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星の森辺の妖精譚 ~廻る絆の物語~  作者: みたよーき


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 五、ハーブ薫る庭

「メルちゃん、歩くのはこのくらいの速さで大丈夫?」

「うん、ちょっとのんびりなくらいだから、大丈夫」

 春の午後、暖かい日差しの中、そんな会話を交わしながら小道を仲良く歩くのは、メリルとメル。二人の頭上では、アミィとユイルも背中の羽をはためかせています。

「ハーブってちゃんと育てたことないから、すごく楽しみなの。もっと速く歩いて行きたいくらい」

「そっか、そんなに楽しみなら、メルちゃんを誘って正解だね。でも、無理しちゃダメだよ。体調を崩したら、サラもネリィさんもヒルダさんの家に行くのを許してくれなくなっちゃうよ」

「うん、分かってる。私もそうなったら嫌だもん」

 ヒルダというのは、今回メリルに依頼を出したお婆さんです。

 そのヒルダが趣味で始めたハーブ栽培は、今では家の庭がちょっとしたハーブ園といった様相になる程で、この村では有名になっています。

 メリルはそこでの仕事を引き受けるにあたって、自分よりも園芸に詳しいであろうメルを誘ってみたところ、メルは話には聞いていたハーブ園へ行けることに、とても喜んでその誘いを受けたのでした。

 そのヒルダの家は、中央広場から東、少しだけ高地になっている牧場の方へ向かう道をしばらく進んだところにあります。

 体の弱いメルにとってはちょっと遠出になるかも知れない距離なので、サラはとても心配しているようでしたが、歩いて体力を付けないといつまでも弱いままだもん、というメルの主張に折れ、メルがメリルについて行くことを認めたのでした。


 そのままゆっくりと進んでいくと、やがて、向かう先からやってきて優しく頬を撫でる風が、それまでとは違う香りを運んでくることに気付きます。

 不思議なもので、それだけで、周りの空気がそれまでよりも清涼感を増したように感じられました。

 メリル達は焦る気持ちをぐっと抑えて、緩やかな上り坂を変わらぬペースで上りきると、少し前方に濃淡の緑の中に紫や橙、白や黄色がちりばめられた光景が、低い塀の向こうに溢れんばかりに広がっているのを見つけました。

 この景色を前にして、メルは自分の身体のことなどすっかり忘れて、遂に駆け出してしまいました。

「あっ、待って、メルちゃん!」

 メリルは慌ててメルを追いかけますが、そうは言いつつも、メルが思わず駆けだしてしまうのも仕方ないなと納得してしまいます。

 何故なら、メリルも思わず走り出そうとしてから、メルのことを思い出して何とか踏みとどまったくらい、素敵な光景だったのですから。


 二人の駆ける足音が聞こえたのでしょうか、家の中から女性が出てきて、声もなくハーブ園を見つめるメリル達に声を掛けます。

「あらあら、いらっしゃい」

 それはとても優しげで穏やかな声だったのですが、ハーブにすっかり目を奪われていたメリルとメル、更にはアミィとユイルまでが、仲良く揃って、びくりと肩を強張らせました。

「あっ、ヒルダさん。こんにちわ。ごめんなさい、すっかり夢中になっちゃって」

「こんにちわ、メリルちゃん。メリルちゃんはこっちへ頻繁に来るわけじゃないでしょう? 急ぐ用事でもなし、ゆっくり堪能するといいわ。……ところで、こちらのお嬢さんは?」

「はい! 私の名前は、メルです。メリルさんに誘ってもらって、付いてきました! ヒルダさん、よろしくお願いします!」

「うふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。私はヒルダ。よろしくね、メルちゃん」

「はい!」

「メルちゃんは、家でお花を育てていて、私よりも適任だと思って連れてきちゃったんですけど……」

「まあ、それは心強いわね。もちろん、歓迎するわ」

 優しげな微笑みを浮かべるヒルダは、その見た目通りに優しくて。

「ありがとうございます!」

 メリルもメルも、そんなヒルダに対して、感謝の言葉が自然と溢れてきたのでした。


「この時期なら、一日一回、お昼前にたっぷりと水を撒いてあげればハーブは元気に育つわ。だけど、あっちの区画は少し控えめに。あっちは葉っぱが小さめでしょう? 基本的には、葉っぱが大きい方が水をたくさん必要とするって覚えておいてね」

 そんな風に、ヒルダは丁寧に二人にも出来る範囲でハーブの世話の仕方を教えてくれます。

 今回メリルが受けた仕事は、ヒルダのいない間のハーブの世話。

「息子夫婦が私を旅行へ連れて行ってくれるなんて言って。ふふ。たまには親孝行させてくれ、なんて立派なこと言うものだから、私も元気に動ける内に、子供達孝行してあげようと、誘いを受けることにしたの」

 と、いう訳で、ヒルダは一週間ほど家を空けることになったのでした。

「――とりあえず、基本的なことはこれくらいかしら。後は、お茶を頂きながらお話ししましょう? クッキーも用意してあるから」

「はーい!」

 ヒルダの言葉に、それまで以上に元気な声で返事をしたメリルは、まだまだ花より団子な年頃のようです。


 庭の一角に置かれたガーデンテーブルで、デッキチェアに腰掛けたメリルとメルに、ヒルダがお手製のクッキーとハーブティーを運んできてくれます。

「どうぞ、召し上がれ」

「それじゃ遠慮なく……、いただきまーす!」

 その言葉通り遠慮なくクッキーを口に運ぶメリル。メルもちょっと遠慮する様子を見せながらも、やはりお菓子の魅力には抗えず、ぱくりとクッキーを口にしました。

 クッキーは一つ一つが小さめですが、口の中で控えめな甘さの後にくどくならない程度にハーブの香りが広がり、しかも次のクッキーを口にするたび違う香りがするほどに種類が用意されているため、飽きずに次々と口に運べてしまいます。

 そして、ヒルダが長い時間を掛けて調合を完成させたという特製ブレンドハーブティーも、クッキーを食べて渇いた口に、微かに甘く、そして爽やかに広がり、口の中だけでなく、心にまで潤いが満ちるようです。

 それらを堪能するメリルとメルの表情はとても幸せそうで、そんな二人を、ヒルダは楽しそうに、嬉しそうに見つめているのでした。


 しばらくクッキーに夢中だった二人もやがて落ち着き、今は他の注意点をヒルダに教えてもらっています。

「……後は、雨が降った次の日なら、水はあげなくても大丈夫だと思うわ。本当は土の中の乾き具合をちゃんと調べられたら良いのだけれど、いちいち土を掘り返すわけにはいかないから」

『メル、そういうことはオイラに任せてくれ!』

「そうか、ユイルは土のことなら良く分かるんだ……」

「あら?」

 突然誰かと話し始めたメルに、ヒルダはあまり驚く様子は無く、首を傾げました。

「あっ、お話し中にごめんなさい……」

「あの、ヒルダさん、今メルちゃんは妖精さんに話しかけられたから……」

「ふふ。別に怒っているわけじゃないからそんな申し訳なさそうにしなくても大丈夫よ。二人の周りに妖精さんがいることも分かっていたし。ただ、メリルちゃんだけでなく、メルちゃんまで妖精さんとお話しできるとは思っていなかったから、不思議に思っただけなの」

「それなら良かったです……、って、ヒルダさん、妖精がいること知ってたんですか?!」

「あら、私はあなたのお婆さんとお友達だったのよ? 彼女に教えてもらったのよ、私に見えている光が、妖精さんだってこと」

「私の、お婆ちゃん……」

「今回のこともね、最初はご近所さんが庭の世話をしてくれるって話だったんだけど、メリルちゃんが色々な人の手助けをしているって聞いてね、是非友達のお孫さんとこうやってお話ししたいと思って来てもらったのよ」

「そうだったんですか……」

 自分の母親のこともよく知らないメリルにとって、祖母というのは今まで殆ど考えたことも無かったので、どこか自分とは遠い事のような、不思議な感じがしてしまいます。

 だけど、目の前に祖母をよく知っているという人がいて。そのことを知ってしまったメリルは――。

「……ヒルダさん、あの……」

「ふふ。ええ、あなたが知りたいと思うなら、私が知っているあなたのお婆さんのこと、あなたのお母さんのこと、お話ししてあげる。だから、あなたのこと、あなたの友達のこと、たくさん聞かせてね?」

「はい!」

 自分の知らない家族のことを、知りたい、と、初めてそう思ったのでした。


 それからメリル達は、仕事に関する話を済ませた後、メリルの家族のこと、妖精のこと、ヒルダのことやメルのことまで、たくさんのお話しをしました。

 楽しい時間はあっという間で、気が付けば空の色は少しずつ藍色に染まり始めていて、メリルもメルも後ろ髪を引かれつつ帰路につくことにしました。

「それじゃあ、メリルちゃん、メルちゃん、気をつけて帰ってね。それと、庭のお仕事も無理はしないでね、特にメルちゃんは。ハーブは枯れてしまってもまた植えることが出来るのだから、自分のことを第一に、ね?」

「はい、分かりました」

「はい。……その、ヒルダさん。お仕事が終わった後もまた……」

「ええ、お仕事とは関係なく、お友達として遠慮なく遊びに来てね、メリルちゃん。メルちゃんも、もちろん、妖精さん達もね。その時は是非、他のお友達も連れてきてね」

「はい! ……それじゃあ、また」

「あっ、そうそう、メリルちゃん。今日は私が昔に夢見てた、妖精さんと友達になるということが実現して、本当に嬉しかったわ」

 そう、色々な話をしていく中で、ヒルダもユイルの姿を見ることが出来たのです。

 メルがヒルダに心を開いているのを見て、ユイルも自然とヒルダに心を開いていたのかも知れません。

「きっと私の他にも妖精を信じて、妖精と友達になりたいと思う人はいると思うの。大変な事かも知れないけど、私やメルちゃんみたいな人が増えるように、これまで通り、頑張って。私が力になれることがあったら遠慮せずに頼ってね?」

「はい、ありがとうございます、ヒルダさん!」

 そうして、メリル達は何度も振り返って手を振りながら、家へと帰っていくのでした。


 そんなメリル達を見送ってから、ヒルダは独り言ちます。

「妖精が見える人がもっと増えれば、あの子は、あんな悲しい運命から逃れられるかも知れない……」

 その声音には、祈りにも似た切実さがこもっていて。

「どうか、メリルが進む道が、正しい未来に続いていますように……」

 その誰にも届かぬ声に心からの願いを乗せて、ヒルダはしばらくその場に佇んでいたのでした。


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