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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
2章 少女は野球を始める
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続ける理由

 辛くて苦しかった。野球が好きなのに好きな野球から拒絶されているみたいで。女の子に生まれてきたことを何度も後悔したこともあった。長かった髪を切って男の子みたいにしたときもあった。けど、見た目が変わっても私が女である事実が変わることはない。野球の神様は女である私に野球をやるなと不幸を与え続けた。

 その野球の神様が始めて私に光を与えた。

 女子野球部の創部が認められるかもしれない。

 凜子ちゃんと同じ高校に進学して中学生の時と同じように女子野球部の創部を担任の真理子先生に持ち寄った。私は自分の進退の話をした。野球は女の子がするスポーツじゃないという偏見のせいで私は長く大好きな野球ができずに辛かった。続けようと思ってもいじめられて耐えられなかった。

 その話を聞いた真理子先生は先生方に話を付けてくれて条件付で創部を認めてくれた。まずは野球ができるだけの人数を集めること。これは行動の早い凜子ちゃんがすぐに集めてくれた。ただ、もうひとつ提示された条件が厳しかった。野球が詳しい大人をコーチとして招くこと。道具は学校の備品でそろっていてグラウンドも週3で使える。でも、危険なスポーツな故に詳しい専門家を配置することが絶対だといわれた。真理子先生は野球を一度もしたことがない。私の知り合いの大人にコーチになってくれそうな人はいない。

 行動の早い凜子ちゃんでもお手上げ状態だったときに私は出会ったのだ。

「それが俺か?」

 松葉先生は自分のことを指差す。

 私は無言でうなずく。

「最初は人違いかもしれないって思いました。でも、スマホとかで画像検索して見比べても同じだったし、地元の人だってことも知ってました。……怪我で野球界から姿を消したことも」

 たぶん、私と同じくらい苦しい思いをしているはずだ。先生は私と野球を違ってやりたくてもできない体になってしまっている。私は野球をする環境が無いだけで野球ができる。できるのとできないのとでは苦しみの重さが違う。断られるのが目に見えていた。そこで凜子ちゃんに相談した。そしたらいつもの行動の速さと強引さで今、松葉先生は目の前にいる。コーチになってくれる。野球ができる。

「先生がたくさん苦しい思いをしているのを私は知っています。野球ができない苦しみは私も知っています。でも、この私にどうか、野球をさせてください。お願いします」

 先生は渋い顔をする。

「女の子にそんな顔で頼まれて断る男がいると思うか?女ってずるいよな」

「なら!コーチに」

 喜びで爆発しそうなところに水をかけられる。

「ただ、気に入らないことがある」

「…………え?」

「有紗。お前は野球がしたいんだよな?」

「もちろんです」

「じゃあ、なんで野球をするために行動をしなかった?」

「え?し、してますよ」

「俺から言わせればしていないように見える。全部、凜子に丸投げじゃないか?」

 丸投げしてるわけない。だって、私が野球をやりたくて凜子ちゃんに頼んで―――。

「凜子に頼んでやってもらっている。結局、有紗は誰かに背中を押されないと何もできないのか?野球をやりたいのは誰だ?凜子じゃないだろ?」

 厳しい目だ。今まで向けられたことのない。私を嫌う目じゃない。お母さんが私に向かって怒るときのものだ。

「野球がやりたいのは……」

「うちなわけないでしょ!」

「凜子は少し黙ってろ」

 その一声に凜子ちゃんは言い返せなくなった。私も感じた。先生から感じる圧は男の子たちが私を避けようとするものでも、私を嫌う大人たちとは違う。近寄れない。これが甲子園という大舞台に立っていたプロに最も近いところにいたピッチャーのプレッシャー。これを目の前にしてバッターはこのピッチャーの投げたボールを打てるの? 私は自信がない。

 そんな圧を野球をしていないこの状況で私に向けるのはなぜか?

 気付かせるためなのかもしれない。

 ゆっくりと大きく息を吸って私は答える。

「野球がやりたいのは私……です。でも、本当に私が野球をやっていいのかわからなくて」

 また、否定されるんじゃないかって怖かった。女の子は野球しないでしょって凜子ちゃんが声を掛ける女の子たちが口を揃えてそう言った。行動をすればするだけ身をもって実感してしまう。女の子は野球をするべきじゃないって。その事実から目を背けたかった。面と向かって向き合えば、私は本当に大好きな野球を諦めることになる。諦めたくなかった。だから、凜子ちゃんの手伝いをあまりしなかった。

「今のままだと小学生の頃と同じことが起こると俺は思うぞ」

「え?」

「野球って私たち女子がやるスポーツじゃなくないって言い出すんじゃないか?雪音が、神野ツインズが、恵美が桃香がなっちゃんが。そうなったら、有紗お前はどうするんだ?また、辞めるのか?野球を」

「そ、それは」

「お前が野球を辞めることになったのは確かに自分よりも実力がある女子に嫉妬していじめたバカな男どもにあると思うが、それ以上に有紗が弱すぎるも原因だ。俺は男だからとか女だからとかの問題じゃない。ここの問題だ」

 先生は自分の胸に握りこぶしを当てる。

(ここ)の問題だ。有紗にとって野球はなんだ?辛いことを忘れるためのものか?」

「そんなわけないですよ!」

「なら、有紗は辛いことがあったときになぜ野球に逃げた?」

 その問いに私は答えられなかった。

「また、何かあったときは野球に逃げるのか?そんな理由で野球を続けるな。今すぐ辞めろ」

「べ、別にいいじゃない!辛いことがあったときは趣味に逃げることくらい!」

 凜子ちゃんが必死に私をフォローしてくれる。それを先生ではなく真理子先生が妨害する。真理子先生もわかっている。これは私自身が解決しないといけないこと。

 なんていっていいかわからず沈黙時間が続く。そこに先生が救いをくれた。

「有紗はなんで野球をやってるんだ?」

「なんでって……好きだからです」

「だから、いじめられても続けた。ひとりになっても続けた。有紗は周りに野球をするなって言われたら野球を辞めるのか?」

「辞めない」

 即答した。

「じゃあ、もう1回聞くぞ。有紗は辛いことを忘れるために野球をやってるのか?」

 私はそこで気付かされる。

「違います!」

 すぐに否定して気付かされた答えを精一杯伝える。

「私は野球が好きだから野球をやっています!それじゃあダメですか?」

「ダメじゃない。その好きな気持ちを隠さずに伝えろ。俺たちだけじゃない。凜子がせっかく揃えてくれたみんなに。全力で伝えろ」

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