6話
「もう良いだろう……準備が出来ていないとは言わせないが、一応確認はしておこうか」
各々、そろそろ時間かとリビングに集まり始めた頃合いに、魔女が場をまとめる。問われた内容については、一切滞りなく終えており、それは居候の少女と執事も同様であった。
「問題がないようであれば良い。一応、伝えておくが、街から出るまで、魔法の使用は厳禁だ。どの街にも言える事だが、魔法による不正を取り締まる、という名目の下、魔法使いや魔女の摘発に使用されている、魔導探知機なる道具が配備されている。よって街中、及びその周辺では魔法は一切の使用を禁ずる。もし約束を違えば、良くても任意と騙る強制事情聴取だな」
まるで、というより恐らく全て私に向けて放っている言葉だろう。魔女の口調は当たり前を語っている様であり、彼女の視線は私に向けられる頻度が高い。
つまり、私に説明するという意味合いが強い、もしくはそれだけの為に開かれた会合のようなものだと理解しつつ。
「それは、気を付けなければいけませんね」
魔女は私が魔法を使うかもしれないという危惧を抱いている、という可能性に目をつける。何故そのように思考したのか、彼女が見た私の行動を思い返せば、当たりはつけられる。一般人と何ら変わらない行動を除けば、思い当たる節など一つしかない。
『黒い感情』。
やはりどうしてもこの『人』の汚点が邪魔をするようである。魔法を扱えるかもしれない、と警戒してくれるのであれば多少なりとも使い物になるのだが、興味本位で近付いてくる存在が居るのはいただけない。
それともう一つ。魔法探知機があるにも関わらず、どうやって路地裏の人払いをやってのけたのか疑問である。ただ、魔法という空想の技術なんぞを物にしている時点で、他にどんな技術があるかなど、考えるだけ無駄であるが。
兎にも角にも、魔法は、人の感情によって操る事のできる技術、という可能性が浮上した事を認識しながら。
次、を欲する。
「他にも注意すべき点はございますでしょうか?」
「もし魔法を使わざるを得ない状況にされた場合だが、使うとしても私一人だけだ。その場合、恐らく戦闘になるだろうが、私以外はさっさと街から出ろ。後、当たり前だが、勝手な行動はしない事ぐらいだな」
有益な情報が乗っていない忠告に期待外れだと感じながらも、外面は留意点に理解を示す。
「さて、あらかた説明は終わった上、時間は無駄にしたくない。さっさと厄介事を片付けるとしようか」
魔女が先導し、私は最後尾にてその背中を眺める。
外見的には何とも小さな背中であるが、そこには重い社会の鎖が巻き付いているのだろう。賞金首になった事など無いが、疎まれる存在になってしまう事は認識している。つまりは、彼女の敵は私達以外の大多数、という事で。
見た目が当てになるのかは知らないが、幼い少女が背負うには重過ぎるそれは、他人の私でさえ許容し兼ねる。
ただ、無意識に私自らの過去と重ね合わせた可能性を考慮しなければ、公平性は欠ける。もとより、人には感情がある時点で客観的に物事を推し測る事など不可能な為、公平性など微塵もないのだが。
そんな偏見をしてしまう『人』の身である私からすれば、彼女を観察する限り、街に跋扈する人当たりだけは良い、見せ掛けの性格をした存在などよりかは、よっぽど彼女の方が善意を持ち合わせている。
ならば。
『人』よりも正しい『人』である彼女を特別視する事の、どこが許されないというのか、と。心内に吹き荒れる感情の戯れ言に瞳を閉ざし、私は静かに、私が善意だと感じる物事を尊重すべく。
『裏切る』などという悪は決して行うまいと、再度思い定める。
ただ、人とあまり関わっていなかった弊害か、妙に強気の態度を躊躇なく、他人へと押し付ける様は頂けない訳ではあるのだが。
「相も変わらず馬鹿騒ぎが過ぎるな、冒険者共は。だが、今回ばかりは感謝の意を捧げようか」
意識を思考から視覚情報の処理を主にし、既に街の大通りへと赴いている事の再認識をする。夜も更けているというのに、灯りに集まる人の数は昼間と差異はない。魔女の言う通り、人混みに紛れる手段が取れる点に関しては、有り難い事この上ない状況だった。
とは言っても、賞金首として狙われているのは魔女のみの為、私を含む他三人は、それほど自身の安全の為の警戒は行っていない。例え夜の街に出歩く人が今よりも少なかったとしても、顔を見られたところで、魔女の仲間だと判断できる者は限られている。
当の本人である魔女は、帽子を目深に被り、周囲に隈無く視線を巡らせている────などと、あからさまに怪しい素振りはせず、至って当たり前かのように、胸を張り堂々とした歩みを魅せていた。潔いものだと単純思考の後、彼女の行動は悪手ではないかと浅慮を重ねるも、それに気が付かない程に浅学ではないかと判断し、周囲警戒を重きに置いた。
無駄な時間を過ごしてしまった事はさておき、事の推移は順調である様子。歩みを進める方向からして、恐らく南側の出入口、私がこの街に入ってきた時と同じ門から退出するようであった。
ただ、まともに門を潜るのかは知らないが、などと思考する内に。
私の目が異物を捉える。
いざ獲物を狩らんと、紅い瞳を夜に輝かせ、大鎌を手元で遊ばせる異質な存在と。少なくとも私は、そう錯覚した。
彼は大通りと隣接する建物の屋根の上から、街を騒ぎ立てる私達を見下し、視線を彷徨わせていた。彼が何を目的とし、眼下の光景を眺めているのかは知らないが、いち早く敵と思しき存在の位置を把握出来た事は大きい。
勿論、罠である可能性を考慮しなければならない故に、私は私が取れるを最善策を模索し、行動を起こそうと歩みを早めようとしたところで。
彼は既に、魔女を見据えていた。
周辺視野で視る事により、彼の存在に勘付いたと勘付かれないようにしている為、厳密にはその瞳の方向までは窺い知れない。だが、こちらに顔を向けていたまま動きがないとなると、楽観的にはいられない。
下手に動くのも得策ではない故に、それ以外の脅威にも気を掛けるが、そんな暇はないとばかりに、彼はおもむろにに立ち上がる。
魔女達は彼の存在を認識しているのかどうかと、横目で確認するも、少なくとも表立って気付いている様子ではない。
故に。
外敵と成りうる存在へと、顔と瞳を向ける。
幸いにも彼の視線は魔女へと注がれていた為に、付近に居た私は視界内。私の行動によって、彼が放っていた魔女への熱い視線は、私に移る。
不快。ただ、その一言に尽きた。
しかし、威嚇の意味合いを込めて行った視線を送る行為を、無駄にするような、視線を逸らすなどの愚行は犯さない。その場で立ち止まって、睨み合いを続けて、時暫く。
先に折れたのは彼であった。何を節目に睨み合いを切り上げたのか。そこに意味はないのだろうと理解しているが、常軌を逸した存在などに、『当たり前』は通じない。
考え得る限りの最悪を想定し、それに対処すべく、多少目立ってでも魔女の元へと駆け寄る。
「見られました。顔、服装共に見覚えはありません」
「分かった。後の二人を連れて、正面に見える門の下まで来い。私が先に話をつけておく」
「畏まりました」
周囲からすれば、話しているようには見えないように。追い抜き様に放った私の言葉に、瞬時に反応した魔女は、私と同様に立ち回り、一足先に門へと向かって行った。
私は自然に減速、多少の方向転換を行い。魔女から一定距離を保ちつつ並んで歩みを進めていた、目的の彼女等に状況を伝える。
魔女に指定された門の下に、私が赴いた頃には、話とやらがついた様子の魔女が待っていた。
「話は通した。先に行っていろ」
魔女の険しい顔と声音で発せられた命令通り、私達は先に街の外へと足を向ける。
思い悩む案件でも追加されたのだろうかと邪推しつつ、賞金首ながらによく協力してもらえる人が居たものだと。真意を探りたいところではあったものの、今は時間が惜しい。それに一応は魔女の僕なのだから、彼女の言う通り、素直に従うのが吉。
私は意識を魔女から引き剥がし、街の外の世界に焦点を当てた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「呼び出しなんて珍しいね、シン」
眼下に広がる街の輝きを、その紅い瞳に映す彼に声を掛けられるは。彼とは対称的な蒼い瞳の色を持つ彼女。
不意に掛けられた挨拶代わりの言葉を耳にし、彼女の存在をしただろう彼は、尚も光景から眼を離さない。
「返事がない。ただの屍のようだ────なんて」
特別、含みを持たせたように、微笑を浮かべながら彼を見つめる彼女に。ようやく彼は動きを見せる。
「あいつは、何を想って生きているんだろうな」
「……私達は知らない方がいいよ。そんなの」
日が落ちて、暗がりがこの街を支配してからしばらくの時が経っている。まだ街の灯りは消えないが、騒ぎ立てる者も少なくなっている頃合い。こんな人目を避けるような時間に、『あいつ』が行動を始めたとなれば、とでも言いたげに、彼は。
「そう、だな」
彼の独白にも似た一連の呟きに、彼女は先程までの朗らかな微笑みを崩し、哀しげな愛想笑いを形として為していた。それに今更ながらに気が付いた彼は、淀んだ空気を振り払うが如く話題転換を決行する。
「すまない、無駄な話だった。それよりも本題なんだが、つい先程、偶然魔女達が街から出ていく姿を確認した。人数は四人。今度は方向からしてネルガトル王国。移動距離や魔女の事情から考えても、他の街に行く可能性は低い」
「つまり、王国を?」
「だろうな。一応、馬車に乗り込んだところまでは確認した。まだ上には報告していないが、どうする?」
急いた様子が晴れた彼は、彼女に問う。
「いつも通り、おまかせするよ。私はシンと一緒に居られれば、それだけで十分だから」
「……すまない。だが、王国が落ちたら覚悟を決める。臆していては、変わる事など出来ないからな」
彼は。強く、強く、歯噛みをしながら、王国が鎮座するであろう方向に、睨みを利かせた。