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星の森辺の妖精譚 ~廻る絆の物語~  作者: みたよーき


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十八、おかえりなさい

 それは、不思議な空間でした。

 閉じたまぶたの向こうに太陽を見るよりも明るくて、でもずっと暗いようにも思えるその空間は、だけど温かく、とても安心できます。

 そんな空間で、メリルは不思議な感覚の中にありました。

 それは、自分の身体はどこか遠くにあって、心だけがここに漂っているような感覚でした。

 目をこらそうと思っても、見えるものは変わらず何もない空間で、そもそも何かを見ているのか、何かが見えているのかすら分かりません。

 身体を動かそうと思っても、自分がとても小さいような、どこまでも大きいような、そんなハッキリしない感覚の中では、身体が思った通りに動いているのか、そもそも身体がちゃんとあるのかすらも分かりません。

 だけど、自分がままならないように感じるはずなのに、焦りも恐怖も無く、あるのはただ、理屈も分からない安心感でした。

 メリルがそんなあれこれを感じるままに考えていると、不意にどこからか声が聞こえてきた気がしました。

 その声を聞こうと耳を澄ますと。

 ――メリル。

 そんな風に、自分の名前を呼んでいるように聞こえます。

 その声をもっとよく聞こうと意識を集中すると。

「メリル」

 今度はハッキリと声が聞こえました。

 その声はとても優しげな女性の声で、メリルはどうしてだかとても懐かしいような気持ちになりました。

「メリル」

 そして、次に聞こえたのは、優しく響く男性の声。

 それは、メリルがずっとずっと聞きたいと思っていた声で。

「お父さん……」

 涙が溢れている感覚は無いけど、きっと今、自分は凄く泣いている。――メリルはそんな風に思うのでした。


「落ち着いたかい? メリル」

「うん、うん。お父さん、本当に、お父さんなの?」

「そうだよ」

「それじゃあ、さっきの女の人の声は……お母さんなの?」

「そうよ、メリル」

 その声に、メリルは母親に飛びついて抱きしめてもらいたい衝動を感じますが、相変わらず見えているのは何も無い空間だけだし、自分の身体も輪郭がハッキリしないままではどうすることも出来ず、もどかしく感じるばかりでした。

「ごめんね、メリル。あなたに何もしてあげられなくて」

「ううん。私は大丈夫だよ。……でも、どうしてお母さんが?」

 そう言ったところで、メリルはようやく、自分がどうしてこんなことになっているのかを思い出します。

「あれ? 私は星霊樹に……。あ、やっぱり、お母さんも星霊樹を護る為にいなくなっちゃったの?」

「実はそうだったんだ。本当の事を言えなくてごめんね、メリル」

 メリルの質問に答えたのは、父親の声でした。

「お父さん……。ううん。お父さんはきっと、私にこうなって欲しくなかったから嘘を吐いてたんだよね? なのに、私は……。お父さん、ごめんなさい」

「メリル……」

「……でも、それじゃあどうしてお父さんが? お父さんも星霊樹を護る為にいなくなっちゃったの?」

「違うよ、メリル。僕はね、ただお母さんを助けたかったんだ。奇跡を起こせるかも知れない、そんな文献を見つけて、そんな不確かなものを求めて、メリルを一人にしてしまったんだ。僕の方こそ、メリルに謝らないといけないんだよ。ごめんね、メリル」

「ううん。こうして帰ってきてくれたから……。でも、お父さんは結局、奇跡を起こせなかったの?」

「僕の最初の目的は、もう果たせないな……。だけどね、奇跡はきっと、いや、絶対起こるって信じてるよ」

「そうなの? お母さんは? お母さんはそれでいいの?」

「ええ、それは私の望みでもあるのよ、メリル」

「でも、奇跡って? 二人は、どうなるの?」

「そうだな……、奇跡が起これば、未練も無くなる。そうなれば僕たちは、そう遠くない内にこの星に還ることになるだろうね」

「星に? いなくなっちゃうの?」

「そうね。だけど、それは新しく生まれてくる為に必要なことなのよ」

「そう、僕達は今の僕達じゃなくなるけど、またこの世界に生まれ出ることになる。だから……、もしかしたら、またメリルに逢えるかも知れないね」

 別れはとても悲しいことだけど、きっとそれは受け入れなければならないことなんだろうな、と、メリルは理解できました。

「でも……、私は? お父さんとお母さんと一緒に行けないの?」

 そのメリルの問いかけに、辺りの雰囲気が一瞬悲しく揺れた気がしたけれど。

「メリル、耳を澄ませてみて?」

 優しく(ささや)く母親の言葉に従って、メリルが耳を澄ませてみると――。


 メリルには、確かに聞こえたのです!


「メリル!」


 それは、フランの声。


「メリル!」


 それは、サラの声。


「メリルさん!」


 それは、メルの声。


「メリル!」「メリルちゃん!」「メリル!」「メリル!」「メリルちゃん!」


 それは、アイールの、リカードの、ヒルダの、ヨゼフの、村のみんなの、声。


「メリル!」「メリル!」「メリル!」「メリル!」「メリル!」


 それは、ユイルの、ユスティの、ガーズの、ティネの、たくさんの妖精達の、声。


「メリル!!」


 それは、お父さんがいなくなって寂しかったとき、いつも一番(そば)にいてくれた、大切な、大切な友達の、声。


「アミィ……! みんな……!」

「……メリル、まだ僕たちと一緒に行きたいと思うかい?」

「ううん。ううん! お父さん、お母さん、私、帰らないと……!」

「ええ、それでいいのよ、メリル。でも、忘れないで。あなたが幸せになってくれることが私達にとっての幸せでもあるの。だから……」

「大丈夫だよ、お母さん! だってみんながいるもの! だから私、幸せにしかなれないよ!」

「そうか……、そうだな。それなら僕たちも、安心だ」

「……メリル。どうか、元気でね」

「お父さん、お母さん、ありがとう……。ありがとう!」

 そして次の瞬間、メリルの気配はもう、その空間から消えていたのでした。



 メリルの家の前に、殆どの村の人達と、村中の、そして森中の妖精達が集まっていました。

 メリルの家の庭からは人が溢れ、柵の周りにもたくさんの人の姿があり、その頭上に妖精達も並んでいます。

 そんなみんながフランの合図で一斉にメリルのことを想って祈ると、メリルの家の窓から光が溢れ出し始めました。

 それは、四つの精霊珠が発する光でした。

 その光は辺りじゅうに広がり、そして、その光が星霊樹まで届くと、星霊樹の葉が黄金に輝きだし、やがてその輝きは星霊樹全体に広がります。

 祈りを捧げていた人々も、妖精達も、いつしかその美しく輝く星霊樹に見とれていましたが。

 やがてその輝きは消えて、そこにはいつも通りの星霊樹の姿がありました。そして――。


 ――ギィィ。


 扉の開く音に、みんな一斉に注目します。


 開いた扉の隙間から飛び出してきたのは、顔中を涙で濡らした、アミィでした。

 その姿を見て、みんな静まりかえってしまいますが――。


 そのまま開かれた扉の向こうに現れた、その姿は。


 その顔は、目の前の光景に、驚きを露わにして。


 だけどすぐに、照れたように、はにかんで。


 そして、みんなが大好きな、いつもの笑顔に輝いて。


「ただいま!」


 みんなが聞きたかった、その声に、みんなの歓喜の声が爆発し、村中に響き渡ったのでした。


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