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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
4章 少女たちは再起する
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林田凜子のオリジン

「ということで1ヵ月後の日曜日。良長川女子野球クラブと再試合することになった」

 次の日、先生は真理子先生に頼んで良長川女子野球クラブに試合を申し込むようにお願いすると二つ返事で了承してくれた。日時はミキちゃんのお父さんの条件通り1ヶ月後の日曜日の午後2時から。場所は星美高校のグラウンド。

 試合が決まって決意を固める子もいれば、試合をすることに消極的な子もいる。

 決意を固めるのは屈辱的な負けを二度と経験するものかと燃える雪音さんと、次こそはチームの足を引っ張らないと決意する恵美ちゃんと、みんなと野球をしていきたいと願いをかなえるために奮闘するミキちゃん。消極的なのは凜子ちゃん、神野ツインズ、桃香ちゃん、なっちゃんだ。

「先生!本気で言っているの!……また、負けるじゃん」

 凜子ちゃんの後ろ向きな姿は始めてみる気がした。

 次の日、凜子ちゃんは部活に来なかった。

 いっしょに部活に行こうと誘うつもりがいつの間にかいなくなっていた。一度、動き出すと速過ぎて追いつくことは出来ない。全力で逃げられたら捕まえることは難しい。

 いつも隣にいる明るい声が聞こえないとここまで寂しいものなのかと始めて知る。

「有紗」

 声をかけてきたのはミキちゃんだった。

「その……ごめん。あたしのせいでこんなことになって」

「別にミキちゃんのせいじゃない。どっちにしてもこのままだらだら練習しているだけじゃ何も成長しないし」

 先生はそれを知っていた。どこかで良長川女子野球クラブとの再戦を考えていたはずだ。それが早くなっただけ。この再戦の原因はミキちゃんにあるけどそのことを先生は言わなかった。あくまで自分の身勝手な意思だってことにしている。ミキちゃんのことを思って。

「それに謝るんじゃなくて感謝しようよ。先生のおかげでまた野球が出来るんだよ」

 先生がいなかったらミキちゃんは野球を辞めていた。前向きに考えないと。

「―――そうね」

 爽やかな笑顔は眩しくて直視できなかった。

「さ、練習するわよ。で、凜子は?」

 凜子ちゃんは-――。

 練習が終わる。試合に前向きな子と消極的な子の間で練習のやる気が違う。恵美ちゃんが注意するけど、神野ツインズが以前のように道具をお手玉にして遊んだり、落ちていたサッカーボールで遊んだりと練習をサボる風景が目立った。桃香ちゃんとなっちゃんも真面目に練習しているけど、どこか嫌々やっているように感じる。

 凜子ちゃんはどこに。

「有紗」

「なんですか?」

「凜子はなんで来なかったか聞いてるか?」

 先生も心配そうに見えた。私のために野球部の創部を手伝ってくれたというかほぼ凜子ちゃんの力で出来たといっても過言じゃない。そんな凜子ちゃんがなんで来ないのか、親友の私にもわからない。

「帰りに家に寄ってみようと思います」

「俺は行ったほうが良いか?」

 なんで来なくなったのか。見当がつかない。先生のせいだったら逆効果だ。

「いや、私ひとりで行きます」

「そうか」

「先生よりも凜子ちゃんのことを知っているつもりなので」

 お辞儀をしていつもやっていく居残り練習はしないで凜子ちゃんの家に直行しようとバスの時間を確認するためにスマホを取り出す。

「そうだ、有紗」

「はい」

「もしも、凜子に会えたら―――」


 凜子ちゃんの家は学校からバスで市内の駅に向かってそこから電車で三駅となりの駅で降りて歩いて5分したところにある。私は駅から自転車で30分こぐ必要があるけど、凜子ちゃんは駅まで歩いて行ける。よく帰りに凜子ちゃんの家によって野球部創部の作戦会議をしたものだ。そんな凜子ちゃんの家の前に私は来ている。古い2階建ての長屋が繋がる住宅地の角にぽつんと建っている古い一軒家が凜子ちゃんの家だ。

 大きく深呼吸する。

 今までこんなに緊張して凜子ちゃんの家に来たことはない。まるで自分の家みたいに毎日のように通っていたこともあった。緊張しているのはたぶんわからないからだ。凜子ちゃんはいつも単純だ。なんでそうしたいのか、なんでこうしているのか大体わかった。野球部に参加してくれたのも私と野球がしたいからだ。でも、今回ばかりはなんで来なくなったのかわからない。わからないことがこんなに怖いなんて。

 ドキドキと胸打つ心臓に手を添えて再び深呼吸する。

「よし!行こう!」

 と決心したときだ。

「有紗ちゃん」

 凜子ちゃんがちょうど帰って来た。

 最後に見たのは帰りのHRの時。時間にして4時間くらいしかたっていないのに1年ぶりに会ったみたいに感じた。

「や、やぁ、凜子ちゃん」

 言葉がこれ以上出てこない。

 いきなりなんで練習来なかったのかって聞くのはなんか不謹慎な気がする。凜子ちゃんなりに何か考えに考え抜いているのかもしれない。ここはオブラートに優しく包みながら遠回りに聞いてみよう。

「ごめん。今日、練習行かなくて」

「え?」

 気遣う以前にストレートに私の知りたいことを言ってきた。

「それでね、今後もうちは練習には行かないから」

「え!なんで!」

「今の有紗は試合に勝ちたいって思ってるでしょ?」

「うん」

 だって、もうあんな惨め思いはしたくない。今の私はただ女の子同士で野球がしたいだけじゃない。先生とみんなで試合に臨んで勝ちたいと強く思っている。ミキちゃんのためにも。

「なら、うちは必要ないよね」

「ちょっと!何言ってるの!凜子ちゃんは必要だよ!絶対!」

「必要ないよ。だって、うち忘れるの早いもん。ルールも全然覚えられないし。四之宮さんにいろいろ言われたし」

 ルールを覚えないのはルールを覚える気が無いと。違うのだ。凜子ちゃんは覚えるのも早いけど忘れるのも早いのだ。

「だから、今ね。探してるんだよ」

「何を?」

「うちの変わりになる人」

 一瞬、何を言っているのかわからなかった。

「今のままだと四之宮さんに勝つのは無理だよ。野球経験者は有紗ちゃんとミキちゃんしかいない。雪音ちゃんもうまくなってるけど、今のままじゃ勝てないよ。じゃあ、勝つためには野球ができる人に助けてもらうしかないよ」

 何言ってるの?凜子ちゃんらしくないよ。

「うちみたいなすぐに忘れちゃうやる気ない奴よりかは絶対に戦力になる」

 戦力ってそんな難しい言葉をどこで覚えたの?

「後、1ヶ月しかないけど絶対に見つけるから」

 見つけるからって。

「ほら、うちはそういうの得意だから」

 知ってるよ。

「うちは今の野球部には必要ないし」

「違うよ」

「え?」

「必要ないわけないよ。必要だよ。凜子ちゃんは」

「気を使わなくてもいいよ。ルールも覚えられないのに野球してたって」

「別に知らなくても、わからないならその都度私が教えてあげるから」

「でも、それだと有紗の負担になる。うちには有紗が楽しくのびのびと野球をやってほしいの。女の子だから野球が出来ないとか言ってた有紗は女の子たちで勝つために全力でがんばってほしい。うちは邪魔なだけだし」

「邪魔じゃない」

「いい加減にしてよ!うちはもう必要ないの!勝つためにうちは必要!」

「凜子ちゃんがいないのなら私は野球部を辞めるよ」

「え?」

 私は凜子ちゃんを包み込むよう抱きしめる。凜子ちゃんの体は震えていた。

「なんで?せっかくうちが野球できるようにしたのになんで辞めるとかいうの?」

 私は優しく強く抱きしめる。

「私はみんなで野球をやるのが楽しかった。試合に負けて苦しくてみんな辞めちゃうんじゃないかって思ったけど、みんな戻ってきてくれた。本当はうれし過ぎて泣きそうだったんだよ。これでまたみんなと野球が出来る。みんな野球をして、それでみんなで勝つの!」

 凜子ちゃんの顔をサンドする。涙目の凜子ちゃんは抵抗することなく挟まれる。

「凜子ちゃんが辞めたら四之宮さんに勝っても意味がない!9人で力を合わせないと勝てない!誰ひとり欠けることなく9人で!勝てないのなら試合をする意味はない!だったら辞める!」

「わがままだよ。有紗は。うちがいないと何も出来ないの?」

 涙が流れていたけど、表情はうれしさでいっぱいだった。

「本当にしょうがないな。有紗はうちがないと何も出来ないんだね」

「うん、何も出来ないんだ」

 私は笑った。凜子ちゃんは泣いているよりも笑っているほうがいいから。凜子ちゃんも私に釣られて笑った。

「それに、先生が言ってたの」

「なんて?」

 涙をぬぐいながら真っ直ぐ私を見る。

「凜子ちゃんは星美高校女子野球部の大切な戦力だって」

「え?」

「信じられないって顔してるけど本当だよ。凜子ちゃんの足の速さは重要だって。ルールをすぐ忘れちゃうなら私が教える。忘れるのも早いけど、覚えるのも早いでしょ」

 凜子ちゃんのことは私が一番知っている。何でも早い凜子ちゃんは忘れるのも早いけど、覚えるのも早い。

「だから、わからないことがあったら何でも聞いて。同じことを何度も聞いてもいいよ。私じゃなくても先生でも恵美ちゃんでもいい。みんな凜子ちゃんのことを支えるから。だから、いっしょに勝とう。四之宮さんに!良長川女子野球クラブに!」

 決意。その後に溢れ出てくるのは闘争心。凜子ちゃんはスポーツ選手だ。中学の頃から圧倒意的足の速さから陸上部の短距離走で常に戦い続けてきた。勝ちへの突き進む闘争心は私よりもある。

 こんな心強い友達が私の友達なんだよ。すごいでしょ?

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