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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
3章 敗者が学ぶこと
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その希望すらも危うい

「ラストキャッチャー!」

 女の監督が最後にキャッチャーフライを上げてさっき長身の四之宮さんといっしょにいた銀髪碧眼の少女、六道がフライを捕ると相手チームのノック練習が終了する。順番的にはこっちのノック練習の番なのだが、全員が固まって動かなかった。だって、みんなうまいんだもん。

「よ、余裕よ。あれくらい」

 声が引きずってるぞ、雪音。

「みんなうちと違って上手だね!」

 うちたちと違ってだよ、凜子。

「あれが本来の野球の姿なのですね」

 感心してどうするんだ、恵美。

「アハハハ!」

「アハハハ!」

 なんでお前らは笑ってるんだよ、神野ツインズ。

「大丈夫ですよぉ」

 何が大丈夫なんだよ、桃香。

「あいつらの力は闇の恩恵を受けている!」

 なっちゃんは相変わらずだな。

「余計に今回の試合が無駄に感じわ」

 同感だよ、ミキ。

「せせせせせせせぇせせ、先生ぇぇぇ!どどどどど」

 落ち着け、有紗。

 しかし、これは普通にやばい。さすがクラブチームだ。話によれば良長川女子野球クラブは高校生から社会人まで入れる野球クラブらしく女子草野球大会なるものに参加するようなチームらしい。今回は俺たちに合わせて高校生だけでチームを編成して来たという。実力がどの程度なのか定かではないが、今の星美高校女子野球部と比べるとその力の差は天と地、頂点と底辺、月とすっぽん、雪と墨。極めて差の大きいという意味の言葉とすべて合致してしまうほど、力の差は歴然だ。こんな状態で試合に臨むなんて絶望過ぎる。それを一番知ってもらいたい真理子先生は存在もしない彼氏とデートとか言う理由でこの場にいない。すべての責任を俺に押し付けようとしている。先生として失格だろ。

「それでは試合を始めましょうか?そちらの主将さんはどちらですか?」

 自信満々の笑顔の見上げるような長身の四之宮さんと対象に緊張と怯えで吐きそうな有紗。

「わ、私です」

「綾元さんがキャプテンですの。よろしくお願いしますね」

 ときれいな細い手と謎に汗だく手が握手を交わす。

 審判団は事前の打ち合わせで良長川女子野球クラブの社会人と大学生の方がやってくれるようだ。ちなみにみんな女性で男は俺だけだ。野球をやっていて男が俺だけなんて始めての経験だ。緊張する。試合が成り立つかって言うのと女性しかいないこの場のせいで。

 そんなお姉さんの前で何か話し合ってからうなずいて再び握手を交わして有紗が少し前屈みの態勢でベンチに戻ってくる。

「こ、後攻です」

「そうか」

 重役ご苦労様。

「いつまで無駄に緊張してるわけ?」

 ミキのきつい一言にただでさえ怯えていた有紗がさらに生まれたての子鹿みたいに震える。

「あんたがチームの要でしょ!チームを引っ張って行くあんたがそんなじゃ勝てないわよ!」

 ミキよ。この試合はすでに勝つことは不可能だ。

「まぁ、初めての試合だ。ほとんどのみんなは野球を始めて間もない。勝つことは無理かもしれないけど、まぁ……楽しんでくれ」

「ちょっと、下僕。何?その弱気の発言は?それでも監督なの?コーチなの?ゴミなの?」

 なぜ、俺は雪音に罵倒されるのか。事実を述べたまでなんだが。

「試合をやるからには勝つに決まってるでしょ。バカじゃないの?」

 まぁ、そうなんだけど。

「冬木さん!先生に向かって暴言は良くないですよ!」

「先生じゃないわよ。ボランティアでコーチやってるJK好きの変態よ」

「いろいろ誤解生むからやめてくれない。つか、やめてください。お願いします」

「先生も先生らしく堂々としてください!それが先生というものですよ!」

 なんで恵美にも責められるんだろう。

「これから何やるの?」

「知らない?」

 大丈夫か?神野ツインズ。

「練習の成果を見せましょうねぇ」

 見せるほどやってないよ。

「敵のこの力は!やはり!」

 なっちゃんは相変わらずだな。

「せ、先生。相手チームのオーダーです」

 とコンビニのレジで渡しているレシートみたいな紙に手書きでスターティングオーダーが書かれていた。こっちも同じものを相手に渡している。

 ちなみに良長川女子野球クラブのスターティングオーダーは以下のとおりだ。

 一番、ファースト、一瀬瞳。

 二番、セカンド、二葉文香。

 三番、サード、三村美佐江。

 四番、ピッチャー、四之宮詩織。

 五番、ショート、五十嵐いのり。

 六番、キャッチャー、六道ローラ。

 七番、レフト、七尾奈々枝。

 八番、センター、八王子初音。

 九番、ライト、九条胡桃。

 それで、星美高校のスターティングオーダーは以下だ。

 一番、ピッチャー、綾元有紗。

 二番、キャッチャー、観月ミキ。

 三番、ショート、冬木雪音。

 四番、センター、林田凜子。

 五番、ファースト神野右樹。

 六番、セカンド、神野左樹。

 七番、サード、田辺恵美。

 八番、ライト、黒根七海。

 九番、レフト、高山桃香。

 ピッチャーとキャッチャーはもちろん有紗とミキだ。それで以外の守備位置だが、素人集団の中で一番野球が出来る雪音を内野で最も守備の機会の多いショートに。すぐにその守備位置でやることをすぐに忘れてしまう凜子は足の速さだけでセンターにした。キャッチボールをする姿を見てたぶんボール以外のものが飛んできてもちゃんと捕るだろうってことで神野ツインズをファーストに。片割れを近くのセカンドに。後は適当だ。

 こんなチームで大丈夫だろうか。逃げるなら今のうちだが、相手の良長川女子野球クラブのメンバーは試合はまだ始まらないのかとうずうずしている。同年代の女の子だけで試合をする機会が少ないからだろう。野球に前向きな姿勢は嫌いじゃないし、そんな野球に真っ直ぐな気持ちを踏みにじりたくない。やるからには全力で持っている総力をぶつけるしかない。選手が不安なのはわかる。俺も不安だ。だが、監督が不安になれば選手もさらに不安になる。監督は堂々と慌てず動じないでベンチで座っていなければならない。そう、今の俺は監督なのだ。

「みんな相手は強敵だが、臆せず練習の成果を」

「下僕が何かしゃべってるわね」

「皆さん!松葉先生がお話していますよ!ちゃんと聞いてください!」

「アハハハハ!」

「ドハハハハ!」

「なんかみんな楽しそうだね」

「なっちゃん。かわいいですぅ。ユニホーム姿をカメラにぃ」

「やめい!我姿をカメラに収めることはその……恥ずかしいからやめてよ~!」

「いい?とりあえず、前半はストレート中心でスライダーは決め球で以外では使わないようにいくわよ。なるべく相手に有紗のスライダーをなれさせないようにするわ。後半からはそのスライダーとストレートを織り交ぜて」

 誰も俺の話を聞いちゃいないし、作戦会議は俺も入れてやってほしいな~。

「えっと、私はその、えっと」

「何?はっきり言いなさいよ。何か意見がある早く言ってくれない?時間の無駄なんだけど」

「えっと、だ、大丈夫」

「そう。それで―――」

 キャッチャーはピッチャーをリードする。試合に勝つための配球を考えるのだが、勝負するのはキャッチャーではなくピッチャーだ。キャッチャーの言いなりになってしまってはいけない。

「有紗、ミキ。あのな」

「先生は邪魔しないでくれる?作戦会議中だから無駄なことしないで」

「いや、だから」

「いい?有紗!」

 そんな押さえつけるような言い方だと気の弱い有紗はもう何も言い返せない。

 監督は堂々と慌てず動じないようにしなければならない。だが、俺はどうしても不安になってしまう。唯一の勝つ希望すらも危うくなっていることに。

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