プロローグ
それはとても、とても悲しいことでした。
そして、その深い悲しみの中で、ようやく自分が何者なのかを知ったのです。
自分に出来ること、そのやり方、そして、その力の凄さ故の恐ろしさまで、全てを一瞬で理解できました。
だけど、その恐ろしさを知ってもなお、その自らの力を使うことを躊躇いませんでした。
この力を使えば、今、最も叶えたい望みを、叶えられるかも知れないこともまた、解ったからです。
だから、目的を果たせる可能性が消えない限り、この力を使い続けるのでしょう。
何度でも、何度でも。
そして今、また、その力は発動されました。
そのことを、他の誰も、知らないままに――。
この世界の端にあると言われている、とある島。
その島の中心に、星霊樹と呼ばれる大樹がそびえ立っています。
星霊樹は、星の森と呼ばれる豊かな森に囲まれ、人々は、その森の、そしてこの島の、豊かさを享受して生活していました。
ですが、この島の外で発展した人の文明は、やがてこの島にも便利さをもたらしました。
そして、その便利な生活の中で、いつしか人は共に生きてきたはずの妖精達を、その目で見ることが出来なくなってしまったのです。
それからどれだけの年月が過ぎたのでしょう?
今、星霊樹は、かつてに比べるとその力強さを失っているようにも見えます。
それでもなお、豊かさをそこかしこに見せて、星霊樹を守るように囲む、星の森の中。
その森の何処か、少し開けた広場に、大きな切り株の隅っこを椅子にして、その上でうなだれる、まだ若い妖精の女の子がいました。
その背中には、腰まで伸びた銀色の髪の横から、可愛らしい羽が四枚、心なしか今は力なく、飛び出ています。
「……ああ、どうして私は何も力が使えないんだろう?」
その妖精はそう呟きますが、それに答える者はいません。
妖精は、それぞれ違う、不思議な力を持って、星霊樹から生まれてきます。そして、生まれた妖精は、人よりもずっと早く内面が成熟していき、二年もすればその不思議な力を、誰に教えられるでもなく、自然に使えるようになっていくのです。
(みんなは、私がまだ力を使えないのは、その力が大きなものだからで、いつか必ず使えるようになるって、言ってくれるけど……)
実際に凄い力を使える妖精の体験談なので、みんながただの同情や慰めでそう言ってくれているのではないことは、彼女も解っています。
だけど、それでも彼女にとっては、自分がみんなと違って特別なことは何も出来ないでいることは、とても悲しいことだったのです。
――その時。
「……どうしたの?」
突然、自分の横から聞こえたその声に、妖精はひどく驚き、その声の主を見上げました。
その瞬間。
あまりにもびっくりしたからでしょうか、一瞬、目の前が何重にもぶれて見えるような目眩を覚えます。
だけどその感覚はすぐに遠くへ消え去り、妖精の眼には、心配そうな顔で彼女を見つめる、一人の少女の顔が映っていました。
その少女の姿格好などからは、今のその心配そうな表情を除けば、とても活発そうな印象を受けます。
そんなことをぼんやりとは認識しながらも、妖精は、目の前の事実をすぐに受け入れることが出来ません。
驚いたというだけでなく、その“人間”が“妖精”である自分を“見つめている”ということが、彼女にとっては“有り得ない”ことだったからです。
「……大丈夫?」
だけど、その人間は間違いなく妖精の姿を認識して、そう問いかけています。
「……あ、あなたは、私のことが、……見えるの?」
ようやく状況を飲み込んだ妖精は、何とかそんな質問を絞り出しました。
そう聞かれた人間の少女は、一瞬、何かに気付いたような顔をした後、すぐに笑って答えます。
「うん! 私は、妖精さんが見えるんだよ」
その、不思議な少女の笑顔が、落ち込んでいた妖精には、とても眩しく見えたのでした。
――だからでしょうか、気が付けば、妖精は少女に悩みを打ち明けていました。
「そっかー。うーん。……私もね、他の人とはちょっと違うから、貴女の気持ちが少しだけなら分かるような気がする」
「あなたも、普通じゃないの?」
「そうだよ。だって、こうして妖精さんとお話しできる人なんて、私以外には殆ど知らないもの」
「あ! そうだった……」
「お父さんも、見ることが出来る人だったけど」
「……? だった? ……えっと、あなたのお父さんは?」
「分からない。いなくなっちゃった。ある日、突然」
妖精は、みんなが星霊樹から生まれるので、人間の家族というものは良く分かりません。
でも、それは妖精にとっての仲間のように、いいえ、もしかしたらそれ以上に大切な関係だと、聞いたことがあります。
「……その、ごめんなさい」
「ううん、いいの。確かに家で独りだとちょっと寂しい時もあるけど」
「……独り?」
「うん、お母さんも、いないんだ。私を生んですぐ、死んじゃったんだって。……でも、村の人達はみんな優しいし、助けてくれるから。だから、あなたがそんな悲しそうな顔はしないで」
「……うん」
決して幸せとは言えない身の上のはずなのに、そう言って笑うことの出来る少女は、きっと、とても素敵な仲間に囲まれているのだろうと、妖精は思いました。
そして、自分の周りにも優しい仲間達がいてくれることを思い出し、落ち込んでいたことが少し、恥ずかしくなりました。
そんな妖精の様子を知ってか知らずか、少女は妖精に話しかけます。
「それよりも、さ! 私たち、周りの人とはちょっと違うもの同士、お友達にならない?」
そう言う少女の笑顔は先ほどよりもさらに眩しくて。妖精は、そんな風に笑える彼女の強さの理由をちゃんと知りたいと思いました。
だから――、
「うん!」
気が付けば、既に口からはそんな答えが零れていたのでした。
「私は、メリル!」
「……私は、アミィ!」
切り株の横で少し屈んだメリルが差し出した手に、切り株の端に立ったアミィは、自分の手をそっと触れ合わせました。
――こうして、妖精のアミィは、人間のメリルとお友達になったのでした。