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 二、星の森の冒険

「冒険?」

「そう。私たちが星の森を冒険して、その話をメルちゃんにしてあげるの」

 サラ達の家の裏庭、メルが大切に育てている花壇の前で、こそこそと内緒話をしているのは、メリルとアミィ、フラン、そしてサラでした。

 花壇の周りを飛んでいた光が妖精だと知ったメルは、それまで以上に熱心に花の世話をするようになりましたが、頑張りすぎたせいか、元々身体の弱いメルは体調を崩してしまいました。

 そんなメルを元気づけるため、サラはメリルとフランにも協力を仰ぎ、その方法を相談しているのでした。

 そして、メリルが思い出したのが、前に、フランと一緒に星の森を探検した昔の話を、メルに語ってあげた時の事。

 ちょっと恐い森の中、だけど、たくさんの草花、木の実やキノコ、こちらをこっそり(うかが)う動物たち。そんなメリルのわくわくした思い出を、メルは本当に目を輝かせて聞いていたのです。

「サラがそんな冒険をしたら、きっとメルちゃんも、もっと自分の身近な事に感じるだろうし、元気になりたいって強く思えるんじゃないかな、って思うの」

「大丈夫? メルちゃんは、仲間はずれにされたって思わないかな?」

「うーん、メルは、そんな風には思わないと思う。もしかしたら我慢をしてるのかも知れないけど、全然()(まま)とか言わないんだよ。それに、この前はメリルのお話を本当に楽しそうに聞いてたし、私もメルにお話ししてあげられることが出来るなら嬉しいな」

「そっか、そういうことなら……、ふふ。さあ、決行はいつにする?」

 メリルの提案にフランが最初は懸念を示しましたが、サラがその懸念を否定したことで、更にはサラも前向きな様子すら見せたことで、フランも最初の心配も何処へやら、本来の好奇心が顔を出しています。

 サラもメリルと同い年なので、フランは一番年長の自分がしっかりしたところを見せたかったようですが、久しぶりの冒険の予感を前に、既に一番乗り気になっているのでした。

「準備する物は――」

「お昼ご飯は――」

「アミィ、他の妖精さんにも――」

 四人は、そんな風に夢中で冒険の為のあれこれを話し合いました。

 ――それをこっそりと聞いている者がいることにも気付かないままに。


 メリルの家のすぐ側には、森の中まで続いていく小道があります。

 その道をしばらく行くと、かつてメリルがアミィと出会った広場に辿り着きます。

 四人が元気にそこまで進んだ時、『大変だ、大変だー』という声が、メリルとアミィの耳に届きました。

 その声の主は、少し間の抜けたような感じのする妖精。大変と言う割には緊迫感のない声音も、その妖精の個性なのだと思えてしまいます。

「どうしたの? メリル」

 何かに気付いたような様子を見せたメリルに、フランがそう問いかけます。

「大変だー、って言ってる妖精さんがいるの」

「……一体、何が大変なんだろう……?」

「……へぇ、いきなり面白くなってきたじゃない」

 メリルの返事を聞いて、心配そうな表情を見せたサラとは対照的に、フランは不敵な笑みを浮かべるのでした。


 その妖精の名は、ファイといい、草の力を使える妖精なのだそうです。

 そして、そのファイの言う、大変なこととは――。

「……空間の妖精さんが、閉じ込められた?」

 フランとサラにも分かるように、メリルがファイの言葉を口に出して確認します。

『空間の妖精って言うと……、ヨナドかしら?』

『えーと、うん、そう、だよ?』

「何で疑問形?」

『ヨナドなら、捕まっても身近な空間と離れた空間をつなげて逃げられるんじゃないの?』

『それが、えーっと、ぴったりと閉じ込められてるから、開ける空間が周りにないんだって』

『うーん、一体、誰がそんなことしたのよ?』

『……ユイル』

『ユイルが? なんで?』

『えーっと、良く分かんないけど、アミィと人間達が来るはずだから、教えてこいって言われて』

『捕まえた本人がわざわざ? んー? ユイルは何がしたいのかな……?』

 そんなアミィとファイのやり取りを、メリルがフランとサラに伝えると。

「私たちがその空間の妖精を助けて、ユイルって奴から直接そんなことした理由を聞けば良いのよ」

 そんなフランの言葉にみんな納得して、森の中の冒険、改め、ヨナドを助ける為の冒険に出発したのです。


 ファイの言うところによると、空間の妖精ヨナドが捕まっているのは、この森の中の、風読みの丘と呼ばれる、少し高く、でも見晴らしがとても良い場所だとのこと。

 その場所は、普段は妖精達の、その中でも特に、風にまつわる妖精達のお気に入りスポットなのだそうですが、今は大地の妖精であるユイルがヨナドを捕まえて占領しているそうです。

『私たち妖精なら空を飛んですぐだけど、人間には大変じゃないかな……』

『大丈夫ー。僕の力なら、草や葉っぱを使って手助けしてあげられるよー』

 アミィが何気なく呟いた言葉に、ファイがのんびりとした口調で答えます。

 それを聞いたアミィは、自分が力を使えないことを思い出してちょっとだけ落ち込んだ表情を見せますが――。

「アミィ? 私との約束は?」

 そんなアミィの表情に目敏(めざと)く気付いたメリルに、やんわりと(たしな)められました。

『メリル……。うん、大丈夫。私は無闇に自分を責めたりはしない。その約束は忘れてないよ』

「なら良し。私と友達になってくれただけで、私にとってはアミィは素敵な妖精さんなんだからね」

 それは、二人が友達になってすぐの頃、いつも笑顔でいる為にした約束。

 ――必要以上に自分を(けな)したり責めたりして落ち込まない。そして、本当に困っている時、悩んでいる時は、一人で抱え込まないで、お互いに助け合おう。

 二人はその約束を守って、もう三年以上、喜びや楽しさを共有し、悲しさや寂しさを分かち合って過ごしてきたのです。

 フランとサラも、そんな二人のことはメリルから聞いていたので、今のメリルの言葉からどんなやり取りがされたのか、想像できました。そして、そんな二人の関係性を、ちょっと良いな、と、そんな風にも思うのでした。


 意外と明るく圧迫感も感じない森の中、歩きやすい道を選んで、ファイの先導の元、メリル達は周りの景色を楽しみながら進んでいます。

 そのメリル達四人の話に耳を傾けると――、

「あっ、あそこの(つぼみ)ももうすぐ咲きそうだよ」

「蕾といえば、メリルの家の周りの木が綺麗な花を咲かせるのももうすぐだね」

「うん、そうだね、去年のお花見は楽しかったねー。今年はサラやメルちゃんにも絶対参加して欲しいな!」

「花見……楽しそう。いいの?」

「もちろん!」

「ありがとう、楽しみにしてるね。きっとメルも喜ぶよ」

「アミィもまた、たくさんの妖精さん達を連れてきてね」

『うん、任せてちょうだい』

 本格的な春を間近に控え、常緑樹以外の木々にもぽつぽつと花や緑の兆しが見えていて、そんな光景に四人はヨナドのことも何処へやら、花見の計画に余念がないようです。


 そんなメリル達でしたが、十分も歩かない内に少し開けた場所に出ました。

 そして目の前には、上に切り立った崖が、壁のように立ち塞がっており、その高さは、優に二メートルを超えています。大人の男性ならなんとか登ることは出来るかも知れませんが、三人の中で一番背の高いフランでもよじ登るのは少し難しい高さです。

「うーん、どうしよう?」

 そう言って、メリルは周りを見回します。

 右手には川が流れていて、崖の部分が小さな滝のようになっています。その川の向こうでは、崖ではなく、少し急ですが上へ向かう坂道になっているので、向こうに渡ることが出来れば上に登れそうですが、川幅も五メートル近くはありそうで、橋も見当たらず、簡単に渡れそうもありません。

「あの川は、昔、落ちて流されて、ものすごく怒られた川だった気がする……」

「それはちょっと……、今回は遠慮して欲しいかな……?」

 フランの言葉に、サラはちょっと引いた姿勢を見せますが、流石のフランも今はもうそんな無茶をする気はないようです。

 左手側は、しばらく崖が続いているのが見えますが、その先は木々の密度が増しており、見通すことができません。

 メリル達はすっかり困ってしまいますが、そこへ、ファイがふらふらと飛んできて、メリルに声を掛けます。

『ここは僕にまかせてー』

 ファイがそう言って崖の方へ向かい、地面に生えていた草に話しかけると――。

 なんと、その茎がぐんぐん伸びて、高く、太く成長したのです!

 更に、大きな葉っぱが、ポン、ポン、ポン、ポンッ! と、茎の周りに段々に飛び出して、あっという間に葉っぱの螺旋階段の出来上がりです。

 その光景を前に、フランやサラはもちろん、メリルでさえも目を見開いて驚いていました。

 そして、一拍おいて。

「すっごーい!」

 三人の声が綺麗に揃いました。

 その光景に、アミィはやっぱりちょっとだけ胸がチクッと痛むような感じがしてしまいますが。

「さ、アミィ、みんな、行こう!」

 そう言って笑うメリルの笑顔を見た瞬間、アミィの胸の奥底から、

(この笑顔を失う方が、ずっとずっと心が痛いんだ)

 突然そんな気持ちが、どうしてか実感さえ伴ってわき上がってきて。

 目の前にその笑顔が確かにあることが、とても嬉しく、心からの笑顔を返すことが出来たのでした。


 一行は、川を右手に見失わないようにしながら、歩きやすくなっている道を選んで進んでいきます。

 こういった小道は、獣道と言うよりは、昔まだ人間と妖精が交流を持っていた頃の名残なのかも知れません。

 木々の間をずいぶんと進んで行き、疲れがかなり感じられるようになった頃、ようやく開けた場所に出ました。

「ちょうど良いし、そろそろ、お昼にしよっか」

「さんせーい!」

 フランの提案に、メリルが間髪入れずに賛成を示し、ここでお昼ご飯を食べることになりました。

 フランが広げたのは、目移りするほどの種類を揃えたサンドイッチ。

 サラが取り出したのは、大きめのポットに入った、たっぷり野菜のスープ。

 そしてメリルが取り出したのは、タッパにみっちりと詰め込まれたポテトサラダと、お手製のフルーツジュース。

 サンドイッチは、定番の玉子やハムレタスに加え、フルーツサンドなども見えますが――。

「目玉は、これよ!」

 フランが気合いの入った宣言と共に差し出したのは、生活用品店を名乗る風見屋が何故か周りの飲食店に卸している、自慢の特製ソースを衣にたっぷりと纏った、ボリューム満点のカツが挟まれたカツサンド。風見屋の隣のベーカリーでは、数量限定ということもあり、一番の人気を誇る逸品です。

 その、見ただけで(よだれ)が溢れそうなカツサンドに、メリルもサラも、何か言葉を発するより先に、もう手が伸びています。

「いただきまーす!」

 そんな挨拶もそこそこに、三人は一斉にカツサンドに(かじ)りつきます。

 パンの柔らかい歯触りを超えると、ソースの旨味を吸い込んだしっとりとした衣が、そして、確かな弾力を歯に返しながらも、じわっと肉汁を(にじ)ませながら噛み切られる肉の感触。パンとカツの間に主張しすぎない程度に塗られた辛子マヨネーズも、更なる旨味を加えると共にそれぞれの旨味をぐっと引き立てて。

 口の中で、それらの旨味の合奏が、噛みしめるたびに一つのハーモニーとなり、三人の顔に笑顔の花を咲かせます。

『こういうときは、ちょっと人間が羨ましく思えるなぁ……』

『なんか分かるかもー』

 美味しいものを食べて幸せそうな三人の様子を見ていたアミィとファイは、そんな感想を零します。

 妖精は、基本的には人間のように食べ物を必要としません。

 代わりに妖精の力の源になっているのは、人間の心の力だと言われています。

 だから――、

『でも、みんなが笑顔だと、私たちも元気が出てくるね』

『うん、さっき力を使ったのに、いつもより調子が良いかもー』

 アミィとファイも、三人に負けない笑顔を見せていたのでした。


「……どうしよう」

 メリルがそう呟いたのは、川を渡る為の加工された丸太の橋が掛かっているはずの場所。

 お昼ご飯の後しばらく歩いて到着したこの場所では、今、橋の向こう側が川に落ちてしまっていたのです。

 そんな中。

「……でも、不思議だけど、綺麗な場所……」

「……うん、確かに」

 サラが辺りを見回して零した呟きに、フランも同意を示します。

「?」

 でも、メリルにはここまでと比べて特別景色が綺麗という印象は受けません。違うところがあるとしたら――。

「……!! もしかして! 二人とも、光が見えるの!?」

「えっ、うん」

「あれ? メリルは見えないの?」

「違うよ! それは妖精だよ! メルちゃんが言ってたやつ!」

 その言葉に、フランとサラは一瞬呆けてしまいましたが。

「ほんとに!?」

「これが……そうなんだぁ!」

 すぐに驚きと喜びを表したのでした。

 そう、メリルにとってここが他と違うとしたら、それは、今この辺りには妖精が多く見られること。

 メルには妖精が光として見えていた、というのを思い出し、二人にもそれが見えているのではないかと気付けたのでした。

「もしかしたら、ファイの力を目の前で見たから、自然と妖精のことを信じられるようになったのかも」

 そんなメリルの推測に。

「それはありそう!」

「私もそう思う!」

 フランもサラも、興奮を抑えられぬまま、同意を示すのでした。

 ですが、そんな二人の喜びも、いつまでも続きません。

「……でも、ここで終わりは悔しいなぁ」

 落ちた橋を見つめたフランの素直な気持ちが、思わず口から零れ出ます。

「他の道はないのかな?」

 サラの疑問には、ファイが答えます。

『この橋の向こうの坂を登った先が目的地だからー、遠回りしたら今日中に帰れなくなっちゃうよー』

「そっか……。あ、えっとね、ファイが、遠回りしたら今日中に帰れなくなっちゃうよ、って」

 そうメリルがサラ達にファイの言葉を伝えた、その時。

『ねぇねぇ、アミィと一緒にいるってことは、あなたがメリルなのね?』

 川の周りを飛んでいた妖精の一人が、メリルに話しかけてきました。

『この橋を架けて渡りたいのでしょう? 私たちが手伝ってあげるわ』

「本当に?! ありがとう!」

「……メリル?」

 突然嬉しそうにしゃべり出したメリルに、サラは不思議そうに問いかけますが。

「ここの妖精達が手伝ってくれるって!」

 そんなメリルの言葉に、サラもフランも、今度は何が起きるのだろうと、わくわくするのでした。

 そして、川の周りの妖精達が『せーの!』と力を使うと――。

 川の一部がまるで手のような形になり、落ちていた橋を掴んで、ぐいっと持ち上げたのです。

『よいしょーっ!』

 そんな妖精達のかけ声と共に、橋は無事に向こう側まで架けられました。

 それを見たメリル達三人はしばらくの間、すごいすごい、とはしゃぎ続け、妖精達もそんな人間達の様子を満足そうに見つめていたのでした。


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