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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
3章 敗者が学ぶこと
28/67

試合開始

 午後二時となり、ホームベースを挟んで二チームが並ぶ。

 女子野球は男子と違って回数は七回。意外と重要。

 私の目の前で四之宮さんが笑顔を見せる。

「うれしいですわ」

「え?」

「こうやって同年代の女の子同士で試合をするって言うのはなかなかないものですから」

「そうなんですか」

 そうだよね。私もそう思う。逆に良長川女子野球クラブには9人も同年代に野球をする女の子がいるんだって驚いた。女子野球クラブがあるなら私も入ればよかったな。そうすれば、こんなに苦労も苦悩もする必要もなかったんだろうな。でも、今は試合が出来ることの喜びをかみ締めよう。

「それでは、星美高等学校と良長川女子野球クラブの試合を始めます!礼!」

 よろしくお願いしますっと良長川女子野球クラブの子達は息ぴったりに挨拶をしてお辞儀をする。対して星美高校はタイミングがずれたりやる気がなかったり声が小さかったりバラバラだ。大丈夫かな?大丈夫だよね。

 何球か投球練習する。バックでも試合前に教えたとおりに内野手はファーストの右樹ちゃんが転がしたボールを捕って右樹ちゃんに投げるように、外野手のみんなはキャッチボールをするように言ってあるけど、大丈夫かな。

「有紗!投球に集中しなさい!」

「は、はい!」

 ミキちゃんの声は怖い。向こうは怒っているつもりないんだけど、どうしても怒られているように聞こえてしまう。そのたびに怯えてしまう。元々、怖い風貌が私に追い討ちをかける。とりあえず、言われたとおりにやろう。怒られたくないから。

 それから何球か投球を終えるとミキちゃんがボールを先生の下に返すように指示する。堂々と大きく通る声は私とは違う。

 そして、最初のバッターが打席に入ってくる。

 いよいよ、始まる。小学生以来の試合。5年ぶりだ。この緊張感は、心地いい。先生も言っていた。マウンドに立つときに味わう緊張感の心地よさを知ってしまったらピッチャーは辞められない。私もたぶん一緒。

 先頭バッターの一瀬さんは右打席に立つ。ぶかぶかなヘルメットをかぶって小学生みたい小柄な体でバットを構える。先頭バッターということは足が速くて出塁率が高いということだ。目を閉じて集中してグローブを顔の前に構える。ミキちゃんのサインは念入りに打ち合わせをきた。ストレートを様子見でアウトコースに。大きく振りかぶって力をいっぱいこめてボールを投げる。そのボールはミキちゃんの構えたキャッチャーミットに吸い込まれる。バンというキャッチャーミットにボールが収まる音が鳴り響く。

「ストライク!」

 主審が大きく腕を上げる。

「しゅごいですね」

 と一瀬さんは驚きを口にした。

 次の配球もストレート。今度はインコースに。要求どおりにボールはインコースに今度はバットを振ってくるも当たらない。

「いいストレートでしゅね」

 敵にほめられるとうれしい。

 次もストレートだ。アウトコース、ボール球の要求だ。この配球は知ってる。三振を奪いにいくものだ。大きく振りかぶっていっそう力をこめてボールを投げるも一瀬さんは振ってくれなかった。

「三振でも奪うちゅもりですか?甘いですよ」

 読まれた。ミキちゃんの表情が歪む。次もストレートを高めに要求。これも三振を奪うための配球。でも、高めに浮いた球を一瀬さんは合わせて打ち返した。

「嘘!」

 しかし、ボールはバックネット側に飛んでいってファールとなった。2球目のストレートを振ったときは完全に振り遅れていた。タイミングが合っていなかった。ストレートは簡単に打たれない。その考えが今のファールで怪しいものになった。

「未熟なキャッチャーでしゅね。そんなに三振が欲しいんですか?」

 読みあいに負けてる。その悔しさに歯をむき出して怒っている。怖い。そのミキちゃんはスライダーをインコースに要求してきた。カウントはツーボール、ツーストライク。スライダーの要求は三振を奪いに行くにはカウント的にも申し分ない。でも、ここでスライダーを見せてしまっていいの?だって、決め球なんでしょ。なるべく前半はスライダーを見せないようにするって話じゃなかったっけ?でも、今のままではストレートは打たれる。先頭バッターということは粘って私の投球の癖とか見抜くのが仕事なのかもしれない。そうなるとここは早めに終わらせたほうがいいのかな?うん、ミキちゃんの言うとおりにしよう。

 スライダーをミキちゃんの構えるミットにめがけて投げようとしたときに私の脳裏に一瞬だけ迷いがよぎった。スライダーの変化を考えてミキちゃんの構えるところに投げるにはバッターに向かって投げる必要があった。もしも、変化が甘かったらバッターに当たってしまう。ボールは硬い。当たれば怪我をしてしまう。怪我という単語で先生の顔が浮かんでしまった。その躊躇が投げたスライダーが変化してど真ん中に来た。

 やば!

 っと思ったけど、バッターはスライダーの変化に対応できずに空振りを奪えた。三振を奪えたことに胸をなでおろしてほっとする。でも、ミキちゃんの表情は険しい。完全に失投だったから。

「しゅごい変化しましたね。初見じゃ打てませんね」

 と賞賛しながらベンチに戻っていって次のバッターが打席に立つ。2番の二葉さん。特に日差しが強いわけでもないのにサングラスをかけてタバコみたいなお菓子ココアシガレットを加えてハードボイルドを気取っている。そんな二葉さんはストレートを2球続けてツーストライクまで追い込んだ。2回ともバットを振っていてタイミングは合っていない。次もストレートで決められると私も思ったし、ミキちゃんのサインもストレートだ。でも、そのストレートを投じた瞬間、サングラス越しに二葉さんの目が光った。それは待っていた球が来たからだ。

 カキーンとバットがボールを打ち返す音が鳴り響く。冷や汗がドッと吹き出る。打ち返された打球は私の頭の上をはるかに超えて行った。

「やばい!」

 思わず口にしてしまう。

「雪音!」

 マスクを投げ捨てたミキちゃんが雪音さんの名前を呼ぶと雪音さんはゆったりとセカンドベース側に動いて落下してきたボールを難なく捕った。

「アウト!」

 塁審の声にほっとする。雪音さんのほうに飛んでくれて助かった。

 次のバッターの三村さんはぽっちゃり系で如何にもパワーヒッターの風貌がある。配球はインコース中心だった。お腹が邪魔をしてインコースの球は苦手なんじゃないかって思ったんだろう。でも、三村さんはインコースの球を器用に打ってファールにして粘る。めんどくさくなったのかミキちゃんはスライダーを要求して三振を難なく奪ってスリーアウトになった。

 たった、1回の投球だけでも汗だくですごく疲れた。

「有紗。大丈夫か?」

 心配そうな眼差し私に声をかける。先生がそんな顔しないでよ。監督は堂々と座っていればいいんだから。

「大丈夫ですよ、先生」

 休憩する間もなく立ち上がってヘルメットを被ってバットを握る。

 裏の攻撃。先頭バッターは私だ。

 本当は休憩したいのは山々だけど、私の体が勝手にグラウンドへ向かう。どうしてかはわかる。だって―――。

「だって、みんなで野球するのが楽しいから」

 打席に向かう。ピッチャーは四之宮さん。私に笑顔を振りまく。私もうれしい。同年代の女の子と真剣勝負が出来ることが。だから、この瞬間を楽しまないともったいない。

 左打席に立って憧れのイチローと同じように相手を挑発するみたいにバットを突き立ててからゆったりと構える。

「勝負ですのよ。綾元さん」

 振りかぶってから大きく左足を上げてから踏み込む。腰を回して長身からさらに長い腕からまるで上から投げ下ろすように投じたボールはミットに吸い込まれる。それはまさに一瞬の出来事で何が起きたのかわからなかった。

「ストライク!」

 というコールにようやくボールがすでに投げ終わっていることに気付く。

「何?今のスピード」

 私が普段バッティングセンターで打っている球は速くて130キロ。四之宮さんの球はそれ以上に感じた。私の速球は先生いわく大体115キロくらいだって言っていた。これは女子プロ野球で投げる投手の平均位だ。そして、女子プロ野球の投手が目標にしている球速は130キロだという。四之宮さんはその女の子が投げる夢の球速をすでに投げているというの。

 ―――打てるはずがない。

 不適に笑みを浮かべる四之宮さんはキャッチャーからボールを受け取るとマウンドを足でならしてからグラブを顔の前に構える。次が来る。あの早い速球は打てない。なら、変化球を打つしかない。でも、四之宮さんはなんの変化球を投げるのか知らない。

 考えているうちに四之宮さんは2球目を投じた。次も早かった。とりあえず、振った。もちろん、当たらない。あっという間にツーストライク。追い込まれた。

 長身で腕の長い投手が振り下ろすように投げるストレートは打ちづらいうえに威力がある。四之宮さんはその典型的なタイプだ。恵まれた体格を最大限に活用している。生まれ持った才能だ。私にはないものだ。

「どうしましたの?終わりですの?」

 終わる?こんな楽しい時間が?

「終わるわけないですよ!」

 再び挑発するようにバットを四之宮さんに向けてから構える。

 あのストレートに意地でもあわせるしかない。とにかく、バットに当てるんだ。当てれば活路が見出せるはず。

 バットを握る手に力が篭もる。大きく足を上げて長い腕が高い位置から振り下ろされる。早いストレートに対応するために早めにタイミングを合わせないといけない。ボールが手から離れた瞬間、バットを振るつもりで!

 四之宮さんが投じた球は―――ゆったりと遅くゆっくり沈むように曲がった。

「嘘!」

 早い球に対応する意識し過ぎてしまったせいで遅い変化球に対応できず空振ってしまった。バットを振りぬいた勢いそのまましりもちをついて転倒する。

「ナイスボール!シオリ!」

「ありがとう」

 やられた。早いストレートに意識させて遅い球で三振を奪いに行く。典型的な戦術に簡単にはまってしまった。たぶん、さっきの変化球はカーブだ。しかも、圧倒的に遅くて変化が大きいスローカーブかもしれない。

 悔しい。冷静になれば対応できたかもしれないのに―――。

「無駄に落ち込むな」

 次の打者のミキちゃんがやってきた。

「有紗のおかげあいつがカーブを投げるってわかったのよ」

「そうだけど」

 もっと、打席に立っていたかった。こんなにも早く終わってちゃうなんて。

「いいからめそめそしないでさっさと戻る!」

「は、はい」

 怒られてしまった。しょぼくれてベンチに戻る。

「ごめんなさい。先生」

「なんで謝る必要があるんだ。有紗だって最初のバッターをスライダーで三振を奪っただろ。同じことを相手もやっただけだろ。切り替えろよ」

「は、はい」

 長い腕から投じられるカーブは落差があって打つのは難しい。だからと言ってカーブを待っていたら早いストレートが打てない。

「無理じゃん。打つの」

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