表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真に淀むは私達だった。  作者: あすたると
第一章 私の枷
5/23

4話

「改めて言っておこうか。私の名はイヴ=ロード。これでも存外、名の知れた大魔女だ」


 表に出ろと命令され従った私は、未だに廃棄物を抱えながらに魔女の名乗りを耳にしていた。


「少なくとも、私はイヴ様のお名前は存じ上げませんでしたね。大魔女と呼ばれる程なれば、それなりの経歴をお持ちの筈では?」


「よくぞ聞いてくれた、と言いたいところだが、目星(めぼし)い戦果はないな。精々、屑王子をぶん殴った事があるのは誇りってくらいだ」


「それはまた過激な事で」


 屑王子というからには、王国と呼ばれる国が存在するという事。そして少なくとも彼女は国一つと敵対している、という示唆に他ならない。まともな性格とは推測していなかったが、権力持ちに少数人で楯突くなど、常軌を逸しているとしか言えないが。


 ただ、彼女が屑王子を罵り、それを誇る程度であるのならば、その王子は不完全な存在であると確定しても問題ないだろう。故に腐った思考回路を正そうともしなかった、または見抜けなかったその王国に未来はない。


 積極的に関わるつもりなど毛頭ないが、下手に立ち寄らないように気を付ける事とする。次いで、言葉を飛び交わせ場を和ませるという皮を被った、情報収集に意識を集中。


「イヴ様はどのような仕打ちを受けたので?」


「屋敷で寛いでいた私を、無理矢理に王国に連れて行きやがった。その時点で気分を損ねているにも関わらず、あまつさえ側室に入れとふざけた事を抜かしやがったんだ。殺されていないだけましだろ」


「それは魔女様の判断が正しいですね。他人の気持ちを尊重しない時点で、『人』の最底辺だという自覚がないのでしょう。未だに厄介事を擦り付けられているのでは?」


「あぁ。あの屑王子、私が側室に入らないと分かるや否や、私の首に懸賞金を掛けやがった。迷惑この上ない」


 理由はどうあれ、一国の王子に手を上げたのだから賞金首になる事は容易に想像できている。


「是非とも私もこの手で殴らせて頂きたいです。その王国とやらはまだ存在しますでしょうか?」


「存在はするが、気軽に行ける距離ではないな。今は無理でも後々潰しに行くから、殴るならその時だな」


「それは残念です。今は他の要件で立て込んでいるのですか?」


「別にそういう訳ではない。ただつい先日、他国で暴れ過ぎてな。警備が強化されているから下手に動けないだけだ」


 言葉だけ聞けば悪役でも演じていそうなものだが、その可能性は低い。他人から見る彼女は『自分勝手』そのもののようにも騙されるが、所々に他人を気遣う行動が見られる為、少なくとも善意を持つ『人』である事は確認済みである。


 あからさまな様子は露見していないが、私が部屋を片付ける最中に落とした鉱石の欠片を、何も言わず、私に気付かれないように立ち回りながら池に投げ込んだり。片付けが終わった頃には、飲み物を用意して下さったりと。


 よく他人を観察している人だと、驚いたくらいである。勿論、人として当たり前だが、全てに対し感謝を示した。それに対する彼女の反応が、照れを隠すような厳しい口調になった事は言うまでもない。


 とどのつまり、彼女が暴れた理由が『自分勝手』ではない事くらいは、理解している。


「私も自虐は好きではないですね。あなたと同じように」


「余計な頭を回すな。私の言葉は言葉通りだ」


 彼女の言い方はまさに、悪役そのものだったから。それを自虐と判断した私は、魔女と出会った時とは立場が逆であるかのように。含みを持たせて言葉を紡いだ。


 しかしながら魔女は自虐を否定し、純粋な事実を述べているに過ぎないと反論してみせたのが、この言葉の応酬。


「それは失礼致しました。では本題へと話を戻しましょう。私は何をしてくれば宜しいでしょうか?」


 微々たる情報を得る事しか出来なかったが、それは意図的である故に何も問題はない。一度に多くの情報を仕入れたところで、一部を忘れてしまうなんていう愚行を犯しては、情報を仕入れる意味がないからである。


 ならば少しずつ蓄積させた方が、聞き直すなどという相手の気分を損ねる行動をしなくて済む。そういった浅はかな思考故であった。


「簡単だ。もう一人くらい僕が居ても問題ないかと思ってな。出来れば従順な奴が好ましいが……とにかくお前と同類を見つけてこい」


 言い終わるや否や、無色透明の小ぶりな水晶玉を渡してくる魔女。


「そいつは持っておけ。多少なりとも同類が見つかり易くはなるだろ。街への出口は橋を渡れば勝手に移動する。こっちに戻ってくる時は、こっちに来た時と同じように来ればいい。覚えているな?」


「それは勿論です。どの程度の滞在までは許されるので?」


「特に門限はない。好きにしろ」


「承知致しました。では行って参ります」


 彼女は私の同類を探せと言った。その言葉だけ聞くなれば、私と全く同じ価値観を持った人を探す事に他ならないが、彼女は従順な同類を探すように命令した。それはつまり、同類とは価値観や性格が似ているといった次元の話ではないという事。


 それに彼女が知る私の情報は限られている。


 故に考えうる可能性は、彼女が口にした『黒い感情』という私の一部。黒い感情など、どう言った物を示唆しているのかは知らないが、それだろうと当たりをつける。


 私は屋敷と森を繋ぐ、たった一本の橋を渡りながら思案し。


 いつの間にか到着していた街を、視界に捉えた。


 裏路地に配置された、老化した家屋から出てくる私などに注視する人など存在せず。私は記憶から表通りへの道筋を思い出し、数分後には雑多な音が耳障りな通りへと出る。


 私は早速、僕探しに────と言いたい所であるが、私には他にもやるべき事が沢山あるからして、先ずはギルド会館へと視線を固定させる。魔女の口振りからして、僕を連れて行くまでの期限は設けていないらしい。だとするならば、僕探しに全力を尽くすよりも、私のやるべき事をやっていく上で探した方が効率が良い。


 幸い、魔女と出会う前に、市民からギルド会館の場所は聞いている為、道に迷う事はなく。私は、大通りよりも騒がしい施設内へと足を踏み入れる。


「ですから、冒険者の方々の個人情報は非公開です。いくら軍の方とはいえ、正当な理由も無しに公開するのは規定違反です」


「と仰いましても、この街を想っての行動故なのです。賞金首の魔女が街に紛れているかもしれないという危機に、ギルド側は何も手を打たないとでも言うのですか?」


「だからといって個人情報を教えるのは、見当違いというものです。規則ですので、どうぞお帰り下さい」


「うーん。困りましたねぇ」


 下らない言い合いの発生源はこの一団だったかと把握。興味もさほどない為、絡まれないように警戒するだけに留める。


 早速目的を果たす為に、一悶着ある一団とは最も離れた受付に話し掛ける。


「すみません。この街の地図か、またはこの街の周辺の地図は、何処かに貼り出されているでしょうか?」


「え、あ、はい。二階に貼り出されております」


「ここに来るのは初めてでして、宜しければ案内をお願いしたいのですが」


「は、はい。畏まりました」


 やはり受付の彼も、現在のギルド会館内の空気は吸いたくないようで、付き添いを願い出ると喜んで飛び付いてくる。声が上擦りながら二階に案内してくれる彼は、どうやら新人らしく、地図の場所を正確には把握していないようであった。


「も、申し訳ありません。確かここら辺に貼り出されていた筈なのですが……」


「構いませんよ。それともう一つお願いがあるのですが、宜しいでしょうか?」


「は、はい」


「実は手持ちが心許なくてですね。冒険者登録、というものをして生計を立てたいのですが、冒険者で食べていく事など可能なのでしょうか?」


 登録自体は下で行わなければならない事など、指摘されなくとも認識している。だが、今は関わりたくない存在が居座っている為、無策で登録を行いに戻るのは愚の骨頂。わざわざ情報源を連れて場所を移動したというのに、そのような愚策は行えない。


 故に、有意義に時間を潰す為に、いくつか確認をしていく。


「そうですね……受ける依頼の質や数にもよりますが、最低限の生活であればそれほどの苦労は強いられないと思います」


「例えばどのような依頼が多いのでしょうか」


「薬草等の採取依頼が一番多いですかね。作業が地味で、報酬も少ないものですので受けて下さる方が少なくて……。冒険者の方々は過激な方が多いですから、魔物の討伐なんかは、依頼があっても直ぐに消化されてしまうのが現状なんです」


 解決策などいくらでもある気もするが、それをやられると私の今後に関わる為に、敢えて提案はしない。


「討伐依頼に関しては有り難い反面、採取依頼はなかなか難しい問題ですね。他にもそういった厄介な依頼はあるのですか?」


「護衛依頼なんかも毛嫌いされていますね。冒険者の方々は基本的に一つの街に滞在し続けるので、他の街への移動が必須となってしまう護衛はなかなか受けて頂けません。それに盗賊や魔物に襲われ、運搬している荷物に損害が出たとしたら、守り切れなかった責を取らされますので、余計にですね」


 その分、報酬は高いのだろうが絶対に受けたくない代物である。商人としては売れる物は全て運搬したいのだろうが、冒険者に支払う報酬の方が高くては意味がない為、必然的に高く売れる物を運ぶのだろう。それを理解している盗賊は、襲わないという思考回路はない。つまり、冒険者が護衛依頼を受けた時点で、盗賊との戦闘が確約されているようなものである。


 襲われないかも、なんていう甘えは考慮には入れない。一度でも人を殺した彼ら盗賊には、襲撃の方法に制限など無いに等しいのだから。方法に制限がない、というのは恐ろしいものだ。


 考えてみれば容易に分かる事だった。


「それは厄介事ですね────そろそろ一階の方々の駄々をこねる滑稽な姿の披露が終わったようですし、早速登録をお願いしても宜しいでしょうか?」


「え、あ、はい。もちろんです」


 視界の端に捉えた街と、その周辺の地図を記憶しながら、私は受付の彼の後をついて行く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ