四、酒泥棒
森での冒険の後からしばらく、メリルはお店などのお手伝いを少し減らし、その分、積極的に妖精との交流をしました。
そのおかげで、森の中や村の中には、メリルと友達になった妖精が少しずつ増えてきています。
そして妖精の友達が増えたメリルは、その妖精達の力も借りて、村の人達の困りごとなどを解決する仕事を始めたのです。
最初はいつものお手伝いの中で妖精にも手伝ってもらって、その力を少しずつ認めてもらいました。
その内にメリルに頼みごとをする人も現れてきて、全部が上手くいったわけではありませんでしたが、一生懸命なメリルと、目の前で起こる不思議な現象などから、今ではメリルを頼りにしてくれる人も増えてきました。
そのおかげで、オージュ村には妖精の存在を信じようとしてくれる人も増え、その上、妖精の光をちゃんと見ることが出来る人も少しずつですが増えています。
そんなメリルに、新しい依頼が飛び込みました。
この日の依頼は、村一番の酒場のマスターから。
お酒が入った樽の中身が盗まれているようだけど、きちんと鍵を閉めている室内に入れる人はいないはずなので、妖精の仕業ではないか調べて欲しい、というものです。
「妖精って、お酒飲むの?」
「飲む子もいるって聞いたことはあるよ」
「食べ物は食べないのに?」
「うん、食べ物も、食べられないんじゃなくて、食べる必要がないだけだから、私が知らないだけで、食べる子もいるかも知れないし」
そんな話をしながら、メリルはアミィと共に、村の中央広場に面した酒場、生命の糧へ、到着しました。
入り口をくぐると、ちょうどお昼の時間を終えた後の休憩時間で客の姿も無く、少し寂しい店内がメリルを迎えました。
「リカードさーん、こんにちわー!」
人の姿が見えなかったので、メリルがそう大声で呼びかけると。
「はいよー! ああ、メリルちゃんか、いらっしゃい」
そう言って、奥からこの店の主人であるリカードが姿を現しました。
酔っ払いに見くびられない為に、と鍛えられた身体はがっしりとして大きく、その立派なヒゲも相まって、パッと見ただけでは恐そうな印象ですが、その眼や語りかける声音は優しく、何より、彼の作る料理はとても美味しいので、メリルはこのリカードのことも大好きです。
「それでは早速ですが依頼主さん、現場を見せていただけますかな?」
そんな芝居がかったメリルのセリフに、リカードも、
「はははっ! なるほど、今日のメリルちゃんは名探偵と言うことか。……それでは探偵さん、事件現場へご案内します」
最後は作った声音でそう答え、奥の部屋へと先導するのでした。
部屋に入った途端、メリルの鼻に、少しだけ甘いような果物の香りの混ざった、アルコールの匂いが届きました。
「あっ、果実酒の匂い……」
「ああ、普段はここまで強くは匂わないはずだから、穴でも開いてるのかと思って調べたんだ。そうしたら、一番匂いの強いあの奥の樽にほんの小さな穴とそこからお酒が漏れた跡が見つかったんだが、その割には床の汚れは少ない気がしてね。人が入り込んだとも思えないから、メリルちゃんに念のため見てもらおうと思ったのさ」
リカードがそう言って指さした樽の上に、メリルは眠り込んでいる妖精の姿を見つけました。
「妖精さんが、寝てる……」
「本当かい? まあ、そこにいるからといって犯人と決めつけるわけにもいかないが、何か知ってるかも知れん。メリルちゃん、済まないが話を聞いてみてくれるかい?」
「うん、分かった」
そうして、問題の樽の前までやってきます。
そこに寝ていた妖精は、立派なヒゲを蓄えていて、まるでリカードを小っちゃく丸っこくしたような見た目です。
メリルは、なんとなくですが、この妖精はヨナド程ではないけど、長生きしている妖精なのではないかと思いました。
『こらー! 起きろー!』
メリルが声を掛けるより早く、アミィがそう言って寝ている妖精を足蹴にします。
『フガッ! 何だッ! ……ん? お前は確か……、人間とよく一緒にいる……』
『アミィだよ』
『そうだ、アミィだ。……で、今、俺を起こしたのはお前か?』
「おはよう。私はメリルです。ちょっとお話を聞かせてくれませんか?」
『ん? ああ、お前がメリルか。こうやって話すのは初めてだな。俺はデコル。酒の妖精だ! まあ、厳密に言うと違うんだが、とにかくよろしくな!』
「う、うん。よろしくね、デコル。それで、早速なんだけど――」
メリルがここに来た理由をデコルに話すと。
『なるほど、それはあれだ、……ここだ、ここ。穴が空いてるだろ』
そう言ってデコルが示す場所を見ると、樽の壁側側面、高さは中程よりも上の位置、ちょうど木と木の継ぎ目で目立たないところに、ごく小さく穴が空いているのが見つかりました。
「リカードさん、これ?」
「ああ、それが見つけた穴だ」
『俺はそれをやった犯人に心当たりがあるぞ。……こっちだ』
そう言いながらデコルが向かい側の樽の方へ移動して、メリル達を呼びました。
メリルはそのことをリカードに伝え、デコルのいる場所を教えます。
そこを一斉にのぞき込むメリル達。そして、それに最初に気付いたのは、リカードでした。
「……ネズミか!」
樽を乗せている木組みの支えの影に隠れるような場所、壁際の目立たないところに、こっそりと穴があいていたのです。
「定期的に床の辺りの点検もしてたんだがなぁ……」
普段からよほど気を遣っていたのでしょう、そう言うリカードの表情には痛恨に思う気持ちがハッキリと現れていました。
『まあ、過ぎちまったことは仕方ねえ。メリル、今はこの穴を埋めるのが先決だ、って伝えてくれ。この酒は、昔ほどは美味くねぇとは言え、ネズミにくれてやるのは惜しいからな』
「……」
メリルは、デコルをじっと見てから、リカードにデコルの言葉を伝えました。
そして、デコルに向き直り――。
「で? 何でデコルはこのお酒の味を知ってるのかな?」
『……あ』
見事、名探偵メリルは、容疑者の確保に成功したのでした。
それから、デコルから詳しく話を聞くと――。
デコルは随分昔にこの酒蔵を気に入って、当時のマスターの許可を得て住み着いたのだそうです。
そして、デコル自身の微生物に干渉できる力を使い、お酒造りに適した酵母を提供し、また、できあがったお酒をお裾分けしてもらうという協力関係が続いていたそうです。
お酒の原料にしていた果実や穀物が大陸から持ち込まれることが激減して、それまでのお酒造りが難しくなった時も、マスターは身近な材料でのお酒造りをデコルと協力して、大成功させました。
だけど、以前のお酒造りも諦めきれなかったマスターは、その後、自ら大陸の方へ出かけて行ってしまい、それから二度と戻らなかったのだそうです。
それから、後を継いだマスターには姿を見つけてもらうことが出来ず、自分の力が少しずつ弱まっていくのを感じながらここに住み続け、今に至る、というのがデコルの話したあらましです。
今回のことは、ネズミに開けられてしまった穴から零れ出るお酒がもったいないのでそこから飲んだだけで、決して自分がお酒を飲む為に故意に穴を開けたわけではない、ということでした。
かつてはネズミ程度なら追い払うことも出来ただろうけれど、今ではそれも出来なくなってしまった、と、寂しそうに話すデコルの姿が、メリルには印象的でした。
「……リカードさん?」
デコルの話をメリルから伝え聞いた後、難しい顔をして考え込んでいるリカードに、メリルが声を掛けます。
そしてリカードは、ゆっくりと語り出しました。
「俺は昔、お酒を飲むことを大人に許された時、初めて飲んだお酒のおいしさに感動して、この仕事を志した。その時のお酒が、昔ここで造られたお酒だったんだ。先代はそれを再現できず、俺も残されていた手記などから学び、何とか客に出せる程度のものは作れるようになったが、まだ自分が満足いくものは作れていない。この店が妻や店員達と協力して料理の方に力を入れているのは、そのせいでもある。……その妖精が、俺の造った酒が昔ほど美味くないと言ったなら、それは事実だろうし、先ほどの話も信用できると思う。……なあ、メリルちゃん。俺はその妖精に力を借りたい。そして、心から納得いく品質の酒に、また挑戦したいんだ。そのことを伝えてもらえないだろうか?」
『俺は構わんぞ。むしろ、こっちから頼みたいくらいだ!』
リカードの言葉を聞いたデコルはすぐさまそう答えましたが、メリルはすぐにそのことを伝えず、少しの間何かを考えていました。そして。
「……リカードさん、ここに、何か見えますか?」
「そこに? 何も……、いや、何だ? 何かが光ってる?」
「見えるんですか!?」
「ああ、見えるというか、ぼんやり光っているのしか見えないというか……」
「それが、妖精なんです」
それから、メリルは妖精について、リカードに説明しました。
そしてメリルは、良いお酒を造るにはリカードとデコルが直接に信頼関係を結ぶ必要があるのではないかと思ったこと、リカードが妖精の光を見ることが出来たのならそのスタートに立てたと思うこと、そういった考えを伝えた上で、先ほどのデコルの返事を伝えました。
「なるほど。ならきっと、俺がデコルの、いや、相棒の姿を見ることが出来るのは、相棒が唸るような酒を造れた時だな」
リカードはそう言った後、改めてメリルに向き直り、そして、頭を下げました。
「ありがとう、メリルちゃん。俺のことを、この店のことを、真剣に考えてくれて。……俺は必ず相棒が俺に姿を見せるような酒を造ってみせる。それがメリルちゃんに対する恩返しにもなると思うからな。……メリルちゃんが酒を飲めるようになる頃には更に美味い酒が出来てるはずだから、その時を楽しみにしていてくれ」
突然頭を下げられたメリルは面食らい、思わず否定しようとしましたが、リカードの表情からは、これからのことを凄く楽しみにしているのが分かり、それだけでメリルは嬉しさがこみ上げてきました。
だから。
「……はい、楽しみにしてますね!」
リカードの想いを受け入れ、そう元気に答えたのでした。




