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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
3章 敗者が学ぶこと
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たったひとつの希望

「1週間ってあっという間だよな」

「先生。なんでそんな遠くを見ているんですか?」

「現実から目を背けるためだ」

「現実を見てください、先生」

 直視できるか!この現状を!

 あれからあっという間に1週間が経ってしまった。本当にあっという間だった。良長川女子野球クラブと試合の日曜日になってしまった。試合は午後2時からその1時間前にその良長川女子野球クラブがやってくるというので俺と有紗は出迎えるために校門で待っている。

 ユニホームは作製が間に合わず市販されている何も柄のない真新しい白の練習用ユニホームを身にしている。普段は学校のジャージだが、ユニホーム姿は新鮮だ。

 有紗以外のメンバーはアップをしているはずだ。この1週間でやれることをやったつもりだ。それが結果に反映されるとは限らない。守備練習もした。守備位置は運動神経の高いメンバーを一番ボールが飛んでくる位置において後は適当にクジで決めた。こんな状態で試合なんてやっていいのか何度も自問自答したが、こんな最悪な状態のチームに勝つ希望がまったくないわけじゃない。その勝つ希望が俺の隣にいる。


 それはある日の練習の時だ。俺は素人たちに野球を教えるのに必死になっていた。くじ引きで決めた守備位置でやることを教えてノックでひたすら基礎練習。音を上げたり文句を言ったりする奴もいた。だからってやめるわけにはいかないが、駄々をこねて野球部を辞められると困るから無理はせず、途中で野球のルールを覚える座学的なことをやった。そのときは全体を仕切れる委員長の恵美とルールだけは把握しているなっちゃんに任せて有紗とミキの元に向かう。ふたりはピッチャーとキャッチャーの練習をしていた。ミキはブランクを埋めるためにキャッチャーのプロテクターにマスクをフル装備で有紗の投じる球を受ける。

「だいぶ形になってきたな」

 マスクを捕るミキから汗が舞う。

「有紗はなかなかいい球を投げるからいい練習になるわ」

「わ、私もキャッチャーとピッチング練習できるのはうれしい」

 キャッチャーは常に尻を浮かせた状態でかがんでピッチャーのボールを捕る。その態勢を長時間保つには筋力も体力もいる。しかも、有紗の球はノビもあるから球の勢いに負けてしりもちをついてしまうこともある。それに負けないようにミキは練習をひたすら重ねた。後は打者がバットを振ってもボールが捕れるようになればいいんだけど。

「そういえば、有紗って変化球投げられるの?」

「はい。投げられます」

「何が投げられるんだ?」

「す、スライダー」

 右バッターからみれば離れて行くようにスライドして曲がって行く変化球だ。カウントを取りにいったり決め球に使ったり最も使われる変化球と言っても過言じゃない。

「じゃあ、投げてみてくれ」

 俺はバットを持って打席に立つ。もちろん、打つためじゃない。どんな変化をするのか見るのかみるためだ。後は打者がいる状態で投げる練習をさせることもかねている。

「じゃあ、いきます」

 振りかぶって沈みこむようなフォームから大きく左足を踏み込んで回る腰とは遅れて現れる鞭みたいにしなる右手から投じられるボールは球威が落ちることなく向かってくる。そして、スライダーはホームベースの少し手前で鋭く勢いよく曲がった。思わず俺も身を引いてしまった。ミキもその変化に対応できずに捕球できず後ろに逸らす。

「何?今の変化?」

 ミキも驚いて口がふさがらない。振り返って逸らしたボールを拾いに行く。

 変化の大きさは普通のスライダーだ。だが、違うのはその変化の仕方だ。キレのいい変化球というのは変化するタイミングが遅いことが特徴だ。変化が遅いと打つほうはどう変化するかをある程度予想してバットを振るしかない。そうなるときれいに打ち返すことは難しい。それだけじゃない。有紗のスライダーはストレートと球威があまり変わらない。しかも、投げた瞬間までストレートと見分けがつかない。変化球を投げるときは手首の返しとか握り方とかで投げ方が若干変わってくる。それでバッターはピッチャーがどんな変化球を投げてきたのかを瞬時に判断する。

「有紗。日曜日の試合に希望が見えてきたぞ」

「え?」


「有紗。わかってると思うけど、もう一度言うぞ」

「はい」

「今日の試合。バックには頼るな」

「……はい」

 苦情の選択だ。普通、ピッチャーはバックを信じて投げろって言われるんだけど、今のチーム状況ではやむをえない。守備はほぼ機能しないと断言してもいい。ある程度形にはなるかもしれないけど、ぼろが出るのは確実だ。俺の目標は勝つことではなく試合を成立させることだ。

「今のチーム状況ではまともにアウトを取るには三振しかない。頼んだぞ、有紗」

「わかりました。私ががんばらないとですね」

 そこまで気を張る必要もないと思うんだが、気合が入っているところに水を刺すわけにも行かない。頼れるのは有紗だが、心配事もある。それは有紗とミキの関係だ。未だに有紗はミキに怯えている。スライダーを捕る練習をしているとき、何度も捕り損ねて後ろに逸らしては追いかけているミキに気を使ってあえて捕りやすいボールばかりを投げることにしばしミキが怒っていた。それでも有紗は気を使って捕りやすいようにスライダーを投げた。なんでピッチャーがキャッチャーに気なんて使う必要があるんだって元ピッチャーの俺からすれば疑問だ。捕りやすい球。それは同時に打ちやすいということだ。勝ちに結びつかない。有紗はそれに気付いているだろうか。

「来たみたいです」

 有紗の視線の先に徒歩で並んでこっちに向かってくる異様な集団。白に縫い目の青いラインの入った野球のユニホーム姿の9人の少女たちと数人の大人たち。少女たちは髪の長さ、胸の膨らみとくびれ、顔立ちから誰が見たって女の子が見慣れない野球をする格好をしていることで異様な雰囲気が漂う。その中心にいる少女がにっこりと俺たちに微笑む。

「あ、あなたは」

「え?知り合い?」

 中心で微笑んでくれた美女。近づくにつれてその迫力に負けそうになる。身長は桃香よりもはるかに高く190センチくらいある。黒いウェーブのかかった大きな釣り目。大人っぽい風貌は高校生に見えない。そして、何より目を引くのははちきれそうな巨乳。桃香のいろんなところをレベルアップさせたらあんな感じになるんだろうな。ってことよりもだ。

「有紗知り合いか?」

「前に先生とグローブ買いに行ったときにすれ違いました。確か自己紹介もしました。えっと、確か」

「四之宮詩織ですの。綾元有紗さん」

 しゃべり方がお嬢様だ。服装のせいでお嬢様感は皆無だけど。

「本当に女子野球部があるのですね。あるなら私も星美高校に入学するべきでしたわ」

「いやいや、詩織。ユーは良長川女子野球クラブにはなくてならない存在よ」

 銀髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ美少女現る。髪は短く有紗と変わらない。一見したら男子に見えるかもしれないが、その風貌とにじみ出る美しさが美少女だぞって主張する。他の少女たちも顔立ちも風貌も点数が高い。そんな中で男は俺だけ。なんか肩身が狭いな。

「ローラがいなければ今の私は存在しませんでしたの。そう思えば、このチームにいてよかったと思いますの。でも、せっかく試合をするなら学校の自分の学校の名前を背負ってみたと思いませんの?男子高校生みたいに甲子園に出て」

「ン~。それはなんともいえないよ」

「あの、えっと」

「あら、ごめんなさい。置き去りしてしまって。ベンチまで案内してくださる?」

「は、はい」

 緊張気味の有紗は良長川女子野球クラブの面々を案内する。さて、本当に野球ができるのか不安いっぱいの試合はまもなくプレイボールとなる。

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