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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
3章 敗者が学ぶこと
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練習試合

 土曜日。金曜日の夜の10時からコンビニで働いて朝の7時にバイトが終わってから家に帰って仮眠を4時間ほどとってから朝食という昼食を家にいつもいる母ととってから真新しいグローブをバックに詰めて原付にまたがる。星美高校には原付で20分くらいで着く。休日の今日は午後1時から6時までグラウンドが使える。休日ということも合って長い時間練習が出来る。素人集団に野球を教え込むにはいい時間だ。

「とりあえず、キャッチボールをさせてその後、ノックをさせてみるか。その後に」

「俊哉」

 練習メニューを考えながらヘルメットのあご紐を留めている最中に母に呼ばれて振り返る。

「何?」

 ヘルメットを被り直す。

「かーちゃんはうれしいよ。俊哉がまた野球始めてくれて」

 今にも母は、かーちゃんは泣きそうだった。

「いってくるよ。かーちゃん」

 原付にまたがって星美高校へ向かう。

 細い路地を抜けて駅前の金色の信長像を横目に線路下をくぐり10分。途中で路線バスを追い越して星美高校に到着する。自転車置き場に1台だけ目立つ原付を置いてグラウンドに向かうとすでに見知ったメンバーが準備をしていた。元気の象徴神野ツインズが走り回っている。桃香となっちゃんはすでにキャッチボールをしている。相変わらず、あさっての方向へ飛んでいっていくし簡単に後ろにそらしてキャッチボールが成立していない。恵美は参考書を見て野球の勉強中。凜子と雪音、ミキと有紗の姿がない。

「こんにちは。松葉先生」

 後ろから声をかけられて振り返ると金髪のヤンキーの雰囲気のある観月ミキがいた。だが、実際は妹弟思いの優しいお姉さんだ。昨日、野球部に入ってくれることを承諾してくれた。だから、こうして今日練習に来てくれた。

「妹と弟はいいのか?」

「今日は休日だし、夕食はあらかじめ作っておいたから問題ないわ。つか、コーチはそんなことまで気にしないといけないわけ?」

「9人しかいないからな。ひとりも欠けるわけにはいかない。選手のメンタル的ケアをするのもコーチの役割だと思うわけだ」

 そう選手のメンタルケアもそして体のケアもコーチは、監督はしないといけない。俺のように怪我をして野球を辞めるまで追い込まれないように。別に俺が怪我をして野球を辞めたのが監督やコーチのせいだと思っていない。でも、せめて俺が教えている間は俺と同じ目に合わせないように心配りをする必要がある。

「ミキちゃん。来てくれたんですね」

 後を追うように有紗もやってきた。

「やると約束したからには真剣にやるわよ。もちろん、勝つために」

 そう。有紗の野球がやりたいという思いはもう達成できた。次に目指すものはこのチームで勝つことだ。そのためには素人に野球を知ってもらわないといけない。野球を知っているふたりには素人のお手本になってもらわないと。

「ミキ」

「何?」

 3人でバックネット裏へ向かっている最中に思い出したことをミキに尋ねる。

「ソフトボールやってたときの守備位置って」

「主にファースト。チーム状況で時々キャッチャーをやってたわ」

 キャッチャーの経験があるのは大きいな。

「なら、ミキにはキャッチャーをやってほしいんだ。有紗の球をまともに補給できるキャッチャーが今のチームの現状ではミキくらいしかいないんだ」

「先生がそういうなら努力するわよ。そういうわけだからよろしくね。有紗」

「え?あ、う、うん。よ、よろしく」

 なんで怯えてるんだよ。

 有紗はミキみたいなタイプが苦手なんだろうな。これからバッテリーを組むんだから気を使う必要ないのにな。リードするのはキャッチャーだけど、勝負をするのはピッチャーなんだ。有紗はその辺をわかっているのだろうか。心配だな。

 それから数十分後に午前中にバスケ部の練習があったという雪音と寝坊したという凜子が遅れてやってきて全員がそろった。

「じゃあ、練習しようか。有紗」

「は、はい。せ、整列!」

 緊張するなよ。

「よろしくお願いします!」

 という挨拶と主に後から残りのメンバーが俺に挨拶をして礼をする。

「じゃ、じゃあ、アップから。走ろっか」

 引きずった笑顔を浮かべてグラウンドのトラックを走り始める。最初は整列して入っていたものの序盤で桃香となっちゃんが遅れ始める。集団について行くことがルールだと無理をしていた恵美も足がついてことが出来ず遅れる。先頭を走っていた有紗も体力のなさから少しずつ遅れて始めそれにイライラを募らせた雪音が追い越すと統一感を保っていた集団はバラバラになる。元々運動部に所属する雪音と凜子がはるか先頭を独走する。有紗はミキと神野ツインズと共にグラウンドを走る。

 持久力的には雪音がダントツだ。凜子は瞬間的な瞬発力は高いけど、持久力は雪音に劣る。中盤を走っていた有紗を含めた4人は今後走りこめば何とかなりそうだ。問題は残りの3人。恵美と桃香となっちゃんだ。運動が得意ではないのは今までの練習風景からわかる。3人にはゆっくり教えることにしよう。

 その後、準備運動と柔軟体操をしてからキャッチボールだ。雪音と恵美、桃香となっちゃん、神野ツインズ、凜子と俺、有紗とミキというメンバーで始める。

 雪音は体を扱うセンスが高くスポーツならば何でもこなしてしまうタイプだ。投げ方と捕り方を教えてすぐに形にしたのは彼女だ。恵美に向かって嫌がらせともいえる速い球を投げて低めに高めに投げて後ろにそらすと好き放題に罵倒する。性格悪いな。

 その球を捕る恵美はそんな乱暴な雪音に対抗するために嫌がらせのも言えるボールをだいぶ補給できるようになってきた。怯えながらも両手で補給する。しかし、投げることに関してはまだまだだ。真面目だから教えたことは実行しようと努力する姿は見受けられる。がんばれって応援したくなる。

 桃香となっちゃんはどうしたものか悩む。投げたボールは手前でバウンドしたりあさっての方向に飛んで行く。たまにちゃんと前に飛んだボールはまともに補給できない。いつも逸らしたボールを追いかけて走っている。投げ方をもう一度教えたほうがよさそうだ。

 神野ツインズは素人集団の中で雪音と凜子の次に運動神経がいいみたいだ。ボール以外のものを使って勝手にキャッチボールをするのは目をつぶれば、キャッチボールが成立しているからよしとしよう。つか、あのふたりは意思疎通でもできているのかって思うことがある。ボールとグローブを同時にジャグリングみたいに投げ合っている。何を投げてくるのかわかっているのか?

 凜子はすぐにやり方を忘れるが、教えてそのとおりにやって見せるからそれなりに野球が出来そうだ。問題はちゃんとルールを覚えてくれるかどうかだ。足がこのメンバーの中でダントツに速いらしいから戦術の中心選手になりそうだ。ルールを覚えてくれればの話だけど。

 ミキはブランクを感じさせない。キャッチボールは余裕を持って出来る。有紗も同年代の女の子とまともにキャッチボールが出来ることに爆発しそうな喜びを堪えながらキャッチボールをしている。

「よ~し、キャッチボールそこまで!一旦集合!」

 一斉に女の子たちが集まってくる。これをみた女に飢えてる友人が見たらどう思うだろうな。後ろから刺されかねないな。俺が。

「皆さん練習してるね。青春だね。うらやましいね」

 真理子先生がやってきた。まるでゴルフのキャディーみたいな薄ピンクのポロシャツに白いミニスカートにサンバイザーをかぶっている。

「あら~、松葉くん。もしかしてお姉さんのミニスカートに興奮してるのかな?」

「いや、全然」

「即答なの!」

 真理子先生からおばさん臭がする。

「誰がおばさんだと!ごらぁぁ!!」

「誰もそんなこと言ってないでしょ!」

「言ってなくても思っただろ!先生にはわかるんだよ!」

 女って怖い。

 冷静になった先生はいつものかわいいしゃべり方をする。吐き気がするなんて死んでも思ったらダメだ。

「さてさて、部が発足して1週間がたとうとしているね。みんなそこそこ野球が出来るようになってきたよね」

 いや、全然なってないんだけど。

「そんなみんなに朗報だよ」

「朗報って?」

 有紗が不思議そうに尋ねる。ああいう天然の素の表情がかわいいって言うんだよ。真理子先生の人工的に作られたものとはかわいいの度合いが天と地の差が。

「ていや!」

 股間を蹴られる。

「のわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 股間を押さえながらうずくまる。

「何するんですか!」

「本気で死ねって思ったから」

「あんた先生だろ!」

 大丈夫だよな?つぶれてないよな?……よし、大丈夫だ。

「なんで片足でジャンプしたんですか?」

 有紗よ。それは男にしかわからない。

「で!話がそれちゃったけど、みんなに朗報だよ」

 ああ、それが本題だったな。

「なんと!」

 なんと?

「星美高校女子野球部に正式に練習試合をしたいと連絡が入ったんだよ!」

「おお~」

 とみんなが声を上げる。

 そうかそうか。練習試合か。現在のチーム力を確認することと選手のレベルアップには最高だよな。うんうん。

「って!練習試合だと!」

「そうだよ。練習試合」

「バカじゃないの!真理子先生!」

「バカじゃないよ!先生だよ!」

 誰もそんなことを気にしてないよ!

「試合…試合が出来るの‥」

 いや、喜びを小さく爆発させるな!有紗!もっと重要なことに気づけ。

「来週の日曜日にここでやることになったからやるには勝つよ!おー!」

 という先生の掛け声にバカみたいに乗る有紗たち。だが、その状況でふたり冷静な子がいる。

「試合なんて出来るわけないじゃない」

「野球もまともに出来ないのに試合なんて無駄よ」

 そういうのはバスケ部でチームプレイを知っている雪音と野球を知っているミキだ。

 その場にいた誰もが目を丸くした。有紗もだ。やはり、長年ひとりで野球をやっていたこともあって試合をするという感覚を忘れてしまっている。そう、どのスポーツでもいえることだが、チームプレイでスポーツをやる以上は全員で戦わないといけない。野球は9人でやるスポーツだ。誰かひとりでも欠ければ野球は出来ない。

 現状、ほぼ全員が野球を知らない。こんな状態で野球を出来るかっていわれたら出来るはずがない。もちろん、試合なんてもってのほかだ。

「真理子先生。その試合の申し出はキャンセルしてください。今の状態では試合になりません」

「え?でも~、もうOKしちゃったんだよ?今更無理だよ」

「ちなみに相手はどこですか?」

 可能性は低いかもしれないけど、うちと同じ発足したばかりの相手だったらまだ相手になるかもしれない。ほぼゼロだけど。

「良長川女子野球クラブってチーム」

 クラブチームじゃねーか!

「勝てるはずがないですよ!そもそも、野球がまともに成立するかどうかも怪しいのにクラブチームを相手にするのは恥さらしをするようなものですよ!無理ですって!」

「松葉くん」

 どこからそんなビン底メガネを取り出したし。

「諦めたらそこで試合終了ですよ」

 安西先生出てくるなし!

「諦めるも何も料理でいったら昨日今日包丁の握り方を覚えた奴がフレンチのフルコース作れって言われたら無理でしょ!」

「無理だよ。そんな当たり前のこと言わないでよ」

 真理子先生が男だったら絶対殴ってた。

 勝つ負けるの領域じゃない。試合ができるかできないか領域の話だ。

「とにかく、キャンセルしてください」

「え?キャンセルするんですか?」

 なんで有紗はそんな子猫みたいに泣きそうな眼でこっちを見るんだ。つか、涙を出すな!泣くな!

 そんな泣いてしまった有紗を恵美がなだめる。

「女子を泣かせるなんて男として最低ですよ」

 なんで俺が悪いみたいな言い方するの?

「ま、まぁ、やってみたいとわからないわよね」

「おい、雪音。さっきは反対してただろ」

「さぁ~、来週は試合だから練習するわよ~」

「ミキ!お前まで裏切るのか!」

 有紗を泣かせる原因はお前らにもあるだろ!

「じゃあ、多数決をとるよ。試合したい人!」

 なんでコーチの俺の意見無視なんだよ!

 そんな俺のことなんて放置で全員が手を上げて試合をすることになると有紗の涙が消えて満面の笑みがこぼれる。

「じゃあ、予定通り来週の日曜日試合ね」

 と需要のないウィンクして校舎へと消えて行った。

「さぁ!先生!ノックをしましょう!来週は試合ですよ!」

 燃える有紗。

 大丈夫だろうか?という自問自答に俺はすぐに答える。

「大丈夫なわけないよな」

「なんとかするのがコーチの仕事じゃないの?」

 ミキさん。それは厳しいです。

「有紗。とりあえず、ノックするからセカンドにミキ以外を集めてノックのやり方を説明してやってくれ」

「わかりました!」

 急に元気になったな。いつも控えめなのに野球のことになると元気になるな。

「それにしても不思議よね?」

 キャッチャーミットとバットを持って俺の元にやってきた。

「何が不思議なんだ?」

 バットを受け取って有紗がバックホームをするんですかって大きな声で確認してきてそれにそうだって手を挙げて教える。それから素人集団にこれからやることを教える。その間にミキはボールが大量に入ったかごを持って再び俺の元に。

「何が不思議っていうと創部して1週間もたってないこんな部に練習試合ができるって言うことよ。真理子先生は練習試合の連絡が来たっていってたからその良長川女子野球クラブが試合を申し込んできたってことよね」

「そうだな」

「なら、そのクラブはどうやって星美高校に女子野球部が創部したってことを知ったの?たった、1週間で」

 確かにそう考えると不思議だ。そんなに情報の周りって早いのか?そもそも、ちゃんと練習をするようになったのはここ最近の話だ。どうやって、良長川女子野球クラブはうちのことを知ったんだろうか。

「先生!OKです!とりあえず、私がお手本見せます」

「有紗。張り切ってるわね」

「まぁ、あんな姿を見れば誰だって応援したくなる」

「で、どうするの?」

「とりあえず、守備だけでもまともにできるようにするか」

「同感よ」

 かごの中からボールを取り出す。

「いくぞ~」

「お願いします!」

 ボールをふわっと投げてそれを有紗に向かって打つ。

 星美高校のグラウンドに始めて金属バットの快音が鳴り響く。

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