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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
4章 少女たちは再起する
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田辺恵美のオリジン

 田辺恵美は真面目だ。運動こそ苦手だが、言われたことを素直に実行しようとがんばる姿は応援してしまう。少し野球は出来るようになってきている。投げるのはまだまだだが捕ることは出来ている。それはあの試合前からだ。雪音の理不尽な送球をうけることで捕球が出来るようになっていた。結果オーライだ。ちなみに今日は、雪音はバスケ部、凜子は陸上部の練習に行ってしまっている。

「バットが1本足りません!誰か戻し忘れていませんか!」

 そんな真面目な恵美は練習終わりに道具の数が合わないことをひとり騒ぎ始めた。俺以外グラウンドには残っていない。仕方なく恵美の元に向かう。

「どうした?」

「バットが1本足らないのです!」

「誰かが持って帰ったんだろ」

「ダメです!学校の備品を勝手に持って帰ることは違反です!」

 バットは今のところ4本ある。1本足らないところで何も困らない。

「最初から4本しかなかったことにしちゃえば?」

「そんなずさんな管理をしていれば4本が3本になって最終的にはなくなってしまうこと考えられるのです。管理はしっかりしないと」

 適当でいいだろ。

 まぁ、バットが1本足らないのは雪音が持って帰って練習しているからだろう。素振り用に持って帰ったんだろう。それを言えば、また揉めかねない。一応、あの試合以来雪音と恵美の関係は修復されず口は業務的な連絡くらいしかしない。これはチームの情勢としてよろしくない。これ以上関係をもつれさせないようにするためにも黙っておくべきだ。

 しかし、このままだと恵美はずっとここから動きそうにない。

「あーそうだー。確かバット1本へこんで修理に出してたんだ~」

 と大嘘をつく。

「本当ですか?」

「本当だとも!」

 堂々と嘘をつく。

「なら、仕方ないです」

 おお、なんかうまくいったぞ。

「そうです」

 倉庫のカギを閉めてから何かを思い出したようにジト目で振り替える。

「先生。練習終わりに綾元さんと何をしているんですか?」

「へ?」

「昨日、先生の原付の後ろに乗っていたのは綾元さんですよね?」

 ここで下手に答える面倒だ。こういうときは沈黙を貫くべきところだ。がんばれ、俺!

「放課後、家にも帰らず寄り道をしているのですか?」

 ルール違反とか言われそうだな。下校は寄り道をせずに真っ直ぐ帰りましょうとか俺から言わせれば小学生かよ。

「まさか、先生と生徒以上の関係になっていないでしょうね?もし、そうなら犯罪ですよ」

「そんなわけないだろ!ちょっと、有紗の練習に付き合ってるだけだ」

 …………あ。

「やっぱり、綾元さんと部活時間外に練習をしていたのですね」

「いや、そのな」

「別に私は部活時間外に自主練習をすることがルール違反だとは思っていません。むしろ部活の練習時間以外で努力をすることがいい結果に繋がると思っていますので」

 それならいいか。

「ですが、先生の行動は不平等です」

「はぁ?」

「綾元さんだけ教える時間が多過ぎます!」

 そうかもしれないが、有紗が直々に教えて欲しいとお願いされて付き合っている。それが有紗じゃなくても同じことをしていると思う。たぶんな。

「なら、恵美もいっしょに練習するか?」

「制服姿のまま徘徊するのはダメです」

 めんどくさいな。

「なんでだ?」

「校則であるからです!」

「そんな校則ないわよ」

 制服に着替えたミキがすれ違いざまに言ってきた。

「え?でも、先生が!」

「いつの話よ?」

「……小学生のとき」

 いつまでそんなルール引きずってるんだよ。

「バカじゃないの」

 笑いを堪えながらミキは帰っていった。

 確かに小学生の頃先生に下校の際は寄り道せずに真っ直ぐ帰りましょうって言われた。ランドセルを背負ったまま遊んでいるところを見つかると先生に怒られている奴もいた。そんなはるか昔に言われたルールを未だに守っているとかどんだけ真面目なんだよ。恐ろしいわ。

 顔を真っ赤にした恵美は校舎のほうへ走って行ったと思ったら振り返る。

「私が来るまで待っていてくださいね!」

 と言って校舎へ消えて行った。

 まぁ、練習を見る相手がひとり増えるくらい気にしない。

 だが、それを気にする奴がいた。

「なんで恵美ちゃんがいるんですか?」

「何か不満でもあるのですか?」

「別にないよ」

 なんでそんな不機嫌そうなんだ。

「せっかく先生とふたりっきりで」

 なんかぶつぶつ文句が聞こえる。

「それでおふたりはふたりっきりで普段どんな練習をしているのですか?」

「基本ピッチング。最近はバッティングセンター行ってるな」

 時々、雪音がいるのでそのときはそのまま退散するのだが。

「ゲームセンターに下校によるのはいけません。そもそも、16歳以下は17時以降ゲームセンターにいたら補導されますよ」

 されないよ。

「あの先生。バッティングセンターに行くのはやめたほうが」

 と小声で俺に言ってくる。確かに雪音に遭遇すれば関係がさらにこじれそうだ。

「ですが、バッティングセンターというのはバッティング練習をするのにうってつけ場所だと聞きました」

 予想外の発言に俺と有紗は固まる。

「え?め、恵美ちゃんその情報はど、どこで?」

「私もただ先生に教えてもらうだけではいけないと思いまして勉強をしました。守備の練習は先生がいないと出来ませんがバッティングはそのバッティングセンターに行けば鍛えることが出来ると知りました。やり方を知らないのでこの機会にぜひ教えてください」

 おいおい、やべーよ。行く気満々になっちゃったよ。

「で、でも、歩いていくにはちょっと遠いかな~って思うんだけど」

 そうだ!原付で15分かかるんだぞ。歩いたらその倍以上かかる。

「それに関しては問題ありません。私は自転車通学です。歩いたら確かに遠いかもしれませんが、自転車なら問題ありません。綾元さんは先生と原付で先に向かっていてください!」

「ちょっと恵美ちゃん!」

「それでは先に向かっています!」

「おい!恵美!」

「先生を向こうで待たせるわけには行きません。なるべく早く着くように交通ルールを守って向かいます!それでは!」

 おおい!待て待て!話を聞け!

「恵美ちゃんは焦っているのかもしれないです」

「え?何で?」

「雪音さんがどんどん上手になっていくから。バスケ部も忙しいはずなのに」

 まぁ、総合的に考えて他の部活を掛け持ちしている雪音に比べて恵美の方が野球に打ち込む時間は圧倒的に多いはずだ。今日だって雪音はバスケ部の練習に出ていていなかった。

「つか、今日はさすがに雪音来ていないんじゃないか?バスケ部の練習あったんだし」

「どうですかね」

 有紗はヘルメットを被る。

「雪音さんは誰よりも次は負けたくないって思ってるはずです。勝つためならどんな手を尽くすタイプです。バスケの練習があったからって野球の自主練に手を抜くとは考えられません」

 有紗はようやくキャプテンらしくなってきた。

「早く向かいましょう!恵美ちゃんよりも早く到着しないと」

「そうだな」

 ヘルメットの緒を締めて原付にまたがり有紗を乗せてバッティングセンターに急ぐ。

「ってこんなときに」

 渋滞にはまった。

「車の隙間を縫っていけないんですか?」

「十分、隙間を縫ってきただろ」

 目の前のトラックは追い越せない。そして、びくともしない。

「このままだと恵美のほうが先に着きそうだな」

「それだと恵美ちゃんが雪音さんを、下校中に寄り道しているんですか!校則違反ですよ!って言い出した後に、あんただって寄り道してるじゃない。校則違反してるのに気付かないの?バカじゃないのって喧嘩が始まってしまいます!」

 奇遇だな、有紗。俺も同じことを想像していた。

「有紗。ちょっと降りろ」

「え?なんで?」

 と言いつつも原付から降りる。俺も降りて原付を引いて少し戻ってガードレールが切れているところから歩道に入る。

「歩道を走って向かうぞ!」

「ちょっと違反じゃないですか!」

「ばれなきゃ大丈夫だ!」

「ちょっと先生!」

 エンジンを威嚇するようにふかすと有紗は慌てて後ろに乗り込む。それを確認して一気に加速する。

「しっかり捕まってろよ~!」

「う~」

 背中に柔らかい感触を感じるが気付かなかったことにしよう。前みたいにこけたら大変だ。

 歩道を原付で走って渋滞を超えてから車道に戻ってバッティングセンターに向かう。夜の冷たい風を切って走る。後ろに乗っているのが恋人だったどれだけよかったものか。有紗は確かにかわいいが生徒だ。この感情は表に出していけない。消し飛ばさないといけない。この冷たい風といっしょに。

「先生!前!恵美ちゃん!」

 有紗が指を指したほうには恵美の姿あった。駐輪場に自転車を置いて建物に入ろうとしていた。

「有紗!降りて先に向かってろ!」

「了解です!」

 原付から飛び降りて勢いに負けて転びそうになるのを堪えて恵美を追った。俺も減速せず後輪を滑らせながら駐輪場に入ってエンジンを切ってヘルメットを被ったまま後を追って中に入る。

 鼓膜が切れてしまいそうな騒音が鳴り響くゲームセンターの奥にあるバッティングセンターに向かう。と目の前に有紗と恵美の姿があった。

「良かった間に合った」

 息を整えて顔を上げる。ふたりの視線の先には雪音がネットの向こう側でバットを振っていた。半そで短パンのバスケ部の練習着姿で汗だくになりながら。

「あ、あのね、恵美ちゃん、雪音さんにここで練習した方がいいって教えたのは私であって、雪音さんが校則を破りたく破ってるわけじゃなくて、私が破っていいよっていったって言うか、なんていうか。雪音さんは何も悪くないんだよ」

 落ち着け、有紗。

「なんですか?あの姿は?」

「へ?」

「いつも気取っていてクールに余裕を装っているのになんですか?あの見るに絶えない姿は?」

 バスケ部の練習後のせいか、いつもよりもボールがしっかりバットに当たらない。それは雪音も気付いているようで舌打ちしながら悔しそうにボールが打ち出されるほうを睨む。泣きそうな顔をして。たぶん、見ちゃいけない雪音の姿だ。見られたと知られたらプライドの高い雪音が普通いられるはずがない。それは恵美もよくわかっているようだ。

「帰ります」

「ちょっと、恵美ちゃん」

「冬木さんは天才なんだってどこかで決め付けていました。何でも涼しい顔でやってしまう。勉強でもそうです。私のような凡人はどんなことをしてもあの天才には敵わない。うらやましいと思っています。喧嘩をしてしまうのは冬木さんにただ嫉妬しているだけなのかもしれません」

 振り返って雪音のほうを再び見る。

「天才発明家のエジソンは言いました。天才は1%のひらめきと99%努力だと。野球の場合のひらめきはセンスです。私にはそのセンスは0.01%もありません。なら。その空いてしまった距離を埋めるにはどうすればいいのか。あの天才よりも努力をするのです。冬木さんが99%努力しているのなら私は99.99%努力しなければなりません。負けていられません」

 対抗心の火を胸に恵美はバッティングセンターを後にする。

「いいライバルですね」

「ああ」

 お互いを高め合うライバル。恵美がうまくなれば負けていられないとさらに雪音は努力を重ねる。恵美もまたそれに対抗する。ふたりはこのチームの要になる予感がした。

「私も負けていられません。まだ、時間ありますよね?」

「そうだな」

 河川敷で練習だな。

 駐輪場に停めてある原付を取りに行こうとするとお巡りさんがふたりいた。ヘルメットを被っているのですぐにお巡りさんは原付の持ち主が俺だとわかったようで声をかけてくる。

「このバイクは君のものかね?」

「はい」

 するとお巡りさんは難しそうな顔をする。

「速度違反と危険運転の通報を受けてきたんだけど、身に覚えはあるかい?」

 気付くと有紗の姿はなかった。

 あいつ、危険を察知して逃げやがったな。

「聞いているのかい!」

 やばい恐い。どうしよう。

「み、身に覚えがありません!」

 声が思いっきり裏返った。

 この後、免停ぎりぎりまで減点された。恵美が近くにいなくて良かったことが幸いだった。

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