八、恋の妖精
メリルが水の聖地から戻って、まだ落ち着かない頃。メリルよりも少し年上の少年ヨゼフから、とある仕事の依頼を受けました。
その依頼とは――。
「恋の橋渡しぃぃ!? 私が!?」
「あ、あの、メリル、周りに人が居ないとは言え、あまり大きな声は……」
「あ、うん、ごめん。なんか、びっくりして……。それで? ヨゼフが好きな相手って、誰なの?」
「それは……その……。――、です」
「え? ごめん、大事なところが聞こえなかったんだけど……」
そして改めて言い直した彼の口から出てきた名前に、
「フランーーー?!?!?!」
メリルは、超びっくりしたのでした。
「うーん……」
「ねえ、メリル」
あれ以来、メリルは空いた時間があると、アミィの声も聞こえないほどに考え込み、こうやって唸っています。
「うーん……」
「ねえねえ、メリルったら!」
「……ん? あ、ごめん、アミィ。えっと、何かな?」
「何かな、じゃないよ、もう。何をそんなに悩むのよ?」
「……だって。ヨゼフっていい人だし、本気でフランのこと好きみたいだから、力になってあげたいじゃない……」
まだ若いヨゼフですが、家の配達業を手伝って、島中を行ったり来たりする両親に代わってこの村の中の配達を取り仕切っており、その真面目な働きぶりから、たくさんの村人に信頼されています。
「フランにだって、それで幸せになってくれるなら、私が力になってあげたいんだけど……」
そんなヨゼフの人間性は今更疑うまでもないので、フランさえ迷惑でなければ出来るだけ力になりたいと、メリルは思っているのですが――。
「ああもう! 恋なんてしたことないから、どうしたら良いのか分からなーい!」
と、いう訳で、一人で悶々と悩んでいるのでした。
「はぁ……。そんなに悩むなら、引き受けなければ良かったのに……」
「だって……。私しか頼れる人が思い浮かばないって言うんだもん……」
そんな優しいメリルだからこそ、アミィはメリルを大好きなのですが、流石に今ばかりはその優しさに、やれやれと呆れてしまいます。
「……ねぇ、アミィ? 恋の妖精さんとか、いないかなぁ? こう、恋に悩む少年の背中をポンと後押ししてくれるようなさぁ……」
「えー? そんな子がいるなんて、聞いたことないよ。それに、妖精は人間みたいに番いになって増えるわけじゃないし、恋なんて、きっとメリルよりもずっと分からないよ」
「そういうものかぁ……」
「そもそも、妖精は人間の影響を受けるから男の子や女の子の見た目をしてるけど、本当は人間みたいな性別っていうのはないんだって」
「へぇー。でも確かに、みんなが星霊樹から生まれるなら男と女が別れてる必要も無いのか……」
そんな風に話は逸れたりして、何も妙案は浮かばぬままに時間は過ぎてゆきます。
メリルとしては、例えばサラなどに相談したいところですが、ヨゼフが出来るだけ他の人には知られたくないと頼むので、それも出来ません。
フランに直接ヨゼフのことをどう思っているのかを聞ければ早いのですが、自分がヨゼフの気持ちを悟らせることなくフランからそんなことを上手く聞き出す、そんな難しいことが成功する未来は、メリルには思い描けません。
こんな風に悩んでいると、もういっそヨゼフが直接告っちゃえよと、投げやりな気持ちも生まれてきますが、消極的とはいえ引き受けた以上はそういうわけにもいかないと、また悩むことになるメリルなのでした。
(でも……、ヨゼフは仕事が出来るから凄く大人に思ってたけど、恋のことは上手くやれないなんて、そういう所は、私と二つか三つしか変わらない男の子なんだなぁ……)
悩むことに疲れて、とりとめもなくそんなことを考えていると――。
「あっ!」
「えっ? どうしたの、メリル?」
「うん、ヨゼフの仕事から連想して、一応、思い付いたことがあって」
それが妙案かどうかは判らないけれど、ヨゼフに話してみようと、メリルは思うのでした。
そして、明後日。
「ふっふっふ」
メリルの家にやってきたフランは、そんな声と共に奇妙な笑みを浮かべています。
「ええっと……。……フラン、 何か良いことでもあったの?」
フランから、聞いてくれ、という雰囲気を感じたメリルが、渋々といった様子でそう尋ねると。
「よくぞ聞いてくれました。……じゃぁーーん!」
そんな効果音と共にフランが取り出したのは、一通の手紙でした。
「なんと! ラブレターをもらっちゃったのだよ!」
(ああ、ヨゼフはもう行動に移したのか、早いなぁ)
ドヤ顔でメリルに手紙を見せるフランでしたが、直接想いを伝えるのが無理ならまずは手紙なんてどうか、と、ヨゼフに提案した張本人であるメリルは、暢気にそんなことを考えています。
「あれ? メリル、驚かないの? もしかして知ってた?」
「うぇ?! ……ああ、ううん、驚くというか、……だって、外側だけじゃ本当にラブレターかどうか判らないし!」
「むぅ、それもそうか」
危うく墓穴を掘るところだったメリルでしたが、上手くごまかせたようです。
「そ、それよりも、相手は誰なの? フランの返事はどうするの?」
これ以上ボロが出ないようにと、メリルは強引に話を進めます。
「それがねぇ……」
ところがそこで、フランは一転、表情を曇らせます。
「……差出人の名前が書いてないのよねぇ……」
(ヨゼフぅーーー!!!)
メリルは心の中で、ヨゼフを力一杯に批難するのでした。
「で? その、フランはどう思ったの? そもそも、好きな人とかいるの?」
「何? 急に食いついてきて……」
お茶を用意して席に着くなり、いきなり前のめりで質問をしてきたメリルに、フランは少し引き気味です。
「あ。……ははは、ごめん。えっと、私たちって、こういう話って今まで無かったなぁって思ったら、急に興味が湧いて来て……」
「そう言われると、年頃の乙女である私たちが恋バナの一つも無かったって、……うわぁ、悲しすぎる……」
「ちょ、やめてよ!」
そしてあははと笑い合って、メリルは、今はまだこんな風に友達と軽口を言い合う方が楽しいから仕方ないか、なんて思ったりもするのでした。
結局その日は終始そんな調子で、フランが恋愛をどう思っているのかよく聞けないまま、そして、ヨゼフのことをどう思っているのかは全く聞けないまま、お開きになったのでした。
翌日。
村の中でちょうどヨゼフと行き会ったメリルはこれ幸いと、差出人を書かなかったことをヨゼフに問い詰めます。
「……まずは、フランを好きな人がいるってことだけ知って欲しかったというか……、手紙を書いている内に、そんな風に思ったんだ。今はまだそれほど親しいわけじゃないのに、いきなり恋仲になって欲しい、って言うのも、厚かましいような気がして」
ヨゼフから帰ってきたのは、そんな答えでした。
そして、ヨゼフは一呼吸置いてから続けます。
「だから、後は自分で頑張ってみるよ。相談に乗ってくれてありがとう、メリル」
「えっ、もういいの?」
「うん、大丈夫」
「そっか、なんか、あんまり役に立てなかったかな……」
「そんなことはないよ。手紙を書いてみろって、メリルから言われなかったら、自分で思い付いても怖じ気づいて実行できなかった気がするし、自分で頑張ろうって思えただけでも、メリルは凄く大きな力になってくれたと思う」
「そこまで言うなら、私ももう何も言わないけど……」
ちょっと消化不良な気持ちは残ってますが、相談に来た時よりもずっと晴れ晴れとした顔をしているヨゼフを見ると、自分がその変化に多少なりとも影響したなら、これで良かったのかな、とも思うメリルでした。
それからしばらく経った、ある日。
メリルは、風見屋の前で楽しそうに談笑するフランとヨゼフを見かけました。
どことなく幸せそうなヨゼフの表情に対し、フランも満更でもなさそうな感じで。
(なんだ。結局、案ずるより産むが易し、ってことなのかな……)
メリルはそんなことを考えて、つい顔がニヤついてしまいます。そして――、
「やっぱり、恋の妖精って居るのかも……」
そんな、ふと思い付いたことを口から漏らしてしまいます。
「えっ!? 何処に? 本当?」
それを耳聡く聞き取ったアミィが、そんな疑問をメリルにぶつけますが。
「あっ、ううん。実際に見たとかじゃなくて、……そう、比喩的な感じ」
「比喩的? どういうこと?」
「えーと。……えへへ、ないしょ」
「えーっ! 何でー?」
「……別にアミィに意地悪してるわけじゃないよ? ただ、私が恥ずかしいだけ」
「むーっ!」
アミィは納得したわけではありませんが、メリルが恥ずかしいと言うことを無理に聞き出そうとも思えないので、とにかく頬を膨らませて不満を表明します。
そんなアミィを見て、メリルはちょっとだけ申し訳ない気持ちになりますが。
――ヨゼフが自分で一歩を踏み出した、その勇気がきっと、恋の妖精。
(……なんて、そんなの恥ずかしすぎて流石に口には出せないよぉ……)
そんなことを思い、気恥ずかしさに頬を赤らめながら、膨れたアミィをなだめるメリルなのでした。




