限り難しいことだ。だからって負けるのは仕方ないからって練習をサボっていいとはわけではない。それは自分に負けたということになるから。

 そして、二文面はたぶん先生が選手時代に使っていたものかもしれない。私は強いからとうぬぼれてはならない。高みを目指すことを先生は監督になった今でも続けている。先生の決意が熱く伝わった。それはなっちゃんも同じみたいだ。

 次のページからびっしりと絵とメモで真っ黒になっていた。

 雪音は協調性に欠ける。しかし、野球のセンスは高い。特に打撃の成長振りは輝かしいものがある。だが、時々バットを引かずに腕だけで打ちに行こうとする癖がある。だから、芯に当てられても強く前に飛ばない。直球に教えると逆効果だし……どうしよう。

 苦悩も落書きみたいに書かれていてちょっと笑った。

 雪音さんだけじゃない。凜子ちゃんもミキちゃんも恵美ちゃんも神野ツインズも桃香ちゃんもみんなのことがノート一面びっしり書かれていた。もちろん、私もなっちゃんのことも。

「なっちゃんはフライを捕球できるようになったのはいい傾向だって」

 設定を忘れて素直にうれしそうだった。

 私のことはなんて書いてあるだろう。

 綾元有紗。球速115キロ前後(男子で言う145キロ前後に相当)。変化球の持ち球はスライダー。速球にはノビもあり、変化球にはキレがある。変化球にキレが出るのは手首がしなやかで柔らかいから。手首が柔らかい分ボールに回転がかかり速球も変化球も威力を増す。しかし、メンタル面で難あり。打たれ弱い、ピンチに弱い。そもそも、ランナーを背負うとランナーばかり気になっているように見える。

 技術面はほめられてるのに精神面ではぼろぼろだ。

「……」

「どうしたの?なっちゃん?黙っちゃって」

「いや。ブラック将軍の目の付け所は悪くないのだが、我輩はもっと別の問題点がナイトサスペンスにはあると思うのだ」

「別の問題?」

「我輩は常日頃から野球という闇のスポーツをパーフェクト・サーバント・ポインターロイドで訓練しているのだ」

「パーフェクト・サーバント・ポインターロイドって何?」

「略してはPSPだ」

 あー、ゲームね。

「そこでナイトサスペンスと同じような選手を育成して我輩はある重大な事実を見つけ出したのだ。それは―――」

「それは?」

「お前ら練習をしないで何やってるんだ」

 突如、戻ってきた先生に首根っこを掴み上げられる。

「すすす、すみません!先生!」

「フッフッフ。重要機密の扱い方が無用心だぞ」

「反省の色を見せない奴は練習後にグラウンド10周な」

「大いに反省しておる!」

 なんでそんな上から。

「なっちゃん。グラウンド20周な」

「ごめんなさい!もう二度としません!」

 素直でかわいい。

「有紗もこんなの見てないで練習しろ」

「はい。すみません。気になっちゃったもんで」

 でも、実際に私の欠点はわかっている。メンタル面の弱さをどうにかしないといけないことくらいわかっている。そのために何をしなければいけないのかさっぱりわからない。みんなはどんどん自分の課題を見つけて努力して前に進んでいるのに私だけ足踏みしているみたいで。

「有紗。ゲームとかやるか?RPGとか?」

「え?やったことはありますけど」

「レベル1とレベル50どっちのほうがレベルが上がりやすくて新しい技とかを覚えやすいと思う?」

「それはもちろんレベル1です」

「なっちゃんたちはレベル1だ。見つけるスピードが有紗とは違うのは当たり前だ。焦ってこんなノート見る必要なんてない。そういうところでメンタルの弱さが出てきてる。少しくらい余裕を持て」

 先生は知っていた。私のピッチング練習は基本的に私の練習ではなくミキちゃんの練習だ。キャッチャーのキャッチングがいいと審判はストライト感じやすくなる。リードも大切だけど、キャッチャーの本業は捕ること。それを徹底的に練習している。制球力を上げる練習を兼ねて。経験者が少ないこのチームに先生が私の指導に費やす時間は短い。私自身で解決しないといけない問題だ。私で何とかしないと。

「はい、余裕をもってがんばってみます」

 先生も具体的に私のメンタル面を改善する方法を教えてくれなかった。あのノートをぱっと見た感じメンタルの弱さを解決する具体的な方法は書かれていなかった。先生の感覚では試合を多くこなして慣れるしかないと思っているんだろう。でも、私たちは次の試合に勝つために練習している。数をこなして慣れるなんて1ヶ月では不可能だ。どうすればいいのか先生もたぶんわかってない。

「っふ。具体的な解決方法がないと投げやりなっているとはそれでも将軍か!」

「先生だが?」

 先生。ツッコミの仕方が間違ってると思います。

「これだからブラック将軍は将軍止まりなんだ」

 と呆れるけど、将軍より上ってあるの?

「なっちゃんは何か方法があるのか?」

「へ?」

 いつも通り軽くあしらわれて練習に戻れって言うと思ったけど、なぜかなっちゃんの発言に食いついた。

「べ、別に我輩の方法などブラック将軍には到底思いつかない神の領域だ。言ったところで凡人のブラック将軍にはわかるまい」

 先生は何も言い返さずじっとなっちゃんを注視する。恥ずかしくなったなっちゃんは顔を真っ赤にして顔を背ける。

「そういえば、さっきPSPのゲームで」

「違う!ペイル・ストロング・ピューレムだ!」

 さっきと違うんだけど。

「育成の上で事実を見つけたとか言ってたけど、それと関係するの?」

 なっちゃんは一旦先生のほうを見て目が合うと再び目を背けていつもの調子で言う。そのほうが言いやすいのなら先生は何も言わなかった。

「変化球がスライダーのみというのは非常に育成しづらかった!というかコンピューターに簡単に変化球がよまれて打たれまくって!勝手に打たれ弱さとピンチがバツになるし!途中で変化球をひとつ増やしてって!か、顔近いよ」

 途中まで堂々としゃべっていたのに最後は私と先生の顔が近いことに気付いて素になった。素になったなっちゃんは相変わらずかわいい。

「なるほどな。打たれ弱いのならそもそも打たれなければいいのか」

「それが出来たら苦労しないですよ」

 絶対的なエースでも絶対に打たれないなんてない。打たれるときは打たれる。

「だが、ランナーを背負う回数を減らせば有紗の負担が減る。正直、有紗のメンタル面の弱さをカバーできるとは言えないが、効果がまったくないわけじゃない」

 意外と好感触に動揺するなっちゃん。

「なっちゃん。その育成してたピッチャーにはどんな変化球を新しく増やしたんだ?」

「え?えっと」

 一旦咳払いをして中二設定に戻る。

SFF(スプリット)を覚えさせた」

SFF(スプリット)か」

 SFF(スプリット)。スプリット・フィンガー・ファストボーツのことである。スライダーが横に変化する変化球に対してSFF(スプリット)のようなフォーク系の変化球は下に変化する。バッターから見たらボールが落ちるように見える。ボールを挟むように握って投げる。SFF(スプリット)はフォークよりも浅く挟んで投げることで早く小さく落ちる。

「でもフォーク系のボールを今からは」

「今から実践で使えるようにするには時間が圧倒的に足らない。フォークはスゲー握力を使う変化球だ。数を投げた分だけ消耗も激しい」

「え?そうなの」

 なっちゃんが素で驚く。

「だが、なっちゃんの言うように新しい変化球を覚えるのは有効的だ。良長川は有紗の持ち球はスライダーしかないと思っているはずだ。そこに別の変化球を投じれば打たれる確率は下がる。そうだな、SFF(スプリット)はチョイスとしては間違ってない」

「そ、そうなの。へへへ」

 素直に喜ぶなっちゃん。かわいい。

「でも、1ヶ月もないからな」

「だったら、チェンジアップとかはどうですか?」

 変化球を投げるとき、ボールの握り方と手首の使い方もストレートとは違う。ボールを離す一瞬、手首の動きから変化球だなってバッターにわかってしまう。一方でチェンジアップは、握り方はストレートと違うけど手首の使い方はストレートとまったく同じだ。変化の仕方はタイミングを外しゆっくり小さく下に変化する。握り方も簡単だし、今から練習すれば十分実践でも使えるかもしれない。

「確かにそうかもな」

 そうと決まれば早速握り方を調べないと。ピッチャーによって握り方は人それぞれだ。私にあった握り方を見つけないと。

 しかし、先生はなぜか悩んでいた。1ヶ月しかないのだからチェンジアップでいいと思うんだけど。

「俺が四之宮の立場だったら有紗が新しい変化球を習得してくるのは想定してくるだろうな。期間が1ヶ月しかないから簡単に投げられるもので最初に浮かぶのはたぶん」

 チェンジアップ。

「チェンジアップは打者の不意を着く変化球だ。読まれていた場合はただのスローボールと変わらない」

 打ってくださいと言っているようなものだ。

「1ヶ月しかない。正直、無理かもしれないけどなっちゃんの言うように新しい変化球を覚えるのは必須だ」

 先生は決断をした。でも、決めるのは私だ。

「俺が選手時代に得意だった変化球を教える」

 そのとき、胸の中のときめきが収まらなかった。

「先生が得意だった変化球」

 選手時代を知っているからこそ興奮した。先生の決め球を私は知っている。それはまさに魔球だ。そんな魔球を、魔球を投げていた本人から教えてくれるなんて興奮しないわけがない。

「がんばります!絶対に試合で使えるようにします!間に合わせます!」

 先生はなぜか目を外した。

「なっちゃん!ありがとう!」

「へ?べ、別に当たり前のことしただけだし、私だって負けたくないもん」

 よかった。なっちゃんも負けたくないって気持ちを持っていたんだ。

「なっちゃん」

「なんだ!ブラック将軍!」

 いつものなっちゃんに戻った。そのほうが落ち着くようだ。

「これからも何か気付いたことがあったら教えてくれ。なっちゃんのおかげで勝てるかもしれないから」

 頼られていることが不思議でなっちゃんはポカーンとして先生の顔が近いことにはっとして先生を突き飛ばす。わなわなして頷いて逃げるように桃香ちゃんのいるほうへと行ってしまった。

「まさか、なっちゃんに助言されるなんてな」

「私もびっくりです」

 私は右手を力強く握る。試合まで1ヶ月ない。これから習得する変化球が使えるかどうかは私の努力次第だ。

「先生!」

「わかってる。練習するぞ」

 先生も楽しそうだ。私も楽しい。

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