六、水の聖地
新緑は深緑へと移ろい、空気の中に雨期の気配を感じ始めたある日、メリルはサラとユイルから、ある相談を受けました。
因みに、サラも今ではアミィやユイルのことを見ることが出来るようになっていて、普通にお話しもできています。
「そっか……、メルちゃんは今日も体調が思わしくないんだね……」
ハーブ園の世話もしっかりと果たし、その後も何度かヒルダの家を訪れていたメルでしたが、一週間程前から体調を崩し、寝込んでしまっていたのでした。
メルの主治医であるクラリスによれば、初めての土地での生活の中で溜まっていた、体力と精神両面での疲れが出たことに加え、楽しみにしていたヒルダの家への訪問も出来なくなったことで気持ちも弱ってしまい、回復が遅れているのではないか、という見立てでした。
「オイラが話しかけても、花の世話を出来なくてごめんね、なんて謝るんだもんな……。そんなのオイラは気にしないのにさ……」
そう言うユイルも、元気のないメルに引きずられるかのように、元気がありません。
メルは身体が弱いとは言え、これまでは長くても三日ほど寝ていればある程度は回復を見せていただけに、メルが長く寝込んでいる今の状態に、サラもユイルもじっとしていられなくなったのでした。
「でも、クラリスさんに相談してもダメなら……、うーん。……ねぇ、アミィ、人を元気にしてくれる妖精とか、いるかなぁ?」
「私は知らないなぁ……。ユイルは?」
「オイラもそんな妖精は知らないよ。知ってたら真っ先に飛んでくさ」
「それもそっか……」
ユイルの言葉に、みんな、うなだれてしまいますが。
「……あ、ヨナドなら何か知ってるかも!」
そんなアミィの思いつきは、みんなの表情に少し明るさを取り戻したのでした。
「ヨナド……、お願い……」
メリルは、前にヨナドからもらった石を手に包み、気持ちを込めました。
すると、メリルの手の中で石が温かな光を放ち、続いて目の前の空間に裂け目が生まれ、そしてその開いた口の中から、ヨナドが現れました。
「よっ……と。ふむ。久しぶりだの、メリル」
「……すごい。本当に伝わるんだね……」
「ほっほ。嘘は言わんよ。……ところで、わっしにどんな用件かな?」
そして挨拶もそこそこに、メリル達はヨナドにメルの状況を教え、その解決策が無いかを尋ねました。
「……ふむ。わっしの知る限り、この辺りの妖精には心当たりがないのぅ。だが、そうじゃな、聖地に住む精霊達ならば何か知っておるかも知れん」
「精霊? 妖精とは違うの?」
その疑問を口にしたのはサラですが、メリルも同じ疑問を持ったようで、揃ってヨナドを見つめました。
「ほっほ。そうじゃな。隠すことでも無し、教えてあげよう。アミィとユイルは知っとるだろうが、 良い機会じゃ、お前達も改めて聞いておけ」
ヨナドはそう言って、一度みんなを見渡し、また話し始めます。
「精霊というのはの、強い力を持ち、星霊樹に還らずに聖地を護る、まあ、簡単に言えば、妖精の王様みたいなものじゃな。聖地はこの島の東西南北の四カ所に有り、北から時計回りに、水、風、火、土の精霊がそれぞれ守護しておる。この島の、そして星霊樹の安定に一役買っている存在と言われておるな。そして、星霊樹の危機にはその本当の役割を果たすとも言われておる。精霊は選ばれた妖精が後を継ぐそうじゃが、わっしが生きている間には代替わりしたという話は聞かんから、本当のところはわっしにも分からん。……簡単じゃが、大まかにはそんなところかの」
「そっか……、きっと、大事な役割なんだよね? なのに私、全然知らなかった……」
ヨナドの話を聞いたメリルは、そう言って少し落ち込んでしまいます。
「妖精と人とが交流を持たなくなって久しいから、仕方ない面もあるじゃろ。それに、おぬしがそう思うなら、これから精霊のことも、妖精のことも、まだ知らない色々なことを学んでいけば良いだけのことじゃ」
「うん……、そうだね。私、もっと妖精や精霊のことを知りたいと思ってる。もっと仲良くなりたいから!」
そう言ったメリルの表情には、ついさっきの落ち込んだ様子はもう無くて、むしろこれからの事にわくわくしているように見えます。
「ほっほ。その意気じゃ。……それではまずは、水の聖地かの? 人間の身体は大部分が水分で出来ているそうじゃからな。人の体調を良くする力もあるやも知れん」
そうして、後日ヨナドの力を借りて、水の聖地へ向かうことに決めたのでした。
「下から見上げると、すごい迫力……」
そう呟くメリルが見上げる先には、巨大な滝。
水面へ叩きつけられる水の飛沫が作る靄で辺りは僅かにけぶり、この季節にも拘わらず少し肌寒く感じますが、吸い込む空気は清涼で、とても気持ちの良い場所だと、メリルにもサラにも感じられました。
ここは、島の北部、陸地が横に細長い“コ”の字の形になっている湾の、一番奥まった場所です。
この辺りは崖になっていて、その高さは五十メートル以上はあり、上からでは降りることの難しい場所になっています。
その崖の上から、南から流れ込んだ川が滝となって勢いよく落ちているのでした。
今、メリル達が立っているのは、普段人が降りることのない場所のようで、足元は整備されていない岩場でやや不安定ですが、聖地へ向かう為に、ヨナドの力で直接この場所へとやってきたのでした。
「かつては人が上り下りする階段が崖に造られていたようじゃが、崩れてしまったようじゃな。……さあ、入り口はこっちじゃ。地面はでこぼこな上に滑りやすい。メリルとサラは足元に気をつけながら付いてきなさい」
そう言ってヨナドが先導するのは、目の前の滝の方向。
回り込むように滝の横手側へ近づいていくと、崖と滝の間には十分な広さの地面があるのが分かります。
そして、ちょうど滝の裏で隠れていた部分に、立派な石造りの扉が内側へ開いているのが見えました。
「これって、昔の人が作ったんだよね……?」
「そうじゃな、まだ人と妖精が共生していた頃は、ここへも人の出入りがあったのじゃろうからな」
扉は、近づいて見上げると、表面の彫刻が所々欠け落ち、足元の辺りも苔などの植物にびっしりと覆われて、短くない年月の間、放置されているであろう事が見て取れました。
その事実は、メリルにとっては少し寂しく感じられましたが、その一方で、また人と妖精が一緒に生きていく世の中になるように、そして、そのきっかけの一つに自分もなりたいと、心の中で、そう決意を新たにするのでした。
「さて、わっしはこの入り口で待つ。中では水の妖精に力を借りなければ進めないところもあるじゃろうが、まあ、メリルなら大丈夫じゃろ」
「あれ? どうしてヨナドは付いてこないの?」
「水の聖地は、その名の通り水の力が強い。逆に言えば、他の力を使うのが難しくなる。アミィやユイルはともかく、わっしが中の力に影響されて帰りに力を上手く使えなくなると困るでの、念のためにお留守番じゃ」
「そっか……。じゃあ、ヨナドの力で聖地の中に直接飛ばなかったのも、そのせいなんだ?」
「ま、そんなとこじゃ」
「分かった。ちょっとだけ心細いけど、行ってくるね」
「ほっほ。気をつけて行っておいで」
そうしてヨナドに見送られて、メリル達は聖地へと足を踏み入れたのでした。
扉をくぐると、正面の方に見える次の扉まで、真っ直ぐな道が続いていました。
床も壁も柱も、とても丈夫な石で出来ているようで、入り口の扉と比べるとずっと綺麗な状態を保っており、メリル達に安心感を与えてくれます。
そのまま進み、入り口同様に開いたままになっていた次の扉を抜けると、光景は一変しました。
「うわぁ……」
そこにあったのは、天井がかなり高くドーム状になっている、とても広い空間でした。
ここまでの人工的な印象とは違い、むき出しの岩壁はいかにも天然の洞窟といった風情ですが、その岩壁自体が仄かに発光しているため、視界はとても明瞭で、閉所であることを全く感じさせません。
足許は地底湖でしょうか、足場よりも水場が多くを占め、その水面は壁の光を反射し、不思議な色合いを見せています。
それはどこか幻想的な光景で、メリルも、サラも、アミィも、ユイルも。みんなが同じように茫然とその光景に見入り、知らず口から感嘆の言葉が零れ出たことにも気付かない様子です。
そんな一向に、こっそりと近付く影が。
『ねえねえ、あなた達、何処から来たの? そこの人間を付けてきたの?』
「うわぁ!」
「ぴゃあ!」
突然後ろから話しかけられたユイルとアミィが驚きの声を上げ、その声にメリルとサラも振り返ります。
『あら? もしかして、そちらの人間さんは私たちのことを見えてるのかしら?』
「何だよお前は、いきなり! びっくりさせんな!」
「……はぁ、驚いた……」
怒りだしたユイルとホッとするアミィの姿に、苦笑いを浮かべながらメリルがその妖精の質問に答えます。
「えっと……、私はメリル。こっちの子はサラ。私はあなたの声が聞こえるけど、サラは……あなたの声は聞こえないみたい。そっちの、アミィとユイルの声は聞こえてるんだけど」
サラもこういったやり取りはすっかり慣れたもので、メリルに聞かれる前に首を振って、声は聞こえないことを示して見せていました。
『ふーん、外には面白い人間がいるのね。……こっちの子がアミィで、こっちの煩いのがユイルね?』
「煩いって何だ! お前が驚かすからいけないんだろ!」
『もう……、はいはい、ごめんなさいね』
「お前……! ……はぁ、もういいや……。いちいち怒るのも疲れる……」
「ふふっ。初めまして。私はアミィ」
「……オイラがユイルだ……」
『ええ、私はクーアよ。よろしくね』
「うん、よろしく。……それで、早速で悪いんだけど、クーア、ここにいる妖精さん達の中に、人間を元気にする力を持つ子って、いないかな?」
『……そうね、一応、そういう力を持っているはずの子は、いるわ。でも……、ううん、会ってみた方が早いわね。いつも精霊様のところの近くにいるから、案内するわ。付いてきて』
「クーア? 付いてきてと言われても、私やサラは空を飛べないし、あんな遠い足場までジャンプも出来ないよ?」
『うふふ。大丈夫。とにかくこっちよ』
そう言われたメリルは、サラにそのことを説明しつつ、クーアの向かう方へついて行きます。
そして、足場の端へ辿り着くと、そこから水中に降りる階段があるのを見つけました。
「えっ! もしかして、泳ぐの?」
『違う違う。まあ、見ていて。……みんな、手伝って!』
そうクーアが呼びかけると、遠巻きにメリル達のことを窺っていた妖精達が集まってきて、整列しました。
『それじゃあ、みんな、私たちが人間を案内するのは初めてだけど、頑張りましょう!』
そのクーアのかけ声にそれぞれが思い思いの返事を返した後、みんなが一斉に集中します。
すると、階段の幅に合わせて水面が割れていき、水底の地面が露わになったのです。
『人間さん達、これなら大丈夫でしょう? 私たちが道を開くから、そこを進んでね』
そう言って、クーアはパタパタと飛んで進んで行ってしまいます。
水の聖地の妖精達の力に驚いていたメリル達は、我に返ると慌ててその後を追いかけるのでした。




