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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
2章 少女は野球を始める
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野球人生の開幕

 私は始めて先頭を歩いている。

 いつも誰かに言われて背中を押されている。野球をこうしてだらだらと続けているのも凜子ちゃんに背中を押されているからだ。弱気で後ろ向きの私がたったひとつ自分から始めたことがある。それが野球だ。きっかけをくれたのはお父さんだったけど始めたのは自分からだ。ある人に憧れてあの人みたいになりたいって自分で思って自分で努力し始めた。それがいつからか周りの目ばかりを気にしていた。男の子たちの目、その保護者の目、他人の目。否定されるのが嫌だった。だから、野球を辞めるのかって言われたら絶対に辞めない。だって、野球が好きだから。この好きな気持ちを全力で伝えるんだ。

「有紗。大丈夫だから。うちも有紗が野球をやってるときの、野球の話してるときの有紗はすごい輝いてるよ。それでうちは有紗には野球をやってもっと輝いて欲しいの!うちの時みたいにみんなに伝えればいいんだよ」

 凜子ちゃんが背中を押してくれる。それで勇気をもらう。これじゃあダメなんだけど、先生は何も言わなかった。

 グラウンドに向かうと私のために女子野球部に来てくれた子達は飽きて日陰でスマホをいじったりサッカーボールを見つけてきてサッカーをしたりキャッチボールをひたすら続けている子もいる。

 私たちの姿を見てこちらにやってくる。

「私たちを放置して何がしたいわけ?こっちは貴重な時間を潰してきてるのよ?」

 ときつめに言う雪音さん。

「それよりも!」

「サッカーしようぜ!」

 と元気一杯の神野ツインズ。

「あなたたち!まじめに野球をしなさい!」

 と叱る恵美ちゃん。

「私は楽しかったですよぉ」

 と何が楽しかったのか良くわからない桃香ちゃん。

「この気配は!」

 とひとり的外れななっちゃん。

「みんな聞いて」

 皆が一斉に私のほうを見る。この視線に私は怯える。いや、怯えていていけない。私はここで何をしたいのか。凜子ちゃんが私のために必死に人を集めてくれた。ステージは作ってくれた。後は私次第だ。

「正直、野球は女の子がやるようなスポーツじゃありません」

「……はぁ?」

 怖い視線を送る雪音さん。

「で、でも、私はある人に憧れて女の子がやるようなスポーツじゃない野球を始めました。今まで野球をやってる女の子には会ったことがありません。いじめも受けました。同級生にも大人にも。それでも私は野球がやりたい!野球が好きだから!大好きだから!だから、ここに集まってくれてありがとう!私といっしょに野球をしてくれてありがとう!ございます!」

 みんな驚いていた。普段大人しく目立つようなことを嫌う私がここにいる人たち以外にも聞こえるような声で好きを伝えたのだ。私も顔が熱い。爆発しそうに恥ずかしかった。必死に周りが見えていなかった。後ろのほうで部外者がくすくすという声が聞こえて壊れてしまいそうになった。こんな思いをするくらいなら。

「そんなに野球って楽しいの?」

 右樹ちゃんが素直に思った疑問をぶつけてきた。幼い子供みたいに。

「た、楽しいよ!そう、うん!楽しいよ!こう、なんていうのかな?駆け引きとかいろいろ、とにかく楽しいんだよ!」

 伝わっていない気がする。

 すると雪音さんが大きくため息をついた。

「話すの下手過ぎ。聞いてるだけで頭が痛くなるわ」

 と頭を抱える。

「そもそも、女の子がやるスポーツじゃないのになんで女子野球部なんて作ったのよ。バカじゃないの」

 ……そうだよね。やっぱりそうだよね。

 と消失しそうになるけど。

「まぁ、あなたがそこまで必死になる野球って言うものに興味が沸いたわ。女の子がやるスポーツじゃないらしいけど、やってもいいわ」

「え?」

「私も!」

「私も!」

 神野ツインズも便乗するように手を上げる。

「頼まれて了承した以上、途中でやめるわけにはいきません。それに好きなことに一生懸命努力している子を応援しないわけが無いです」

 恵美ちゃん。

「がんばってる子を見ると応援したくなっちゃんですよねぇ。こんな私でよければお手伝いしますよぉ」

 桃香ちゃん。

「異次元の世界では野球の勝敗で王の座を争うという。この世界で腕を鍛える価値は十分にある」

 なっちゃん、ちょっと違う。

「みんなありがとう」

 深く、深くお辞儀をする。溢れ出そうになる涙を隠すために。

 うれしかった。9人でやるスポーツを私は今まで孤独にひとりでやってきた。それが今9人で野球ができる。私を否定せずに協力してくれる。仲間になってくれる。うれしくて、うれしくて。

「まだ、スタートラインに立ったばかりだぞ。有紗」

 隣で先生が言う。

「君たちは初心者だ。現状では野球ができるとは思っていない。やると一度決めたからには投げ出さず、最後までやり遂げて欲しい。そうすれば、有紗が野球にのめりこむ気持ちがきっとわかるはずだ。厳しいことを言うかもしれないが、どうか有紗のために付いてきてくれ。このとおりだ」

 先生も頭を下げた。

「お願いします!」

 凜子ちゃんも頭を下げた。

「ふたりとも」

「俺は有紗の秘められたセンスがどこまで高みにいけるか見たい。そして、もう一度味わいたい。野球をするときの心地いい夏の暑さと熱気の感触を。有紗も感じてみたくないか。今まで不快だった感覚全部が心地よく感じる感触を」

 先生が手を差し伸べると凜子ちゃんがその手の上で手を添える。するとみんなが輪になって手を添えて円陣を作った。そして、最後に私が一番上に手を添える。

「これがスタートだ。星美高校女子野球部の。ほら。キャプテン。何か一言」

「え?私?」

 当たり前でしょってみんな言って笑う。

 何を言えばいいの?えっと……。

「私の夢はこうやって野球を楽しくやることです。全力で楽しみましょう!」

 おー!と一斉に手を上げる。

 野球を始めたのは10歳の時。でも、私の野球人生は15歳の春にようやく動き出す。

「ちなみにだけど、有紗」

「は、はい」

「野球は女の子がやるようなスポーツじゃないって言うのは語弊がある」

「え?」

「ちゃんと、女子野球リーグも日本にあるし、世界大会もあるし、高校生の大会もあるからな」

「本当?」

「本当だ。だから、女の子は野球をやってもいいんだよ」

 その言葉が何よりも私の救いになったことをたぶん先生は知らない。

 こうして私の野球人生が幕を開けたのだ。

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