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真に淀むは私達だった。  作者: あすたると
第一章 私の枷
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3話

「何も聞かないんだな」


 人通りが全くなくなった街の裏路地を通る最中、魔女は唐突に静寂を破った。


「察しの悪い質問をご所望であれば」


「要らないな。ただお前の様子を見るに、私の想像していた反応とはかけ離れている。普通ならば疑問の一つでも浮かべるだろう?」


「私に(しもべ)になれと、仰ったと記憶しておりますが」


 僕と聞いて連想されるのは、無駄口を叩く木偶ではない筈である。私の常識が全く異なるのなら話は別であるが。


「疑問にならないのならどうでもいい。勝手に説明してやるから覚えておけば問題ない」


「承知致しました」


 軽く一礼し、僕らしさの演出を試みる。しかしながら魔女は興味を示さない。私の扱いを顧みるに、憶測でしかないが私の知る『僕』は、求められてはいないらしい。だとするならば、僕らしく振る舞いを正す必要は無さそうだと判断する。


 そんな思考をよそに、一軒の古びた家屋の玄関先に立ち止まる魔女。彼女に視線を向けると、おもむろに扉を開きながら言い放った。


「入れ。私の屋敷だ」


 魔女が促した扉の先には、散らかりきった玄関口などはなく。


 立派な屋敷が佇んでいた。周囲には紫紺色に淀む池が鎮座しており、内部で気化されたらしき水分が、空気中に放出されている。何とも身体に影響を及ぼしそうな環境、としか形容できない。


 話の内容から察するに、池の上で孤立している屋敷が魔女の屋敷、という解釈になるのだろう。他人の趣味に興味はないが、彼女の性格もまた、正常ではない事を確定させるには事足りる。


「では、失礼いたします」


 周りにある池のその先に確認できたのは森。街の類いは一切見受けられなかった為、現在位置が分からない。ただ街があったところで、そこが何処なのかは判断が付けられないのであるが、とかく逃げ場は森か池の中の二択となる、と結論付ける。


 さりげなく視線を配った後、屋敷の中へと踏み入れると。


 存外、綺麗に整理された室内であった。やはり水晶や鉱石といった、家具と言うには不釣り合いな代物が数多く配置されている。他にも用途が不明な品々が存在感を放っているが、机や椅子といった、見知った道具もあるらしい。


 『人』が考える事など似通った物なのだと再認識しながら、地下に続く階段を降りて行く魔女に付き従う。階段の先にはいくつか部屋があったようだが、その中の一つである部屋の扉を開きながら、魔女は振り返った。


「さて、先ずは僕としての最初の命令だ。この部屋は今日から私の実験室兼、お前の部屋になる。だが今は物置として使っていてな。この惨状だ」


 つまりはこの部屋の片付けをしろ、という訳だろう。別段億劫ではなく、むしろ人と関わらないで済むのならば大歓迎である。


「では片付ける物の選別と、何を何処に配置すれば良いのかを指定して頂いても宜しいでしょうか?」


「話が早くて助かるな。ここにある物は全て廃棄しても問題ない。ただ、水晶や鉱石は池に放り込んでおけよ。自分で住みやすいように片付けてたら私のところに来い。後々実験に使う道具やらを入れるから、ある程度は広くしておけよ」


 そう言い残した魔女は、降りてきた階段を上って行ってしまった。私は再び、自室となる部屋の状況を確認をする。


 広間と変わらぬ広さを誇る室内には、それほど大きな荷物はないが、如何せん小物類の量が膨大だった。特に鉱石類。何故ただの石を保管していたのか、甚だ疑問ではあるが早速池に放り込むべく、片付けへと取り掛かる。


 ただ片付けるだけでは、時間を有効に扱えているとは言い難いが、心の安息には丁度良いと、無意識になりながらも物を外へと運び出す。廃棄物以外の全てを運び終えてからは、地平線に沿って広がる森林へと視線を向け、池に石を落とす作業に移る。


 池の透明度が皆無の為、落とされた鉱石等がどのような状態に変化しているのかは知らないが、水に触れた側から気泡が発生している所を見るに、池の水は触れないようにするのが吉だろう。


 無益な思考と有益な行動の後に、残り少ない廃棄物を抱え、処分方法をご教示願うべく、魔女が寛ぐ広間へと赴く。


「魔女様。部屋の整理が終了いたしました事をご報告させて頂きます」


「相も変わらず、感情の片鱗さえ無いようなうわ言だな」


「意識は保っておりますよ。至って正常でございます」


「ならばせめて、魔女様ではなく名で呼べ」


 魔女だという事は否定していない。彼女に直接『魔女』と口にしたのは始めてであるが、怪訝そうに顔をしかめる様子もなく、むしろ嬉しそうでさえある。つまりは、あながち間違いではない事実という事。勿論、断定している訳ではなく、暫定的な決め付けでしかないのだが。


 ともかく、まだ名を教えていない事を分かり切った上で、私に名で呼べと強要してくるだけあって、含み笑いを浮かべる魔女に反逆を示す。


「それは失礼致しました。イヴ=ロード様?」


「──名を名乗った覚えはないのだが」


「持ち物に名前をお書きになるとは、随分と可愛らしいではありませんか」


 私の視線の先には、私によって抱えられた熊のようなぬいぐるみ。それが着ている衣服の、裏地に書いてある名前を読んだに過ぎないのが現状である。


「チッ……。ゴミを漁る程度に暇だったのならば、さっさと私の元に戻って来い」


 思い通りに事が推移しなかった為に、面白くないだろう彼女は、私の腕の中からぬいぐるみを引ったくり、地下へと降りて行った。その様子を観察しながら、意趣返しは程々にしなければ、いずれは殺されるであろうと、線引きを仮定させる。


 ぐずぐずしていては、彼女の逆鱗に触れ兼ねないと、足早に実験室兼自室に戻る。


 私が部屋に入った頃には、既に彼女の実験道具とやらが搬入されており。空っぽにした筈の一室は、半分以上が物に占拠されていた。


「物の見事に何も無かったな、お前の部屋は。使える物はそもそも置いていなかったとはいえ、水晶の一つでも飾ったりはしないのか」


「えぇ、飾ったところで意味が無いでしょう。それにイヴ様にわざわざ、邪魔だと一声掛けて頂くのは気が引けましたので」


「事実、その通りだな」


 何処から出しているのかは知らないが、次々と部屋を埋めていく道具類が、ようやくその勢いを止めた時には、最早、自室としての実用性皆無の実験部屋が完成していた。


 一応、私の部屋を兼ねている事に気を使ったらしく、机、椅子、寝具といった生活する上で使用頻度の高い家具等は揃えてあった。


 私としては雨宿りが出来るのなら何処だろうと構わないのだが、相手の善意を無下にする事だけは絶対に許されない。私が許さない。


 例えそれが要らぬ気遣いだろうが、嫌な顔をしてしまったら相手にとっては、自身の拒絶とも受け取り兼ねないからである。


 『人』を嫌いながらも、社会という闇を生き抜く為に『人』の動向を細部まで観察し、動きの意味を理解する。私の日常であり、『人』にとって『人』の善意を最大限に発揮できる状況を常に作り上げる事が、当たり前(・・・・)である。


 決して表だって他人に押し付けはしないが、内心は『出来る事を何故やらないのか』と。自分勝手に、他人の動きも見ないような底辺の『人』にはならないと決めている。


 しかし私とて完璧を演じようとは出来ようとも、事実としての完全ではいられない。つまりは、例外も存在するという事。


 私の行った至極当然の善意を、故意ある悪意にして返されたのならば、私はその『人』には今後一切、偽りの感情さえ向けない。善意など当然のように向ける筈もなく、()りとて悪意すら向けない。


 ただただ、無駄であるから。


 人の性格など、易々と変えられるものではないと、私自身が良く知っているから。『人』に関われば関わるだけ、無駄が生まれる。ならば一切相手にしなければ、無駄は削れるのだ。これ以上の解決策はない。


 ともかく、『人』の存在意義を示す為に、彼女には一言、礼を言わなければならない。


「わざわざ家具まで揃えて下さったようで。私などに一部屋与えて頂いた事と併せて、感謝申し上げます」


「私の実験部屋をさっさと作っておきたかったからな。ついでに過ぎない」


 彼女の口調は僅かながらに上擦っている。口角も少し上向きになっている様を見取るに、満更でもないのだろう。


「そのついでに私は救われているのです。感謝の意が絶えませんよ」


「虚言はそれぐらいにしておけ。お前には次の命令があるんだから、さっさと表に出ろ」


「承知致しました」


 褒めに対して慣れていないのか、気分は良好のようだった。私は、彼女の心の弱点を記憶しながら、彼女の言う通りに表へと足を運ぶ。

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