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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
2章 少女は野球を始める
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凜子の出会いで

 そう誓った。でも、私は本当に野球が好きなんだと思う。辞めても夜になればバットを握って素振りをする。休日、暇になれば少ないお小遣いを使ってバッティングセンターでバッティングをする。公園の公衆トイレの壁にストライクゾーンをチョークで落書きしてピッチングをする。野球は女の子がやるスポーツじゃない。でも、野球をしたい。その矛盾と私は戦い続けた。

 そんなある日、私はある女の子と出会う。公園でいつものようにピッチングをしていたことだ。狙ったところにボールを投げる。四つ角に多少のずれはあるもののほぼ思ったところに投げられる。次は右バッターの足元。内角低め。どんぴちゃに決まる。少しうれしい。

「君!すごいね!」

 急に大きな声を出されて跳ね返ってきたボールを捕り損ねる。振り返るとこのときはまだ髪を腰くらいまで伸ばしていた元気な女の子。短パンにTシャツに麦藁帽子。手には虫網。健康的に焼けた肌はこの頃からだ。

「えっと、誰?」

「凜子っていうの!すごいね!四角形の角っこばっかり当たってるよ!わざとやってるの!」

 そう。これが私と凜子ちゃんの出会い。

「う、うん。一応、狙ってやってる」

「すごいね!うちなんて届くかどうかも怪しいよ!」

 と投げる振りをする。

 うれしかった。今までほめられたのは親くらいで赤の他人に野球でほめられることはほとんど無かった。だから、うれしくて恥ずかしかった。

「これってなんかのスポーツ?その左手にある手袋みたいなの何?」

 グローブのことだ。

「えっと、野球っていうの」

 私はそこでハッとした。野球は女の子がやるスポーツじゃない。変だと思われたかな。

「野球なの?壁に向かってボールを投げるのが?」

「いや、別にこれだけが野球じゃないから」

 どうやら野球を知らないようだ。

「本当は9人でやるスポーツで私がやってるのはピッチャーって言うポジションで他にもキャッチャーとはいろいろ―――」

 あれ?なんか頭から煙が出てるように見えるんだけど。

「わかった!」

「え?何が?」

「すごい難しいスポーツなんだね!」

「ざっくりしすぎ!」

 確かに難しいスポーツだけど。

「で、そのコキュウって言うスポーツは!」

「野球ね」

「16人でやるスポーツで!」

「いや、9人ってさっき言ったよ」

「チャッピーが!」

「た、たぶんだけど、ピッチャーのことかな?」

「その手袋を!」

「グローブね」

「壁に向かって投げるスポーツってことだね!」

「何ひとつあってないんだけど!」

 凜子ちゃんはこの頃からすぐに言ったことを忘れてしまう。

「でもさ!なんで21人でやるスポーツをさ」

「9人でやるスポーツだよ」

 さっき言ってた人数と違うんだけど。

「なんでひとりでやってるの?」

 なんでひとりでって……。

「あの、野球は女の子がやるスポーツじゃ、ないから」

 歯切れ悪く私は事実を伝える。

 女の私がいると野球が楽しくない。それは私がいなくなって生き生きと野球に取り組んでいる少年団のメンバーを見れば一目瞭然だ。

「なんで女の子が野球をやっちゃダメなの?」

「え?」

「うちもね、お母さんに虫取りは女の子がやるような遊びじゃありませんっていつも私に怒るの!本当はお母さんが虫が苦手なだけなんだけど!誰が虫取りは女の子がやる遊びじゃないって決めたの?私の弟なんて私と一緒におままごとするよ?女の子みたいに。それがいけないことなの?野球もそうなの?私は違うと思う!えっと……なんだけって。そういうのをなんか難しい言い方をするんだよね!なんだっけ?」

「聞かないでよ」

 明るくて純粋だなって思った。

 いけないって言われてそれが本当にいけないことなのかって抵抗できる。私にはできないことを簡単に凜子ちゃんはこの頃からやれた。

「野球もたぶん女の子がやっても大丈夫だよ!たぶん!」

 確証ないのね。

「お名前は?」

「わ、私は?…有紗」

「有紗ちゃんは野球好き?うちは虫取りが好きだよ!たぶんすぐ飽きるけど!」

 この頃からなんでも早い凜子ちゃんは飽きるのも早い。

「野球は……大好きだよ」

 凜子ちゃんに背中を押されるように本音をボソッと漏れる。

「大好きならやればいいのに!」

「できないよ。野球は楽しくやるものなの。女のこの私がいると男の子たちが野球が楽しくなくなるって言うの」

「そうなの?」

「そうなの」

 思い出すだけで泣きそうになってしまう。野球をすればまたいじめられる。辛いことを忘れるためだけに野球をすることになる。それはきっと楽しくない。男の子たちも私も。

「だったら!」

 凜子ちゃんは私の手をとる。

「女の子だけでやればいいじゃん!野球!」

 それは簡単な答えだった。女の子がいるから野球が楽しくなくなるのなら男の子のいないところで野球をすればいい。女の子だけで野球をすればいい。

「で、でも、私以外に女の子で野球をやってる子はいないよ」

「いないなら探せばいいんだよ!きっとみんな有紗ちゃんみたいに女の子は野球をやっちゃダメなんだって思ってて隠してるのかもしれない!探せばきっといるよ!有紗ちゃんみたいな子が!」

 前向きだった。私はその明るく前向きな凜子ちゃんに勇気を貰った。野球を諦めきれない私は再び野球するためのきっかけをくれた。

「探してみるよ。探してみんな野球をするよ!ありがとう!凜子ちゃん!」

 お礼を言うと凜子ちゃんは手で私の顔を挟んで私の顔を上げる。

「にゃに?」

「私もいっしょに探してあげる!」

「え?」

「有紗ちゃん。安門小学校だよね?」

「う、うん」

「私も安門小学校だからいっしょに探そう!で、いっしょにやってみようよ!野球を!」

 野球ばかりやっていて同じ小学校の子だって気付かなかった。凜子ちゃんは忘れるのが早いから覚えていないだけで適当に言ったら当たっただけだと思う。

「ありがとう。凜子ちゃん」

 小学5年生。この約束を凜子ちゃんは忘れなかった。……時々、忘れたかもしれないけど、行動は早かった。懸命に探してくれたけど、誰も野球に興味を示さなかった。そして、中学に進学して女子野球部を創部させようとしたけど、すでに女子ソフトボール部があるから同じような部活を増やすわけにはいかないし、グラウンドも広さが限られているから無理だと言われた。そして、5年の月日が経ってついに凜子ちゃんと私はスタートラインに立つところまで来たのだ。

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