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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
2章 少女は野球を始める
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野球を続ける理由

 その日も観月さんは用事があると言い張って帰ってしまった。それから先生の指導の下野球の練習をする。相変わらずのキャッチボールしかやらない。

「ちょっと!どこ投げているのですか!」

「バカでも捕れる所に投げたわよ。本当にバカね」

 いつも喧嘩しながらキャッチボールをする恵美ちゃんと雪音さんのペアは何とかキャッチボールになっている。

「アハハハハ!」

「アハハハハ!」

「ナハハハハ!」

 と笑いながらボールとグローブを投げ合う神野ツインズとそれに混ざる凜子ちゃん。先生がボールでキャッチボールをしろっていつも怒っている。

「いきますよぉ」

「インサイドダークインパクトキャッチ!」

 桃香ちゃんが超山なりのボールを投げては、変なセリフを叫びながら山なりボールを捕り損ねる。一度もキャッチボールが成立しない。

「こんなチームで大丈夫ですかね……」

「わからん」

 先生も一応、投げ方とか捕り方とか教えてはいる。吸収が一番いいのは雪音さんだ。元々、バスケ部で運動神経のよさも手助けしてまともにボールを投げるし、危なげなく捕る。次に飲み込みがいいのは意外にも凜子ちゃんだ。すぐに忘れるけど、教えれば教えたとおりにこなす。凜子ちゃんも運動神経がいいのは知ってたけど、すぐに忘れちゃうからあんまり目立たない。その次に恵美ちゃんと神野ツインズ。そして、圧倒的に飲み込みが遅くて運動オンチなのか桃香ちゃんとなっちゃんだ。全然、形になる気配がない。

 私は先生とキャッチボールをしている。遠投は出来ないけど、近い距離ならボールを投げられるということで私の相手をしてくれている。

「せめて有紗の本気の球を取れる子がいればいいんだけど」

「私の本気の球?」

「有紗はピッチャーだ。素人にピッチャーは務まらない。ストライクが入らないと話にならないからな」

「先生は私たちの守備位置とかをもう考えてるんですか?」

「一応、どうするか考えてるけど、まだノックもしたことないんだぞ。キャッチボールだけで適正をみるのは無理だろ」

 確かにまだキャッチボールしかやったことがない。バッティング練習をしていない。そもそも、ルールが怪しいメンバーだ。ルールに関しては昼休みとか使って私が教えてるけど、正直わかっているかどうか難しい。

「せめて、もうひとり。野球を知ってる子が欲しいな。贅沢を言うならキャッチャーが出来る子だ」

 そんな都合よくいるわけないですよ。

「あ」

 先生が余所見をしているのに私はボールを先生に向かって投げてしまった。

「先生!」

「ん?」

 そのまま先生がボールを顔面で受け取る。

「だだだだだ、大丈夫ですか!」

 すると周りで。

「ぷっぷっぷ。素人みたいね」

「冬木さん練習に集中してください!」

「傑作よ。写真に残しておくべきね」

 スマホを取り出す。

「野球に関係ないものを持ち歩いてはいけません!」

「ちょっと!何取り上げようとしてるのよ!」

「ルール違反です!」

 喧嘩しないで~。

「有紗」

「大丈夫ですか?先生」

「それよりもそこに」

 先生の視線の先には学校の敷地の外のフェンス越しに金髪ポニーテールの観月さんの姿があった。

「観月さん!」

 私が声を掛けるとはっとしてその場から逃げ出そうとする。

「待って。そんなところにいるならいっしょに」

「野球なんてやらないわよ。時間の無駄だから。あたしに構わないで。忙しいの」

 それだけを言っていってしまいそうになるところを。

「ちょっと待って」

 先生が呼び止める。

「時間の無駄じゃない。野球をする時間は無駄じゃない」

 真っ直ぐに言葉を観月さんにぶつける。

「無駄よ。一生懸命に練習して何が得られるの?何も得られないじゃない。そんなことをしているくらいならあたしはあたしのためになることをする。邪魔しないで」

 私は何か言い返したかった。でも、言葉が見つからなかった。観月さんの言うことをひっくり返すような言葉が見つからなかった。今、野球を一生懸命がんばっても何が得られるといわれると答えられない。実際には私は失ってばかりだったから。得に人間関係とか。

「俺は無駄だと感じたことないぞ。野球をやってるこの時間を」

「はぁ?」

 睨まれた。普通に怖くて先生の影に隠れる。

「そうやって無駄だ、無駄だって言って好きなことから目を背けて続けてみろ。将来、絶対に後悔するぞ」

 力の篭もった言葉だった。

「後悔なんてするわけないでしょ?部活をやって将来何になるわけ?プロになってお金を稼ぐわけじゃあるまいし。無駄なのよ。無駄」

「無駄かどうかはやってみないとわからない」

 先生は壊れてしまった右拳を見つめる。その右拳はかすかに震えていた。そのときの表情を私は見ることができなかった。けど、真っ直ぐ観月さんのほうを見たときは迷いなんてなかった。

「俺は無駄じゃなかった。諦めなくて良かったと思ってる」

 息を呑んだ。私にはわかった。先生が何を言おうとしているのか。

「先生。言わなくても別に」

 人差し指を私の口元に添えてくる。

「大丈夫だ。有紗も教えてくれたんだ。本当は教えたくないことだろ?俺だって覚悟くらい……ある。過去の自分と向き合う覚悟くらい。今と過去の違いに向き合うことくらい」

 観月さんはわけのわからない話し合いをして放置されていることに不機嫌になる。

「帰っていい?」

 先生は覚悟を持って告げる。

「俺はお前たちと同い年のころプロに注目されていた。これは本当の話だ」

「どこに根拠があるわけ?」

「松葉俊哉って調べてみろ。記事くらいネットに落ちてるだろ。そうすれば、わかるだろ。観月さんのいう無駄ってことを俺はバカみたいに続けている。無駄だとわかっていても今も続けている。なんで、続けてるか。答えが知りたければ、明日練習に来いよ」

 笑顔で手を振って先生は練習に戻っていく。凜子ちゃんが先生を誘ったときと同じ手段だ。私の言葉の意味を知りたくて先生は私の下に来てくれた。たぶん、観月さんも疑問に思うはずだ。二度の大きな怪我をしてプロから注目されていたのは過去の話。そんな状態にまでなって野球を続けている理由を知りたくなるはずだ。私も知りたい。

「待ってます」

 私もお辞儀をして練習に戻る。

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