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真に淀むは私達だった。  作者: あすたると
第一章 私の枷
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1話

 音。


 雑然としたそれが、四方から鳴る。


「ん? どうかされましたか?」


 私に向けられたであろう言葉が背後から掛けられる。閉じられていた目蓋をゆっくりと引き上げ、瞳に世界を写す。


 見慣れぬ美しい街並み。


 視界の中央に居座る巨大な噴水が水で造形を為し、川にも似た水路を形成し、街の顔を形作っていた。そしてそれらを取り囲むように建築されている商店群は、顔を引き立てる役割を担っているのだと誰が見ても分かるだろう。


 どうやら街はそれなりの規模である様子。視界の先にある街の壁がその事実を語っている。こうも大きいとなると人も腐るほど居るだろう。億劫でしかない。


 しかしそんな街並みなんて、現実なんてどうでもよかった。


 その光景を見て多少なりとも『美しい』と思ってしまったという事実が、未だに私が『人』であるという証拠になってしまったから。


 悲願は叶わなかったのだと理解した私は、即座に対人用の性格を呼び起こし、振り返った。


「いえ。ただ、美しい街並みに感動して思わず立ち止まってしまっただけです」


「なるほど、そうでしたか。麗しき水都、なんて呼ばれ方もしているくらいですから、同じように感銘を受ける方は多いですね。心行くまで街をご堪能下さい」


「えぇ。そうさせて頂きます」


 愛想笑いを張り付けたままその場を去り、見送りの気配が消えたところで口角を下げる。どうやら正常な『人』を騙るのは得意なままのようだ。全く以て嫌になる。


 悪感情が心を支配しない内に、まるで行き先が決まっているかのように、瞳を進行方向に固定し、確かな歩みで進む。しかし意識は周辺視野に向け、現状の把握に努める。


 下手に視線を泳がせ、挙動不審な姿でも見せようものなら、人に話し掛けられてしまうのは目に見えていたから。それが善意で話し掛けられた分には問題ないのだが、人は信じられない。だが状況が分からない以上、人を利用する他ない。ならばいっそ、善意を持った人に話し掛けた方が得策。


 そう結論付いた私は、家族連れ、特に幼い子供を連れたこの街の住人を探していた。


 人という生き物は、群れていれば善意が働きやすい。他人に良いところを見せようなどと考えが働いてくれる。自分の子供の前であれば尚更。もしそうでなくとも、家族という存在に所属しているのであれば、酔狂一家でない限りはまともな善意を持ち合わせているだろう。家族になるというものは、少なからず善意の上に成り立つものであるから。例外もあるが、選り好みし過ぎては時間が掛かり過ぎる。


 浅知恵を働かせ、歩き始めてから十数分。


 未だに関わっても問題が無さそうな住人は見つけられずにいたが、代わりに変わった代物をいくつか目にする事はできた。


 商店が多く建ち並んでいる関係上、野菜や果物が店先で売られているところをよく目にするのだが、その全てが名前の知らないものであった。時折、生きた魚や丸焼きにされた肉類なども見掛けたが、同様に何なのかが分からない。


 そしてそれらを購入する際、客は皆一様に店主に差し出す物があった。恐らく鉄で製造されたであろう通貨。一応、大きさは統一されているようで形も整えられてある。言うなれば材質の違う十円玉のようなものだろうか。価値など知った事ではないが、この硬貨を良く目にする事から、価値自体は低いと予想される。


 その他で言えば、鉱石や水晶のような物好きしか買わないであろう物がやたらと売られていたりしたのだが、そんな中で私が思わず表情を歪めそうになった物があった。


 武器。


 刃の部分は金属製で、明らかに殺生に用いる物であった。そんな物を売っている店の数が異常な程にある。


 まるで生物を殺してくれと言わんばかりに。


「ふざけるなっ!!」


 後方。先程から飲食店の屋外に設けられている座席で、こそこそと内緒話をしていた二人組の一人が大声を上げながら立ち上がっていた。元々苛ついている素振りは見せていた為、やけに感情的な『人』である事は予想はついていたが、その中でも非常に面倒な部類の人種らしい。


 巻き込まれたら堪らない故に、騒ぎの周りに群がる一般市民の一員として立ち回り、事の成り行きを見守る。


「落ち着け。俺はなにもお前が必要ないと言った訳ではない」


「うるせぇ……黙って聞いていれば好き放題言いやがって……!」


 激情に駆られた男は制止も聞かず、腰に携えていた短剣を鞘から引き抜いた。


 傍観者達がざわめく。


 対するもう一人の男は、意外にも落ち着きを払っており、身構える事すらしようともしていなかった。煽られているとでも思ったのだろうか。忌々しげに顔を怒りに歪めた男は、力任せに短剣を振るう。


「街での戦闘行為は禁止されています。ましてや殺傷など犯罪行為。詰所まで同行してもらいますよ」


 振るった、かと思われたが、短剣を持った男の腕は何故か凍結していた。氷の重さによって平衡感覚を崩した彼は倒れ込む。


「さぁ、行きますよ」


 騎士のような格好をした三人組が、倒れている男を立ち上がらせ、連れの男と共にどこかへ連れていこうとする。話を聞いていた限りでは、詰所とやらに連行するのだろう。


 騒ぎは終わりだと、散り散りになっていく傍観者達と共に、私もその場から距離をおく。今後、私に降り掛かる最悪の状況を想定しながら。


 彼の取った行動は、私に一つの解をもたらした。


 常軌を逸している。この世界も、この現状も。


 少なくとも私の知っている場所ではないという事は、痛い程に理解した。だが同時に『人』の本質はやはり変わらない、変われないのだとも認識した。


 嗚呼、嫌だ。


 私の知る常識が、欠片しか守られていないというものは。

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