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星の森辺の妖精譚 ~廻る絆の物語~  作者: みたよーき


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11/20

 十、君と一緒だから

「メリルーーッ!!」

 アミィは目一杯の大声で叫びました。

 今度こそ、そのアミィの言葉は声となって、空気を震わせてくれました。

 そして、その声に、目の前のフランも、ガーズも、そして、メリルも、驚いた表情で振り返りました。

(えっ!? メリル?)

 その目の前の光景を認識したアミィは、だけど、何が起こっているのか理解できずに、固まってしまいます。

「えっと、アミィ? ……えっ? どうしたの?! 何で、泣いてるの……?」

 メリルが、アミィ? と、自分の名前を呼ぶ声を聞いた瞬間、アミィの目からは、ぽろぽろと大粒の涙が零れました。

 ついさっきの大きな恐怖と、そして、今この瞬間のとてもとても大きな安堵から、その涙はどんなに止めようとしても、それからしばらく零れ続けたのでした。


「アミィ、落ち着いた? ……何があったの?」

 そんな優しいメリルの声に、アミィはまた涙が溢れてしまいそうになりましたが、グッと(こら)えて、先ほど自分が見た光景のことを、時折声を詰まらせそうになりながら、ぽつぽつと話しました。

 一同が揃って上空を見上げると、(とんび)でしょうか、本当に大きめの鳥がほぼ真上を旋回しているのが確認でき、アミィの言葉の信憑性がより確かに感じられました。

「……やっぱり、ヨナドが言ってたとおり、アミィは予知の力を持ってるのかな?」

「分からない。……ねえ、ガーズ、力を使えるようになった時って、どんな感じだった?」

『え? なんだ? アミィは自分の力が上手く使えないのか?』

「上手く使えないっていうか、自分で使おうとして使えたことはない。昔、私の周りに居た子達に聞いたら、力を使えるようになったら何をどうすればいいのかがちゃんと解るって言ってたけど、さっきもそういう感覚は全然無かったし……」

『うーん、オレもそいつらと同じかな? こうやったらこうなるんだって、パッと解った感じ』

「そっか……じゃあ、やっぱりさっきのが自分の力だって、ちょっと実感できない……」

 そう言ってアミィは、自分のことなのにままならない不安に表情を曇らせますが。

「アミィの力のことはまだ分からないかも知れないけど、アミィのおかげでメリルは怪我をしないで済むんだから、今はそれでいいじゃん!」

「うん、そうだね、フランの言うとおりだよ。ちゃんと気をつければ私は怪我をせずに済むだろうし、それがアミィの力でもそうで無くても、アミィのおかげっていう事には変わりないよ。ありがとう、アミィ」

「……うん、私こそありがとう、二人とも」

 フランとメリルの優しい気遣いに、アミィは笑顔を取り戻すのでした。


 ロープの端の方を折り返し、二重にしてから8の字結びでしっかりと結び目を固定し、先端の輪を杭に通します。

 メリルの方は、一重の8の字の結び目を締めないままロープの先端をタオルを巻いた腰に回し、その先端を8の字の結び目をなぞるように戻してくぐらせることで二重にして、最後に腰のロープが緩くならないように、そして苦しくならないように気をつけて、しっかりと結び目を締めます。

「フランって、学校での勉強はあまり熱心じゃなかったけど、こういった知識だけは良く知ってるんだね……」

 日常ではあまり使わない結び方を教えてくれたフランに感謝しつつも、そんな風にちょっとだけ呆れてしまうメリルでしたが。

「もう、こうやって役に立ってるんだからいいじゃない。知識は役に立ってこそ、よ」

 フランは悪びれる様子もなく、むしろ得意げにそう答えるのでした。

『上から鳥が来るかも知れないと最初から分かっていれば、そんなもの無くたってオレがなんとでもしてやるのにな』

「うん、ガーズを信じてないわけじゃないんだよ? でも、わざわざ持ってきた道具を少しくらいは使いたいっていうのもあるし……。まあ、フランはこういう結び方とかを知ってるって披露したいだけなんだろうけど」

「ん? ガーズは不満なの? ……まあ、メリルの言うことを否定するつもりもないけどさ、知ってることはやっぱりこう、実践してみたいじゃない? ガーズだって、自分の力で実際に人間を飛ばしたことは無いから、早く試してみたいんでしょう?」

『……なるほどな、そういうことならまあ、分かる』

「ガーズはフランの言うことに納得したみたい。なんか、二人は似てたりするのかな?」

「そう? それなら私も早くガーズの姿を見られるようになると良いんだけどな」

「精霊様に会える頃にはもう、そうなってるかもね」

 ロープを引っ張って強度を確かめたりしながらそんな会話をしていましたが、準備は済んだと見たガーズがそこで待ちきれないように口を開きます。

『そろそろ準備は良さそうだな、もう力を使って良いか?』

「……アミィ、もう嫌な感じは無い?」

「うん、今は感じない。大丈夫だよ」

「それじゃ、ガーズ、お願い」

『よしきた! ふん、とりゃ!』

 ガーズがそんなかけ声で気合いを入れると、風の流れが目の前の谷間に集まってくるのが感じられました。

 その風が砂埃を巻き込んでいるからでしょうか、風が徐々にひとつの形を作っていくのが目に見えます。

 そして遂に、崖と崖とを繋ぐ、アーチを描いた風のトンネルが、メリル達の目の前に完成したのでした。

「おぉ……、凄いね……」

『正直に言うと、鳥のことが無ければもっと簡単に済ませるつもりだったんだけどな』

「でも確かにこれなら上から鳥が降りてきても大丈夫そうだね。……これは、トンネルの中を歩けば良いの?」

『まあ、近付けば分かるさ』

 ニヤリと笑みを浮かべてそう言うガーズの言葉に従い、メリルはゆっくりと風のトンネルの入り口へ向かいます。

 そして、一歩踏み入れようとした瞬間。

 メリルの身体がふわりと浮き上がり、トンネルの中に吸い込まれました。

「ええーーっ!?」

 メリルはそんな驚きながらも少し楽しそうな声を上げながら、そのままするするっとトンネルの中空を運ばれ、あっという間に出口にふわりと着地します。

「楽しそう! よーし!」

 それを見たフランはそんな感想を口にしつつ、杭とメリルを繋いで風のトンネルの中に浮かび続けているロープを手に掴み、トンネルに飛び込んでしまいます。

「ええーーっ!?」

 そんなフランの行動にさっきとは別の意味で驚きの声を上げるメリルの目の前に、フランは満面の笑みで綺麗に着地を決めたのでした。


 それからは、谷に差し掛かるたびにしっかり辺りを警戒した上で、命綱は無しで風のトンネルで谷を越えて進んでいきました。

 聖地の奥へ向かうほどに風の妖精達の姿も増えてきて、そのうち何人かはメリル達に興味を示して付いてきています。

 ガーズに加えて彼ら彼女らの力も加わったことでより安全性が確保されたこと、そしてアミィがあれ以来不安を感じていないことから、命綱無しでの谷越えを決断するのは難しくありませんでした。

 そして。

「島の外を見てみたい、かぁ……。オレも、聖地の外を見てみたい気持ちが有るから、似たようなものかな?」

「うん、知らない物事って、不安もあるけど、それ以上にわくわくするからね。でも――」

「だよな!」

 そんな風に普通に話をする、ガーズとフラン。

 精霊に合う前にフランがガーズのことを見られるようになるかも、という、メリルが軽い気持ちで言った言葉は、早くも本当になっていました。

 ガーズと話せるようになったフランは嬉しそうでしたし、実際に話が弾んで楽しそうでもあったのですが、会話が途切れたとき、フランは少しぼうっとする姿を見せていて、それがメリルには少し気になっていました。

 ガーズにはその声は届かなかったようですが、先ほどフランは何かを言いかけていたのも、気になる点ではあります。

 ただ、こういう、周りへの注意が散漫になっている時のフランは考え事に集中している時だと知っているので、今はただ、フランに危険が無いように気をつけながら、その考えが纏まるのを待とうと思うメリルでした。


 一行は遂に聖地の奥、外の丘からは塔のように見えていた所まで到着しました。

 段々近付いてくるその岩山の姿を見ながらここまで進んできましたが、ほぼ真下まで来て見上げると、それまでの印象よりもずっと圧倒されるような感じを受けます。

 ぽかんと見上げていたメリルでしたが、我に返ってガーズに問いかけます。

「……この上に精霊様がいるの?」

「ああ、たまに飛んで聖地を見回ってたりするけど、今日は見かけないからこの上に居るはずだ」

「でも……これを登るのかぁ……」

 溜息交じりにそう言ったフランの目の前には、岩山の周りをぐるぐると回りながら上まで続く長い、長い階段。その存在からは、かつてはここまで人が訪れていた事が窺えます。

 メリルも口には出しませんが、その階段を見ただけで、どこかげんなりとした表情をしています。

「おいおい、オレたちのことを見くびらないでくれよ。オレ一人じゃ厳しいけど、これだけの数がいるなら、人間二人くらい上までしっかり連れて行ってやるぜ! 二重三重に支えてやるから、心配しないで信じてくれ」

 そのガーズの言葉からは、自信満々、というよりは、どこか懇願するような真剣さを感じます。

 きっと、最初に失敗しそうだったことを気にしているのだろうと思い、メリルもフランも、信じてあげたい、と思いました。

 そして、その二人に加えてガーズの視線が自然とアミィに集まります。

「うん、嫌な感じは無いよ。私もガーズ達を信じる。任せるよ」

「ああ、任された。絶対に危ない目には遭わせないさ。……さあみんな、風の聖地の妖精の力、見せてやろう!」

 進むにつれて増え、今は二十を超える数の妖精達が銘々にガーズの言葉に応える声は一つの大きな音のようになり、メリル達の耳にとても頼もしく聞こえたのでした。


 頭上に吸い上げられていくような感覚。

 その感覚は、最初は少し恐いと感じましたが、足許には何もないはずなのに、足の裏には確かに何かの上に立っているような感触があり、それがメリルとフランには不安や恐怖よりも大きな安心感を与えてくれます。

 そうやって踊り場から踊り場へと移動を重ね、遂に辿り着いた頂上は、直径が五百メートルは優に超える円状の、平らな地面。その中央付近から奥にかけて、巨大な岩をくりぬいて造られたように見える、立派な建物が一行を見下ろすように出迎えました。

 手前に大きく口を開く入り口へ近付くと、周りを囲まれているにも拘わらず内側は思いの外明るく、中の様子が窺えます。

 中は奥と手前を遮る壁があり、そこには入り口よりも小さい出入り口が三つあるのが見えました。いずれも扉は付いていませんが、外からではその奥まではハッキリと見ることは出来ませんでした。

 内側へ踏み入れると、右手側、方角で言えば南側に大きめの窓がいくつか並び、他にも各所にバランス良く窓が配置されているのが見て取れました。

 高い天井にも付いている窓には木で出来ていると思われる(ふた)が見え、それが支えに持ち上げられているのを見たメリルは、どうやって閉めるんだろう? と、反射的に考えましたが、すぐにここが妖精達の住処である事を思い出し、苦笑します。

「メリル、どうかしたの?」

 そんなメリルの表情に気付いたフランがそう声を掛けます。

「ううん。ちょっと人間の家みたいな感覚で考えちゃって、それからここが妖精達の家だって思い直しただけ」

「……ああ、確かに人間が住むにはちょっと不向きそうだね」

 メリルの返事に改めて周りを見回して、フランは納得した様子を見せます。

「……ね、それよりもフランは? さっきまで何か考えてたみたいだけど」

「……うん、今までのこととか、これからのこととか、ちょっと今日のアミィを見て思うところがあったっていうか、ね」

「ふぅん……、何か答えは出たの?」

「一応、ね。まあ、その内メリルにも伝えたい……かな?」

(よく分からないけど、フランは少しすっきりした感じがするし、それならまあ良いか)

 メリルは、何故かちょっと照れくさそうに言葉を濁すフランに首を傾げながらも、悪い事のようには思えなかったので、そのことを無闇に詮索しようとも思わなかったのでした。


「おや? これはまた、ずいぶんと久方ぶりの客人だね」

 建物に入り少し進むと、メリル達の前方から優しくアルトで響く声が掛けられました。

 その声に引き寄せられるように、メリル達を先導している妖精達は壁の真ん中の入り口へ真っ直ぐ向かいます。

 その中にいたのは、見た人の殆どが美形と評するであろう中性的な顔立ちの、メリル達よりも少し背の高い人物。その体つきからは女性だと思われますが、何よりも目を引くのは、その背中に見えている大きな翼です。

 妖精の背中にある透明な薄い羽とは違い、その見た目は鳥の翼のようで、翼の周りを風が渦巻いているように見えるのが印象的でした。

「精霊様、オレ達と話が出来る人間をお連れしました」

「ようこそ、可愛い客人達。私は風の精霊。どうか、仲良くして下さいね?」

 優雅な立ち居振る舞いで、耳に心地良く響く声で、そしてその美しい顔で優しく微笑みながらそんなことを言う風の精霊に、メリルもフランも自己紹介を忘れ、つい見惚れてしまうのでした。


「……冒険、か。私達風の眷属(けんぞく)は束縛を嫌う傾向が強いから、なるほど、そういった好奇心には共感を覚えるね」

 メリル達からその目的を聞いた風の精霊は、そんな感想を漏らしました。

「ならば、メリル。君たちはこの風の聖地で有意義な時間を過ごせたかい?」

「はい。この聖地の妖精と仲良くなれましたし、不思議な体験も出来ましたし、風の精霊様とも知り合えましたし……、アミィには心配掛けちゃったけど、来て良かったと思っています」

「そうか、それは良かった。……フラン、君は?」

「はっ、はい! たくさんの未知に触れてとても楽しかったし、それに、大切なことにも気付けましたから……」

「大切なこと? それは興味があるね、聞かせてはもらえないかい?」

「えっと、……はい」

 風の精霊の前で緊張を隠しきれなかったフランですが、そこでその表情をすこし柔らかくして、続けます。

「私は、知らないことを知ることが、とても楽しいと思って、いつかこの島の外のことも知りたいと、漠然と思っていました。長く戦争が続いているという大陸には、危険だけど、楽しいこともたくさん有るんじゃないか、って。だけど今日、メリルのことを凄く心配しているアミィを見て、そんな自分の考えに違和感を感じたんです。そのことをよく考えてみて、そして、気付いたんです」

 そこでフランは一度言葉を切って、先ほどもメリルに見せた少し照れくさそうな表情を見せます。そして、メリルにチラリと視線を向けてから、また口を開きました。

「私が小さい頃からささやかな冒険を凄く楽しいと感じていたのは、いつも側にメリルが居てくれたからなんじゃないか、って。新しいことに出会うのも、知らないことを知るのも、それ自体よりも、メリルと一緒だったからこそ、楽しかったんだ、って。……だから今は、危険なところへわざわざ向かおうとは思いません。きっと、私に何かあったら、メリルは凄く悲しんでくれると思うから。だって、メリルに何かあったら、私も凄く悲しいから。……今更そんな事に気付いて、でもそのことに気付けて、今日は凄く有意義だったって、思います」

「そうか、それは、とても素敵なことだね」

「……はい」

 風の精霊の優しい笑顔や優しい声のせいか、それともメリルに対する照れくささのせいか、(ある)いはその両方か、フランはほんのり頬を赤らめて、風の精霊の言葉に、ただ一言、答えるのでした。


「メリル、フラン、アミィ、君たちにお願いがあるんだ」

 風の精霊の力で空を飛び、行きよりもずっと短い時間で聖地の入り口まで戻ってきたところで、風の精霊がそう声を掛けました。

「ガーズ、君は先ほどのフランの言葉を、実感として理解することは出来なかっただろう? 私はね、君にそれをきちんと知って欲しいと思っている。だからガーズ、君はこの聖地を離れ、しばらく彼女たちと暮らしてみないか?」

「聖地の外……、それは、オレからお願いしたいくらいです!」

「ああ、楽しいことばかりではないかも知れないけれど、行ってきなさい。……君たちへのお願いというのは、ガーズのことをお願いしたいということなのだけれど、頼めるかい?」

「もちろん! 私が責任持って面倒見ます!」

 間髪入れずにそう答えたのは、フランでした。

「……良いよね、メリル?」

「うん、フランがそうしたいなら、もちろん私は反対しないけど……」

「決まりだね! よろしく、ガーズ」

「ああ、よろしく、フラン!」

 そうして、最後にはみんなが笑顔で風の聖地での冒険を終えて、メリル達は新しい友人と共にオージュ村へと帰っていったのでした。



本作では数字は漢数字を基本としていますが、『8の字』は8がそのまま形を表しているため、敢えてこの表記にしており、誤字ではありません。

気になった方もいるかも知れないので、ここに明記しておきます。

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