十一、鍛冶士見習いの依頼
「……あついの」
テーブルに突っ伏すようにしながら、そんな風に可愛らしく呟いたのは、メルです。
彼女は、ユスティの作る水を少しずつ、でも毎日飲み続け、以前よりもずっと健康になりましたが、盛りを迎えた夏の暑さには流石に参っているようです。
「え!? ちょっとメル、大丈夫なの!?」
「……サラ、夏なんだから暑いのは当たり前だよ、メルちゃんだって、本当に具合が悪かったらちゃんと言ってくれるし、心配しすぎだって」
「メリルさんの言うとおりだよ、もう、お姉ちゃんは……」
「あははははっ!」
メルが随分と健康になったにも拘わらず、相変わらず過保護なサラにはメリルも少し呆れ気味で、メルも、嬉しい気持ちはあるのですが、少々うんざりもしてしまうようです。
フランが思わず笑ってしまうような、そんな平和な光景が繰り広げられているのは、メリルの家の前の庭。
森の入り口であるここもたくさんの木々に囲まれていて、日向よりはずっと過ごしやすいのですが、今は風も弱い為に、辺りにはむんむんと熱気が漂っています。
そんな陽気ではありますが、今日は、久しぶりにみんなで集まって、他愛のないおしゃべりに花を咲かせているところです。
アミィやユイルにユスティやガーズも、それぞれが体験した事をあれこれと自慢するように話し合ったり、楽しそうにしていました。
「妖精は良いよね……。暑さを感じないんでしょ?」
「感じないわけじゃないよ。人間みたいに暑さでへばったりしないだけ。……ん?」
そして、メリルとアミィがそんな話をしていたとき、正門の方からメリルを呼ぶ声が聞こえました。
自分の名前が聞こえたメリルがそちらへ視線を向けると、そこに居たのは見知った顔。
「アイール! 珍しいね、どうしたの? ……あ、そっちじゃ暑いから、こっちにおいでよ。……こっちも暑いけど!」
「分かった」
暑さを強調するメリルに苦笑しながら庭に入ってきたアイールは、身体も大きく、どこか落ち着いた雰囲気なので大人びて見えますが、まだフランと同い年の少年です。
「珍しいっていうか、私の家まで来るのって初めてだっけ? 今日は家の手伝いはないの?」
「……その家のことで、依頼したいことがあって来た」
「依頼?」
「ああ、俺に、火の妖精を紹介して欲しい」
アイールは真剣な表情で、単刀直入にそう言ったのでした。
アイールの家は、この村で代々続いてきた鍛冶屋です。
鍋やフライパンのような器具の評判もさることながら、包丁や鎌のような刃物の切れ味には昔から定評があり、代々の職人はそれをとても誇りにしていたのです。
「――だけど、親父は少し前から、今まで通りのやり方では火力を上手く安定させられず、納得いく刃物が打てなくなって、気持ちが萎えていた。そこに追い打ちで、最近うちで包丁を買った人が怪我をしたって言う話を聞いて、完全にやる気を失って酒浸りになってしまった。切れ味鋭い包丁なら、無駄な力も要らないし、無理な切り方にもならないから、怪我なんてしないはずだ、ってね。じいちゃんが言うには、火力が安定しないのは、火の妖精の加護が弱まってしまったのではないかって。それさえあれば、親父の腕が鈍ったわけじゃないから、また十分な業物が打てるはずだと、そうも言ってた。だから……」
「だから、火の妖精、か……」
「ああ、引き受けてくれないか?」
「うん、もちろん力になってあげたいとは思うけど、そういえば火の妖精は知り合いが少ないかも……。あ、でも、火の聖地ならたくさん居るのかな? よし、ヨナドに聞いてみよう」
そう言うとメリルは直ぐさま家の中へ入っていって、ヨナドからもらった石を持って戻ってきたのでした。
『力になってくれる妖精が居る可能性は高いじゃろうな。何せ、火の聖地は鍛冶職人の聖地とも呼ばれていたそうじゃからな』
メリル達から事情を聞いたヨナドは、そう答えました。
「本当?!」
『ああ、ずっと昔にはこの島中の鍛冶職人が定期的に火の聖地に集まり、腕を競い合い、高め合ったそうじゃ』
「それじゃあ、そこにラムールさんを連れて行けば……」
「いや。待ってくれ」
ヨナドの話を聞いたメリルが思いつきを口にすると、すかさずアイールが口を挟みます。
「何で親父をどっかへ連れて行くなんて話になってるんだ?」
「あ、そうか、アイールはまだ妖精の光も見えてないから、ヨナドのことも見えてないのか……」
「妖精の光? ……いや、そうか、じいちゃんが言ってたのはそういうことか……」
「えっと、どういうこと?」
一人で何か納得した様子のアイールに、今度はメリルが問いかけます。
「ああ、じいちゃんや親父は、昔南の火山で修行をしたらしい。そこで腕前を認められると、側に光が寄り添ってくれるようになるんだそうだ。それを火の妖精の加護と呼んでいるんだって、教えてもらった」
「ああ、それは妖精の加護って言うか、妖精そのものかも知れないね。もしかしたらだけど、妖精の方だけが心を開いていても、人間にはそんな風に見えるのかも……」
「つまり、妖精に認められるだけの力を示せば、光が見えるということだな」
「っていうか、ここに光が見えない?」
そう言ってメリルは、テーブルの上のヨナドを指さします。
「……そう言われると、何か光の球が浮かんでいるような……」
「やっぱり。なら、アイールが妖精の存在を心から認めたら、光はもっとたくさん見えるようになるはずだよ」
「本当か?」
「うん、ここに居る三人は実際に体験した事だもん」
「そうなのか……?」
そう言ってフラン、サラ、メルを見回したアイールに、それぞれが肯定の意思を返します。
「そうか、そういうものなのか……」
アイールは、そう呟いて目を閉じ、少しの間そのままでいたかと思うと、目を開き、そして――。
「うぉっ?!!」
メリルが持ち上げてアイールの目の前にそおっと掲げていたヨナドの顔が目の前にあるのがちゃんと見えたようで、そんな驚きの声を上げたのでした。
「それなら、親父じゃなくて、俺が行く」
ヨナドの口から直接、先ほどの説明を聞いたアイールは、そう即答しました。
「えっ? どうして?」
アイールの父親が失った加護を取り戻せば良いと思っていたメリルは、アイールの言葉を不思議に思い、つい尋ねてしまいます。
「俺が火の妖精に認められて力を示せば、親父も発憤するはずだし、それにどうせなら、俺は自分の力を試してみたい」
「うーん、そうなんだ」
メリルにはアイールのその気持ちはいまいち良く分かりませんでしたが、でも男の子ってそういう勝負事が好きだったな、と思いつき、それで納得することにしました。
「そうなると……、どのくらい掛かる……? 何を準備すれば……?」
そしてアイールは、ぶつぶつと火山行きについて思案を始めますが。
「ちょっと待って、アイール。私も行くから、行き来はヨナドに頼もうよ」
メリルが慌ててアイールに提案します。
「ん? 妖精と話せるっていうメリルが付いてきてくれるのは助かるが、えっと……ヨナドが、何を?」
「ヨナドはね、空間の妖精で、離れた場所の空間をつなげて一瞬で移動することが出来るの」
「そうなのか……凄い、というか、便利だな……。でも、親父達は自分の足で……」
「まあまあ、要は妖精に鍛冶士としての力を認めてもらえば良いんだから、そこは関係ないって。それに、お父さんには一日でも早く元に戻って欲しいんでしょう?」
「……まあ、そうだな、分かった。ただ、そうだな、槌だけでも自分の愛用のものを持っていきたいが、大丈夫か?」
「もちろん。他にも必要な物で持てるものなら持ってきて。その他の準備は私達でするよ」
そんな風にどんどんと話を進めるメリルに、ここでフランが待ったを掛けました。
「ちょっとメリル、メリル。私“達”って、もしかして私やサラ達のことも勘定に入れてる?」
「あれ? フランなら聖地へ行くのに飛びついてくると思ったのに」
「……そりゃね、私もメリルと一緒に聖地へ行きたいよ、凄くね。凄く行きたいけどさ、……今じゃないでしょ、ってことよ」
「そうだね。私も、冬場なら、ううん、せめて涼しくなってからなら、是非誘って欲しいな」
「うん、私も。でもこの暑さじゃ、私は火の聖地は無理そうだから、大人しく留守番するの」
フラン、サラ、メルと、三人ともがあっさり断ってしまったけれど、メリルは、三人の、いつかは一緒に行きたい、という気持ちも嘘ではないように思えたので、ちょっと寂しいような、でも嬉しいような、複雑な気持ちになるのでした。
「……アミィは、付いてきてくれるよね?」
メリルは気を取り直して、でもちょっとだけ不安そうにそうアミィに尋ねます。
それに対してアミィは、
『もちろん!』
と、力強く答えました。
その返事に勇気づけられたメリルは他の妖精達にも尋ねてみますが――、
『オイラは、パス。前に水の聖地に行ったとき、なんだか空気が重いような、変な感じがあったから、何度も行きたいとは思わないしな』
『ふーん、そうだったんだ。ま、私はサラと一緒に仕事があるから、サラが行かないなら私も残るわ』
『オレは行きたい気持ちはあるが……、でも、フランがいつか行くって言うなら、その時一緒の方が良いかな』
そんなわけで、結局火の聖地へはアイールとメリルとアミィだけが、ヨナドに送ってもらって向かうことになったのでした。
そして翌日。
「な、なあ、メリル? 本当に、本当に、大丈夫なんだろうな?」
再びメリルの家の庭に集まり、いよいよ火の聖地へ向かおうとヨナドが力を使った、その時。目の前で空間が裂けて開いたのを見て、アイールが珍しく慌てた様子を見せて、そんなことを言い出します。
依然としてヨナドのことは見えているようなので、その力を疑っているわけでは無いようですが、初めて見る不思議な力に、驚きよりも先に不安が生まれたようです。
「さっきも言ったけど、私は何度も体験して、こうしてピンピンしてるの。……まったく、アイールって、意外と臆病なんだね」
「いや、こんな不思議なことが目の前で起こっていたら警戒する方が普通だろうっ!?」
「ほっほっほ。確かに、すんなりわっしらの力を受け入れるメリル達の方が珍しいのかもしれんの」
「もう、ヨナドまで……。とにかく! 怖がってても先に進まないでしょ! さ、行った行った」
「あっ、おい! ちょっ……」
そうしてアイールは、メリルに背中を押されてヨナドが開いた空間をくぐるのでした。




