星美高校野球部の再起
甘ったれ学生バイトちゃんのせいでぎりぎりになってしまった。
店長に頼まれて昼から夕方の時間に入ってくれと頼まれた。夜勤明けじゃなかったし、平日の練習は夕方からだ。バイト上がりで直接行けば練習前には余裕で学校に着く予定だったが、交代で来るはずの甘ったれ学生バイトちゃんが遅刻したおかげで俺はシフト時間外まで仕事をしなければいけなくなるという事態になった。そのせいでもう練習時間になってしまっている。
「やばいな。恵美になんてどやされるか」
原付を飛ばして星美高校に向かう。
恵美は練習に来るだろうか?あんな怪我を負って、チームメイトと衝突して。それでもなお野球を続けたいと思うだろうか?まだ、野球を始めて2週間だ。野球の楽しさも良さも何も知れない。ただ、怪我をする危ないスポーツを続けたいと思うだろうか?
雪音は来るだろうか?自信過剰でプライドが高い。自分が一番優れていると思っている。それを根本から叩き切られてしまった。高いプライドを持つ奴以上に脆い奴はいない。雪音は来ないかもしれない。
ミキはどうだろう?病院ではきついことを言い過ぎたかもしれない。ミキにとって部活は生活の重りでしかない。俺を嫌い、行くのが嫌になれば部活を辞めてしまいかねない。
凜子は来ないかもしれない。いつものように昨日のことをすぐに忘れてくれるとありがたいのだが、そんなに世の中うまく行くわけない。あれだけのことを言われて傷つけられたことを忘れるわけがない。
神野ツインズはどうか?楽しいことが大好きで、練習中もふざけていたが楽しそうだった。それを俺は真っ向から否定してしまった。そんな俺に会いたいだろうか?楽しむことを否定された野球を続けたいだろうか?
桃香は来るだろうか?なっちゃん次第かもしれないが。
なっちゃんは、打たれ弱い。あんな言い方をしてしまったらこないかもしれない。
信号が赤になって止まる。
「はぁぁぁぁぁぁ~~~」
大きなため息に近くの歩行者が驚いていることに俺は気付けない。
なんであんなこと言っちゃったのかな~。相手は女子高生なんだぞ。かわいいものとか綺麗なものとか甘いものとかが大好きで、流行に敏感なJKだぞ。俺みたいな熱血野球バカの説教を食らっても暑苦しい、うざい、きもいって嫌われるだけだって考えればわかるだろ。
人に自分の想いを伝えるのは難しい。俺が言いたかったのは敗者には学ぶことが多くあるってことだ。今回の負けで多くの課題が浮き彫りになった。初心者軍団はもちろんだが、有紗にもミキにも俺にも課題がある。それをどうにかするための練習だ。だが、あのメンバーは真面目に練習をしない。練習すれば課題はいくらでもクリアできるのにそれをしようとしない姿勢に腹が立ってしまった。出来ることをやらない奴らを見るのが俺は嫌いだった。出来ないのならできるまでやる。それは野球人として俺の生き方だった。
信号が青になって原付のアクセルを全開に走り出す。
もしも、今日練習に誰もいなかったらどうするか。有紗はいるかもしれない。来て下さいって言っていたくらいだ。来ているはずだ。有紗しかいなくて部として活動が続けられそうになかったら良長川女子野球クラブに有紗が入れないかどうか四之宮さんに交渉してみよう。それが先生としての最後の仕事だな。
星美高校へ向かう小道に入った途端、カキーンと金属の甲高い音が聞こえた。
「え?」
俺はさらにアクセルを吹かして加速して星美高校のグラウンドが見えるところで止まってその光景が一瞬だけ幻覚に見えた。でも、現実だった。
「行くよ~!」
と有紗がボールをふわりと投げて持っていたバットで打つ。その先には雪音がいた。勢い欲転がって行くボールを雪音は弾いてしまう。
「ちょっと。もっと、捕りやすいように打てないわけ?」
「試合中にそんな都合のいい打球があるわけないでしょ!」
とぼやく雪音を注意するのはミキだ。
「次は私です!お願いします!」
額に包帯を巻いた恵美もいた。
「投げるのはボール」
「捕るのはグローブ」
と真面目にノックの順番を待つ神野ツインズもいる。
「ビアンカよ!この悪魔の画像でボールの投げ方を学ぶが良い!」
「それはなっちゃんもですよぉ」
スマホを使って投げ方の練習をしている桃香となっちゃんもいる。
「あ!先生!」
俺の姿の気付いたのは凜子だ。
「みんないるじゃないか」
その光景が信じられなかった。あれだけのことを言われて、あれだけ惨めに敗北して、それでもみんなグラウンドに戻ってきてくれた。
「先生!良かった。なかなか来ないから心配しました」
と半泣き状態の有紗。
「遅いわよ」
不機嫌そうなミキ。
「やっと、来たわね、下僕」
相変わらずの雪音。
「遅刻ですよ!先生!」
やっぱり怒られた、恵美。
「先生だ!」
「先生だ!」
息ぴったりな神野ツインズ。
「先生ぇ~」
桃香。
「来たな。帝王よ」
なっちゃん。俺は帝王なのか?
「先生!早く!早く!」
凜子。お前は本気で来ないかもしれないって思っていた。
すぐに原付を置いてグラウンドに行く。有紗の号令で全員が俺の元に集合する。
「悪い。バイトが長引いて遅れた」
とりあえず、謝る。謝りながら何を言うか考える。ひどいことを言ったことをわびる言葉を探す。だが、そんな必要はなかったようだった。
「整列!」
有紗の掛け声に従って全員が一直線に並び直す。
「先生。私はみんなで野球をするだけで満足でした。正直、試合で勝つつもりはなかったです。野球が出来ればいいと思っていました。でも、昨日の試合で気付きました。野球するだけじゃダメなんだって。勝ってその喜びをみんなで分かち合うのが野球なんだって」
有紗が自分の思いを告げる。誘われるようにミキも口を開く。
「あたしも有紗が野球をしたいからって付き合ってた程度だったんだけど、ボロ負けして思い出したわ。中学の部活でも感じた感情よ。負けるのが悔しい!勝ちたい!だから、あたしはここにいる」
ミキは素直に叫ぶ。
「うちはすぐに忘れちゃうんだけど、ただひとつ忘れなかったことがある。有紗は野球が大好きだってこと。有紗のために野球をしようってがんばってようやくできるようになったのにたった1回負けて先生に怒られただけで辞めちゃうのは有紗のためじゃない。だから、うちもここにいる。有紗やミキちゃんみたいに勝ちたい気持ちはいっしょだから」
真面目な凜子は新鮮だった。
「昨日は試合を壊してすみませんでした。正直、怪我をして親には部活を辞めないかといわれました。ですが、怪我をして試合をダメにしてしまった責任は私にあります。そんな私が真っ先に逃げるわけには行きません。次は絶対にないようにここにいます」
恵美は真面目だ。根っからの。
「はぁ、一応謝っておくわ。昨日は試合の風紀を乱してすみません。もう、二度と謝ることはしないわ。謝らないように今度こそ力をつけてあのデカ女を見返す。そのための答えがここにあるって聞いたからここに来た。それだけよ」
雪音が謝ったことに驚いたのは俺だけじゃない。
「あのね、ふざけ過ぎてごめんなさい。でも、野球って楽しいものだってわかってるから。有紗ちゃんを見てるとすごくわかるから。私たちの想像を超える楽しさがあるだなって思ったから。ここにいないとそれがわからない。本当は嫌だったけど、来たよ」
神野ツインズの言葉を姉の右樹からだ。もちろん、左樹も同じ思いだ。
「私は怪我をした恵美ちゃんの元に真っ先に駆けつけたのは間違いじゃないと思っていますぅ。でも、昨日の先生が言っていたように試合を止めるために行動するのも優しさだって言っていましたぁ。そのとおりだと思いましたぁ。今度はちゃんとやってみせますぅ」
桃香の場合は決意表明だ。
「闇の軍勢は……って言うのは少しだけ忘れておこう。……ごめんなさい。真面目にやります」
なっちゃん、かわいいな。
この場にいる全員が自分の意思でここに戻ってきたことは今の言葉を聴いてわかる。そして、俺の言葉を誰一人として否定せず、受け止めて望む気でここにいる。敗者には学ぶべきことが多い。得にこのチームにはやるべきことが山済みだ。生半可な覚悟では到底クリアできないような課題だ。
「みんな、覚悟はあるか?たぶん、この先は今まで以上に練習が辛くなると思う。俺も十分配慮してできる範囲を見極めて練習をみていきたいと思っている。時に昨日の病院の時のようにきつく言ってしまうかもしれない。それでもここにまた来てくれるか?」
誰一人首を横には振らず真っ直ぐ俺の方をみていた。
悪い負け方をした。でも、それは彼女たちもわかっていた。その負けを乗り越えて次へ全力で進もうとしている。俺はそんな彼女たちのために出来るだけのことをしてやりたい。もはや、この部活は有紗のためだけじゃなくみんなのためにある。
「さぁ、練習しよう」




