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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
4章 少女たちは再起する
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冬木雪音のオリジン

 冬木雪音。元々バスケ部で鍛えた身体能力と体を扱うセンスでみるみるうちに俺が教えたことを吸収して行く。グラブ捌き、バッティング。雪音は前の試合で強力な個が試合の勝敗を左右すると言っていた。雪音はそんな存在になりたいと本気で思っている。高いプライドを保つために必要なのは力だ。そのための力をつけつつある。

 その力をつけるために必要なものは何なのかを彼女は知っていて、プライドの高い彼女はそれを誰にも見せない。

 返球をミキが受け取る。今日の最後の練習メニューが終了した。ランニングをしてキャッチボールをしてノックをする。有紗とミキを除いてノックはみんな同じ場所から行っている。適正をみるためだ。ノックの後はティーバッティングをしながら個人練習だ。各々、自分の足りない部分を補う。有紗はピッチング。ミキはそれに付き合う。凜子、雪音、恵美、神野ツインズはティーバッティングをする。セットはひとつしかないので、ひとりずつやってあまっている子達は素振りをしてもらう。桃香となっちゃんはキャッチボールをしてもらう。まだ、まともに投げて捕ることが出来ないので出来るようになってもう。最終的には有紗もミキも桃香もなっちゃんにもティーバッティングをしてもらう。そして、最後にノックをして終わる。この練習を1週間続けている。

「みんな少しずつうまくなってきているから自信を持っていこう。以上!解散!」

 すると恵美が一歩前に出てくる。

「下校時間は20分後です!20分で道具の片付け!グラウンドの整備!着替えましょう!すぐに取りかかってください!」

 ときびきびと指示を出す恵美だが。

「もしもし、あたし。うん、ちゃんとお利口に留守番してる?」

 指示も聞かずに電話をし始めるミキ。

「凜子ちゃん!」

「帰りにコンビニ寄ろう!」

「いいよ!」

 手じゃなくて口ばかり動く神野ツインズと凜子。

「東の空が闇に染まろうとしている。闇の軍勢が来る!速やかに準備をしなければ!」

「は~い。お着替えしましょうねぇ」

「やめろ~」

 片付けなんかせずに着替えに行こうとするなっちゃんと桃香。

「いい加減にしなさい!片づけとグラウンド整備をしなさい!」

「えー、私昨日やったよ」

「私も!」

「神野ツインズは自分のグローブを倉庫に仕舞っただけでしょう!今日こそは散らばったボールの回収をしてもらいますよ!」

「やばい!鬼が来た!」

「恵美鬼が来た!」

「鬼ではありません!片付けしないさい!」

「逃げろ~!」

「わぁ~!」

 下校時間まで20分しかないんだろ?追いかけっこをしている場合なのか?

 一方で有紗と電話を終えたミキはグラウンドの整備を行っている。俺も手伝うか。

 ふたりの元に整備に使うトンボという道具を片手に向かっている途中で気付く。

「なぁ、有紗」

「なんですか?」

「雪音は?姿が見当たらないんだが?」

「そういえばそうですね」

「解散した瞬間、気配を消して帰ったわよ。いつもそうよ。片付けもしないで」

 若干、イライラしているのがわかる。ミキだって早く帰って妹と弟の世話をしなければならない。

「そんなに早く帰って何してるんだろうな?」

「知らないわよ。ただ、片付けしたくないだけでしょ」

「そのとおりです!」

 恵美も現れた。はるか後方ではぶーぶー言いながら神野ツインズと凜子、桃香、なっちゃんが道具の片づけをしている。ちなみに普段は恵美ひとりでやっている。ついにやらせることが出来てちょっと満足そうだ。以前、額の包帯は取れないままだ。

「まったく、相変わらず自分勝手です。こないだの試合に負けて少しは変わると思ったのですが!」

 と文句をぶつぶつと呟きながらグランドを整備する。

 なんだかんだ下校時間ぎりぎりで片付けと整備が終わって全員それぞれの帰路に着く。

「さて、俺も帰る」

 原付の前で背伸びしていると。

「先生」

「ん?」

 振り替えると有紗がいた。

「今日も、その」

「ああ、付き合うよ。暗くなる前には切り上げるからな」

「は!はい!ありがとうございます!」

 ぱっと今日も笑顔になる。その笑顔を見ていると心が安らぐ。

 それが練習後の習慣になっている。

 有紗を原付の後ろに乗せて河川敷へ。ピッチング練習をふたりでやるのだ。7時手前には暗くてボールが見えなくなるからその前にはやめるのだ。しかし、今日は。

 小学生くらいの男子たちが元気よくサッカーをしていた。

「スペースないですね」

「そうだな」

 河川敷はみんなの場所だ。俺たちの都合でどいてもらうわけには行かない。

「あの、先生」

「なんだ?」

「少し遠いですけど、バッティングセンターがあります」

 ああ、それなら俺も知っている。小学生の頃に通っていた。

「でも、遠くないか?」

「あれがあるじゃないですか」

 原付のことだ。

「なるほどな。たまにはバッティングも練習するか」

「はい!」

 元気欲返事をする。普段はピッチング練習をしている。俺が元超高校級のピッチャーの意見を知りたいようで俺が座って有紗が投げる。手元で伸びる速球と切れ味の良いスライダー。コントロールも悪くない。速球も四之宮ほどではないが申し分ない。問題があるとすれば精神面だ。四之宮のような強打者を前にしていつも通りの投球が出来るかどうかだ。正直、それを河川敷では鍛えることは難しい。試合を重ねて慣れて行くしかないと俺は思っている。むしろ今は四之宮のような剛速球をどう攻略するかを考えなければならない。有紗やミキはバッティングセンターで速い球に目を慣れさせればいいかもしれないが、他のメンバーはバットに当てることがまず難しい。今度、全員連れてバッティングセンターで練習するのもいいかもしれない。

 有紗を後ろに乗せて15分。目的地に到着した。ゲームセンターが入ったアミューズメント施設の中にバッティングセンターがある。

「有紗はこの辺の人じゃないよな?」

 確かバスと電車で通ってるとか言っていた。

「はい」

「じゃあ、なんでこんなところにバッティングセンターがあるって知ってたんだ?」

 学校と駅では方向が逆だ。

「雪音さんが教えてくれました」

「雪音が?」

「はい。バッティングを手っ取り早く鍛えるのはどうしたらいいかって聞かれませんでした?」

 そういえば前に聞かれた気がするな。確かにバッティングセンターがいいと言ったな。

「どこにあるのかって聞かれて、私もこの辺が地元じゃないから一緒に調べたときに知りました」

「なるほどな」

 原付を駐輪場の脇に停めて建物の中に入ると建物の奥のほうからカキーンという甲高い音が鳴り響く。コインゲームやユーフォーキャッチャーには目もくれずバッティングセンターに一直線に向かう。本当に野球が好きなんだな。

「あれ?」

 有紗が何かに気付いて俺の手を引いて近くの陰に隠れる。

「おい、どうした?」

「あれを見てください」

 有紗が小さく指を指したほうをみると見慣れた黒髪ロングの女子高生の姿があった。スポーツドリンクを一気に流し込んで深呼吸をするとバットを片手に立ち上がった。雪音だ。普段、余裕を見せながら練習をしている雪音が汗びっしょりに制服を濡らしてネットの中に入って行く。近くにいた男子高校生がエロい目でじろじろ見ている。ワイシャツが汗で透けて青色の下着が見えているではないか。

「先生!見ちゃダメです!」

「いや、無理だろ」

 つか、気付けよ。

 それよりもだ。

「ひとりとっと練習後に消えてどこに行っているのかと思ったらこんなところでこっそり練習しているとはな」

 他人に努力する姿を見せない。私、なんでも完璧に出来るから。そういっている子は大抵こうやって人が見えていないところで絶え間ない努力をしているのだ。

 カキーンと来たボールを打ち返す。だが、そのボールは目の前で力なく転々と転がるだけだった。

「くそ!」

 気を取り直して次のボールを打ち返す。完璧にすべて打ち返せるわけではなくクリーンヒットするのは全体の半分程度。

「まだまだ」

 息はすでに上がっている。でも、辞めずに続けるその根性は今までの雪音からは考えられなかった。

「すごいですね。雪音さん」

「影の努力家だな」

 俺たちは目を合わせて静かにその場を去る。何も見なかった。それが雪音のためだからだ。彼女は確実に星美高校女子野球部の主力になる。高い身体能力に人が見えないところで絶え間ない努力をしている。確証があった。

「負けていられないです」

 有紗のやる気が俄然沸いた瞬間だった。

 俺も回りから見ればあんなふうに見えたのだろうか?才能には自分で言うのもなんだが恵まれていた。そして、努力もした。四六時中野球のことばかり考えていた。暇さえあれば練習をしていた。誰にも負けないように。その姿は今の雪音と同じはずだ。

「次は絶対に勝ってやる。四之宮!」

 と叫びながらジャストミートしたボールはホームランの看板を直撃する。

「もう1回」

 冬木雪音は影ながら努力を積み重ねる。

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