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ダイヤモンドの女神  作者: 駿河ギン
1章 大嫌いな野球の神様は
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埋まっていた才能

「8人しかいないぞ」

「そもそも、野球って何人でやるの?」

「11人でやるんだよ!」

「林田さん。それはサッカーですよ」

「この手袋みたいなの臭いな!」

「このバットで何するの!」

「みんな元気ですねぇ」

「この感じ!暗黒界の邪心の気配が!」

「あ、あの、みんな」

 なんだ?これ?カオスな現場に集まる少女たちは今日本格的に活動を始める星美高校女子野球部のメンバーだ。ここでざっくりメンバーをまとめてみよう。

 まずはこの部を創部の手続きとか部員集めとか何でも勝手に素早くやってすぐに忘れてしまう本当は陸上部員、林田凜子。

 次に見た目は美少女、中身は腹黒。本当はバスケ部。完璧主義で毒舌な美少女、冬木雪音。

 見分け方は束ねている髪の位置のみ。元気一杯双子の姉妹。神野ツインズ、神野右樹、左樹。

 ルールは絶対。守らない人はどんな人でも許しません。委員長、田辺恵美。

 大きくて穏やかで優しいお姉さん。でも、小さい子はいじめたくて仕方ない。高山桃香。

 自称、異世界で不穏な動きを見せる帝国軍を監視する人。なっちゃんこと、黒根七海。

 そして、女の子は野球をやってはいけないとかって気になる言葉を俺に投げかけた。この部を創部するきっかけとなった気弱で優柔不断な少女。綾元有紗。

 この寄せ集めに過ぎないメンバーでこれから野球をしようというのだ。本当にできるのか疑問ばかりだ。そもそも、野球を知らない奴がほとんどだ。得にこの部を作った立役者の凜子が野球を知らないみたいだ。11人でやるとか問題外だ。他のメンバーも同じ感じだ。これで野球をやるとか無茶だ。

「えっと、とりあえず、キャッチボールをするか」

 コーチとしてここに来たんだからそれらしく振舞わないと恵美がうるさそうだ。

 とりあえず、有紗と凜子。雪音と恵美。神野ツインズ。桃香となっちゃん。という形でペアを組んで基本中の基本であるキャッチボールをしようと思うのだが。

「先生!これってどうやって使うの!」

「凜子。それはグローブって言って右利きなら左手にするんだ」

「先生。グローブが臭くて耐えられません」

「我慢してくれ」

「そんな顔をしない!先生が我慢しなさいって言ってるんだから、が、我慢しなさいよ!」

「恵美。無理するな」

「ワハハハ!野球って楽しー」

「楽しいよねー!」

「おい!神野ツインズ!グローブとバットでジャグリングをし合うな!それは野球じゃない!」

「え~い」

「どこへ投げている。真上に飛んでいるぞ。まさか!そこに異世界の裂け目が!」

「お前らはまじめにやってるけど、ボールは前に飛んでないわ。キャッチはできてないわ」

 めちゃくちゃだ。こんなんで野球なんてできるのか?

 一応、有紗だけは普通にキャッチボールができるように見える。ただ、相手が凜子のせいでそうは見えないだけだ。

 こんなメンバーで野球ができるのか。そもそも、野球をするには人数が足りないんだけど。

 練習風景を眺めながらあたりに目をやるとフェンスの外側にさっき睨まれた金髪ポニーテールのヤンキー少女がモノ欲しそうな表情でグラウンドを眺めていた。俺の視線に気付くと刺すように睨んで小走りでどこかに行ってしまった。

 やりたいなら混ざればいいのにと思ってグラウンドのほうに目をやると顔面にボールが直撃する。

「決まった!ダークブラックフェニックスキャノン!これは(以下略)」

「大丈夫ですかぁ?」

 お前らわざとだろ。

「先生。大丈夫ですか?」

 有紗は心配そうに駆け寄ってきてくれた。

 本気心配そうな眼差しを俺に送ってくれている。うれしくて涙が出そうだよ。

「つか、キャッチボールは?」

「凜子ちゃんが…」

 有紗の視線の先の凜子は神野ツインズに混ざってバットとボールとグローブでジャグリングをして遊んでいた。まじめにやれよ。

 他のメンバーもキャッチボールをまじめにやらない。雪音と恵美は何かけんかをしている。人を見下して言われたことをやらない雪音といわれたこととルールを守る恵美とは相性が悪そうだ。まじめにキャッチボールをしないことにもめている。

 ここは正直に事実を告げるべきだ。

「有紗」

「は、はい」

「このメンバーで野球はできない」

「…そ、そうですよね」

 やっぱりと笑みを浮かべる。

「別に俺が一から野球を教えてもいいけど、やる気のないメンバーに教えるほど俺は暇じゃないし……そもそも、俺は野球とは縁を切ってる。このコーチの話自体も乗る気じゃない上に教え子がやる気ないなら俺は辞めるよ。コーチ」

 落ち込む有紗。寄せ集めでできるほど、野球は甘くない。それは野球じゃなくても同じだ。それに遊び半分で練習して怪我をしたら俺の責任になる。道具をああやって粗末に遊び道具にするような奴とずっと口喧嘩しているような奴と野球をやりたいとは思わないし、そもそもこの野球部の創部のきっかけは有紗だ。その有紗が消極的過ぎる。活発的で行動の早い凜子に引っ張られてここまで来れても野球をしたい有紗がその気持ちを皆に心から伝わっていない現状にこの部の未来はない。

「俺は帰るから」

 とグラウンドを後にしようとすると服の裾をつままれる。犯人は有紗だ。

「あ、あの……さ、さ、最後にキャッチボールをお願いしてもいいですか?」

 若干、涙目だった。

 ―――まただ。

 何かそう言っているように聞こえた。

 そういえば、俺は有紗の言葉の意味を聞いていない。女の子が野球をやってはいけないのかって言う問いかけ。それと同じくらい重たい言葉だったが、今となってはどうでもよくなってしまった。けど。

「5分だけな。俺はあんまり投げられないから」

 少女が涙目になってお願いしていることを断ると俺が悪者に見たいになってしまう。女ってずるいよな。

「ありがとうございます!」

 今まで一番の満面の笑みだった。すぐに駆け足で道具箱にあったグローブを取りにいった。そして、俺にボールといっしょに渡してくる。2年ぶりだな。ボールとグローブの感触は。

 有紗は俺の肩と肘をいたわってか5メートルくらいとあまり離れなかった。

 ボールを握ってゆっくりと2年ぶりにボールを投げる。やはり、肩の回りが悪く、肘に違和感がある。山なりに投げられたボールはなんとかノーバウンドで有紗のグローブに収まる。それに有紗は動揺した。

「なんで動揺してるんだよ」

「い、いえ。まともにキャッチーボールをするのも……久々で」

 うれしそうに捕ったボールを俺に返した。

 しっかりと力の篭もったボールはグローブに吸い込まれる。やっぱり、野球をしていただけあるな。投げ方も捕り方も基本がしっかりになっている。再び山なりにボールを返す。何球か投げては捕っていると有紗が俺にボールを返さなくなった。

「どうした?」

「あ、あの少し本気で投げていいですか?」

 今までのは軽かったってことか。

「構わない。投げるのはともかく捕るくらいならまったく問題ないからな」

 2年のブランクがあっても体は覚えている。小学2年生から始めた野球の感覚を。

「なら、座ってもらっていいですか?」

「はぁ?」

 座ってって。

「キャッチャーみたいにってこと?」

「はい」

 その返事と眼差しを今までの気弱でなよなよしい有紗じゃない。その姿勢は野球に真剣に取り組む姿そのものだ。そうかつての自分の姿と重なる。野球に青春を人生を捧げる覚悟で望む姿勢と。

 俺はしゃがみこんでグローブを突き出すように構える。有紗はさらに俺との距離をホームベースからマウンドまでと大体同じ距離くらいに離れる。そして、顔の前にグローブを持ってきて振りかぶる。誰もがその様子を目にしていた。喧嘩していた奴らも遊んでいた奴も適当に練習していた奴もその光景をもの不思議そうに見ていた。

 だが、俺は感じた。有紗から放たれる重圧のようなものを。

 大きく腕を振りかぶって頭の上で止めと左足を大きく上げてぴたりと止まりタメを十分に作って右手を後ろに引き上げながら大きく上げた左足を踏み込むんで腰が回転するのに遅れてしなるように右腕がやってきてボールを投げ込む。サイドスローとオーバースローの中間のフォームにあたるスリークォーターのファームに投げ込まれるボールは勢いを殺すことなく浮き上がるように俺に迫ってくる。

 所詮、女の子が投げる球だからと高をくくっていた。勢いの死なない、俗に言うノビのある球を俺は完璧に捕球できなかった。弾いて後ろにそらしてしまった。

「す、すみません!」

 と慌てて謝って俺が逸らしてしまったボールを追うために走ってくる。横を素通りするところを俺は彼女の腕を掴む。細い腕だがしっかりと筋肉の付いた腕だ。今日昨日野球を始めたものじゃない。今の投げた球も。

「有紗。君は何者だ?」

 女子野球はマイナーであるが、まったく存在しないわけではない。数は少ないがプロリーグも存在するし、男子の甲子園みたいに全国大会も存在する。時々、超美人ピッチャーがいるとかで話題にも上がる。だが、俺は目の前の綾元有紗には昨日初めて出会い野球をしている姿を始めてみた。あれほどの球を投げる彼女がなぜ野球部のないこんな高校にいる?なぜ、そこまで消極的なんだ?

「わ、私は、その」

「なんで野球をやっていなかったんだ?」

「え?」

 俺には分かる、長年強敵を見てきた俺には分かるのだ。

「君は才能がある。なのに」

 俺は周囲を見る。ここにいるメンバーは野球を知らない。それに人数も足りない。今日始めて動き出したばかりの野球部に。なんでこんな才能を持った子が埋もれている。そのことに腹が立った。

「なんで野球を真剣にやっていない!それだけのものを持っていてなぜだ!」

 つい、感情的になってしまった。俺も才能があるといわれていたが怪我でその才能を無駄にした。使い物にならなくさせてしまった愚か者だ。目の前の少女は才能を持っているにもかかわらず、それを持て余している。その才能で将来どれだけの高みに上れるかわからない。その高みの感動を味わえる才能があるのにそれを使わないことに腹が立った。

「君は今まで何をしていたんだ!」

 パチン。

 俺は不意に頬を叩かれた。叩いたのは凜子だった。凜子は今まで行動や元気さからは想像ができないほど、怒っていた。そこで俺はふと我に返る。

 有紗は今にも泣き出しそうだった。

「わ、悪い。言い過ぎた」

 空気が微妙なものになっていた。

「悪い。今日は解散だ。お、俺は帰らせてもらう」

「そうはいかないんだな」

 俺の肩をつかまれてなんだと振り返ろうとするとなぜかそのまま背負い投げをされる。背中から近くのベンチにぶっ壊して倒される。

「痛ってー!」

 なんで俺がこんな目にと思いながら投げた張本人を見るとそこには、星美高校のジャージではなく市販されている普通のジャージズボンにTシャツ姿の女性がいた。少女ではない。明らかに年を食っている魔性の美女がそこにいた。ウェーブのかかった黒く長い髪に涙ボクロのある美女。

「真理子先生」

 と凜子が呟く。

 どうやら顧問的な先生なんだろう。

「女の子を泣かせるなんて犯罪だぞ。職員室に連行するぞ」

 まるで声優みたいなしゃべり方で俺の腕を掴む。

「凜子もおいで。みんなは時間まで練習するんだぞ」

 そう指示して俺を引きずりながら職員室に向かう。

 少女、有紗はうつむいたまま俺の方を見なかった。

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