星美高校
星美高校。市内の駅からバスに揺られること10分でその高校には着く。俺の家と星美高校は駅を挟んだ反対に位置する。バイト先に向かうときには原付バイクを使う。星美高校に向かう手段も同じだ。線路の下をくぐって最初の十字の交差点を右に曲がって少し行ったとこにある小さな小道に曲がって入ったすぐにその高校はある。
星美高校は元女子高だが、10年位前に共学になった。元女子高という成り立ちもあってか入学者は圧倒的に女子が多い。偏差値的には中の下で当時の俺でも入ることが容易な高校だった。女子ばっかりだし、野球部がないからアウトオブ眼中だった。
そんな星美高校の校門に4時きっかりに到着した。校門から制服を着た青春真っ只中の少年少女が続々と帰宅していく。この頃の俺は一番輝いていた。一番幸せだった。人生80年近くある中で俺は15歳で人生の絶頂を迎えてしまった。残りの人生は降下していくばっかりだ。悲しいな。
「本当に…来た」
驚きの声に顔を上げると少女、有紗は制服姿にいつもの黄色のリュックサックを背負っている。
「来いって言ったのは君らだろ」
「何々?どうしたの?」
少女、凜子も現れた。
「…誰?」
そりゃないぜ~。
「何?昨日もそうだったけど、忘れっぽいの?君は?」
少女、有紗が耳打ちをする。
「アアー、キノウの」
「絶対忘れてるだろ!」
「ごめんなさい。凜子ちゃんすごく忘れっぽい子で」
「テヘ」
テヘじゃねーよ。かわいいじゃねーか。
「でも、良く来てくれたね!早速、部活やろうよ!有紗!」
「でも、いきなり」
「ちょっと待って!」
少女、凜子はすさまじいスピードで校舎の中に消えていった。
「ごめんなさい。凜子ちゃん勝手で」
と深々と頭を下げる。
「いいよ。俺も成り行きでここに来ただけだし」
少女、凜子はすぐには戻ってこず無言のふたりっきりの時間が続く。この時間は嫌いだ。野球をする以前にスポーツマンだからじっとしていることが苦手なのだ。こんな暇な時間があれば素振りのひとつでもする。しかし、野球の縁を切ろうとしている俺にはそんな時間つぶしは合わない。となると時間を潰す方法はひとつ。
「ひとつ聞いていいかい?」
「は、はい!」
突然、話しかけられた緊張するなよ。
「俺のことは…どこで知ったんだ?」
もう、誰も覚えていない。甲子園に出場した当時は駅前を歩いていると数人に声を掛けられる程度の知名度はあったが、今は皆無だ。もう、4年も前の話だ。甲子園のスターはその都度生まれている。4年も前のプロにもなっていない甲子園のスターを誰が覚えているだろうか。しかし、この少女、有紗は知っていた。
「…普通にテレビで知りました。甲子園に出てたじゃないですか。覚えていますよ」
少女、有紗は足元の石ころを足で転がしながら気恥ずかしそうに教えてくれた。
「甲子園に現れた魔術師。変則的なサイドスローから放たれる白球は150キロにもなる。左バッターにはその剛速球が向かってくる。腰が引けて打てない。右バッターにはストライクが遠く感じてしまう。だから、振れない。振ろうにも鋭く沈むシンカーにキレのいいスライダーにタイミングを外すカーブ。プロ顔負けの超高校級投手。私は忘れませんよ。そんな偉大なピッチャーの名前を」
恥ずかしくなってしまう。聞きなれていたはずのほめ言葉が。
「地元のしかもこんな近くにいるなんて、驚きましたよ。初めてあのコンビニに行ったときに、顔を見てネームプレートの名前が一致したとき、運命を感じてしまいました。ちゃんと、確認したいって思って何度も何度も声を掛けようとして決心が付いたのがおとといでした」
少女の瞳は透き通っていてくすんでいない。真っ直ぐに素直な気持ちを言葉に出していた。
「私もあなたみたいに野球がしたい」
「やればいい。俺は怪我をしてもうできないけど、君はできるだろ」
すると少女の瞳に黒いまるで魚のような影が見えると少女はうつむく。
「できたら…苦労しないですよ」
と下手くそな作り笑いを俺に向ける。違和感しかなかった。
「君は」
「お待たせー!」
邪魔が入った。
元気な少女、凜子はネームタグを持ってきて校門に戻ってきた。
「こっち!」
手招きされて少女、有紗と共に星美高校の敷地に入る。すぐ脇の守衛室で俺は来賓という形で校舎に入ることを許可された。許可証をネームタグに入れて首から提げる。
「真理子先生は?」
「職員会議だから無理だって!コーチにチームメイトをちゃんと紹介してあげてだって」
「いや、俺はコーチをやるなんて一言も」
「そ、そうだよ。凜子ちゃん。勝手にいろいろと」
ほら!少女、有紗も言ってるだろ!
「ここからだと体育館が一番近いね!行こう!」
聞いちゃいない…。
「ごめんなさい。凜子ちゃん、思ったことはすぐに行動起こす子だから」
本当に早いよな。手を回すのが。
「でも、せっかく学校にいるんだから、少しだけ私と野球をしてくれませんか?」
少し控えめながらも少女、有紗自身が告げたお願いだ。少女、凜子に引っ張られて俺はここまで来た。それは彼女もいっしょだ。だが、今の言葉は少女、凜子に言わされた言葉ではなく、本心だ。
「…今日だけな」
するとパーッと少女、有紗は笑顔を見せる。
「ありがとうございます。松葉さん」
俺は松葉じゃないっていう設定だったんだけど、まぁいいや。そうだよ。俺があの甲子園を湧かせた悲劇のエース、松葉俊哉だよ。