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星の森辺の妖精譚 ~廻る絆の物語~  作者: みたよーき


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十四、ある男の独白

 この島の外、海の向こうには、地獄がある。


 海の向こうの大陸では、戦争が行われている。

 いつ、どうして始まったのかも、なぜ、続いているのかも、もう定かではない、戦争。

 敵対していた国とでも手を組み、かと思えば、同盟国でも簡単に裏切り。

 最早そこに秩序も大義も無く、その先にはもう、勝利はおろか敗北さえも無いように思えた。

 ただただ終わり無く、人が人を殺す為だけに戦っているようにさえ思えた。

 戦い続けるばかりの日々は、疲弊した人々から、人間らしい心さえ奪っていた。

 ただ膨らみ続ける憎しみが、まともな心を失った人々に絶えず武器を握らせていた。


 学のない私に、選べた道は多くない。

 多くの男達と同様、私もまた兵士となった。

 兵士となった私は、ただ殺す為に、ただ死ぬ為に、最前線に送られた。

 だが、私は誰も殺せなかった。そして私は、死ねなかった。


 私が初めて参加した作戦、その接敵行軍中、我々は知らず識らず地雷原に誘導されていた。

 そして、戦闘を行うことすら無く、先頭集団は壊滅。

 その中にいた私は、右足を失い、だが、生き残った。


 その負傷により除隊された私に対して、初めこそ同情の眼差しが向けられた。

 しかし、戦えぬばかりでなく、満足に働くことも難しい私に対して、その眼差しが悪意に染まるのにそう時間は掛からなかった。

 他人に優しさを向けられるような余裕は、あの国の人々の、いや、あの大陸の人々の中には、もう存在していなかった。

 私は、そんな世界の有り様を、ひどく(いびつ)だと感じた。

 少なくとも、私が生きていたいと思えるような世界ではないと思った。

 元より死ぬはずだった私の生命、惜しいとは思わなかった。


 最期に、海を見たいと思った。

 まだ世界が輝いていた幼い頃、私に特に鮮烈な印象を与えた、海を。

 だから私は全てを捨てて、西へ、ただ西へと向かった。

 そして、疲れ果てた私を出迎えた海は、空は。ひたすらに蒼く、美しかった。

 幸せだと思った。

 鈍色(にびいろ)の世界で(みにく)く朽ちるはずだった私が、この原色の美しい世界の中で終わることが出来るのだから。


 杖で身体を支え、足を引きずるように、海へ入っていった。

 海は、隻脚(せっきゃく)の私に優しかった。

 やはりここが私の帰るべき場所だったのだと思った。

 海に浮かび、穏やかな波に沖へ沖へと運ばれながら、私はいつしか意識を手放していた。


 私が目を覚ましたのは、ベッドの中だった。

 また生き残ってしまった、と思った。

 だが、私を介抱してくれた人達は、ちゃんと、人間だった。

 その人達には、ちゃんと、心があったのだ。

 その事実が信じ難くて、ここは天国というところで、私はちゃんと死ねたのではないかと思った。

 そのことを口にしたら、怒られた。

 怒られることを、嬉しいと感じたのは、初めてだった。


 私が居たのは、この島の北東部にある小さな集落だった。

 そこでの生活は、快適とは言えなかったが、充実していた。

 心ある人達との交流の中で、自分もまた、ちゃんと心を持った人間なのだと認めてもらえた気がした。

 自分でもそのことを認め、受け入れたとき、ただ無性に泣けた。


 ある日、島の中央近くの、オージュ村へ行かないかという話をもらった。

 噂によると、その村には腕の良い医師がいるという。

 私はその勧めを受けることにした。

 この集落の人達は、私を追い出したいのではなく、私が幻肢痛に苦しんでいることを心配してくれているのが分かったからだ。

 それでも私は不安に駆られ、またここに帰ってきても良いのかと尋ねた。

 みんな、当たり前だと、笑ってくれた。

 きっと昔の私は、あのとき海の中に溶けて消えてしまったのだと思った。だからこんなにも、今の私は涙もろいのだと思った。


 オージュ村の人達もまた、優しかった。

 誰も彼もお節介が過ぎると思えるほどに親切で、到着からさほど時が経たない内に、気が付けば私は診療所の中に放り込まれていた。

 そこに居たのは、まだ三十代半ばほどと思しき女性と、十代前半であろう少女だった。

 その二人が、医師と助手だと教えられ、驚いた。他に二人いる医師も、ほぼ同世代の男女だと教えられ、腕の良い医師と聞いていかにもベテランといった老人のような姿を想像していた私は、尚驚いた。

 私の話を聞いた医師によれば、私が感じる痛みの原因は人間の脳の神秘の領域と考えられていて、具体的なことは未だ明らかになっておらず、薬などで簡単に改善するものではないという。

 だが、その上で、その医師は、私は運が良い、と言った。

 神秘には、神秘を。目の前の少女が、その神秘を見せてくれると、その医師は言った。

 この島に来る前の私なら、その発言を悪質な冗談と捉え、頭に血を上らせ、(わめ)き散らしていたかも知れない。

 だが、そうはならなかった。

 私は、この島の人達のことを信じたいと思っている自分に気付いた。

 とはいえ、神秘と言われて、はいそうですか、と信じることが出来なかったのも事実だった。

 そんな状況でただ私が困惑する間に、少女は棚からコップを持ち出してきた。

 次の瞬間、私は驚きのあまり声も出ず、ただ喉から、ヒュッ、と息を漏らした。少女が中空に何かを呟いたと思ったら、その何もない空間からコップに水が注がれたのだ。

 それが奇術だとは思えなかった。ただ、やはりここは天国なのではないかと疑った。


 妖精の水。それが、あの少女が見せてくれた神秘だった。

 あの水は、少女が生み出したものではなく、少女の友人である妖精が生み出したもので、その水には人間を健康にする力があるという。

 果たして、それは事実だった。

 一週間、その水を毎日一杯だけ、飲み続けた。しかし、たったそれだけで、その間一度もあの焼けるような、ねじ切られるような、酷い痛みに襲われることは無かった。

 その後五日間、妖精の水を飲まず、オージュ村で、親切な人達の力を借りて、生活をした。

 その間、違和感が全く無かったわけではない。足が生えてきたわけでもない。しかし、あの苦しみが私を責めることはもう、無かった。

 解放された。そう思って、また泣いた。


 そして、不思議なことが起こった。

 この村に、突然、たくさんの光が現れたのだ。

 しかし、それは元からあったもので、私がそれを見えるようになっただけだという。

 あの少女によると、その光は妖精であり、妖精からも心を許されたらその姿を見、言葉を交わすことも出来るようになるという。

 少女の傍らに浮かぶ光からあの水が現れるのを見せられれば、信じないわけにはいかなかった。


 海産物の買い出しに向かうという馬車に乗せてもらい、あの集落へ戻る道の途中。

 この島に来てから我が身に起こったことを改めて振り返ると、なぜか、それは特別なことではなく、ただ普通のことのように感じられた。

 それは私の錯覚なのかも知れない。

 だけど、もしその感覚が正しいのなら。

 あの大陸の人々の身にも、その奇跡のような普通が、当たり前に起こって欲しいと、願った。


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